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第5章6話 復帰

大変遅くなりました

プロットは上がってるのに書く暇ががが

 フランチェスカが来襲し、ラズが学生会室に現れなくなってから一週間が過ぎた。

 約束通りに引き抜きの補填として紹介された三名の学生による奮闘もあって、学院祭の準備は次の段階へと差し掛かっていた。

 着実な前進を各々は感じていたが、頭数が増えて手狭になった部屋が普段の落ち着きを取り戻すにはまだまだ至っていない。


 平常時はまず耳にする事のないエリーゼの怒号は日に何度も炸裂しており、今日は既に三度目である。


「どういうつもりよ、これ!」

「なにか問題が?」

「ダンジョン研究会のやつらの申請書なんだけど内容が『魔物が忌避する臭気を発するアイテムの展示』って書いてんのよ。要するに鼻の曲がるような不審物を実演販売しようって魂胆でしょうけど、やんごとなき来賓まで来るってわかっててこんなイかれた物をドヤ顔で撒き散らそうとしてるなんて正気の沙汰じゃないわよ!」

「まったく嘆かわしいですわね。エリーゼさんのお心を煩わせた俗物は私自ら焼却して参りますわ」


 今にも殴り込みに行きそうなヴァレンティーナをエリーゼは手で制する。


「是非そうしてやりたいところだけど、時間の無駄だから、ヴァレンの気持ちだけ受け取っておくわ。却下のハンコを三つくらい押して差し戻してちょうだい」

「はい、仰せのままに!」


 愛称で呼ばれた彼女はそれまでの剣幕を瞬時に霧散させると上機嫌で席に戻る。

 なぜ呼び名が変わったかと言うと、長すぎる名前にエリーゼが煩わしさを覚えたからである。そう呼んでもいいかと尋ねると、彼女は二つ返事で了承した。

 本人は親密さを感じる愛称に喜びを覚え、エリーゼは手間が減る事で利害が一致している。


「エリーゼ様、ちょっとよろしいでしょうか」

「なによ?」


 常に不機嫌で話しかけづらい雰囲気の彼女に臆する事なく話しかけたのはウォルターである。

 騎士の道を目指す彼の事務処理能力は悪くはないが良いとは言えない。隅々まで丁寧に考えて行うのは良いが、その分作業に要する時間も増していく。

 そのため、現在はエリーゼは采配により「頭を使わないが細かい作業」が割り当てられている。


「頼まれていた招待状ですが半分ほど作りましたができた分から随時発送して良いのでしょうか?」

「遠方宛と高位貴族の分はもう出して良いわよ。下位の貴族へ先に届いて、その事が知れればヘソを曲げる(やから)もいるでしょうから、そこは気をつけるのよ」

「……輩ですか。招待客に使っていい言葉ではないと思いますが、言わんとしている事はわかりました。そのように処理致します」


 国内の祭りの中でも指折りの規模を誇る学院祭の準備ともなると複雑で膨大な調整を速やかに行わなければならない。

 代表者代行の任を預かってから今日に至るまでエリーゼは卒のない指示を与え、役目を果たしてきた。

 これを1人で処理しようとしていたギルバートは例外としても、代役としては申し分のない働きぶりを見せており、新規参入の学生の信頼も既にがっちりと獲得している。

 なお、付き合いの長いウォルターとルーカスはというと元々のパーティ活動の影響をもろに受けて、「とりあえずエリーゼの指示にしたがっておけばいいや」という脳死状態である。


 例えばエリーゼが窓から跳べと命じればウォルターは間違いなく飛び出す。一点の疑いもなく、微塵の躊躇もなく反応して見せる事だろう。

 そして、それが大きな弊害になってしまった。


「これはどうしたらいいんだ、赤いの」

「うっさいわね。ちょっとは自分で考えなさいよ!」

「僕に任せて困るのはお前だろ。なんとかしろ」


 そして、二人の面倒も見ていたラズの離脱により予期せぬところでエリーゼの仕事が増量してしまった。


「ああ……ラズを手放したのはどうやら時期尚早だったようね……」


 遠い目を浮かべ、背もたれに身を預けたエリーゼはおっとりとしたラズの声が恋しくなっていた。


「みなさ〜ん」

「はぁ……幻聴まで聞こえるなんて相当疲れているようね」

「いえ、本物ですよ?」


 振り返ってエリーゼが確認すると、そこにいるのは稽古に参加している筈のラズであった。


「なにがどうしてあんたがここに居るのよ。まさか、稽古が嫌になって逃げ出したんじゃないでしょうね?」

「違いますよぉ。エリさんじゃあるまいし、嫌でも逃げたりしませんよ」

「オーケー。あんたから見て私がどう映っているかはわかったわ」


 かつて王妃教育から逃げ惑っていたエリーゼだがそれについてはなんとも思っていないのでサラリとスルーする。


「まさか、演劇部の連中じゃ手に負えないくらい演技がヘタクソすぎてクビになったとかじゃないわよね?」

「違いますよぉ。お芝居ならちゃ〜んとフランチェスカ部長のお墨付きをいただいてますよぉ」


 不服そうに頬を膨らましたラズの頬をエリーゼが鷲掴みにすると、「ぷふー」という音を漏らしながら元の大きさに戻る。

 

「じゃあなんだっていうのよ」

「ふふふ。たった今、申し上げたとおりで、お墨付きを貰ったんですよ〜」

「詳しく」

「セリフの暗記はもちろん、舞台に上がるタイミング、言葉に合わせた動作、照明の進行表に至るまで全て把握しました。本番も盤石と言って良いほどの仕上がりです!」


 顔面を鷲掴みにされたままラズがダイナミックなその胸部を反らせると、その勢いでエリーゼが弾き飛ばされる。


「くっ……相変わらずでかいわね。じゃなくて、要するにお芝居の方は完璧だからもう練習はいらないって事かしら?」

「厳密には朝の全体練習には引き続き参加しますが午後の練習は免除してもらえる事になりましたので、今日からバリバリ働けちゃいますよ!」

「うん。あんたはやっぱりそういう奴よね……」

「なぜゆえ、そんな憐憫の眼をわたくしに向けていらっしゃるんですかね……?」


 経緯を理解したエリーゼはというと驚くよりも呆れていた。舞台の経験もない中、この短い期間で主役を演じるだけの完成度まで仕上げる事はそう簡単な話ではないことは素人でもわかる。それをいとも簡単にやってのける才能があればもっと楽をすることもできるはずだが、ラズの場合はさらに仕事を増やすためだけにブンブン振るう。根っからのワーカーホリックぶりにドン引きである。


「まあ、とにかく手が増えるなら私は文句はないわよ。ヴァレン、ラズに回す作業を見繕っておいてちょうだい。その間に舞踏会用の飾りを確認してくるから頼むわね」

「ええ、お任せください!」

「ヴァレン……?」


 ラズが愛称で呼ばれたヴァレンティーナの方に目をやると、自慢げな様子でニヤリと笑っていた。


「やむを得ません。誰がエリさんの一番であるかを――」

「はいはい、あんたも行くわよ」

「待ってください。まだ大事なお話がぁぁーー…………」


 腕まくりをして大股で踏み出そうとしたラズの首根っこもといドレスの襟をエリーゼが手際よく捕まえるとそのままずるずると引きずりながら、繊細な意匠が彫られた学生会室の扉を乱暴に開けて去っていった。


 二人が出会った頃に比べるとレベルが大幅に上がった事に起因して飛躍的な上昇を遂げたエリーゼの腕力がここに来て役立つ事になったのである。

 



   ☆




 学院の中央棟は見た目以上に広い。学生会室を出て階段を昇れば物置となっている部屋がいくつもある。厳重な保管庫に入れるほどでもないが捨てるには惜しいという塩梅の品々を「とりあえず」収容し続けたその結果、今や多くのスペースを占めてしまっている。

 もはや、なにが保管されているかは誰にもわからない状態だ。

 そんな整理が行き届いているとはお世辞にも言えない数多の部屋の一つの前でラズとエリーゼは立ち止まった。


「うん、この部屋ね。……もし違ったらこの階にあるドアを片っ端から開けなくちゃいけないって考えると面倒くさいわね」

「……んー、エリさん、ちょっといいですか」

「どうかしたの?」


 困り顔のラズが扉に開こうとしたエリーゼの手を掴んで静止する。


「この部屋の中からすごく嫌な感じがするんですよね」

「ゴキブリが大量にいるとか?」

「いえ、ゴキブリなら平気ですが……」

「よくわかんないけど、とりあえず開けてみましょう。呪いの類いがあってもあんたがいればなんともないでしょ」

「……わかりました。行きますよ」


 先程よりも慎重に手を掛けてエリーゼは扉を押す。耳障りな音を鳴らしながら中の様子がゆっくりと顔を出した。


「なによ。別になんともないじゃない」

「う〜ん。見た感じで特に変わったところはないですね」


 身構えながら開けた先にはカーテンの締め切られた薄暗い部屋だ。所狭しと並ぶ雑品と木箱だけが無造作に置かれ、至って怪しい物はない様子である。

 これといっておかしなものは見当たらずラズは首を傾げた。

 そして、心配が杞憂であることを確信したエリーゼは目当ての備品を探し始める。


「燭台があるからこの部屋で正解ね。壁につける飾りはどれかしら。箱に入ってるらしいけど、腐るほどあるわね……」

「順番に中身を確かめるしかないですかね」

「それにしても埃っぽいわね。このままじゃ触りたくないからチャチャっと魔法で片付けてちょうだい」

「合点承知です。それじゃあ、『浄化(ピュリファイ)』!」


 ラズを中心に溢れだした浄化の淡い光は溜まった汚れを綺麗さっぱりと消し去りながら部屋の奥へと進んでいく。

 二人にとってはただの便利な道具でしかない光魔法だが、本来は崇め奉る者がいるほど神聖な物である。少なくともほこりたたきの代わりに使用して良い代物ではない。

 以前同じ事をやってみせた時に学院内の礼拝堂に常駐しているシスターのステラは敬虔さ故にホコリや油汚れが消滅させる度に微妙な顔を浮かべていた。


「あらかた綺麗になったかしらね、ってあそこだけまだ汚いわよ」


 エリーゼが指し示した先をラズも確認すると確かに汚れが残っていた。


「あれ〜? ヘンですねぇ、効果範囲で間違いないんですけどね」

「どうせなら全部綺麗にしときましょ。少しでも汚れがあるとそこから広がるのよ」


 転生前ですらろくに掃除をしていなかったエリーゼの体験談である。


「了解です。一掃しちゃいましょう。『浄化(ピュリファイ)』」


 しかし、再び発動した魔法の柔らかい光が周囲に降り注いでも一向に改善の兆しは見られない。


「むー、これでもダメですか。ここまで来たら徹底的にいきますよ。『清輝(イノセンス)』」


 上位互換の光魔法の名をラズが口にすると先程よりも強い光が放たれる。

 しかし、まばゆいまでの輝きが部屋の一角に迫るも、ある位置から先には全く進んでいかない。


「怪しいわね。まるで見えない壁があるみたいだわ。どうやらあんたの勘は当たりかもしれないわね」

「ちょっと探ってみますね」


 魔法の阻まれた箇所にラズが慎重に手を伸ばすと――


 バチッ!


 激しい音を上げながら外敵を拒むように手が弾かれてしまった。


「結界……のようなものでしょうか?」

「ええ……なにかがあるのは間違いないわね」

「まずは破壊出来るかどうか試してみますね。『光陣剣(フォトンセイバー)』」


 五本の光の剣がラズの言葉に呼応して生成されると、その一本を片手で掴みとって、そのまま袈裟斬りを放つ。

 光から生まれた美しい刃が不可視の壁を捉える。

 比喩無しに岩をも砕く必殺の一撃だが、剣はなにもないように見える空間で押しとどめられてしまう。


「思ったより硬いですね。まるで反対側から押し返されているような感じです」


 更に力を込めるとバチバチと音をたてながら抵抗を強める障壁だったが、勝ったのは当然ラズである。


 ぱりん!


 ガラスが砕け散るような甲高い音が響くと、黒い霧のようなものが、一瞬だけ視界を奪うがすぐに霧散してしまう。


 たが、あっさりと消滅した障壁の向こう側からなにが飛び出して部屋の中を縦横無尽に飛び回る。


「まさかレイスじゃない!? こんな場所にいていい魔物じゃないわよ。って、ちょっ!?」


 素っ頓狂な声を上げてエリーゼは慌てふためく。突如出現した危険な魔物の一体があろうことか自身に突っ込んできたのだから無理もない。


 揺らめく炎のような見た目の通りレイスはほぼ実体を待たない。そのため物理攻撃が通用しないという厄介な特徴を有している。


 攻撃手段としては、アンデット系特有である生命力の奪取や対象を恐慌状態にするといったものが主であり、能力値そのものも高くない。にも関わらず危険度の高い魔物として扱われる理由が低確率で成功する『憑依』という固有スキルを有するためである。

 対象者の身体を乗っ取るという極めて危険な性能を持つこのスキルはレベルが低い相手ほど成功確率が上がる為力のない者達が下手に手を出せば仲間と戦う最悪の展開となりかねないのだ。


 なお、レイスを討伐するにあたり求められるレベルは6○程度となっておりエリーゼでは2○以上足りないことになる。

 もし、『憑依』が発動すればエリーゼは十中八九自由を奪われることになるだろう。


 そう、魔物に詳しい彼女は敵と自分の力量を測った上で焦っているのだ。


 魔法による迎撃も間に合わないこの状況は絶体絶命の大ピンチと呼んで差し支えない。


 ただし、この場にラズが居なければの話であるが。


「ふっふっふ、エリさんには指一本触らせませんよ〜」


 不可視の壁を破壊し、役目を終えて砕け散った光剣の代わりに残っていた4本の内の一つを掴み取りながら強襲を仕掛けてきたレイスの正面に回り込んむと造作もなくラズが切り伏せる。


 通常の剣であればレイスには触れることすら出来ないところだが、光魔法で生み出された刀身は非実体にも有効打を与えられる特別製だ。


「わたくしが早急に倒しますので、エリさんは回避に専念しててください」

「長くは持たないから、マッハで頼むわよ!」


 黒い煙となって消滅したレイスから魔石がゴトリと落ちるのを皮切りに、残ったレイスが一斉に襲いかかってくる。


「来るわよ!」


 一瞬のうちに魔法少女のような出立(いでたち)に変わったエリーゼは後ろから迫ってくるレイスを伏せて回避する。


 正面から迫ってきた2体とエリーゼの頭上を通過した一体が同時に接近してきたタイミングでラズは横薙ぎに剣を一閃する。


 一振りで三体を同時に切り捨てると、レイスはうめき声を上げながら消滅した。


「これで全部のようですね。どこかに逃げられる前に倒せたのは不幸中の幸いでした」


 学院内どころか王都全体でも撃退可能な実力者がいるかは定かでない魔物だ。取り逃した場合に生じる被害は無視できるものではない。


「ふぅ……助かったわ。あんたと一緒じゃなかったら完全にやばかったわね……」


 頬を伝った一筋の汗がエリーゼが感じていた緊張を物語っていた。


「準備どころではなくなってしまいましたね。目的はわかりませんけど魔物が学校の中に隠されていたのは人為的な可能性が高いでしょうね」

「はぁ……見なかった事にできるような話じゃないわね。私たちだけで留めておける問題じゃない以上、面倒だけどギルバートに報告しましょう」


 学生会室で作業に追われる面々へ一言断りを入れてから二人は馬車で王宮へと移動した。


 ラズとエリーゼが事の経緯(いきさつ)を伝えると、事の大きさのあまり思わず立ち上がって声を上げた。


「レイスが出ただと!? 街中に出現していい魔物じゃないぞ。見間違いじゃないのか?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。間違いないからクソ忙しい中であんたのとこまでわざわざ来てやったのよ」

「……にわかに信じがたい話だな」

「しかし、確実にレイスでした」

「ああ。リアが言うなら間違いないだろう」

「それはそれでムカつくわね」


 不信感丸出しの目でエリーゼは睨むが、ギルバートはそれを完全に無視して、話を本題に戻す。


「それで、自然発生するはずがない学院内部で魔物が現れた原因に心当たりはあるか?」


 この話を耳にしてギルバートが抱いた最大の疑問は「なぜそこに魔物が発生したか」である。

 というのも、空気の中に一定以上の魔力がなければ魔物は発生しないというのは古くからの共通認識であるからだ。反対に原野を開拓して間もない村などでは魔力が残存していて、人の居ない場所でひっそりと発生する事もある。

 魔物が発生するのは元々魔物が闊歩するような魔力の満ちた場所に限られるのだ。

 だから学院のような街中で魔物が出現するなどあり得ない事象である。


 にも関わらず、事実として魔物は発生した。

 それも学院の教師ですら対処の施し用がない強力な魔物がだ。


「そんなもんある訳ないでしょ。ただあれはここで湧いたものじゃないってのは確定よ。もしそうなら他の場所でも魔物がいるはずだわ」

「しかも、魔法なのかマジックアイテムなのかはわかりませんけど完璧に隠蔽されてましたから、誰かがなんらかの手段で魔物を連れてきたと考えるのが自然だと思います」

「しかし、そんな魔法があるなんて聞いた事がないぞ。マジックアイテムなら未知のダンジョンで入手した可能性もない事もないかもしれないが……」


 ギルバートは魔法や魔道具の専門家という訳ではないが、王族として受けてきた過密な教育によって詰め込まれた情報は一般的な貴族を軽く凌駕する。しかしながら、広大な知識の海の中にも魔物を密かに隠して置けるような(すべ)は存在しない。


「あるとすれば闇魔法……かしらね。なにができてなにができないのかは未知数だわ。可能性としては十分あり得るわよ。例の奴とかね」

「レグルスに闇の魔法を与え、教国を襲撃した黒幕なら、それなりに人員を割いて捜索させてはいるが一向に足取りひとつ掴めてないぞ。まさか、そいつが王都に潜り込んでいると?」

「灯台下暗しってヤツね。そもそも顔が割れていない以上探しようもないでしょうし」

「ふむ……」


 ギルバートは顎をひと撫ですると、鼻からまとめて息を吐き出す。


「もしもそうならば逆に拘束するチャンスが訪れたとも言えるが……」


 大国を一方的に蹂躙した目的すらも掴めていない危険な存在が自国の中心を闊歩しているかも知れないとなると胸中は穏やかではない。


「仕込んでるのも学院だけとは考えにくいわね。王国を本気で襲うつもりなら他にも魔物を隠してると見るべきよ」

「オレも同じ意見だが、どうやって対処したものか。とてもじゃないが首都全域を隅々まで調査するなんて到底無理な話な上に、運良く見つけたところでレイスと同等の魔物など誰も討伐できんぞ」

「ま、捜索から駆逐までラズが全部やるしかないでしょ」

「そんな無体な。砂漠に落とした針を一人で探り当てるようなものですよぉ……」


 眉をハの字にしたラズの肩をエリーゼが軽く叩く。


「ひっくり返して回るのは現実的じゃないけど、あんたの場合は部屋に入る前から勘づいてたでしょ。その野生動物並の嗅覚で当たりを引く他ないわ」

「あー……言われてみれば嫌な感じがしましたね」

「冷静に考えてみなさい。王都のどこかに本気で見つからないように隠した不可視の障壁なんて動員をいくら増やしたところで見つかりっこないわよ。その点あんたは近づいただけでも察知できるんだから、オアシスを探すくらいには難易度も下がるわよ」


 仮に王都中の箱を全住民の部屋の中まで隈なくひっくり返して回るとすれば、どれほどの時間を要するのか見当もつかない。それと比べれば王都を飛び回るだけで察知できるラスの方が圧倒的に早くて正確だ。


 無茶振りには変わりないが一応理にはかなっており、これにはラズも反論できなかった。


「それを言われてしまうと確かにそうなんですけど……」

「でしょ? つべこべ言わず散策してらっしゃい」

「うう……せっかく急ピッチで台詞を覚えたのに、また準備に参加できないなんて……」

「さっさと駆除して戻ってきたらいいじゃない。あんたならなんとかなるでしょ」

「そうですよね。今日中にやっつけてやりましょう! では、このモヤモヤを全て魔物にぶつけてきます!!! 『天啓(リベレーション)』」


 光の翼を展開したラズは執務室の窓から勢いよく飛び出すと、そのままはるか彼方へと飛び去ってしまった。


「いずれにせよ警邏の体制は普段より手厚くしておく。他にも不審な事があったらすぐに報告してくれ。目的がわからない以上対応にも限度はあるが何があっても教国の二の舞にはさせん!」


 勇ましい顔で意気込むギルバートとは対照的にエリーゼは静かな面持ちで窓の外を眺めた。


「目的ねぇ……王都転覆かあるいは……」


 昼間の空でもはっきりとわかる光芒の向かう先を珍しくエリーゼは案じた。

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