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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
11/77

11.色々バレちゃうよ~!?


 ‶呪言(じゅごん)〟。

 決められた言葉をただ唱えるだけで力を示す、異彩の権能。

 持って生まれる能力だ。扱える者は少なく、その能力も人によって異なる。



「‶従属〟か……恐ろしいな」


「……貴様ほどの者でもそう思うか」


「ああ。どれほどの人数をどれだけの時間従えられるかにもよるが……」


「詳細は内緒だ」



 口元に人差し指を当て、リーシャが困ったようにはにかむ。そしてすぐに真剣な表情に切り替えると、腕を組んで説明を続けた。



「しかし私が‶従属の呪言〟を使えることは、砦にいる魔族の誰もが知っている。それを利用して、私がエレイナを操っていることにしよう。そうすれば、たとえ人族を連れていても皆に疑われることはない。でもそれ以外の危険は結局どうにもできないから──」


「ゼレウスの出番! だね!」


「ふむ……我の出る幕がないことを祈っておくか」


「よし、決まりだな。……安心しろエレイナ、呪言を使うつもりはないから」


「……安心できるとでも?」


「ふふん! 任せてエレイナちゃん! 不安なときはボクに触れるといいよ! 精神支配なんて、ボクの聖なる力が無効化────あっ」



 口を滑らせたな、フュージアよ。

 ポーカーフェイスの裏で、ゼレウスは苦笑した。



「…………聖なる力?」



 そう呟きながら、エレイナが口元に手を添え思案し始める。

 伏せられたその疑念の瞳は鋭い。

 つられるようにリーシャも小首を傾げた。



「あ、はは~っ! す、凄いでしょ? 魔法を封じる力がいい感じに作用して、精神操作系のアレもズバッと解除できるんだよね! 便利~! ねっ?」


「ふぅん……聖なる力で、ね……」


「ま、魔封じの力で、だよ……?」



 聖剣フュージアの存在が歴史の中でどう語られているかは不明だ。

 エレイナはその名前と能力を聞いても特に反応はしなかったが、リーシャはどうだろうか。

 場合によってはゼレウスの正体も芋づる式にバレてしまう懸念が……といっても、もうすでに魔族と合流することができたため、別にバレてしまってもまず問題はないだろう。

 もし何か問題が起こるとすれば、ゼレウスの名が魔族の中で悪名となってしまっている場合くらいか。



(もう我々の正体は隠さずともよいのだが……まぁよい。くっくっく……たまにはフュージアの焦る様子を楽しんでやろう)



「つまり、ゼレウスには私の呪言が効かないということか」


「そ、そうだね。ボクが抜けない限りは」


「じゃあ抜いてしまえば効くということだな。よし……ちょっと引っ張るぞ、ゼレウス」



 言うや否や、リーシャが両手をゼレウスに向けてかざした。

 その瞬間、《影の戒牢》の壁の双方から黒いモノが二つ伸び出でる。

 それらは瞬く間にゼレウスへ近づくと、その先端の形状を素早く変化させた。


 鋭利なシルエットの、黒い手。

 気づけばそれがフュージアの柄を握りしめていた。

 自身を含む対象を闇の中に閉じ込め、術者の身動きを封じる代わりに闇の壁から攻撃を繰り出せる。

 それがリーシャの発動したこの魔法、《影の戒牢》の能力である。

 リーシャはその力を攻撃ではなくフュージアを抜くことに注力したが……。



「んん、ぐ~! …………抜けんぞ!」



 リーシャが両手を下ろし、憤慨する。力を籠めたためか、顔がほのかに赤くなっていた。



「ゼレウスが胸筋で抑えてるからね」


「すごいな!」


「そんなわけなかろう」



 否定すると、フュージアが囁くような声で文句を叫ぶ。



(ちょっとゼレウス! そこは乗ってよ! 色々バレちゃうよ~!?)


(別にもうバレても構わんぞ)


(……あっ。そっか、もう危険はないもんね)


(ああ。むしろここで我の正体を話してしまったほうがいいだろう)



 魔族の拠点に入る前に、ゼレウスの正体を知ったリーシャの反応を確認しておきたいところだ。

 そうすれば魔族の中でのゼレウスの立ち位置を探れる。



「なぁ、おかしくないか? どうして抜けないんだ? というかなんで剣が喋ってるんだ? 聖なる力ってなんだ? エレイナは何か知ってるか?」


「いいえ、知らない。聞いてないもの」


「なんで聞かないんだ? 友達じゃないのか?」


「……別に友達じゃないけど……でも『聞かないでおく』って言っちゃったし」


「えー、エレイナちゃんそれで何も聞かなかったのー!? なんて健気……っ! もう全部話しちゃおーっと! いいよね、ゼレウス?」


「ああ、任せる」



 了承を返しながら、エレイナとリーシャの反応を眺める。

 重要なのは彼女たちがゼレウス、あるいはフュージアの名前を歴史書の中に見たことがあるか否か、そしてそれが悪名か否か、である。

 ここはまだ戦場の中心だが、先に確認をしておくべきだろう。魔族の拠点に移動してから『実はゼレウスはあらゆる魔族にとっての敵でした』では遅いのだから。



「せ、聖剣と──」


「──魔王!!?」


()魔王だ。今は違う」



 仲良く声を揃えたリーシャとエレイナが、驚愕の顔を並べる。

 あまりの驚きゆえか、ゼレウスの挟んだ注釈は完全にスルーされた。わかりきったことだから、という理由もあるが。

 二人へ語ったのは八百年前のゼレウスが魔王だったことと、フュージアが当時敵対していた人間の勇者が持っていた聖剣である、ということの二つ。



「どうして人族の武器である聖剣が、魔王といっしょに……」



 エレイナが驚愕混じりに疑問を漏らす。それは問いかけというより、詰問のように思えた。



「どうしてって……」


「……成り行きだな」



 フュージアの見上げるような声色に、ゼレウスも胸元を見やりながら答える。

 きっと今の二人の視線は交差していることだろう。



「八百年前……まさか‶旧魔王〟か……!?」


「……‶旧魔王〟?」



 ハッとした様子のリーシャの言葉に、ゼレウスとフュージアの疑問の声がハモる。



「‶最後の魔王〟以前のすべての魔王をそう呼ぶのだ。ゼレウス・フェルファング……確かにそんな名前があった」


「悪名ではないか?」


「うん? 悪名ではないぞ。……なるほどぉ、それを先に確かめたかったのだな?」


「……そうだ」


「安心しろ! 貴様はどちらかといえば同情的に語られている。‶最後の魔王〟が有名すぎて、歴史の中での存在感は薄いけどな! ハハハ!」


「な、なんだと……むぅ」



 別に名声が欲しいわけではないが、どこか悔しくて唸り声を出してしまう。



「‶最後の魔王〟ならあたしも知ってる。八大魔王に討伐されたって……」


「ゼレウス・フェルファングは、その‶最後の魔王〟ザナド・リュシーの先代……で合ってるな?」


「‶ザナド〟だと……!」



 リーシャの問いに答えることも忘れ、思わず声を荒げる。

 『ザナド・リュシー』という名に聞き覚えがあったからだ。



「へぇ……やっぱ失脚したんだ。キミを追放した‶彼〟は」



 フュージアの声色から初めて剣呑な雰囲気が(にじ)み出る。

 意識を朦朧としていた当時のゼレウスと違い、フュージアはザナドの所業を、まさしくゼレウスの胸元で目の当たりにしてきた。

 ゼレウスは自分の受けた仕打ちにどこか納得している部分があるが、フュージアは異なる。

 行動を共にしている……どころか一体となっているフュージアとゼレウスだが、あくまで他人でしかない。

 しかしだからこそ、仲を深めた今は当時とは違う感情が、まるでゼレウスの代わりと言わんばかりに溢れ出してくるのだ。

 『今思い返してみれば、あいつヒドくない?』といった感じに。



「なんだ……? あ、そうか。因縁の相手なのか。確か、旧魔王ゼレウスは当時の配下の謀反(むほん)によって玉座を降ろされた……だったか。それがかの‶最後の魔王〟ザナドだったのか?」


「そうだ。我は別に因縁だとは思っていないがな」


「ほぉ……なぜだ? 自らを引きずり下ろした仇敵じゃないか。恨んではいないのか?」


「ふっ、我は元……いや、‶旧魔王〟だぞ? 器がでかいのだ」


「ハハッ、なんだそれは! ……しかしフュージアは違う考えのようだが?」



 フュージアの雰囲気の変化を敏感に察知したのだろう、リーシャがいたずらっぽく微笑みながらゼレウスたちにそう問いかけると、フュージアが元の軽薄な口調で答える。



「ボクは器が小さいってさー」


「む、待て、そうではない。お前は我のために怒ってくれているのだろう? 感謝しているとも」


「ん~、まぁね! 感謝したまえ!」



 すねたような口調から一転、フュージアが明るい声を返す。

 どうやらまたからかわれたらしいと、ゼレウスは肩を竦めながら息をついた。



「話は終わった? それで……これからどうするつもり? まだ戦場のど真ん中だけど」



 エレイナに問いかけられる。

 ゼレウスの隠していた秘密を知ったからか、彼女の疑心は多少和らいだようだ。硬い口調ではあるものの、さっきまでの鋭さはない。



「デニアス砦に帰還する。私はもう少し戦場にいたいところだがな……勝手知らぬ者たちを砦に放っておくわけにもいくまい。とりあえず謁見してゼレウスたちのことを報告して、そのあとは……私の部屋に案内しとくか」


「少し待て。この《影の戒牢》の外はまだ戦闘中だろう。エレイナを連れ歩けば、周囲の人族は『エレイナが裏切った』と考える可能性がある」


「裏切ってるのは事実ではないか?」


「…………」



 エレイナは答えない。

 肯定するべき場面だろう。

 仮にエレイナが何かを企んでいるのならば、それを否定しなければリーシャから疑念を向けられてしまう。

 そうなれば、使うつもりのなかった‶従属の呪言〟すら行使されるかもしれないのだから。


 エレイナが何を考えているかは不明だ。

 しかし彼女を連れていきたいと願ったのはフュージアであり、フュージアはゼレウスのかけがえのない友人。ここはフォローすべきだろう。



「……エレイナを連れていくのは、それがフュージアの望みだからだ。フュージアの望みは我が望み。我のわがままで連れてゆくのだから、いつでも戻れるようにするべきだ。違うか?」


「なるほど。じゃあ気絶したフリでもしてもらうか」


「ああ。それでいいか、エレイナ?」


「ん」



 こくりと頷くエレイナの、赤いポニーテールが揺れる。



「じゃあお姫さま抱っこだね」


「……んえっ?」



 赤いポニーテールが、今度は困惑に揺れた。



「だって気絶したフリなんだし……誰かが抱えてあげなきゃでしょ?」


「ならゼレウスだな。私は《影の戒牢》を解除するまでは動けん」


「よし任せろ」



 ゼレウスがエレイナのそばへと歩み寄ると屈み込み、抱えるために膝裏へ腕を通そうとする。

 が、エレイナは両手を胸元に持ち上げて拒絶の意志を控えめに示しながら、トトッとステップしてそれを回避した。



「ちょちょちょ、ちょっと待って……っ! お姫さま抱っこの必要ある!? 背中に背負ってもらえれば……!」


「無理だよ~、ボクが刺さっちゃってるから」


「そうだった……っ! なんで刺さっちゃってるのよ……っ」


「ごめんね? だからお姫さま抱っこにしよ?」


「え、えぇー……」



 エレイナの頬がかすかに染まるが、些細な変化だった。他の誰も気がつけないほどに。



「我はなんでも構わんが……肩に担げばよくないか?」


「肩に担ぐとお腹ぐえーってなっちゃうじゃん? あとえーと……そうだ! エレイナちゃんのおっぱいがゼレウスに当たっちゃうかもしれないし……ハッ! まさかそれが目当て!?」


「うわ、サイテーだな。見損なったぞ」


「いやそんなつもりはないが」



 白い目を向けてくるリーシャの言葉を、ゼレウスが頑として否定する。



「そうと決まればお姫さま抱っこ! いいよね、エレイナちゃん?」


「う、うぅ~……」


「ふむ……それほどに忌避感があるのであれば、《影の戒牢》を解除したらすぐにリーシャに渡そうか」


「……いい」


「む……どっちだ? 抱えてよいのか?」


「いいからっ! ……もうひと思いにやっちゃって」


「よし! いけ、ゼレウスッ!」



 フュージアの号令に、ゼレウスは困惑と躊躇の入り混じった微妙な表情になりながらも応える。

 彼はエレイナの隣で再び軽く屈み込むと、その膝裏と肩に手を回して抱え、一息に持ち上げた。



「っ……!」



 エレイナが声を詰まらす。

 顔が自然と彼女の瞳を覗き込む位置になるが、エレイナの視線は中空を彷徨っていて目は合わない。



「そんなに露骨に嫌がられては、流石に我も気になるのだが」


「い、イヤってわけじゃ…………ひゃぇ……」



 声を掛けた途端、目が合った。

 瞬間、エレイナから聞いたこともないような情けない声が出る。



「なんかキャラ違くないか? さっきまでピリピリしてたのにな、エレイナ」


「エレイナちゃん、顔真っ赤~! うわ、なんかボクもドキドキワクワクしてきた!!」



 リーシャとフュージアが各々思ったことをそのまま口にするが、エレイナは現状にいっぱいいっぱいで反論を返せない。



「か、顔見ないで! これから気絶したフリする間も見ないで!」


「むぐ……いいだろう」



 エレイナにグイグイと頬を押され、無理やり顔の向きを変えさせられる。

 両手で彼女を抱えているため抵抗はできないが……まぁ、する必要もない。



「あとなんか真面目な話して! 気を紛らわせたいから!」


「真面目な話か……」



 エレイナはその真っ赤な顔をゼレウスから逸らすと、ぎゅっと目を(つむ)った。

 言われたとおりゼレウスも彼女から目を逸らし、リーシャへ話題を振る。



「であればリーシャ、お前に聞きたいことがある」


「なんだ?」


「先程『謁見』をすると言っていたな。誰に謁見するのだ? 魔族の中で誰かに謁見をする、となれば……」


「! まさか──っ!」



 エレイナが目を開き、リーシャを見やった。

 その瞳に、不敵に笑うリーシャの牙が映る。



「‶騎士王〟ギグル・ア・グル。第七魔王……オークの魔王さ」


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