第5章4話 エリーゼ、絡まれる
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引継ぎを終えたギルバートが早々に撤退した後、
残されたエリーゼ達は手始めに実行委員を募集する張り紙を急ピッチで用意した。
もっとも、例年使い回している文書があるので一から制作する必要はない為、開催日を記載している部分には今年の日程を書いた紙を上から貼る作業だけではあったが。
五人で手分けしてなんとか仕上げた張り紙を抱えたラズとエリーゼは、人目のつくところに掲示するため構内を回っていた。
「これだけ貼ったら普通科棟はもう十分かと思いますが、魔法科棟はどうしますか?」
「知らないわよ。なんで、私に聞くの」
「え、ギル様の代理をエリさんがお努めになるというお話だったじゃないですか」
「いいこと。それぐらい自分で考えなさい! そんな細かい事まで逐一聞かないで頂戴!」
「そんなパワハラ上司みたいなこと言わないでくださいよ」
「うるさいわね。これだから、最近の若者は」
「……表向きには同い年ですから、わたくしたち」
エリーゼは今、この上ないぐらいに不機嫌である。なんせ、この世に存在するあらゆる雑事が面倒くさい彼女にとって苦痛以外の何物でもない作業が山積みになっているのが現状だ。
この状況下で仮に鼻歌でも歌っていようものならば、偽者である可能性を疑うべきである。
一歩進むごとに不平不満を垂れ流すエリーゼを見かねたラズは眉をハの字にしながら耳打ちをする。
「……どちらにせよこのままじゃ良くないですよぉ!」
「ああん? 真面目に従事している私のなにがまずいっていうのよ!」
「王宮へのお引っ越しを避けるには学院の為に頑張ってる姿を色んな人にお見せしなくちゃいけないんですよね。誰がどう見ても鬱蒼とした顔で作業してたら、むしろ逆効果になっちゃいますよ……」
「そ、その通りだわ。これじゃ、骨折り損のくたびれ儲けじゃない……!」
早くも目的を忘れていたエリーゼが愕然とする。
息苦しい王宮暮らしから逃れるのが真の目的であり、学院祭の運営は手段である。
「人目がある時だけでも全力スマイルで行きましょう。わたくしだって卒業までエリさんと同じ寮で過ごしたいんですからね?」
「そ、そうね…………これでどうかしら?」
促されるがままに口角を上げて笑顔を作ったエリーゼを見たラズは目を合わせずに答える。
「い、いいかんじだと思いますよ。たぶん……人によってはですが、猟奇的なところがきっと」
作為的に浮かべた笑みは獲物を追い詰めた狩人がとどめをさす時のようで、楽しげな印象は皆無である。それでも先程よりはマシであるとラズは強引に頷いた。
「なんか、納得いかないけどまあいいわ。早いとこビラ貼りを済ませて戻るわよ」
「あ、では魔法科棟にも貼るんですね」
「ギルバートの話だと、普通科の学生が大多数とは言ってたけれど、とりあえず集まれば集まっただけいいでしょ」
現在は貴族の令息と令嬢しか在籍していない魔法科の学生が平民が入り交じって雑務をこなす実行員に名乗りを上げる者は少ない。魔法科というだけでエリート意識が強い。
その点、普通科は魔法に恵まれなかった貴族と優秀な平民の集まりなので普段から同じ学舎にいる分、抵抗のないものが多いのだ。
ただ、王国の重要な祭典に従事出来ることは大変名誉であり。また、有力な貴族の子息が選ばれることの多い学生会役員との接点を求めて参加する者も中にはいる。
アイザックやルーカスに加え、王太子ギルバートに聖女ラズマリアといった豪華なメンバーと接触したいと考える学生がいても不思議ではない。
「了解で〜す。サクっと貼ってしまいましょう」
二人は中央棟の脇を通りすぎて魔法科棟の方向へと向かうことにした。
他にもやらなくてはいけないことが控えているので、急ぎ足で回廊を進む。
しかし、早々に学生会室に戻りたいエリーゼたちだったが、角を曲がったところで呼び止められてしまう。
「お待ちなさい。ちょっとお時間いいかしら?」
回廊のど真ん中に立ちはだかったのは気の強そうな令嬢である。
インディゴ色の生地にレースをあしらった派手なドレスを纏い、大きな扇子を顔の前で広げた穏やかな口調とは裏腹に視線は鋭い。
更に、一歩引いたところにはおとなしそうな令嬢と背の高い令嬢が並んで立っており、ただならぬ空気を纏っていた。
まともな感性を持っていれば、見覚えのない敵意を向けられようものなら困惑し、話しかけるのすら戸惑うだろう。
だが、残念なことに一介の伯爵令嬢でしかないはずのエリーゼが持つ感性は一般的ではなかった。
温室育ちの令嬢が放つ悪意や害意など、これまでに味わってきた本気の殺意の類に比べれば小鳥のさえずりである。
身も竦むピンチを幾度も乗り越えてきたエリーゼは脅威にならない相手の威嚇など、鈍感になった神経では敵対的であるという認識すらされなかったのだ。
ただ単に空気を読まないだけでもあるが。
――どこの誰だか知らないけれど、早速チャンスがきたわね。私がやってるのはイメージアップ戦略なのよ。好感度を上げるには笑顔で丁寧に挨拶よ!
「ごきげんよう。構いませんことよ、おーっほっほっ!」
ここぞとばかりに全力で愛想笑いを浮かべ、少しだけ高い声で返事をしたエリーゼは自身の挨拶の出来映えに手応えを覚え、好感度の上昇を確信した。
「なっ……!?」
だが、いずれ国母としてこの国を代表する女性となる予定のエリーゼはよく知らなかったのだ。王国の貴族なら5歳の子どもでもわかるマナーの基礎の基礎を。
「フルーメン侯爵令嬢にご挨拶申し上げます。わたくしはオリハルクス家のラズマリアです」
そして、隣にいるラズはよく訓練された令嬢であり、エリーゼの残念さがこれ以上ないくらい際立つ。
ラズは辺境伯の息女、エリーゼは伯爵の息女であり、家柄は目の前の令嬢のほうが上なのだ。
そして、向こうから話しかけてきた場合は正式な礼をとるべきである。
なお、つい最近だがこの国で一番偉い人物は聖女という事になったのでラズの方が越えられない壁を数枚はさむほど目上に当たるが、その情報は中央貴族の子女までは行き渡っていなかった。
もっとも、ラズは権威を笠に着るつもりはないので、いち早くどこの家門の令嬢であるかに気が付き、流れるようにスカートを持ち上げて腰を落とす完璧な淑女の礼を咄嗟に切り返した。
非の打ち所がない対応したラズとは対極的にエリーゼは彼女が何者であるかすらも知らない。
次期王妃ともなると主要な貴族のプロフィールぐらい頭に入っていて然るべきではあるが、あいにく貴族名簿の紐を解いたことすらないのだ。
何食わぬ顔で挨拶をしたラズの反応にエリーゼは思わず小声で尋ねる。
(……誰よ、こいつ。知り合い?)
(フルーメン侯爵家次女のヴァレンティーナ様ですよ〜。魔法科の一学年先輩で派手な外見と上品な振る舞いの割に未だ婚約者が決まっていないので社交界では有名な方らしいです。わたくしも初対面ですので)
(……誰よ、ホントに。てか、やたら詳しいわね)
ちなみにソースはリタである。
失礼がないようにとラズは入学時に目ぼしい学生の情報を頭にインプットしてあるのだ。
「こんな低俗で土臭い田舎娘に王妃の座など務まるはずがありませんわね。礼の一つもままならない山猿がパートナーだなんて殿下が不憫でなりませんわ」
「ヴァレンティーナ様のおっしゃる通りです!」
「その通りです!」
ケチのつけようがなかったラズについては華麗にスルーしたヴァレンティーナがお世辞に礼儀正しいとは言えないエリーゼを嘲笑う。
そして、侮蔑を含んだその言葉にエリーゼ自身も頷く。
「ええ、私もそう思うから、今すぐあんたを婚約者にするようギルバートに言っておくから後は頼むわよ」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! あなたはいきなりなにをおっしゃってますの!?」
開口一番に婚約者王太子を譲られる急な展開についていけないヴァレンティーナはパニックに陥っていた。
「どうしてもっと早く気が付かなかったのかしら。誰でもいいからあいつを他の女とくっつければ、その時点でお役御免じゃない!」
「……ギル様は常に国益を優先されるお方ですから、強引に引き合わせただけじゃ相手にされないと思いますよ」
僅かに眉をひそめてラズが指摘すると、エリーゼは首を傾げて答えた。
「でも、私とそこのヴァレンティーン? が口裏合わせとけばいいんじゃないの。二人は愛しあっているから私は素直に身を引きます、って言えばみんな納得するわよ」
「本人がなにも知らないまま婚約者が新しい婚約者を連れてきた上に、外堀を埋めて去っていくのは斬新過ぎますよ。わたくしなら人間不審になりそうですが……」
エリーゼとギルバートの関係性ならメリットさえあれば受け入れてもなんら不思議ではないという結論に至り、ラズは言葉をそこで切った。
そんな二人の自由なやり取りに真っ赤な顔をしたヴァレンティーナが間に割って入る。
「侯爵令嬢である私を馬鹿にするなんて、王太子殿下の婚約者と言えども許せませんわ! そうでなくても婚約者を物のように人へ譲るなんて正気の沙汰ではありませんことよ!」
「いやいや、別に遠慮しなくてもいいわよ。体裁が気に入らないっていうなら、のしでも付けてあげるわよ」
「なんでのしをつけたらオッケーだと思ってるんですか…… ギル様はお中元じゃないんですよ」
贈答品に王太子を贈るなどと馬鹿げた冗談を言う令嬢は世界中どこを探しても見つからないだろう。しかし、エリーゼの場合は本気で言ってるから尚更たちが悪い。
「あなたは……どこまでこの私をこけにすれば気が済むというのかしら……!」
今すぐにでも婚約を解消したいエリーゼの口からだだ漏れの本音を質の悪い挑発として受け取ったヴァレンティーナはわなわなと体を震わせると端正な顔が怒りで歪む。
「厚顔無恥もここまで来るといっそ清々しいですわね……! いいでしょう。優しすぎる殿下達が言えないことを私が代わりに教え差し上げますわ」
「はぁ……それはどうも」
「よく聞きなさい! はっきり言ってあなたたちは殿下とそのご友人にとって迷惑な足でまといなのですわ!」
ぴっ、と人差し指を突きつけられたラズとエリーゼはポカーンと口を開けて固まった。
無論、ショックを受けているわけではない。ただ単になんの心当たりもなかっただけである。
「なんかご迷惑をお掛けしたことなんてありましたっけ」
「記憶にないわね。尻拭いは何度もしたけど」
首を傾げるばかりでいまいち薄い反応に苛立ったヴァレンティーナは苛立ちを隠さずに啖呵を切る。
「学生会の庶務を殿下に任せっきりだって聞きましたわよ!」
「どちらかといえばギル様の方が全部持っていっちゃってる状態ですね……」
「それに丸投げなのは私だけじゃないわよ」
公務に比べれば簡単で楽しいぐらいだ、というのがギルバート本人の感想ではあるが一人で悠々とこなせる程、学生会の事務量が少ないということもない。
周囲が見捨てているというよりも仕事の息抜きに仕事をしているギルバートがおかしいのだが事情を知らぬヴァレンティーナはなおも食い下がる。
「き、きっとあなたたちがあまりにも無能だから話しても仕方がないと思っただけですわ。どなたに対しても慇懃で寛容な殿下の好意に漬け込んでるだけですわ」
「パーティーメンバーだけの時は割とラフのような……」
「外面剥がしたら魔物と変わらないくらい気が短い上に、やる事も最低よ。女の子の顔に落書きするなんて頭おかしいわよ、あいつ」
「席を外して戻ってきたら、エリさんの顔がゴブリンみたいな色になっててびっくりしましたよ。あれだけしっかり塗料を塗られてるのに起きないエリさんも凄いですけど」
「とにかく普段の素行なんて悪いったらありゃしないわよ」
椅子に座って上を向いたまま寝るエリーゼの顔を緑色の塗料で塗り潰す嫌がらせをして抱腹絶倒するギルバートを思い出して、ラズは何とも言えない気分になった。
「お黙りなさい。さきほどからあなたは王族に対してあまりにも不敬ですわよ!」
「他の王族に向かって楯突く気は私だってないけど、あいつは例外。あんたもこれから婚約したらわかるわよ」
「仲いいですもんね」
「その口縫い合わすわよ」
「まあまあ」
目を吊り上げたエリーゼをラズがたしなめまでが彼女たちのお約束である。
「くっ……」
気がつけば自分達をそっちのけでじゃれ合う二人の姿にヴァレンティーナは糠に釘を打っているような気分に陥る。
「それだけではありませんわ! ダンジョン探索でも絶対に迷惑を掛けているはずですわ!」
「それはないわよ」
「ないですね」
「聞きましたわよ。テラティア伯爵令嬢は学院始まって以来の低ステータスだったらしいですわね」
「初めて知ったわ……それなんてハードモードよ。我ながらよくここまで生き残ったわね」
エリーゼはどこまでも不遇な自分の境遇に思わず天を仰いだ。
ちなみに、初期値はすこぶる低かったが伸び代はそれなりにあった為、現在は他のパーティーメンバーに引けを取らない。
「そっちの聖女も活躍した話をまるで聞かないところを見るとほとんど戦力になってないようですわね」
「そうですね。わたくしは初めから戦力にカウントされていないです」
レベルが高すぎるゆえにパーティーの経験値取得を阻害してしまうラズは戦闘への参加をエリーゼに禁止されている。そうでなくてもラズが戦えば、周りは訓練にすらならない。戦力に含まれないのは当然である。
そんなこととはつゆ知らず、ヴァレンティーナは水を得た魚のようにしたり顔を浮かべるとラズを指差して追撃をかける。
「ほら、やっぱり迷惑になっているではありませんこと。こんなお荷物を抱えて危険なダンジョンに入るなんて殿下の気苦労は計り知れないですわね」
「殿下に申し訳ないとは思わないのですか?」
「自分から邪魔にならないように身を引くべきですわ」
ヴァレンティーナに付き従う二人もここぞとばかりにラズを叱責する。
普通の令嬢ならよって集って責められれば萎縮の一つでもするところだが、今回は相手が悪すぎた。
彼女たちが叱責している相手のカタログスペックで表すなら全回復魔法が使えるラスボスである。
怯む理由などどこにもない
「わたくしは荷物持ちとして参加してますのでご不便はおかけしてないと思いますが」
「……荷物持ちですって!? あなたのような可憐な令嬢を殿下たちは奴隷のように似を背負わせて、探索に引きずり回しているというの!?」
「どうしましょう、エリさん。なんか、凄い勘違いをされてます」
「いや、一般的にはそういう評価よ。あんたの場合はリスクのリの字もないから気にしたことないでしょうけど」
ダンジョンで長期間過ごす場合は欠かすことのできない荷物持ちという役割は過酷な上に危険で実入りも少ない。誰もやりたがらない仕事である。
戦闘力の低い者が大量の荷物を抱えたまま魔物や罠の脅威が隣合わせのダンジョンを彷徨い歩く、というだけで敬遠するには十分な理由だろう。
そんな損な役回りを貴族の令嬢に押し付けるなど紳士のやることではない。
「う、嘘ですわ! 殿下に限ってそんな酷いことをするはずがありませんもの。きっと弱すぎて戦闘に参加させてもらえないに違いませんわ」
「さっきから全部あんたの妄想じゃないの。ラズ、殺気出しなさい。濃いめのやつよ」
時間がない中でしつこく絡まれ、エリーゼはフラストレーションが溜まっていた。
ヴァレンティーナに婚約者の座を押し付けるのが上手くいかなかった場合の事を想定すると、学院に残留する為の口実は残しておく必要がある。
ここで学院祭の準備を投げ出すことはできないのだ。
「嫌ですよ……この距離で飛ばしたら、ショック死しますよ。ホントの口封じになっちゃいますから」
「殺気……? 口封じ……? なにを言ってますの?」
面倒くさくなったエリーゼが実力行使による排除を提案するがラズはジト目でそれを否定する。
「安心しなさい。すぐに蘇生すればノーカンよ」
「もはや新手の拷問ですよ!?」
「さっきから文句ばっかりね」
「わたくしが悪いんですか!?」
「もう、いいわよ。じゃあちょっとそこの柱ぶっ壊しなさい。あんたの力の片鱗を見せつけてやれば流石に静かになるでしょ」
「軽いノリで器物損壊を強要しないでくださいよ……」
エリーゼの指が示す先にあるのは回廊に沿って等間隔で並ぶ太い柱の一本である。
学院の中心にそびえ立つ中央棟を竣工から
今日に至るまで、ずっと支え続けているであろう強固な支柱である。
「こいつらきっと私達が雑魚だと思ってるから調子に乗ってんのよ。壊れたところは綺麗さっぱり元通りにあげるから、力の差を見せつけておやりなさい!」
「さっきからなにを言って――」
「もー、知りませんよ……」
明らかに気乗りしない口調とは裏腹に無造作に放たれた神速の貫手は柱へと吸い込まれると、玉のような肌の細腕は肘の先くらいまでが綺麗にめり込んでいた。
「――ますの……?」
バキッ!
埋没したままの手をラズが顔の横へ向けて動かせば、太い石柱と言えども耐えきれるはずはなく悲鳴を上げた。
中程からポッキリと折れた頑丈な柱が高く掲げられる理解不能の展開にヴァレンティーナたちは思わず尻もちをついてしまう。
「まさか……こんなことが……」
おっとりとしていて非力そうな少女、というのがヴァレンティーナの下したラズの評価だった。
あまりにもかけ離れた姿に自らの目を疑うが、どんなに見直しても瓦礫を軽々と持ち上げているのは噂の聖女で間違い。
「ひぃっ!?」
慌てて逃げ出そうとするも、すくみあがった足は思うように動かず、立ち上がることすらままならない。
無抵抗のまま唖然とするヴァレンティーナたちを見て、ラズは誰もいないところに向けて大鎚のように柱を振るう。地面に敷かれた平板を突き破って深々と突き刺さすと、腕を引き抜いてから袖の土埃を払う。
「約束通り直してくださいよ、エリさん」
ラズがその気になっていれば容易く命を刈り取れていたのは言うまでもない。
「どうかしら? まだ、なんか文句ある?」
「なんでエリさんがドヤ顔なんですか?」
これだけ威圧すれば誰であっても尻尾を巻いて逃げだすと確信するエリーゼは地を這う三人を腕を組んで見下ろす。
しかし、ヴァレンティーナの反応は予期したものとは少々異なるものであった。
「うっ、うえぇぇーーん!」
強気な態度を崩さなかった令嬢も命の危機を前に、まるで取り繕うことなく号泣していた。
「あーあ。泣ーかしたー」
「エリさんがやれって言ったじゃないですか……」
「あんたは私が死ねって言ったら死ぬの? ちゃんと自分で考えなさい」
「まさかの責任転嫁!?」
「で……とどのつまりあんたたちはなんの用だったのよ?」
いくら奔放なエリーゼでもこの状態で放り出して去るには抵抗があり、渋々ながらも声を掛ける。
突然話しかけられてビクリとした反応を見せたヴァレンティーナだったが、やがて泣きじゃくる勢いそのままに胸の内を明かした。
「ひっく……ごとし、殿下がごにゅうがぐ、っひっく……ずるがら学生がいに居ればおちがづぎになれるともっだのに、わだぐしはにゅうがぐじきのあどにどつぜん殿下がら罷免ざれて、ひっく……でぼあだだだちは何故がでんがだちとたのじそうにじてるから嫌がらぜをじようとじただげなのに、ころざれかけて、ひっく……なんで、ごんな目にぃぃぃうわぁぁぁん」
「なるほど。あんた達は学生会役員を突然クビになった、腹いせで私達に絡んで来たってことね」
ヴァレンティーナが首を何度も縦に振ると、ラズはエリーゼの顔を見て感嘆する。
「エリさん、今のでよくわかりましたねぇ」
「それよりもスーパーチャンス到来よ、ラズ」
「チャンスですか?」
「元学生会役員が理不尽に外されてすすり泣いてるのよ。人手不足の私たちには渡りに船じゃない。カモがネギしょってやってきたんだから、どんな手を使ってでも引きこむわよ!」
今日一の笑みをこぼしたエリーゼは地べたに座ったままのヴァレンティーナの手を取ると、優しく引き起こす。
体格はヴァレンティーナの方がやや大きいが、王国屈指のレベル帯に足を踏み入れているエリーゼは腕力も向上している。羽のように軽い令嬢一人立ち上がらせるくらい余裕である。
「いきなり学生会から外されてあんたも大変だったわね。真面目に頑張っている人間に対して、あまりにもひどい仕打ちだわ」
「そ、そうなんですわ……! 私は学生会の為に出来る努力は惜しまなかったつもりですもの。それなのに……」
「あんたの気持ちはわかったわよ。かわいそうだから私が学生会に復帰させてあげるわ」
「……お気持ちは嬉しいですけれど、学生会役員は選挙で公正に選ばれることになっていますわ。こればかりはどうにもなりませんもの」
突然身体を引き上げられた驚きで涙腺の崩壊は止まったヴァレンティーナだったが、その表情は依然として暗い。
「いいえ。普通ならそうなんでしょうけど、私達にはねぇ……ルールを捻じ曲げるだけの権力があるのよ!」
「わたくし達というよりギル様の権力ですけどね」
ここは王立学院である。
理事長はオルヴィエート国王であり、極端な表現をするなら学院は王家の私物なのだ。王族が干渉して勝手に学生会の役員を任命くらい裁量の範疇であり、現メンバーも全員がギルバートの意向だけで決定した実績まである。
王家と密な関係になり、聖女至上主義の公表を控えたラズをこれ以上隔離する理由がなくなった今、ギルバートが否定する理由もない。
つまり、エリーゼからの推薦は学生会復帰の確約と同義なのだ。
「じゃあ、私達は本当に学生会へ戻れるというの!?」
温かい眼差しで頷くエリーゼを見てヴァレンティーナは息を呑む。
「なんてことなのかしら……夢でも見ているようですわ……」
「わかってるとは思うけど復帰したらたくさん働いてもらう事になるからマジで頼むわね」
「ええ、もちろんですわ! どうやら私はあなたたち事を誤解していたようですわね。お〜っほっほっ!」
「気にしなくていいわよ。お〜っほっほっ!」
これがエリーゼとヴァレンティーナの間に絆が芽生える瞬間であった。
この一件以降、侯爵令嬢ヴァレンティーナと二人の令嬢……リリアナとクラリスは不遇な扱いから救ってくれたエリーゼを信奉するようになる。
原作シナリオでは悪役令嬢にも関わらず常に単独行動であったはずのエリーゼ・テラティアははからずして強力な「取り巻き」を手に入れてしまった。




