表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
12/77

12.魔王謁見


 戦場の奥地。

 といってもそれは人族にとっての話であり、魔族たちからすればここはまったく逆の場所である。

 魔族の軍勢から見て、自陣の後方。

 そこにオークの軍勢の指揮官である、‶騎士王〟の姿はあった。



「‶旧魔王〟だと?」



 騎士王の厳めしい顔が困惑に歪む。



「信じられんのも無理はない、ギグル殿。しかしゼレウスは間違いなく人族ではないのだ。私が保証しよう」


「……根拠は?」


「美味しそうに見えないのだ。オークならわかるだろ? 例えば、私を見て子作りしたいと思うか?」



 なんと答えづらい質問だろうと、騎士王は渋面を作った。



「……リーシャ殿は非常に魅力的だが──」


「世辞はいい。子作りしたいと思えないのは、私が魔族だからだ。そうだろう? ……そうだよな? ……まさか胸のサイズが理由とか言わないだろうな?」


「…………」


「なぜ黙った? なぁ。あ?」



 魔族の陣営内に設置された、簡易な休憩場所。

 青空のもとでゼレウス、エレイナ、リーシャ、そして騎士王の四人は同じ長テーブルに着いていた。

 騎士王に白い眼を向けるリーシャだったが、すぐに相好を崩すと背もたれに身体を預ける。



「なーんてな! 冗談だよギグル殿。胸は薄くとも、私にはこの美貌がある」


「……それ自分で言っちゃうんだ」


「それにまだ成長途中だしな。──なにか言ったか、フュージア?」


「リーシャちゃん美人! 将来有望!」


「わかってるじゃないか」



 フュージアが従順な様子で肯定すると、リーシャはその小さな牙を見せつけるようにして笑った。

 実際、リーシャは身長も低めでコロコロと変わる表情も相まって幼く見えるものの、顔立ち自体はどこか大人びている。

 フュージアの言う『美人』という評価も、あながち間違ってはいなかった。



「リーシャ殿、本題に入ってもらってよいか?」


「ああ悪いな、忙しいところ。紹介しよう……ゼレウスとエレイナ、そして聖剣フュージアだ」



 石製のテーブルに、同じく石製のイス。

 すべて土属性の魔法で簡易的に作られたものらしい。

 長テーブルの両端、短い辺にはゼレウスと騎士王が向き合うように着いており、ゼレウスの右隣の長い辺にはエレイナが座っている。

 リーシャはゼレウスの左手側の辺の、ちょうど真ん中の席だ。


 席順のマナーはめちゃくちゃである。

 しかしそれを気にする者はこの場にはいない。

 そもそも謁見の場でありながら同じテーブルを囲んでいるのだ。現魔王と旧魔王、どちらの地位が上かという、前例のない問題もある。

 誰もが自然とマナーを度外視していた。



「さっきも説明したとおり、彼は‶旧魔王〟ゼレウス・フェルファングだ……証明方法はないが、胸元に刺さっているのは聖剣らしい。喋る剣なんてものを見せられたら、多少の信憑性を感じずにはいられまい?」


「うむ……」



 重々しい騎士王の返事。

 はっきり言ってこの会合の雰囲気は重苦しい。

 エレイナはオークの元締めを前にしてピリピリとした雰囲気を放っているし、ゼレウスもいつもどおり泰然とした表情で黙しているためだ。

 どうやら騎士王もお喋りな性格ではないようで、現状饒舌なのはフュージアとリーシャだけだった。



「喋る剣なんてボク以外いないでしょ~! 信じてくれるなら、聖剣であるボクが魔族の味方になってあげてもいいよ? ま、人族の味方もやめないけど~」


「話をややこしくしないでくれフュージア。……どうだ、ギグル殿? 何か聞きたいことはあるか?」


「そうだな、まずは──」



 騎士王が組んでいた腕をほどく。

 途端、彼の声色がどこか柔らかくなった。



「──まずは感謝を」


「感謝?」



 リーシャとフュージアの疑問の声が重なる。



「前線で負傷した仲間を連れ帰還したオークの一人が、こう言ったのだ。『こいつは胸に剣の刺さった、奇妙な人間に殴り飛ばされた』……と」



 深く、静かな声で、騎士王が俯きがちに語る。

 それまで目を伏せていたエレイナが、訝しげに彼を見やった。



「『人族に不意打ちされそうになったところを殴られたため、逆に助かった。幸運だった』と。だがすぐに別の可能性に気づいたそうだ。……『幸運だったのではなく、助けられたのではないか』とな。……それは戦場の戯言(たわごと)となって消えるはずだった」



 騎士王が顔を上げ、正面に座すゼレウスをまっすぐに見つめる。



「納得したぞ。人族の中に紛れて、オークを救ってくれていたようだな。……信用しよう、‶旧魔王〟よ。そして礼を言う。──我が同胞を救ってくれたこと、深く感謝する」



 そう言って騎士王はその渋面を(うやうや)しく伏せた。

 その言動に思わずゼレウスはしばし返事を忘れる。



(これは……オークに一体何があった)



 驚いたことに、頭を下げたのだ。

 あの、暴虐を体現していたオークが。その(おさ)が。

 かつての彼らは、力の差を見せつけなければまともな会話すら困難だったというのに。

 前時代のオークたちを苦労して治めていたゼレウスにとって、この変化は驚愕に値した。



「我々が貴殿を拘束することはない。歓迎の印として、砦内に部屋を用意しよう。案内はリーシャ殿に頼む」



 頭を上げた騎士王がリーシャに視線を送るが、彼女は片手を上げてそれを制止する。



「待て、私はこの後戦場に戻るつもりだ。少しでも死傷者を減らしたい」


「本当に……リーシャ殿にはいつも助けられている。だがその懸念はない。戦士たちにはすでに撤退の命を出している。人族の戦力はもうある程度計れたからな」


「そうか……では案内は私が引き受けよう」


「それでは頼んだ。……と言いたいがその前に……彼に聞いておかなければならないことがある」



 騎士王の視線が、リーシャからゼレウスへと移る。

 その瞳には確かな鋭さが宿っていた。



「ほう、なんだ?」



 笑みを浮かべながらゼレウスは続きを促した。

 オークたちの変化が良いものかどうかはまだわからない。


 ──だが面白い。

 八百年前はどうやっても変えられないと思っていたものが、これほどまでに、真逆と言ってもよいほどに変化している。

 見知った世界、見知った種族が姿をそのままに変化していることに、ゼレウスは‶不気味さ〟ではなく‶興味〟を以って歓迎した。



「ゼレウス・フェルファング。‶旧魔王〟としての貴殿に問おう。……目的はなんだ?」


「ふ……そうだな」



 騎士王がその瞳に理知的な光を宿しながら、厳しい声色で問いかける。

 彼は一つの種族を統べる王として、それを問わなければならないのだろう。

 それこそが‶王〟のあるべき姿だ。‶民〟のための、あるべき姿だ。

 だからゼレウスも、嘘や誤魔化しを交えずまっすぐに答える。



「この世界を統べる」


「……なに?」


「魔族は一度支配下に置いたがな……それだけでは足りぬ」



 騎士王が眉をひそめ、ゼレウスの真意を探ろうと瞳を覗き込んだ。

 ゼレウスはその鋭い眼差しを受けながら、笑みも、不遜な態度も崩すことなく言い放つ。



「であれば人族も、魔族も! あまねく種族を統べることが、歴史の底より舞い戻った我の野望よ!!」



 そう言ってゼレウスが獰猛に嗤うと同時に、ピリリと緊張が走った。

 その発生源は騎士王……だけではない(・・・・・・)



「ゼレウス……それはつまり、私たち‶ヴァンパイア〟をも支配するということか? ……それができると思っているのか? お前の生きていた八百年前とは……違うんだぞ?」



 今までコロコロと幼さの入り混じっていたリーシャの表情が‶鋭利さ〟だけを帯びる。



「オークも同様。八百年前の愚かな我々とは違う。安い駒だと思わないことだ」


「……っ!」



 騎士王とリーシャから放たれる静かな怒りの気配に、エレイナが冷や汗をかく。

 彼女が一言も発さないのは、リーシャの傀儡(くぐつ)を演じる必要があるからだ。しかしもしその必要がなかったとしても、エレイナには口を開くことはできなかっただろう。

 自分にその感情を向けられたわけではないというのに、エレイナの身体は恐怖と不安にたった一つの身じろぎすらためらわせていた。

 思わずゼレウスのほうを不安げに見やってしまう。



「『八百年前とは違う』……まさしくそのとおりだ。理知的なオークに、陽の光を恐れぬヴァンパイア。どちらも我の時代には存在しなかった」



 しかしエレイナとは対照的に、ゼレウスはいつもどおり不遜な笑みを浮かべていた。



「──だからこそ欲しい! お前たちがいれば人族の支配にも確実な一歩が刻めるだろう……どうだ? 我と共に世界のすべてを手にしないか? リーシャ、そしてギグルよ」


「な……」


「……くっ」



 それぞれ異なる、二者の反応。

 驚愕に口を開く騎士王ギグルと、口を結び顔を俯かせるリーシャ。

 騎士王はともかく、リーシャの表情は帽子に隠れてしまって伺い知れない。

 が、彼女が顔を上げたことですぐにその感情は知れた。



「くっくっく……アハハハッ! まさかこのタイミングで勧誘されるとはな! 悪くない! この戦乱の世界だ! 滅びる前に、共に夢を見るのもいいかもな、ゼレウス!」



 リーシャが弾けるように笑うと、張り詰めた雰囲気が嘘のように消え去った。

 騎士王も同様だ。困惑しながらではあるが、先程まで放たれていた威圧感は取り下げられている。



「‶旧魔王〟は皆こうだったのか? かつてすべての魔族を統べた者……おれも見習うべきか……?」



 騎士王が呟く。

 彼の背後にはオークが二人ほど控えているのだが、その言葉に不安げな表情をしていた。



「勧誘の答えだが……当然断る。‶旧魔王〟である貴殿に対して、多少の興味はあるがな」


「そうか……オークは力の強い者に従うとエレイナから聞いた。確かに八百年前もそうだったが……今も同様か?」


「ああ、生憎だがそこに変化はない。確固たる強さがなければオークを率いるのは不可能だろう。……まさか今ここで力比べをしよう、などとは言わないだろうな?」


「言わん。八百年待ったが、これから急ぐ旅路でもない」


「であれば、ここでしばしの羽根休めを」



 騎士王が立ち上がり、厳めしい表情を初めて小さな笑みへと変えた。



「──ようこそ。魔族の前線基地、デニアス砦へ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ