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余談8 ステラの危機(後半)

ビックボスの就任会見で着てたシャツは首が振り向けないらしいです


機能性皆無なところがホント好きです



 台下と私の間に生まれた認識の相違は深まるばかりですが、台下が手ずから指導してくださるならこれほど心強い事はありません。

 なによりも優先すべきはお料理の習得であり、次の休日を乗り越えることが先決です。


 そう意気込む私であったが早速出鼻をくじかれる事になる。


「それで、ステラちゃんはなにを作りたいのですか」

「………………えっ?」


 なにを作りたい……?

 時間もない中で料理を教えるなら、当然本番に作る予定のものをそのまま教える。

 なぜそんな当たり前のことに気が付かなかったのだろうか。

 どうして手料理を振る舞うと提案した際にライナス様の嗜好や好き嫌いを詳しく確認しなかったのか……!

 なんたる失態でしょうか。


「えっと、決めてないのでしたら簡単で映えるレシピもありますけど、どうしましょうか?」


 神が……! 神がここにいます!


「無計画で愚かな私にでも作れるお料理があればどうかご指導いただきたく存じます……」


 平身低頭して即座に教えを乞うと、台下は顎に手を当てて唸る。


「う〜ん………………じゃあ、ポトフとラザニアにしましょう」

「随分家庭的なメニューね。まあ、シスターが作るならそっちのほうが感触は良さそうね」

「美味しく作ってライナス様の胃袋を鷲掴みです!」

「あんたが言うと物理的に聞こえるから不思議ね。そのまま握りつぶしちゃいそう」

「エリさん、ひどい!! ひどエリです!」


 すっかりと恋する乙女みたいな扱いですね……

 恋どころか乙女ですらないのですけれど、私。


「ところで、ステラちゃんが作ることを考えると練習も礼拝堂のキッチンの方がいいと思いますけど、それでいいですか?」

「はい。念入りに清掃済みです」


 水回りはこまめに綺麗にしているから、いつでも使える状態だ。


「材料はなにがありますか? 足りないものごあったら学園の食堂から分けてもらいましょう」

「ざ、材料といいますと……!?」


 材料……食材の事ですよね……これはまずい。


「野菜とか」


 錆びついたように重い首を横に振る。


「小麦粉くらいなら、ありますよね?」

「ない……です……」

「ステラはなに食べて生きてたんですか〜!?」

「あの、その〜……街で購入した保存の効くパンと干し肉ばかりです……」

「教会の中でレーションかじるシスターって斬新ね」

「お恥かしい限りです……」


 食事は人が用意してくれた物を食べるだけだった。孤児院では炊事はシスターが作ってくれたし、騎士となってからは宿舎に入っていたので食堂に行けば食事を取ることが出来た。


 食事なんて出てくるのが当たり前だと思っていたのですからわかっていないことばかりだと痛感します。


「わたくし、嫌な予感がしてきましたが………………調理器具は持ってますよね?」

「もちろんです。ヤカンしかありませんが」


 ヤカンは湯浴みにお茶と大活躍です。


「エプロンは?」

「ありません。お料理をしたことがありませんので必要な状況が今までありませんでした」

「な、なるほど……今ステラちゃんが置かれてる状況の程度はわかりましたよ」

「ええ。思ってたよりずっと酷いわね」


 お二人が気まずそうに私から目をそらし、窓越しに大空を眺めている。


「ど、どうか見捨てないでください!?」


 我ながら料理を始める以前の問題なのは重々承知ですが、そんな顔をされてしまうと、かつてダンジョンで孤立した時より遥かに心細いです。

 これで断られてしまったら、いよいよ途方に暮れるしかない。


 調理器具と食材を買いに行くところから始まるとしたら、今度のお休みまでにとても間に合う気がしないですね……


「仕方ありません。乗りかかった船ですからなんとかしましょ〜!」

「……ラズのことだからそう来ると思ってたわ。はぁ……私なら見捨ててるわね」

「そうはいきませんよぉ。エリさんにも手伝って貰いますからね」


 エリーゼ様が面倒くさそうに肩を落とすと、名木で作られたと思しきローテーブルの上になにかがドンと置かれる。


 台形の鈍く輝くそれは……あれ、鉄の延べ棒?

 

「ちょっと、このインゴットはなんなのよ?」

「アイアンゴーレムのドロップ品ですよ〜」

「産地を聞いてんじゃないわよ!」

「わたくし考えたんですよ」

「突然なにをよ」

「鍋がないなら作ればいいと!」

「料理教室のスタートラインにしては遥か後方過ぎんのよ、馬鹿!」


 鋭く振り抜いた手のひらが、スパンと小気味良い音を立てて台下の尊き頭を打ちぬく。一見すると罰当たりに見えてしまいますが、お二人の関係だと問題ないのでしょう。


 人間関係が希薄だった私に仲良い友人の存在なんてなかったので、とても美しいものに見えます。

 

 ――作るとはどういうことでしょうか。


 鍛冶職人の方でなくては成形する事すら困難です。


「大体ねえ。鍋や包丁を作るなんて素人が気軽に手を出すようなもんじゃないでしょう。いい、金属の加工をするにはまず…………あ、魔法を使うわね」

「そして〜」

「完成するわね。うん。確実に買うより早くて楽ね」


 まさか、土魔法で作るのですか?

 刃物などは相当繊細な魔法制御が求められるはずです。


「ということでお願いします。わたくしは突貫でエプロン制作に取り掛かります。リタは食堂に行って、食材を分けてもらってください。ついでにそのまま礼拝堂へ運んじゃってください」

「承知いたしました。行って参ります、お嬢様」

「はい。一番いいのを頼みます!」


 指示を受けたリタさんが部屋から退出すると、ラズ様は寝室の方へ移動し、エリーゼ様の服装が一瞬にして戦闘で使用していた装備に入れ替わった。


「ええ!?」


 それぞれが同時に動き出し、目まぐるしく動き出す中、なにも命じられなかった私はなにも出来ずその場で固まってしまった。

 

「……たしかこのあたりに……あっ、ありました! ステラちゃんのエプロンにはこの生地以外あり得ません!」


 奥の部屋から台下の高揚感溢れる声が漏れだしたと思ったら、扉が勢い良く開かれる。

 手には救急箱のような木箱とロールになった淡いピンクの布。


 ご機嫌な台下の顔を見て私は我に返りました。


「エプロンをこの場で作るんですか!?」

「はい!」

「今から!?」

「はい!」


 今日は驚いてばかりです。


 お料理よりも遥かに高度な物が目の前で淡々と作り出されている。それも信じられない速さだ。

 飛び切り高貴なご令嬢の居室なのに産業区に見えてきました。


「ステラちゃんはわたくしより少し背が高いくらいですから、これくらいのサイズでちょうどいいですね」

「鍋出来たわよ?」

「後2つ、サイズ違いのもお願いします」

「はいは〜い」

「ざっくりカットして、仮止めして……」


 物が作られていく様は一種の魔法のようです。こうして服や道具は誰かが汗水たらし、製造してくださったものを私が使わせていただいているんですよね。


 そんなことすらも理解しないまま私は聖徒の守護者を名乗っていた訳ですから、恥ずかしい限りです。


 あの頃は民の暮らしに興味を抱いた事などなかった。そういった発想自体がなかった。

 私の手の中にあったのは敵を滅ぼす手段と他人から与えられた目的だけ。

 それ以外を望まず、それ以上を求めようとしなかった。


 もし一度でも自分を見つめ直し、今のように周りを見ることが出来ていればあの忌まわしき惨事に加担せずに踏みとどまれたのではないか。考え方ひとつで結果は変わった可能性は十分にある。


 たらればの話でしかないが、今も自分を認めきれなかった事実が思ったより心に突き刺さったままだ。


 精一杯生きると誓った今でさえ、邪悪なる誘惑の手を振り払い、真っ向から立ち向かって戦いの末に殉ずることが出来ていたならどんなに楽だったろうかと考えてしまう。


 例え空虚な正義に基づいた行動であったとしても、罪なき聖徒を脅かす賊や魔物を討滅した事によって誰かが救われたのに変わりはない。

 積み上げた徳を信じて胸を張れば良かったというのに、私は神の下僕として邁進した日々を自分で否定した。


 そんな私が未だに聖徒を名乗っているなど許されてよいのだろうか?


 時々だがそんな疑問がよぎってしまう。


「うわっ……手の動きが速すぎて針が見えないわよ」

「時間がないですからね。サクサク縫っちゃいますよぉ〜」


 非常識な速度で針と糸が走ると、ただの布がまたたく間に形を変えてゆく。


 数えるのも困難な程、無数に寄り集まった災害級の化物を一体も漏らすことなく塵芥に変えたその手がただの調理服を仕立てる為に惜しげもなく振るわれているのは逆に非現実的に感じますね。


 戦うこと以外に取り柄のない私でも到底太刀打ち出来ないくらい強いはずのラズマリア様は料理や縫物も疎かにはしていないらしい。


 彼女の立場なら自ら服や食事を用意する必要など皆無である。

 豊かな領地の貴族ともなると尚更だ。


 それでも、台下はやりたい事をきちんと自分で考え、選んできたのだろう。

 置かれてる環境や強大な力に左右されず、ご自身の感性を失うことなくがなかったからこそ、見ず知らずの聖徒に惜しげもなく奇跡を施す事が出来たのだ。


 いつか私にも台下のように高潔な生き方が出来る日が来るのでしょうか?


 もし叶うのなら悩み苦しむ方へ迷わずに手を差し伸べられる人物に私もなりたいものです。


 困っている人を一人でも助けたい。

 

 それこそ、断たれたはずの未来を与えられた私が果たすべき使命だ。


 ですが現実のものとするには多岐にわたる知識や技能、経験が必要になることでしょう。


 その点、私は足りないものが多過ぎます。今は一つでも多くのことを学ぶ時なのでしょうが、私は恵まれているようですね。


 なんせ、目の前に最高のお手本がいるのですから。


「厚かましいと承知の上ですが、お聞きください」

「はい。どうしましたか?」


「いずれお料理以外も私に教えていただくことはできないでしょうか?」


 疾風迅雷の如き手捌きでレースを縫い付ける作業をしていたラズマリア様が手を止めて上げた顔はどこか困った表情だった。


 さすがに迷惑だったでしょうか、と一瞬不安になったのも束の間で台下の懸念は全く別のものだとわかる。


「え〜と……ステラちゃんに鍋は難しいと思いますよ……?」

「………………それは私も同意権です」

「ラズ……どう考えても裁縫の方よ」

「あ〜、なるほど、そっちですか。もちろんですよ。ちょっと待ってくださいね〜」


 そう告げた台下は怒涛の勢い再び針を動かすと、時間が加速したのではないかと思うほどのペースで一気に縫い上げていく。


「じゃじゃ〜ん! 完・成で〜す。我ながら即興とは思えないような素晴らしい出来栄えですよ〜〜〜っ!!!」


 台下が自慢気に掲げたエプロンは私の生涯で一度も見たことのないデザインの類だった。

 孤児院のシスターがつけていたのっぺらで真っ白いそれと違い全体がピンクで胸の辺りが大きなハートの形状である。さらに、これでもかというくらいひらひらした飾りが縫い付けてある。


「なんでちょっと目を離した隙にフリル増々になってんのよ!?」

「可愛いからいいじゃないですか。だいたい、エリさんだって、フリフリの格好で鍋と包丁作ってるじゃないですか」

「こっちだって好きで着てるんじゃないわよ! 魔法に効果が乗るから仕方なく装備してんの、し・か・た・な・く!」


 丈が短く色合いも派手な防具とは思えないドレスですが、やはり特殊効果があったんですね。

 土魔法を連続で発動できるのも、装備と関係があるのかもしれません。


「え〜、身体の一部ってぐらいにお似合いですよぉ」

「うっさいわね。そんなことはどうだっていいのよっ! あんたもなんか言いなさいよ。このアダルトグッズみたいなエプロン着るのはあんたなのよ」

「ラズマリア様が拵えた衣類ならば聖衣に他なりませんので、感謝こそすれ文句などあるはずがございません」

「聖衣の定義を今すぐ見直しなさい!」


 私のために台下自ら縫い上げてくださった神聖なる衣装にケチをつけるなど言語道断です。


 ……いえ、もう少し清楚な物をイメージしていたのは事実ですよ。あれではほとんどドレスですから、むしろ美し過ぎて修道服を汚した方が数倍マシな気はしてます。


「さあ、ステラちゃん。これを着て花嫁修業をがんばっていきましょう!」

「はい。花嫁修行を――え!?」

「料理に針に洗濯に掃除に全て完璧なレディになれますから、大船に乗ったつもりで任せてください」

「まーた変なところに気合入れたわね」


 鍋蓋を魔法で成形しながらエリーゼ様は半眼を浮かべると、台下は人差し指を立ててちっちっち、としたり顔になる。


「これでも私はステラちゃんの後見人ですよ。言い換えればステラちゃんのお母さんと言っても過言ではありません」

「となりの街までオーバーランするくらい過言に決まってんでしょうが」


 両者とも軽いやり取りを交わしながらも手はひたすらに動き続けています。


 それにしても私のお母さん……ですか。親を見て子は育つと言いますが、何から何まで教えを乞おうとしている現状を鑑みると案外間違っていないかもしれません。

 私は一から学ぶことだらけです。


「ご期待に添えるよう惜しまずに努力いたします。しかし、私が花嫁になるのは流石に無理だと思いますよ」


 男ですからね。いくらなんでもそれを知って、私を娶ろうなどと考える方はいないでしょう。


「まったくないなんて保証はどこにもありません」


 首を横に振った台下が優しく微笑む。


「前に言ったはずです。道はたくさんあると。どこにどんな未来があるかはまだわからないのですから、ステラちゃんが後で困らないようにこれから色々と覚えておきましょう。ね?」


 台下がおっしゃると本当に実現できそうに聞こえるから困ります。いえ、同性と結婚しようとはまるで思ってないのですけれどね。

 ですが、後々に苦労しないため、後悔しないためと挑戦を続けるのはとても素敵な考えだと今なら素直に思える。


「はい!」




   ☆




『この日からラズマリア様は礼拝堂に訪れるたびに、何かしらの指南をしてくださるようになりました。

 幸い私は器用な方だったらしく、一通りこなせる様になるまではそう時間が掛からなかったです。


 もっとも初めてのお料理では高いステータスが災いし、包丁でまな板を真っ二つにしてしまいましたが。


 ちなみに、約束の日にはどうにか間に合いましたよ。

 用意したお料理をすべて平らげてくださったライナス様から「ステラと結婚する男は幸せ者だな」と言われてしまい、ちょっと複雑な気分でしたが、喜んでもらえたので胸をなでおろすことが出来ました。


 それにしても美味しいと褒めてもらえるだけでこれほど喜びに満ち溢れるものなのですね。

 今まで私に食事を作ってくださった方に感謝を伝えてこなかった事を深く反省しました。


 まだまだ精進は必要ですが、私は充実した毎日を送っています。


 長くなってしまいましたが、近況報告は以上です。


 いつか……いつの日か貴方にも温かいご飯を振る舞う機会が巡って来ることを祈っております。



 敬愛なる教皇猊下へ』

ちなみに、手紙にはラズの封蝋が押してあるため検閲を受けずに教皇へ直通になります

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