第5章7話 王都捜索
なんとか更新できました……
よく晴れた秋の空は暑すぎ寒すぎずと、王都で日々を営む人々にとって過ごしやすい季節の一つだ。
もちろんそれは地上ではという条件付きのものではあるが。
遥か上空を簡易なドレス一枚で飛行すれば肌が震える程度ではすまないだろう。しかし、およそ人類の域を超越した聖女その人にとってはただの涼しい風、くらいの認識でしかない。
遮る物のない虚空を悠然と舞うラズはというと、苦労の末に獲得した優雅さが形を潜めてプンスカと怒っていた。
「楽しみにしていたお祭りの準備にいつまで経っても戻れないなんて……! 憧れの学祭を邪魔されてはさすがのわたくしも怒髪衝天ですよぉぉぉっ!」
周囲をはばかる必要のない大空に発せられた怒りの嘆きは誰の耳に届くこともなく風にかき消された。
「ふう。ストレス発散はこれくらいにして、どこから探しましょうかね……?」
最終的には王都全域を回る事になるが、どこかを重点的に捜索すべきなのは間違いない。しかし、狙いが不明である以上絞り込めるだけの手がかりはない状況だ。
「被害を拡大する為に人の多いところを標的にするとは思いますが、人目に付く場所は避けるでしょうし、難しいところですね。屋内が怪しいですが人のいる建物となると誰が触る可能性もありますよね。学院の物置部屋のように人がこない建物となると……空き家ですかね?」
自身の中で結論が出るや否やラズは一気に高度を下げて建物の屋根の付近に向かう。そして、速度を落としてそのまま進む。
所狭しと並ぶ石造りの建築物を隈なく見渡しながら馬車と変わらない速さで飛んでいく少女の姿は当然の事ながら目立っていた。魔法の特性上、全身が発光する点も目を引く原因の一つだろう。
己の目を疑う光景を目にした住民は、とある噂を想起して、すぐに何者であるかに気がついた。
「おい、聖女様だ! あそこに聖女様がいらっしゃるぞ!」
市井に対しては周知を行なわれていないはずの聖女の存在を一般の住民が認知している理由は、教国での一件が大いに関係していた。
衆目の前で国の危機を払って退けたその勇姿を讃える声は聖都に留まる筈もなく、ここ王都にまではっきりと伝わっていた。
押し寄せる波のように伝播する噂に王国の民はその姿を一目見たいと渇望していた。近々開催予定のパレードへの期待は高まるばかりであったが、当の主役はと言うとこの燃え盛るような熱意が国内満ちているという事実を全く把握していなかった。
「……あちゃ〜、やっぱり空を飛んでたら否が応でも目立ちますよねー」
道ゆく市民の注目を過剰なまでに浴び、やりにくさを感じながらラズは軽く手を振りつつも、意識は捜索に集中するのだった。
調査を始めて怪しげな気配を感じたのはそれからしばらく飛び回った時だった。学院で感じたもやもやとした違和感を察知し、感覚だけを頼りに進んでいたラズの足もとい翼が止まる。
「これは当たりのようですね……! 一旦降りてみましょう」
人目のつかない路地裏へ軽やかに着陸したラズは魔法を解除して歩いていく。
立ち並び年季の入った石造りの家屋に光を遮られた薄暗い道は表通りと違って静けさがある。
人が4人ほど並べる程度の狭い通りでゆっくりと歩みを進め、一つの古びた扉の前でぴたりと立ち止まった。
窓は鎧戸が閉まっておりドアノブに「売り屋」と書かれた看板が無造作に掛けられていた。
家主が不在であるとラズは確信し、中に入ろうとするも扉は施錠されていて開かない。
「まあ、普通は鍵をかけますよね。仕方ありませんからピッキングしちゃいましょう。ここらへんをこうしてこうすると……」
どこからともなく現れた細い針を鍵穴へと差し込んで、ガチャガチャと音を立てながら解錠を試みる。
気品に溢れた清純な乙女と噂の聖女がコソ泥の真似事をしているというなんとも言えない光景だが、幸にして誰にも見つかる事なく解除に成功する。
「実家の扉でこっそり練習した甲斐がありましたね〜」
扉をくぐって内側から鍵をかけ直すとラズは急な階段を伝って二階に上がっていくと、先へと進むにつれて筆舌し難い不快感が増大していくのを感じていた。
「『天啓』、『光陣剣』」
二階の最奥の部屋の扉の前で魔法を発動し、中へと踏み込む。埃をかぶってがらんとした部屋の隅に、不自然に真新しいクローゼットが置かれているのを発見する。
「やはりありましたか。見つけてしまえばこっちのものです」
腰を落として剣を構え、躊躇なくクローゼットに向かって刃を突き立てると、案の定その手前で見えない壁に衝突する。抵抗を感じながらも、力押しでそれを破った。
上位の竜であっても難なく沈める必殺の一撃には強固な障壁であっても防ぎ切るのは不可能だ。
「さて……鬼が出るか蛇が出るか、ですかね。なにが相手でも討ち漏らしだけは避けなくてはいけませんねぇ」
無傷でたたずむクローゼットの内側にいる何がこちらに気付いて激しく暴れ始め、ガタゴトという騒々しい音が生活感のない寂びしい部屋に反響する。
しかし、やがて音が止んでしまい、一向に外へ出てくる気配がない。飛び出してきたところを一刀両断にしようと待ち構えていたラズもこの反応には若干困惑していた。
「えぇ…………こういう時は『まものがあらわれた!』ってなるのが相場がじゃないですか!? わざわざどこからか連れてこられて、暗くて狭い箱に閉じ込められて、そのまま討伐なんて流石に魔物と言えども可哀想ですね……」
まだ姿を見ぬ魔物に同情しながら、ラズは光の剣を上段に構える。
襲ってこないならクローゼット諸共切り捨ててしまえばいい。
こちらから攻撃を開始しようとしたラズだったが、ここで予想外の事態が起こる。
「むむ!?」
振りかぶろうとしたラズが後ろに飛び退くと同時に木製のクローゼットが激しく燃え上がった。
そして、火炎に塗れて脆くなったところを木っ端微塵にし、中に潜む魔物が明らかになる。
「屋内にサラマンダーを配置するとは中々に凶悪な手口ですね〜」
建物自体は石造りなので延焼の心配はないものの、フローリングや階段は木で出来ているため早急に対処しなければ危険には違いない。
「ガァァァッ!!!」
トゲトゲした鱗を纏ったイグアナのような風貌の魔物が大きく開いたアギトから火炎を放つ。
ラズがすかさず剣を薙ぎ払い、その風圧で放射された炎を振り払うと、全身に火炎を纏ったサラマンダーが突進してくる。
尾の長さを含めれば大の大人を上回る体長を誇る図体による体当たりは並の騎士であればなす術もなく餌食となるだろう。
「ほのおタイプには水が有効と相場が決まってますからね!」
燃え広がる事を恐れたラズがどこからともなく現れた大きな水瓶を投げつけると、サラマンダーは不快そうに足を止める。周囲にばら撒かれた水が延焼を抑えるのを見て、ラズがすかさず剣を投擲して、無防備なサラマンダーの脳天を貫く。
「グ……ァァ……!」
ただの動物などに比べればはるかに頑丈な魔物と言えども急所にこれ程の深い傷を負ってしまっては一矢報いる悪あがきすらできないまま崩れ落ちる他なかった。
爬虫類特有の獰猛な眼から急速に光が失われ、そのまま黒煙と化して消えてしまう。
そして討滅の証でもある大ぶりの魔石と素材となる大牙だけが所々焦げてしまった無惨な床に残っている。
「さあ、この調子でサクサクやっつけますよ〜!」
戦利品と残ったクローゼットの破片を律儀に回収したラズは窓から飛び出して、空き家を後にする。
サラマンダーもまたレイスに匹敵する強さを誇る魔物だ。まして狭い屋内での戦闘となると討伐は困難を極めるだろう。
一般の兵士はおろかエリーゼ達がパーティで挑んでも、勝てる見込みは薄いぐらいである。
「はてさて、次はどこを探しましょうかね。王国に打撃を与えるのが目的でしたら、やはり人が集まりそうな場所の可能性が高いでしょうけれど……」
候補として真っ先に挙げられるのは大広場だが、物を隠すには不向きなロケーションであり、条件からは外れる。
他にも教会や大通りなど往来の激しいスポットには心当たりはあったが裏を返せば人目につきやすい場所でもあり、自分であればそういった所は避けるだろうとラズは首を傾げた。
「むむ〜……発見漏れがあっては困りますから安易に山を張る訳にいかないのが難しいところですね。ゲームのミッションみたいに仕掛けられた数が分かればいいのですが、それさえもわからないとなるとローラー作戦しかありませんよねぇ……」
唯一の救いはある程度離れていても、ラズの直感センサーに引っかかるということぐらいである。
街並みに沿って再び飛び始めたラズは一般市民の住居が集中する区画をしばらく行ったり来たりしたのだが、さっぱりと見つかる気配が感じられなかったので、次の地区へと移動していった。
「むー、商業ギルドも教会も劇場もハズレですか。お店関係が並んでる分、訪れる人も多いですから、商業区が狙われない筈はないと思うんですけど……およよ?」
何かを発見したラズは高度を下げて、地上に降りたつ。
そこに居たのはうずくまって泣きじゃくる5歳くらいの少女である。
「こんにちは〜」
緊張感のない呑気な挨拶が後ろから聞こえ、少女はビクッと震える。
「ぐすっ……お姉ちゃん、だぁれ……?」
「お姉ちゃんは通りすがりのラズマリアお姉ちゃんです。なにかお困りですか?」
「ママが……いないの。ぐすっ、おかいものに来たのに、ぐすっ、どこにもいなくて」
「それは困りましたね。ですが、もう心配いりません。お姉ちゃんといっしょに探せばどこにいてもすぐに見つかりますよ!」
ラズがかがんで手を差し出すと少女は一瞬だけ逡巡するが、頼れる相手もおらずすぐに手を掴む。
「さあ、こんなに可愛い顔なのに涙を流していてはもったいないですよ」
「ぐすっ……うん、もう泣かない……」
「いい子ですね。特別に飴ちゃんをあげましょう」
棒のついた飴を少女に手渡すと、ラズは立ち上がる。
「おいしい! お姉ちゃん、ありがとう!」
口にした瞬間に破顔した少女は先程までの暗い表情はどこかへと吹き飛んでしまった。
これには思わずラズの表情も緩む。
「さて、お母さんとはぐれた場所に案内してくれますか?」
「うん、こっちだよ」
小さな手がラズを引いて歩き始める。
すっかりと元気を取り戻した少女が向かっていった先は真っ直ぐ歩くのも難しいほど人で賑わう広場である。綺麗な円形の広場には赤いレンガが敷き並べられているが、数えきれないほどの屋台と人でその全容はよく見えない。
「お母さんはどんな服を着ていましたか?」
「うーんとね……白いふくだった!」
「白ですね。髪と瞳の色も教えてくれますか?」
「わたしとおそろいの色なの」
「なるほど……」
聞き出した特徴に合致する女性はと言うと、ラズがちらりと周囲を見ただけでもちらほら歩いているくらいである。もし、広場全体で数えたら何十人いるかわからないほどである。
捜索の手掛かりとしては心許ない情報にラズは心中で苦笑する。
(この人並みから面識のない一人の女性を探すとなると一筋縄ではいきませんねぇ)
時間を掛ければ一通り探す事は出来るが相手もこちらを探す為に動いていると考えれば、すれ違う可能性は低くないだろう。
「ちなみに、お母さんとはぐれた時のお約束事とかはないですかね?」
「知らない人にはついていかない!」
「あー……他のでお願いします」
見知らぬ子どもの手を引く今の自分が不審者の条件にぴったり合致する事実に気が付いたラズはばつの悪い顔を浮かべた。
「う〜ん、たしか……めじるしになるところにいなさいって言ってた」
「おお、よく思い出せましたね! とっても偉いですよ〜」
「えへへ、ありがとう、お姉ちゃん」
褒められた少女は目を細めて、照れくさそうに微笑む。その姿を見てラズも思わず頬を緩ませた。
「この近くのランドマークと言えば広場の中央にある古井戸ですかね。そこに行ってみましょうか!」
「うん!」
行先を定めた少女とラズは人混みをかき分けてなんとか進んでいく。
雑踏の中で子どもを連れて歩くのは簡単ではないが、それほど大きな広場ではないのが救いであった。小さな歩幅に合わせても目的の場所に至るまでにさほど時間は掛からなかった。
しかし、ここで別の問題に直面することになる。
(間違いありませんね。井戸の中にあの嫌な気配があります。まさかこのような場所に隠すとは思ってもみませんでした)
予想だにしない隠蔽場所にラズは驚きの色を漏らしていた。
王都は小高い台地の上にあるため、相対的に地下水の位置は非常に低いのだ。当然の事ながら水を得るために掘り抜かれた井戸も相応の深さとなっている。
空からの探索ではこの付近も数度通過していたが、屋根の上から井戸の底までとなると察知可能な範囲の遥か下である。
(地下空間でありながら露天で、人目にも着きづらい。よくよく考えれば秘密裏に魔物を隠すにはうってつけの場所でしたね。しかも、数多の人で溢れかえっていますから、後手に回れば被害は考えたくないほど広がっていたに違いありません……)
多数の死傷者が出ていたかもしれないと知り、思わず筋が凍る。
「あ、ママだ!」
「エリー!」
ラズの意識が別のところを向いている間に、少女が母親を見つけたようだ。安心から満面の笑みを浮かべた。
母親の方も娘の存在に気が付き、血相を抱えて走り出すと、少女を抱きしめた。
「お母さんに無事会えて本当によかったですね。これでお姉ちゃんとはお別れですが、急いでここから離れてください。この後ちょっとだけ騒がしくなりますから『天啓』」
「あ、あなた様は……!?」
娘の隣に立つ人物が何者であるかに気づいた母親は目を見開き、口をぱくぱくさせていた。
「すごい! お姉ちゃんは天使なの?」
光り輝く翼を纏う神々しい姿を目の当たりにした少女の率直な疑問にラズは小さく首を振った。
「い〜え。お姉ちゃんはちょっとだけ力の強いただのお姉ちゃんですよ〜」
ラズはにこりと笑って見せると、数メートルほどゆっくり上昇する。そこから古井戸の真上に移動すると光の剣を呼び出して、両手に構えた。
これから起こることを察した母親に手を引かれて手を振りながら井戸辺から遠ざかるのを尻目に降下を開始した。
「さて、今度は鬼が出ますか? それとも蛇が出ますかね? どちらであれやることは変わりませんがね!」
古井戸の内径は10メートルほどとかなり広いにも関わらず、キラキラと揺らめく水面はかなり小さく見えており、この縦穴は極めて深いのだろう。
積み上げられた無数の切石と水底以外に何もない空間はどこか神秘的でもある。
「逃げ場はどこにもないですから、このまま瞬殺させて貰いますよ。いざ、とっつげき〜!」
自由落下の要領で頭と足の位置を入れ替えて逆さ吊りの体勢になると、そのまま急速に降下しながら左手の剣を突き出す。
瞬く間に深部へと到達し、水面に激突するかと思われたその時ラズの身体が一瞬にして停止する。
剣先が視認不能な障壁に突き刺さるとガラスが割れるような小高い音が響いた。
間髪入れずに右手の剣を振り下ろそうとしたその時、なにかが水面から顔を覗かせた。
「って、本当に蛇!?」
ツルツルとした鱗に包まれた魔物の瞳がこちらを捉えると獰猛な顎門をぱくりと開ける。口内にはバチバチと音を立てながら光り輝く球体が現れ、次の瞬間にラズは激しい衝撃を感じる。
「くぅぅっ! これは雷属性のブレスですねぇ……!」
魔物が放った黄金色の眩いブレスをモロに受けて井戸の外まで吹き飛ばされたラズは軽い痺れを覚えながらも、追撃に備えて体勢を立て直した。
読みは違える事なく当たり、井戸から飛び出した大蛇がラズを襲う。
だがわかっていれば回避は容易いもので、鋭く尖った牙は間一髪のところで空を切った。
しかし、攻撃はそれで終わりではない。前世で見た龍を彷彿する巨体は移動するだけでも凶器になり得るのだ。ラズは波打ちながら上昇してくる相手の動きに合わせて高度を上げながら、巻き込まれないように距離を取る。
そして、井戸から飛び出した事で明らかになった魔物の全容をラズは移動しながら観察する。
ドラゴンに引けを取らない大きな体躯に蝙蝠のような羽を持つ大蛇の姿には見覚えがあった。
「ライトニングサーペント……ですか。災害級の魔物なんですけどね」
雷電を自在に操るこの大蛇は嵐さえも引き起こすと言われる危険な魔物である。討伐難度は上級ダンジョン最下層のボスとして登場するぐらいには高い。本来は縄張りから離れる事がないので、ワイバーンなどに比べると脅威は少ないとされるが一度人里に姿を現せば、辺り一体の地形が変わるほどの被害をもたらす。
「シャーーッ!!!」
帯電状態で鳴き声を上げて威嚇するライトニングサーペントに対して問答無用で剣を投擲しつつ、真っ向から接近していく。
回避が間に合わず強靭な蛇腹の脇を刃が貫くが、怯むことなく牙を向けて反撃する。
しかし、ラズは大きく開いた大蛇の口の上へと抜け出し、すれ違い様に地面と直角に回転しながら頭部を切り付けた。
纏った電撃により発生する僅かなダメージなど歯牙にもかけず、勢いに乗った長剣をそのまま回しながらコマのように尾の方向へ背を切り裂いていく。
死角からの攻撃にライトニングサーペントも尾を打ちつけて応戦するも、ラズがくるりと急速回避を行うと自身を強打して体勢が崩れ、帯電状態が解けてしまう。
「行きますよ! ぱわーーーっ!!!」
力を失った光剣を手放しつつ、腹部側に回り込んだラズは急上昇を掛けながら天地をひっくり返した姿勢でドロップキックを放つ。
ズドン!
顎に致命的な一撃を叩き込むと、大質量と呼んで差し支えのない巨躯が天へと打ち上げられる。
許容範囲を超えたダメージを受け、ライトニングサーペント真っ黒な煙へと変貌して消滅する。
「う〜……髪がごわごわになってしまいました……」
圧勝したラズであったが、美しい桜色の長髪は見るも無惨な姿になっていた。帯電して逆立った髪を必死で抑えるが、戦闘の爪痕は今しばらく残りそうである。
負った傷は自然回復で追い付く程度のものであり、魔法による治癒すら必要としない頑丈さはどちらが魔物かわからない程である。
「とにかく早急にお風呂へ入りたいんですけどね……」
すっかりと意気消沈した具合のまま、ラズは未踏査区域へと飛び去って行った。
その後、王都の捜索が終えて彼女の希望が叶ったのは街がすっかりと暗闇に包まれた頃であった。
☆
星が瞬く静かな夜にサラマンダーを撃破した空き家に影が一つ現れた。
身に纏った黒いローブが闇に溶け込むように小さく揺れる。
「……この短時間の間に全てやられとはな」
「並々ならぬの労力をかけたと言うのに、こうもあっさりと策を潰されるとなると、やるせないものだ」
姿は一人だがどういうことか聞こえてくる声は二つある。一つはしわがれた胡散臭い声、もう一つは青年の声であるがどちらも冷淡で不機嫌な印象を受ける。
「それで? このまま計画を続行しても上手く行くとは思えんが次の手はあるのか?」
挑発的な声色で尋ねられて、黒いローブは小さくうなづく。
「少々、忙しくなるがないことはない。それよりもこの機会を逃すのだけは避けたい。無理を通してでも計画は実行する」
「ほう……勇ましいことだ」
「どんな手を使ってでも厄介な聖女はここで潰す。必ずや女神を崇める全ての愚者を終わりなき絶望へと沈めるために……!」
強く拳を握ったローブの人物を漆黒の霧が飲み込むと程なくして消え失せてしまう。
床に残った焦げ跡だけがそれを見送った。




