シリル
「お姉様、帰っていたの?」
プリシア王女の家庭教師の仕事を終え、セシディが邸に戻るとシリルは玄関で待っていたようだった。
「……ただいま。」
帰っていたの? って、たった今、帰って来た所なんだけど……
「ねえ、お姉様って本当は、ダンカン様が好きだったの?」
いきなり何を言うのかと思えば、それを聞いてどうするつもりなんでしょう。私から、ダンカン様を奪っただけで十分じゃない。
「シリルは、何がしたいの? ダンカン様と婚約したのなら、それでいいじゃない。私の気持ちを知って、どうするつもり?」
「お姉様を苦しめたいからに決まってるじゃない。知ってる? お父様も、お母様も、お姉様の事疎ましく思っているわ! 表情一つ変えないお姉様が、不気味で仕方ないの! 」
知ってるわ。不気味だと思われていることも、嫌われていることも知ってる。
私のお母様は、私を産んで直ぐに亡くなってしまい、今この邸にいるのは、私の本当のお母様ではありません。お父様は、お母様が亡くなって直ぐに後妻を迎えたと、お祖父様にお聞きしました。
私とシリルは、生まれた日が半年しか変わらない。お父様は、お母様が病を抱えた身で私を身ごもり、必死に産もうとしている時に、他の女性と関係を持ち、シリルが出来たのです。
子供の頃からシリルばかりを可愛がり、私の事を見ようともしてくれませんでした。私が泣いても、笑っても、怒っても、悲しんでも、お父様は私を見てくれなかった。そして、いつしか私は、感情の出し方を忘れてしまっていたのです。
だから、お父様やお義母様に、どう思われていようと、私にはどうでもいい事です。
こんな私を、仕方なく育てている理由は、お母様のお父様……つまり、私のお祖父様からの援助があるからです。
私の結婚がなくなって、お父様達は喜んでいるかもしれませんね。私が嫁いでしまったら、援助を打ち切られてしまうから……
「シリルは知ってる? 私は、シリルがいてくれて良かったと思ってる。この邸で、私の顔を見て話をしてくれるのはシリルだけだから。」
「何言っているの!? 顔を見て話すのは、お姉様の顔が歪む所を見たいからよ!」
「それでも……」
それでも私にとっては、あなたが唯一だったから。この邸には、使用人でさえ、私の顔を見ながら話す人間はいない。
「本当に気色悪いわね! まあ、いいわ。お父様とお母様には、ダンカン様が私の婚約者になった事は報告したわ。明日の王立学園ダンスパーティーが楽しみね!」
明日は、一年に一回の王立学園ダンスパーティーの日だった。婚約者がいるものは、婚約者をパートナーとし、ホールで踊る。
今日、私に婚約破棄をしたのは、その為だったのですね。