婚約破棄と純粋王女
「お前の顔、飽きた。悪いが婚約は破棄させてもらう。もっと愛嬌のある顔は出来なかったのか? お前を見てるとイライラする。」
突然呼び出され、婚約者である侯爵令息の、ダンカン・トール様に婚約を破棄されてしまいました。
私はセシディ・ランバート。16歳の侯爵令嬢です。
「そうですか。分かりました。」
「そのすました顔……お前には、感情というものがないのか!? 気色悪い。」
気色悪い……ですか。
「お話がおすみのようですので、私はこれで失礼します。」
「お前みたいなやつと、婚約などしていた時間が勿体ない! 俺はシリルと婚約する! お前の妹のシリルだ!」
本当は、それが理由ですよね? 確かに私は、愛想も愛嬌もありません。ですが、そんな私を婚約者に選んだのはダンカン様です。
王立学園で、『氷のセシディ』と皆に言われていた私に、ダンカン様が一目惚れしたのが始まりでした。
私は子供の頃から、表情を変えることが出来ず、周りからは氷のように冷たいと言われてきました。学園に入学してからは、氷のセシディと呼ばれるようになり、そんな風に呼ばれていた私には、友達も出来ませんでした。いいえ、呼ばれていたからではなく、感情を表に出さない私が、不気味だったのかもしれません。そんな私を好きだと言ってくれた事が、本当に嬉しかった。言葉では伝えましたが、それでは不十分だったということですね。
「おめでとうございます。シリルを、よろしくお願いします。」
ダンカンに深々と頭を下げながら、妹の事を頼むと……
「ダンカン様! 私の勝ちですね!」
声が聞こえて来た方を振り向くと、シリルが立っていた。
「くそ! やっぱり、ダメだったかー!」
何の話をしているのでしょう?
「私達、賭けをしていたの! ダンカン様が婚約破棄をしたら、お姉様が泣くんじゃないかって。私は、お姉様が泣かない方に賭けたから、私の勝ち!」
ダンカン様は、泣く方に賭けたのですね。だからわざわざ、シリルと婚約すると仰ったのですか。悪趣味ですね。
「もういいかしら? 家庭教師の仕事があるから、私は行くわね。」
「ほら! お姉様は、こういう人なんですよ! 感情なんてない、氷の女なんですから!」
「どうしてこんな女に、一目惚れなんてしてしまったんだ……。顔が美しいだけなら、まるで人形だな!」
勝手に一目惚れし、勝手に幻滅したダンカン。『氷のセシディ』と言われているのには、他にも理由があった。雪のように白い肌、吸い込まれそうな青い瞳、銀色に輝く髪のセシディは、息を呑む程美し過ぎる上に、感情を表すことのない顔がとても冷たく見えたからだった。
去り際に聞こえた、ダンカン様の声。私は、人形ではありません。私にだって、感情があります。その感情を、表に出す事が出来ないのですから、仕方がないではありませんか。
「……せい? センセイ? 聞いてますか?」
「あ……申し訳ありません! ぼーっとしていました!」
「珍しいね。センセイが、ぼーっとするなんて。」
「問題は解けたのですね。さすが、プリシア王女!」
「えへへ! センセイ、もっと褒めて!」
セシディは、プリシア王女の頭を優しく撫でながら……
「良く出来ました。プリシア王女は、とても優秀です。」
「センセイに褒められると、すごく嬉しい! 私ね、センセイが大好き!!」
「私も、プリシア王女が大好きです。」
王妃様に頼まれて、プリシア王女の家庭教師をするようになって半年。私の前の家庭教師の方も、その前の方も、一日で音を上げて、お辞めになってしまったと聞いていたのですが、素直で純粋で勉強も出来る八歳の女の子のどこに問題があるのかは、私には分かりませんでした。
「センセイ、何かあったんですか? さっき、すごく悲しそうな顔をしてました。」
悲しい顔……不思議な事に、プリシア王女の前でだけは、感情が顔に出ているようなんです。
「何もありませんよ。先生失格ですね。生徒に心配をかけてしまって。」
「センセイは、いつも一人で頑張りすぎです! もしも、センセイを泣かせる人がいたら、絶対に許しません!」
プリシア王女……本当に、八歳? と、思うくらいしっかりしていて、核心をついてくる。私の心は、泣いていたのでしょうか……ダンカン様に裏切られ、そんなにも悲しかったのだと、プリシア王女の言葉で気づきました。
「ありがとうございます。プリシア王女に、そんな風に仰ってもらえて、私は幸せです。」
セシディは優しい笑みを浮かべ、プリシア王女に感謝した。
勉強の時間が終わり、セシディが帰って行くのを見送るプリシア王女。
「センセイ……大丈夫かな?」
「あの子が噂の、氷のセシディか。それにしても、プリシアが他人の心配するなんて、珍しい事もあるもんだな。」
声の主は、
「ロイドお兄さま!?」
プリシア王女の兄で、この国リークエンダ王国第一王子ロイドだった。