序章9話 共同戦線
「とまあ、転生してから今日に至るまでのわたくしはこんな具合ですね」
「ていうか今の話はあのメイドに聞かれても大丈夫なの?」
ラズは途中から日本語で話していない。馬車の外からならよく聞こえ無いとは思うが、エリーゼは気になってしまった。
「問題ありません。リタはわたくしのお姉ちゃんみたいなものなので」
「はい。何時如何なる状況に置いてもラズ様の事を最優先し、命を懸ける覚悟があります」
感情の希薄な声が馬車の外から返事をする。
「……どんな耳してんのよ、ホント。まあ、アンタに任せるわ」
ラズのこれまでの身の上話を聞き終えると、エリーゼは思考を巡らせる。
――複数の魔法を同時に習得したのがレベルの影響だとしたら、そもそもの習得条件はゲームと同じってことかしら。ゲーム開始時点でラズマリアのレベルは2。そしてこの世界の初期レベルは1。
根拠はエリーゼの現在のレベルである。ラズという超が付くほどの異端児を除き、当然箱入りで育った伯爵令嬢のレベルなど上がっているはずもない。
ゲームの場合だと入学の半年前に覚醒する理由は何らかの原因によりレベルが上がったことで光魔法に目覚めた可能性が濃厚だろう。
通常の魔法は早ければ7歳くらいに発現するが、レベルによって解除されるものではなく熟練度を高める事で使いこなせる魔法が増えていく。これは上位の魔法ほど制御が難しい事に起因する。無理に発動しようとしても魔力が霧散するだけで何も起こらない。
しかし、光魔法はいきなり複数の魔法が使えるようになった。つまり習得についてレベルに依存する、とエリーゼは結論付けた。
――習得条件といえば好感度が上がると覚えられる魔法とかあったわね。……ん、好感度?
「って、ちょっと待ちなさい。アンタ恋愛対象は今どっちなのよ?」
「な、なんですか藪から棒に。はっ!? まさかエリさんわたくしのことをそういう意味で好きになってしまいましたか!? でもごめんなさい。お気持ちは大変嬉しいですがご期待に沿うことは出来ません」
「なんで私がフラレたみたいになってんのよ。男が好きか女が好きかって聞いてんのよ!」
「そんなはしたない事……辺境伯家令嬢としてとても口になんて出来ませんわ」
「盗賊相手にドレスでサマーソルトかますわ、殴った地面が割れるわ、既に十分断トツではしたないのよ!」
「下に短いズボンを履いているので、セーフという事で」
「アウトよ、アウト。そんなことはどうでもいいのよ」
ラズの額に軽いチョップが落ちる。話が進まない事この上ないのは彼女の標準仕様である。マナー担当教師の苦心の末に仕上がった完璧な令嬢はあくまで外面である。そして、不幸なことにラズはエリーゼを早々と身内として認識してしまっていた。
頭を押さえながらラズは上目遣いで見上げる。
「うう。アウトですか……地味にショックです。それでわたくしの恋愛対象ですが正直自分でもよくわかんないんですよね〜。前世も今も恋なんか未経験ですし」
頭が痛いときの前世の癖で眉間を手で押さえながらエリーゼが告げる。
「さっき私、アンタがヒロインって言ったわよね」
「はい、言いました」
「そして、ヒロインには役割があるわけよ」
「あ〜、よくある展開ですね。それで、どんな役割なんでしょうか?」
続きが気になったらしくプレゼントを開ける直前の子供のように前のめりになると、もともと存在感抜群のラズの胸部がさらに強調される。
さっきから元男だったクセになんでこんなにあざとい動きしてんのよ、とエリーゼは心中で毒づいた。なお、ラズにエリーゼを誘惑する意図も趣味も無いので単純に無防備なだけである。
「ざっくり言うと特定の男のうち一人とラブラブになることね」
「……えぇ、思ってた役割とは違いますね……ちなみにならなかったら」
「王都が滅ぶわ」
「いや、責任重大過ぎますよ!?」
そこだけ聞かされると誰もがそう思うことだろう。
「攻略対象の好感度が最大値の状態で決戦に挑まないと習得出来無い魔法があるのよ。で、この魔法が『聖域』って言うんだけど、王都全体を被うことも可能な魔物避けの結界なのよ」
「ウチの実家の裏山に掛かってるやつですね」
「魔境を裏山っていうんじゃないわよ」
「魔境と言っても領地に近いところは比較的弱い魔物が多いですよ?」
「アンタ基準でいったら、ミノタウロスが乳牛に見えるレベルになっているはずだから全く信用ならないわよ」
「いやですねぇ、エリさん。ミノタウロスは肉牛ですよね?」
「ここらで出たら軍を要請するレベルの強モンスターなのよ!」
エリーゼの咆哮が狭い馬車に響き渡る。
「で、話を戻すけど学院3年生の冬までに好感度が上がりきっていないと『聖域』が発動できなくて詰むのよ」
「つまり王都に向けて魔物が来る、って事ですよね」
「設定通りなら四方八方から大量に来るわね」
「数が少なければわたくしがお相手するところですが王都全域の防衛戦となると厳しいですねぇ」
腕を組んで唸っているが、そもそも個人で王都防衛を検討すること自体がそもそもの間違いである。
とはいえ、ラズは現時点でこのままラスボス戦に挑めるくらいに強い。レベルを見たわけではないがエリーゼには確証がある。
それは彼女が先程使用していた空を自在に翔け回る魔法、『天啓』が使用可能な状態にあるという点だ。
全能力の飛躍的向上と圧倒的機動力を得るそれを習得するレベルは45。
『天啓』の下位互換として『天啓・限定』という魔法も存在するが、これは1分間限定で『天啓』を発動出来るものの、魔力の消費量が多く効果も本物より低いため大変燃費が悪い。
先程の戦いでは光翼を出したまま数分が経過しても解除される気配はなかったので、ラズのレベルは低くとも45である。『天啓』状態での格闘に慣れていることを考慮するなら更に高いだろう。
「そういった経験は微塵も無いので好感度なんて言われても何をどうしていいかわらないですよぉ……」
前世を含めてもラズの恋愛経験値は0である。ワクチンが必要なレベルで免疫が無いので、誰かと恋愛関係になっている自分の姿を想像するだけでも顔が熱くなっていた。
「そのあたりはヘビープレイヤーの私が何とかしてあげるから、大船に乗ったつもりでいたらいいわ!」
どや顔でピースサインを作ったエリーゼに思わずラズは拍手をしてしまう。
「おお、さすがエリさん頼もしいです。これはもう勝ったも同然です!」
「という事で、王都滅亡の阻止に協力するから私の破滅の回避に協力して頂戴ね」
「もっちろんですよ。初めて出来た大切なお友達を虐めるような悪い人がいたら音速で蹴り飛ばして差し上げます!」
「アンタが言うと洒落にならないからやめておきなさい。……これからよろしくね」
「はい!」
エリーゼが拳を付き出すと、ラズは花が咲き乱れたような満面の笑みで自分の拳を合わせた。
画して、ヒロインと悪役令嬢の奇妙なタッグが組まれることとなったのである。
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