〝彼〟は
ついに名前が出ます。
「連れてきたぞ」
ルキウスが再び戻ってきた。
彼の後ろには————
「はは、でかいな」
巨人がいた。
ルキウスの身長をはるかに超える巨体。発達した筋肉。薄い赤の髪は首の後ろまで伸びていた。
服は、囚人らしいぼろを着ており、手錠はしているが、〝彼〟の力なら、簡単に引きちぎってしまうだろうからあくまで形式的なものだろう。
「初めまして。私がこの国の政治を取り仕切っているマキシウス=フェルヴィウスだ」
「・・・・・・・・」
「そして、こっちの眼鏡が、ルキウス=フェルヴィウス」
ルキウスは紹介されると、会釈だけした。
「さて、君は、名前は何だい?」
「名前・・・・」
彼が初めて口を開いた。男性の中では低めの声だと感じた。
「そうだ。名前だ」
「名前、とは何だ?」
「は⁉」
予想外の言葉に2人は驚きを隠しきれなかった。
「名前は、今私たちが言っただろう?私ならマキシウス、こいつなら、ルキウスだ」
「それならば、無い」
「無い?そんなわけあるか!」
ルキウスが怒気を強めていう。
マキシウスは待て待てとルキウスをなだめた。
「じゃあ、お前は今まであいつらに何て呼ばれていたんだ?」
「お前、奴隷、化け物、怪物、あと、昔は146号」
「番号?」
その番号の名前に引っかかった。
「研究所にいた」
「研究所?」
「地面の下にあった研究所に」
〝彼〟の言葉に2人は顔を見合わせる。
「それって!?」
「アルブヒューム地下研究所!!」
「まさか。お前はそこの出身なのか!?」
「・・・最も昔の記憶として残っているのは、そこでの記憶だ」
「・・・・なるほど、ならば、お前のそのおかしい体のつくりにも納得がいく」
ルキウスが何かに納得したようにうなずいた。
「どういうことだ?」
「10年前、たまたま父上とその研究所の所長が話しているところを聞いてな。全部はわからないが、何かに成功したことを報告に来ていたようだ。あそこでは、魔物の力を人間に取り入れるための研究をしていたようだ」
「よく知っているな」
「2年前。父上を捉えたついでに、禁書庫に入って、一通りの資料を回収した。その中にあったのだ」
「そうか。しかし」
「ああ、研究所は、7年前に父上が自ら消し去った。資料もそのとき奪ったのだろうよ」
マキシウスは、再び〝彼〟に視線を戻すと、
「彼は数少ない生き残りか」
「ああ。生き残りであり、実験の成功者だ」
「研究室が消えた後、森をさまよった。たまたま道に出たとき、奴隷商を名乗る男に拾われた」
「なるほど」
2人は〝彼〟が生きてきたこれまでを考えた。それは帝国の闇である。帝国の闇の中で〝彼〟は生きてきたのである。
「しかし、おまえは言葉は流暢だな。研究所では、それは教わったのか?」
「女に、教わった」
「女?」
「俺と同様に、研究所で過ごしたやつだ。彼女から言葉は学んだ。研究所が消えた後はどうなったかはわからんがな」
「・・・・・・」
部屋は暗い雰囲気に陥った。2人とも〝彼〟の過去がこんなにも凄まじいものだとは思わなかった。
マキシウスは、雰囲気を変えるべく、話を変えた。
「ところで、お前、歳はいくつだ?」
「わからない」
「・・・・・なら、お前は今日から17歳だ」
「17歳」
「ああ、戸籍も作ってやる。だから、学園に入れ」
「なぜ?」
「お前を必要としている。お前の戦闘能力を」
ルキウスが応える。
「俺は、人を殺しすぎた。俺は————」
「くどい!!」
ルキウスが一括した。
マキシウス驚いてルキウスを見る。
「残念だが、俺らではお前を殺せない」
「・・・・・・・」
「だから、お前は誰かに騙されんように学べ。そして、軍略やその他知識を学べ。生きるすべを学べ」
「学ぶ」
「そうだ。お前は、何も知らんだろう。何も知らずにこの世界で生きるのを終えるな!」
「・・・・・・・」
〝彼〟は黙ったままうつむいた。考えているのだろう。
「答えが出ないなら、明日にでも————」
「いや、いい」
〝彼〟が顔を上げる。その瞳には一種の決意が宿っていた。
「行こう。その学園とやらに」
「そうか、わかった」
「ふうー」
思い通りに事が進んでくれて、マキシウスは息をついた。
「しかし、学園には試験がある」
「試験?」
「ああ、そのためにも、1か月後に向けて、お前は文字を書けるようにするなど、いろいろしてもらう。講師はこちらで雇ってやる」
「いいのか?」
マキシウスもうなづいた。
「こちらからの提案だ。責任は持つ」
「・・・・・わかった」
「あとは、名前だな。お前、希望はあるか?」
「希望...特にない。
「そうか、どうしたものかな」
マキシウスはちらりと、本棚に視線を移す。そのとき、昔、母親に読んでもらった絵本の存在を思い出した。
今は、忘れ去れている古き英雄の名前、その英雄と彼はどこなく似ているように感じた。
「決めたぞ!!」
マキシウスは勢いよく立ち上がった。
「兄上⁉」
「こいつの名前だ」
「いきなりか!?」
「ああ」
マキシウスは〝彼〟に向かって指をさすと。
「アルケイデス」
「アルケイデス?」
「ああ、母上の出身地にある伝承に残る英雄の名だ」
「ほう」
「彼の姿とうまく合っていると思う」
「そうか、俺も用意していたのだが、兄上の方でいいと思うぞ」
「思えもか?」
マキシウスの問いに、ルキウスはふっと肩を上げて、楽しそうな異母兄に少し呆れるが、
「ああ、俺の母上の出身地の英雄にバトラスというやつがいてな。それが良いと思ったのだが」
「なら、両方組み込んでしまえ」
「いいのか?」
「ああ、苗字は、そうだな。ペルサキスなんてどうだ?」
「好きにしてくれ。赤子の名をつけているわけではないのだぞ」
「す、すまない。つい」
興奮が冷めたのか、再び椅子に腰かける。
「さて、お前の名前が決まった。アルケイデス=バトラス=ペルサキスだ」
「長いな」
「縁起がいい名前だ。受け取っておけ」
ルキウスに促され、〝彼〟————アルケイデスはうなづいた。
この日、ついに〝彼〟は名前を手にしたのである。1つの物語がゆっくりと動き始めた。
彼は名前を忘れているのではなく。元から無いという設定です。
次から、やっと彼を中心とした物語が展開します・・・たぶん