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第5章1話 褒賞

あけましておめでとうございます


なんやかんやあって遅くなりましたがなんとか完結まで頑張りたいですしおすし

 オルヴィエート王国はかつて悪夢のような魔物が跋扈する未開の地を冒険者が切り開いて興した国である。

 有史以来、魔物を狩り、魔物の素材や加工品を売買することで中堅国家と呼ばれるほどに成長を遂げていた。

 

 今でこそ誰でも安全に通れる街道は一定以上の力を持たぬ者は村から村への移動すらままならぬ、死の領域だったのだ。


 だから、後に建国の地とされる最初の集落は守備が容易な場所を国祖らは選んだのである。平野にそびえる台地の中でも突き出した格好になっている不便なこの土地に現在は立派な王宮が佇んでいる。


 国の象徴たる城の中心に設けられた大広間こそがきらびやかでありながらも厳かな謁見の間なのだ。


 この部屋は今日までに数えきれないほどの来客を迎え入れてきた。他国のやんごとなき要人や国内の貴族、珍しい品を持ち込んだ商人など多種多様な人々がここに訪れた。

 そんな伝統のあるこの場所には本日もまた客人の姿が見られた。


 起伏に富んだ彼女の肢体を包むスカイブルーの鮮やかなドレスは桜色のゆるふわヘアーをより印象的に引き立てていた。


 見た目はうら若き乙女にも関わらず、王の御前にして膝を折ることもせず、ただ上品に直立している。

 一介の令嬢であれば、許可なく顔を上げることすら許されず、作法としては失礼に当たる。それでも国王や周りの臣下がそれを咎めないのは理由があるからだ。


「今日もラズマリアちゃんは国宝に指定したいぐらい美しいのう」

「わたくしには勿体無いお言葉です、陛下」


 天上の人である国王アーノルドが玉座から降りて親しげに話す相手は成人を迎えてすらいない少女……辺境伯家令嬢のラズマリア・オリハルクスだ。


 両者の間にある歳の差は孫と祖父程にあるだろう。

 しかし、二代目聖女である彼女の対外的な地位はうっかり王家を上回ってしまったのだ。

 なんせ立場が宗教上の神である。

 下手をすると、気安く話しかけて咎められるのはオルヴィエート王の方だ。


 だが、あえて彼は以前と同じように話しかけた。

 立場の変化があっても敢えて態度を大きく変えないのは彼なりにラズマリア・オリハルクスという生物への理解を深めたことによって見出した一つの答えと言えるだろう。

 ラズとしてもいきなり高齢の国王からへりくだられるのは本意ではないので、特段異論はなかった。


 そういった事情から今回の謁見に臨場する者は事情を知る王族と一部の臣下に限られている。


「忙しいのにわざわざ城まで来てもらって悪いのー。こっちから遊びに行っても良かったのじゃが、仕事が終わらなくなるからと誰も許してくれなかったのじゃ。どいつもこいつもわしを馬車馬のように働かせようとするのだから、酷い話じゃろう?」


 わざとらしく盛大なため息をついてみせた国王に、一部の者から苦笑が漏れだした。

 どうやら心当たりのある者もいるようだった。


「冗談も大概にしてほしいものだ。国王にそう何度も脱走されたら、いいかげん近衛兵の心臓が止まってしまうぞ」


 白銀の髪をかきあげて小言を述べた王太子のギルバートは傷ひとつない紫水晶のように美しい瞳から凍てつくような視線を放つ。


 玉座に向かって左側には王族が並んでおり、ギルバートは王に一番近いところに立つことが許されている。


 やんごとなき列の末端には王太子の婚約者にして、ラズの親しい友人でもあるエリーゼ・テラティアの姿があった。

 代名詞とも言える紅蓮の長髪は今日も両耳の横でドリルのように巻かれている。

 

 ちなみに、王家の一員として公の場に立つのこれが初めてであるが、友人の謁見などどうでも良かった彼女は隣にいる見慣れない人物へと熱いまなざしを送っていた。


 エリーゼとギルバートの間にいるのはさらさらの金髪に吸い込まれるような碧眼を持つ中性的な美少年だ。


 硬い表情で兄と父の睨み合いを見守る彼の名はクラウス・オルヴィエート。

 この国の第二王子である。

 生粋の王族でもある彼だが、まだ公務の経験が浅いため、その場に居るだけでも緊張が隠せずにいた。


 そんなあどけなさの残るクラウスの様相はエリーゼの狭いストライクゾーンのど真ん中であり、ラズの入場前からずっと様子を眺めているのだ。


 幸いにしてエリーゼに注目している者などおらず、緩みきった顔を誰にも見られることはなかった。


「この城にそんなヤワな者はおらぬよ。素人のわしに出し抜かれるようでは杜撰な仕事には違いないがのう。これからは時折、抜き打ちで警備網の穴を探すのも悪くないやもしれぬな」


 外敵の侵入を防ぐために敷かれた警備を内側から破っておきながら、しれっと責任を押し付けられたら、近衛兵としてはたまったものではない。


「はた迷惑だからやめろ。暇ならオレに寄こした執務をそっくりそのまま返してやるから、存分に机へかじりつくがいい」

「やれやれ。わしが隠居したらお前が一人で捌かねばならぬ事務の一部のみだというのに、この程度で根を上げるか。なっさけない奴じゃのう」

「ふん。暇なら譲ってやると言ったまでの事だ。別に手こずるほどのものでもない」


 眉間にシワを寄せたギルバートが安い挑発に乗るとオルヴィエート王は口の端を釣り上げ、にやりと笑った。


「なるほどなるほど。つまり持て余しているという訳じゃな。ならば、相応の働きを期待してもよいのう」

「おい、待て。なにかロクでもない事企んでるだろ」

「余談はここまでにして、本題に入る」


 国王の一喝で場の空気が一瞬にして張り詰めると、流石にギルバートも押し黙らずを得なくなる。


「つい先日の話しだ。皆も知るかの大国マスカロアの聖都が滅亡の危機に瀕した」

「なんとあの教国が……?」

「精強な騎士をごまんと抱えているはずだが、一体なにが……」


 その場にいた臣下の間で激震が走る。あまりの出来事にざわめき立つ謁見の間に構うことなく王は話を続ける。


「情報によれば、なんの前触れもなく聖都の上空に現れた数多のドラゴンは聖光教会の本部を包囲すると、一方的に攻撃を仕掛けてきたらしい。流石に屈強なる聖騎士団といえどもなすすべがなかったであろうな」


 1体だけでも人の手に負えない災害といって差し支えない怪物である真竜(アークドラゴン)が空を真っ黒に染め上げるほどの群れで迫って来られたのだ。それを防げという方が間違っている。


「だが、奇跡的に聖都は軽微な被害のみで消滅をま逃れ、多くの命が救われた。誰も彼もが希望を失う逆境をはねのけ、徒党を組んだドラゴンを討ち滅ぼされたのである。そして、これを成し遂げたのは我が王国が誇る英雄達だ!」


 年老いた風貌にも関わらず王の発する凄まじい迫力に、重臣たちも思わず気圧され、「おお……」という声にならない声が漏れだしていた。


「聖女ラズマリア台下は出現した獰猛なドラゴン共を一匹残らず掃討した。天災にも匹敵する脅威にたった一人で立ち向かい、自在に空を駆けて、黒竜を圧倒した武勇はまさに光の女神の化身と言えよう。此度の働きには王国を代表して惜しみのない感謝を送らせていただきたい」


 今回、ラズが王宮に招聘された理由は先の大事件を見事に解決へ導き、教国に大きな貸しを作った働きへのねぎらいである。

 ただし、一番の目的は王家と聖女が懇意である事のアピールなのだ。

 

 教国での一件は王家がラズの危険性を再認識するの十分な内容だった。

 改めて認めなくてはいけない。ラズは無数のドラゴンでも止められない。

 多少手こずったのは防衛戦だったからであり、侵攻に回られてしまえば、万に一つの勝ち目もないだろう。

 賢明なるオルヴィエート王はラズの気分次第で国が滅びることを誰よりも理解していた。


「礼には及びません。わたくしは当然のことをしたまでですから」


 頼まれなくても救援に馳せ参じたであろうラズの紛れもない本心である。


「続いて王太子ギルバートは首謀者の一人を討ち取り、王太子の婚約者にしてテラティア伯爵家息女のエリーゼ・テラティアは苦戦中の台下へ的確な助言を行い、勝利へと導いた。おぬしらも見事な働きであったな」


 直接戦闘に参加したギルバートはともかく助言をしたに過ぎないエリーゼを国王自らが活躍を称えるのは異例であるが、王国の貴族に限って言えば批判する者はひと握りだろう。

 成り立ちからして冒険者の末裔という家が多く、他国に比べると魔物もやたら出現する為、今もなお武勇が重要視される傾向にある。

 その彼らなら数えるのも馬鹿らしくなるくらいのドラゴンによって、絶え間なくブレスが降り注ぐ地獄へと自ら赴くことがどういう意味を持つかなど、わからないはずがない。


 ちなみにリタは事前に辞退した。手柄は求めていないし、褒美は主人から貰えるだけで何千倍も価値がある、とはっきり宣言した。ギルバートは呆れ、国王は笑ったが、本人の希望通りとなった。

 

「二人には働きに応じた恩賞を用意しておる。後で受け取るが良い」

「「ありがたき幸せにございます」」


 エリーゼとギルバートの両名は起立したまま、深々と頭を下げて声を合わせた。


「また、聖女ラズマリア台下には初代聖女より王家が預かっていた神聖なるローブを返還する。それと、その他に望みがあれば国を挙げて叶えてみせよう」

「陛下のお心遣いに深く感謝いたします」

「いや、礼を言うのはこちらの方だ」


 事前の打ち合わせの通りの進行に従い、三人が謝意を示す。

 そう、ここまでが予定内の流れである。


「さて、此度の誇り高き行動と共に聖女ラズマリア台下の名は教国全土へと響き渡ったと聞く。戦闘後の消耗した状態で心と身体に傷付いた民を介抱して回った話は伝え聞いた者が感涙を流すことも少なくなかったとか」


 その話には三人の従者についても語られており、損傷した建物を土魔法でやすやすと修復してみせた紅玉の魔法使いが聖女の次に人気だったりしたが、その部分は割愛された。


「一方で、残念なことにこのような立派な聖女が王国に降臨した事を我が国の民はまだ知らぬままである。もし、慈愛と破邪の象徴が国を守護してくれているという事実が正しく伝われば、民は大いなる安らぎを得るだろう。その先にはかつてないほど平和な日々が待っておるとわしは信じている」


 極限まで高まったラズの戦闘力を持ってすれば、そんじょそこらの悪人を滅ぼすことなど朝飯前である。

 「バチが当たる」などという信憑性に欠ける脅し文句が現実のものに早変わりだ。

 全人類が手を取り合い、あらゆる手段を尽くしてもラズを打倒するのは絶望的であり、敵対した時点で勝ち目はない。

 

 一度でも目をつけられれば、その時点敗北確定となればお膝元の王国内では、恐ろしくておちおち悪事など働けないだろう。


「瘴気災害からいくつもの村を救った件も含め、全ての民に聖女の存在と活躍を広める事は王国の急務である。わしは今後、聖女ラズマリアの名を知らぬ者がいないと言わしめるまで、伝えていくつもりだ」

「確かに聖女降臨の報は計り知れない有益性があるだろう。しかし、どのようにして国の隅々まで名を広めるおつもりか」


 王の意見に一定の理解を示したギルバートだったが、国内外に大々的な広告をする手段に心当たりはなかった。

 

 だが、嫌な予感がプンプンと漂っているのだけは察していた。

 そんな内心を知ってか知らずかオルヴィエート王はニヤリと笑う。


「簡単じゃ。大規模なパレードを催し、王都中にお披露目を行えばよい。ラズマリアちゃんの美少女っぷりを見れば、民の心もガッチリじゃ」

「……ちなみに、いつやるつもりだ?」

「うむ。来月末じゃ」


 こともなげに告げられた予定を聞いて、ギルバートは眉をひそめる。


「なんだその殺人的スケジュールは! 準備に必要な従事者を集めるだけでも三週間はかかる。最低でももう1ヶ月はないと不可能だな」


 責任者の配置に人員の確保、おおよその進行、演出、来賓の選定、ルートの設定、パレード後の宴会など、決めなくてはいけないことが盛りだくさんである。

 しかし、国王にも譲れない思いがあるだろうと踏んでいたギルバートはどう説得して、スケジュールを緩和させるかに頭を巡らせる。


「そうか。じゃあ、それでかまわんぞ」

「は?」


 それがあっさりと承認されてギルバートは一瞬混乱する。しかし、ある可能性に気がついて即座に声を荒げた。


「……待て待て、まさか!?」

「そのまさかじゃ。準備から当日の運営に後始末……つまりは一から十までお前に任せる。予算は教国から自分でせしめた範囲なら好きに使ってよい。ただし、建国以来最大の祭典にするがよい。ラズマリアちゃんの名前が売れて、王太子の役不足も解消。完璧じゃろう?」


 ほーっほっほっほ〜、という快活な笑い声が隅々まで響き渡る。


 褒賞のおまけというにはあまりにも酷な贈り物にギルバートは思わず眉間を抑える。そして、これから待ち受ける激務を想像し、力なく鼻息を吐いた。

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