序章2 ③
書いていると、長引いてしまう。
第二次ガラル荒野の戦い。
それは、壮絶なものであった。
王子軍計7万、皇帝軍4万。前回とは数が逆となったのである。
しかし、王子軍たちの中には、それを見ても油断することはなかった。
前回自分たちが、数の利を跳ね返して勝ったからだ。
それに、相手には化け物がいる。
どうなるかわからない。
ルキウスの作戦がどこまでうまくいくのか、ここにはいない弟にマキシウスは望みを託した。
開戦の笛が鳴った。
戦の前線では、兵士たちが異様な光景を目にしていた。
それは、血走った目をし、大声をあげてこちらに全速力で走ってくるものたちがいるからだ。
それが剣闘奴隷たちだった。
自由のために彼らは多くの敵を殺すために、最前線に立って突撃したのだ。
しかし、奴隷たちがくることは想定していたことであった。
前線の指揮官が馬上から指揮を出す。
すると、指揮官の後ろに控えていた魔術師達が、一斉に魔術を唱えた。
途端に、奴隷たちの足元が盛り上がった。そして地面に段差をつくったのである。
奴隷たちは、それによって足元が突っかかり、前のめりに倒れていく。
そこに、王子軍の兵士たちが槍で彼らを突き刺していく。
皇帝軍の最初の突撃部隊の多くは、このシンプルな作戦にやられていった。
「指揮官様」
「なんだ?」
その様子を見ていた兵士が、隣にいる指揮官に話しかける。
「なぜあのような。普通に攻撃魔術で十分なのでは?」
「マキシウス様曰く。剣闘奴隷たちは普段の戦いの中で、攻撃魔術を使うものとも対戦しているらしい。つまり、彼らには対処されてしまうということだ」
「なるほど」
「ここは戦場だ。闘技場ではない。こちら側の戦い方に持っていくことが重要だ」
「そういうことでしたか」
「ああ、だが、これだけでは不十分だ」
指揮官は次の指示を飛ばす。
「矢を射よ」
すると、王子軍の真ん中あたりから、無数の矢が放たれ、撤退しつつある皇帝軍に降り注いだ。おまけに魔術師達が風の魔術を使い、矢の飛距離と、威力を上げているのだ。
皇帝軍からは断末魔の声がいくつも聞こえてくる。
初戦は王子軍が戦を優位に進めた。
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その夜。皇帝軍の陣中。戦闘奴隷たちの表情は暗かった。
舐めていた。戦を、戦場を。今日の戦いで仲間の3分の1が亡くなった。
「くそ!。どうしてこんなことに」
「突撃という指示しか出ないんだ。俺たちはそれに従うしかないだろ」
「だけど! そしたら、また同じように死ぬぞ」
「それは...」
彼らの様子を遠くから眺めていた第一王子たちは、厳しい表情をしていた。
「まずいな」
「ええ」
自分たちの責任などみじんも考えないで、ワインを楽しんではいたが、このままでは勝つのが難しいことを悟った。
「あいつを、使ってみますか?」
「ほう、あの化け物か?」
「ええ、あいつなら単身で突っ込ませても問題ないでしょう」
「どうして戦わせなかった?」
「切り札は最後まで取っておくものでございます」
「しかし、あいつは戦争に後ろ向きではなかったか?」
「そこは、あいつらを解放することを条件にすればよいでしょう」
「なるほど、そちも面白いことを考えるではないか」
「ありがたき幸せ」
二人はまるで盤上の遊戯をするかのように笑いながらワインをあおいだ。
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翌日。王子たちは彼のもとを訪れた。
「おい、お前」
王子が声をかけると、〝彼〟は顔を上げた。
「お前に頼みがある。1人で突撃して来い」
「・・・・・・・・・」
「条件は、お前以外の奴隷を必ず解放してやる、というものだ」
「⁉」
これまで無表情だった〝彼〟の目が見開かれ、王子たちを見る。
「本当に」
「ん?」
「本当に約束してくれるのか?」
「くくっ。ああ、約束しよう」
「・・・・・わかった」
〝彼〟は剣を持つと、軍の最前列に向かっていった。
「ははははは! 奴隷とは本当に無知で無能だな」
「ええ、だから使いやすい」
「ああ、さて、しばらく昼寝をしよう。勝ったら起こせ」
「かしこまりました」
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ガラル荒野は帝都ラヴェンナから東に1日ほど歩いたところにある帝国内最大の広さを誇る。
マキシウスたちが陣取った小高い山からは、荒野一帯を一望できる。
遠くには帝都の城壁がぼんやりと見える場所でもあった。
前日は、数の多さと作戦で、皇帝軍に打撃を与えられたが...
「ついに来たか」
マキシウスが望遠鏡をのぞきながら、荒野の向こうを見る。
視線の先にいたのは1人の男だった。
人間離れした巨体と、全身を鎧のように覆う筋肉。鎧はしっかりとは着込んでおらず、腰に巻いた布と、肘と膝にそれぞれプロテクターが付けられており、下は緩めのズボンを履いている。
そして、最も目を引くのは、その巨大な大剣だ。彼と同じほどの長さを誇る刀身からその大きさと重量の大きさをうかがえるのに、〝彼〟はそれを悠々と担いでいる。
「全軍に最大の警報を早急に知らせよ。無理に戦うなと」
「かしこまりました」
マキシウスはすぐに指示を飛ばすが、時は待ってくれず、皇帝軍側が突撃の笛が響いた。
すると、〝彼〟ははじかれたように駆け出すと、王子軍の先頭に近づいていった。
衝突かと思われたそのとき、突然、彼が手前で停止した。
不思議に思い、マキシウスは望遠鏡を再び除く。すると、彼が王子軍の方に向かって何かを話しているようだった。
彼が話し終えると、王子軍の側が彼に向かって突撃した。
「いかん!」
叫ぶが、兵士たちには届かなかった。相手の男は、兵士たちに向かって、大剣を横なぎに振るった。すると、〝彼〟に近づいていった兵士の十人程度が、それにあたって吹き飛んでしまった。
そこからはただただ蹂躙の時間だった。兵士たちは次々と立ち向かうが誰一人、〝彼〟を傷つけることはできず、逆にやられてしまった。魔術師や弓兵が援護をしてもそれでも〝彼〟に傷はつかなかった。
兵士たちのあいだには恐怖が生まれ始め、逃げ出す者も出始めた。
「退却だ!」
指揮官の判断で、これ以上の戦闘は難しいと判断されると、兵士たちは少しずつ、下がっていった。
しかし、彼は手を止めることは無く、追撃をしてくる。
「くそ! どうする」
指揮官として戦場に出ていた男爵家のマルロは、単身で突っ込んでくる男にいら立ちを覚えながら、強く歯をかみしめていた。
「マルロ!」
すると、近くで部隊を率いていたゼヘク将軍がこちらに向かってくる。
「将軍! どうすれば」
「ここは私の軍が足止めをする。貴殿は他の兵士たちをまとめて行ってくれ」
「しかし!」
「その通りだ男爵殿」
近くにいたもう一人の将軍————ルーベンスもうなずく。
「将軍が3人でかかれば少しは時間稼ぎになるだろう」
「ええ、そうですな」
シャルル将軍もうなずいた。
「・・・・・・わかりました」
男爵は彼らの強い意志をくみ取ると、全軍に撤退命令を飛ばした。
軍が全速力で撤退する中、3人の将軍は、
「さてどうしますか?」
「突っ込んでも難しい」
「ええ、ですからまずは」
シャルルが男の方に向かって手を突き出すと、魔術を唱え始める。
『サイクロン!!』
彼の詠唱と共に、3人と1人の間に巨大な竜巻が発生した。そして竜巻は、小さな砂を巻き上げあたり一帯を砂煙で包んでしまった。
「いくら魔術が効かないといっても、周辺の状況を変えるくらいなら、できるだろう」
「なるほど、それで次は?」
「我々でおびき出す。森の方へ誘導しよう」
「シャルル、それは...」
「いや、ルーベンス。森の方が動きが限られる。彼ほどの巨体ならなおさらだ」
「それに、森なら隠れるところが多い。もしもの時は、な」
「そうか、良し行くぞ!」
そう言うと、三人の将軍は荒野から東に少しった森に向かって馬を走らせた。
次でラスト