◆ ワイバーンの育て人 中
品評会当日
売主の控え室で三頭の鞍の最終調整をしているところに、嫌な声がかかった。
「ようサンドラ」
「……」
返事をしないで無視した。
「今日はうちの最高の奴に、俺が騎乗することになった」
「そうそれは可哀相に。勝手に入ってこないで」
「お前に勝負を申し込む。俺が勝ったら俺と結婚しろ!」
「嫌」
ビシッとサンドラを指さしていたダビドが固まった。
「……なんで?」
「受ける理由がない。私は今日、あの子たちの最高の姿をお客様に見せに来た。それだけ。あなたなんかなんの関係もない」
「……勝負を受けろよ」
「お断りします」
スタスタと立ち去ろうとするサンドラの肩をダビドが引いた。
「触らないでと何度言わせるの」
「アルフレドは上司の娘と結婚するらしいぞ」
「……」
嫌いな元友人を、サンドラは久方ぶりにまっすぐ見た。
自分の言葉がサンドラに衝撃を与えたことを知った男は、にやりといやらしく笑う。
「聞いたんだ。上司の娘がアイツに惚れたんだと。縦社会の飛竜使師界で、上の言うことに断れるわけねえ。残念だったなサンドラ。これであいつも出世街道まっしぐらだ。ばばあが死んで、飛竜使師の夢も、好きな男も手放してお前の手元には零細牧場だけ。学校一の秀才が落ちぶれたもんだ。可愛そうになあサンドラ。俺が慰めてやろうか」
「勝手な想像はやめてくれる? あと触らないで」
「へえ」
サンドラの顔を覗き込み、にやにやと楽しそうにダビドが笑う。
「ハンカチはいるかサンドラ。きれいなお目々がウルウルしてるぜ。……すげぇ色っぽくて、もっと泣かせたくなる。なんなら胸も貸してやるよ。なあ、寂しいんだろ?」
熱っぽい大きな体にグイと迫られ壁に押し付けられて、サンドラは腕を突っ張った。
「やめて」
「……俺のものになれサンドラ。あいつは自分の出世のためにお前を捨てたんだ。なあ頼むよ、俺にしろよ。俺の妻になれ。あいつじゃなくて俺のことを好きになれよ。俺はちゃんと、優しく、お前だけをずっと大事にするから」
「やめてって言ってるでしょう!」
「何してる」
入り口に誰かが立った。
「……アルフレド……」
「何してるダビド。サンドラを離せ」
壁に押し付けられたサンドラが泣いていることに気づき、アルフレドがサッと表情を変えた。
「……殺すぞダビド」
怒りのオーラに一瞬ダビドがびくりと身をすくませた。
が、無理やりのように笑う。
「やれるもんかよエリートの飛竜使師殿。おいしい縁談話が壊れるぜ」
「何の話だ」
「上司の娘さんと結婚するんだろ? おめでとう色男」
「断った。好きな女性がいるから」
アルフレドはじっとサンドラを見た。
「断った。近道も後ろ楯もいらない。俺は自力で出世する」
「……」
いまだにサンドラの体に回ったままだったダビドの手を、アルフレドが払い落とす。
大丈夫か?と聞かれてサンドラは頷く。
アルフレドのいる側の体だけ、ぽかぽかとあたたかかった。
「……お前らはいつもそうだ」
振り払われた手を握ってぼそっとダビドが呟いた。
「いつもいつもくっつきやがって。自分たちの世界を作りやがって。ほかの人間をいないように扱いやがって! 揃って飛竜使師の試験に受かるような頭のいい奴らは、ほかの奴らがそれでどんなに傷ついてるか、考えたこともねえんだろう!」
「お前の勝手な被害妄想だダビド。そうだとしても女性に力づくで無理矢理迫って泣かせるような男が、人に気持ちを考えろと言う方がどうかしてる。そんなやり方じゃ好きな子に、普通に嫌われるに決まってるだろう。少しは考えろ」
さっと顔を赤くして言葉につまり、バンと壁を蹴っ飛ばしてダビドは消えた。
「いったい何がしたいのかしら」
「……男で、体だけでかくなった子供なんだ。本当に、馬鹿なやつ。つくづく身につまされる」
はあ、とアルフレドがため息をついた。そしてサンドラを見る。
「本当に大丈夫か、サンドラ」
「うん、どこも痛めてないし、大概のことはワイバーンに乗ったら忘れるから」
「相変わらずだな」
アルフレドが笑う。
「品評会、見に来たの?」
「うん。先輩と同期たちと一緒に。今度ワイバーンの保有数を増やすらしい」
「そう。いい子がいるといいわね。うちの子たちは戦闘向きじゃないから選ばれないでしょうけど、演技は見てあげて」
「わかった。頑張って」
「ええ、来てくれてありがとう。助かった。なんだか最近本当にしつこいのよ」
ダビドに触られた場所を、ぱんぱんとサンドラははたいた。
「君が手の届くところにいるから、相当我慢の限界なんだろう。どうか今後はこういうところで一人にならないでほしい。どうしても行くなら人か、ワイバーンを連れてくれ。あいつん家は確か……うん、ちょっと考える」
こくん、と頷いてから
考える?
はてと首をひねり、外を見て、抜けるような真っ青な空に、胸が熱くなった。
瞬時に心が空に飛んだことを察したアルフレドが、サンドラの横顔を見て困ったように笑った。
品評会には3つの項目がある
1,飛行の速さ
2,飛行の正確さ
3,強さ
速さは単純に、スタートからゴールまでのタイムを計る。
正確さは障害物の置かれた会場を、それに当たらずに騎乗者の意思をくみ取り最短距離を飛べるかを見る。
強さは対魔物の戦闘を行うが、サントラリア牧場のワイバーンはこれに参加しない。
各5点ずつ最終的には総合点で点数をつけられるので総合ではかなり不利になるが、1,2の点数だけで購入を決めるお客様がメインなのでそれでいいと思っている。
1は問題なかった。上位三位を独占した。
2はまだ若いファロが、いつもと違う雰囲気に緊張したのだろうひとつ障害物を倒してしまい、一位、二位、四位となった。
ダビドの騎乗は酷かった。体の大きなワイバーンを鞭でビシビシと叩きながら、わざわざ難しい方へと進んでいくつもの障害物を倒していた。
本当に可哀そうだわとサンドラはワイバーンに同情した。
すべての演目を終え皮の服を脱ぎながら水を飲んでいるところにアルフレドと黒い制服の人々が歩いてきた。
「おめでとうサンドラ。素晴らしかった」
「ありがとう。あの子たちが頑張ってくれたから」
褒められたことが心の底から嬉しくて、サンドラは顔いっぱいの笑顔になった。
うわあとアルフレドの連れが身を引いた。
「同期のマルセロとアリツだ。こちらは幼馴染のサンドラ」
「初めましてサンドラ=サントラリアと申します。ワイバーンの育て人をしております。よろしくお願いします」
「マルセロです。お話はかねがね」
「アリツです。……きっれいな人だなあ……」
「アリツ、声に出てる」
「うわ。すいません」
「こんな髪でお恥ずかしい。お褒めに預かって光栄です」
「いえ逆になんかすごいこう禁欲的でめちゃくちゃいいです」
「出てるぞアリツ!」
「うわ」
妙にテンポのいい3人のやり取りにサンドラは笑った。
それを見てうわあとまたアリツが顔を赤くしている。
「購入するワイバーンは決まったの? アルフレド」
「サンタナ牧場に申し込みをするらしい。値付けが難しいな」
「そうね。高すぎても低すぎても困るから考えものよね」
購入者は買いたい値段を所定の申込用紙に書き、最も高い値をつけたものが試乗し、問題なければ買い取ることになる。
基本的に売主に選択の余地はない。乗ってみて、買うか買わないかを決められるのは一番の値を付けた買い主だけだ。乗ってみてやはりやめたとなれば、二番目に値をつけた希望者が同じ工程を踏むことになる。
「いい方に買っていただけるといいんだけど、こちらからは選べないから」
悲し気に俯くサンドラを、アリツがまだじっと見つめている。先ほどよりも確実に近づいている。
「あ、そうだサンドラ。母がまたエルビとトマトの煮込みとトマカを大量に作っていたから、あとで持っていく。今日は疲れただろう。ゆっくり腹を減らして待っててくれ」
「わかった。じゃあサラダだけ作っておこう。アルフレドもうちで一緒に食べる?」
「いいのか?」
「え? ダメなの?」
長いまつげを瞬かせて不思議そうに首をかしげるサンドラを、さらにさっきよりも近いアリツが。隠し切れない喜びを浮かべるアルフレドを友人のマルセロがそれぞれうわあ、という顔で見ている。
「んん、じゃあ一緒させてもらおう。その、ちゃんと食べたら帰るから」
「それはそうでしょう?」
不思議そうにサンドラが言う。
うわあとマルセロが額を抑える。
「よしアルフレド、アリツそろそろ戻ろう。疲れてるところごめんねサンドラさん」
「いいえ、声をかけてくれてありがとう」
マルセロが左右の二人を引っ張っていった。
受付で申し入れの用紙が入った封筒を受け取る。
ちゃんと三頭分あったのがうれしくて、サンドラは頬を染めた。
家に帰ったら開けようと、サンドラはタブラの背に乗る。
笛を吹く。
他の二頭も左右を挟み、文字通り飛ぶように家に帰った。