第4章21話 大罪人
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二人の会話が終わりを迎え、長い沈黙が流れた。両者の考えは相容れないだろう、とこの場にいる誰もが思った。
ただし、重苦しい空気など片手で払ってしまう彼女を除いてだが。
「捨ててしまいたいというのなら、その命はわたくしが貰っちゃってもいいですか?」
「………………は?」
馬鹿みたいに明るいラズの声と素っ頓狂なレグルスの声が対照的であった。
「捨てるんですよね。だったらもらってもいいですよね。他の五聖剣の方と同様に今回の戦いで死亡したことにしておいてください。教皇猊下のお力なら可能ですよね」
「……レグルスになにをさせようと言うのですか?」
目を丸くした教皇が尋ねると、ラズはぐっと胸を張る。
「決めてません!」
「なんでそんなに偉そうなのよ……」
「いいんですよ。そんなものは後で考えればなんとでもなりますから」
「……情けなら無用だ。もう私には明日を生きる理由も価値も無い」
力無く言葉を吐き出したレグルスは生気の抜けた表情を浮べた。すでに疲れ切っているのは誰の目にも明らかである。
「神聖な領域を土足で踏み荒らしたのは、レグルス様ではありません。貴方自身は人と異なる方法で生まれてきたというだけで、わたくしとなんら違いのない一人の人間です。咎人の子が親の罪を負う必要がないように貴方が背負うべき業など、どこにもないのです」
諭すようにラズが訴えかけるが、レグルスは首を横に振る。
「そうであっても私は今日、明確な罪を犯した。取り返しのつかない程大きな罪を。きっと、愚かな私を主は見放したに違いない」
「そんなことはないと思いますよ。むしろ女神様は貴方に感謝しているかもしれません」
「ふっ、そんなふざけた事があるものか。自らが興した国に牙を剥いた不届き者は寛大な女神様と言えどもお許しにはならないだろう」
レグルスが自嘲的に笑って答えると、ラズは可愛らしく首を傾げた。
「でも、レグルス様は街を守ってましたよね?」
「……なにを言うのかと思えば。闇のドラゴンは私の指示で教会を攻撃していたのだぞ。守護とは真逆の行動を取っていたのは逃れようのない事実だ……」
呆れたような声色でラズの言葉を否定するとヨコに首を振った。
だが、死闘に身を投じたラズはレグルス自身もわかっていなかったことに気が付いていた。
「戦闘開始直後、わたくしは真っ先に急上昇しました。街への二次被害を防ぐためのやむを得ない選択でしたが、それに気付かないレグルス様ではないでしょう」
「……それは……!」
「正直、防衛戦と呼ぶには余りにもわたくしが守るべき対象が大き過ぎました。貴方がその気になれば街への攻撃を防ぐため、文字通りこの身を盾にするだけで手一杯になったでしょうね。それでも被害は甚大なものになったことでしょう。でも、貴方はそうしなかった」
即答できなかったレグルスの顔を見て、ラズは柔らかい笑みを浮かべた。
「気高くて優しい聖騎士の心がそれを許さなかったのでしょう。貴方の戦いに無関係な人をまきこみたくなかったんですよね」
「違う……! 回りくどい事をしなくとも正面から勝てると判断しただけで他意などない。それに罪のない民の血が流れることなど覚悟の上だった」
「でも、街への攻撃を命じたのはレグルス様ではないのでは?」
「なっ、なぜそれを……!?」
普段は冷静な彼が狼狽する様が質問の答えであることを明かしていた。
「わかりますよ。だってとても悔しそうな顔をしていますから」
「…………そう……か……なぜか消えないこの胸のざわつきは後悔だったのか……」
常に正しい選択肢だけを選び抜いてきたレグルスにとって悔やむという経験が初めての事だった。だから自分が後悔している事にも気がついていなかったのだ。
顔を上げたレグルスの瞳から一筋のしずくが頬を伝う。
それを皮切りにレグルスは全身を震わせて声を漏らした。
「……教会だけ潰すつもりだった。人が失せてから街の一部を破壊した後、自害して終わるつもりだった。教会が信用を失墜し、一からやり直すよう促せればそれでよかったんだ。だが、結果として無差別に敬虔な聖徒を殉教させてしまった。こんな筈ではなかったというのに、私は……!」
ガンッ!
手を縛る枷を石張りの床に叩きつけた鈍い音がこだまする。
「そう悲観するばかりでもないと思いますよ。貴方を誑かした方はいずれ一人でも聖徒を襲ったと思いますよ。ドラゴンを率いているのが貴方でなければ多くの方が犠牲になったことでしょう。だから、レグルス様が守ったんですよ」
「聖女……様……!」
少年とも少女ともとれる中性的な声の嗚咽が見た目より細い喉から溢れだした。
悔恨の念で揺らぎながらも無意識の内に抑えつけていた感情は一度タガが外れると簡単には平静さを取り戻すことが出来ない。
聖泉の傍らでむせび泣くレグルスに歩み寄ったラズは地に膝をついて手を握る。
「実はわたくし、レグルス様にお願いしたいことがあるんです。ここで懊悩していらっしゃるくらいなら今からでも出来る事をしましょう」
「今から出来る事……?」
なぜかドヤ顔混じりでニコリと笑ったラズを見て、エリーゼは眉をひそめた。
「あんた、それ碌な事を考えてない時の顔よ」
「む……そうなのか?」
「そうですね……あれはラズ様が独自の発想を閃いた時の反応ですので、殿下は覚えておいたほうがよろしいかと」
「そうか。ん……?」
リタの言葉が意味するところがわからず、ギルバートは尋ねようとしたところでラズが怒る。
「し、し、失敬な!? ちゃんと真剣に考えたんですから、最後まで聞いてくださいよ!」
依然として胡散臭げな顔を浮かべたままのエリーゼへ向け、威嚇するフグのようにラズは頬を膨らませた。
「もし、それが贖罪になるのだとすれば、私に出来る事はなんでもします……! ……この身を存分にお使いください、ラズマリア様」
月光のような両眼から涙が溢れたままのレグルスから同意を得たラズは満足そうに頷いた。
「わたくしはこれから負傷した方の治療に当たるので、レグルス様は街を案内してください。土地勘がないので手伝ってくださったらとっても助かります」
「思ったよりまともね。それなら、私も付き合ってあげるわよ。今回は魔力が有り余ってるから、瓦礫の撤去でもしてあげるわ」
「さすエリです!」
「イラッとするからその略称は止めなさいよ!」
だが、二人の会話がいつもの騒がしい調子を取り戻し、一抹の和やかなムードが醸しだされた中、沈黙を続けていた教皇が立ちはだかる。
「お待ちください、聖女ラズマリア様。遠巻きとはいえ襲撃をおこなった際に、信徒から姿を見られているかもしれない彼を白昼堂々と歩かせる訳にはいきません。此度の反逆は大衆の面前で火炙りにしなくてはいけないほどの重罪でした。レグルスの存在を人知れず抹消する為にも不用意にここから出すことは了承し兼ねます」
「自業自得だろう。教会に裁く権利などないとオレは思うが?」
再び不穏な空気が流れ掛けるが、ラズは教皇の反発も織り込み済みである。
「わたくしもこのタイミングでレグルス様が公の場に出るのは得策ではないと思いますよ」
ラズの考えを聞いて、教皇は胸を撫で下ろした。しかし、彼は知らなかった。彼女は一度火がついたら簡単に止まらないことを。
「ですので、正体が露見しないように完璧な変装を施した上で同行していただきます。それに用が済んだらそのまま一緒に王国へお連れしますのでそちらにとっても、悪い話ではないと思いますよ。レグルス様はそれでよろしいですね?」
ラズが尋ねるとレグルスは首を縦に振る。
「聖女様の意志は私の意志と同義です」
教皇は一度目を閉じて、数瞬の間だけ思案した後に神妙な面持ちでラズを見る。
「……何者かの暗躍があったにせよ、このような事態を招いた全ての元凶は教会自身が蒔いた種です。まして、私が気の迷いを起こさなければ、こんな悲しい結果を招くこともなかったでしょう。助けだすつもりが、かえって苦しませたのですから、まさに不徳の致す限りです」
彼にとっても痛ましい出来事であったのはラズも理解していた。しかし、このまま教国に留まったところで無罪放免というわけにはいかない。だからこそレグルスをこっそりと連れ去るという発想に至ったのだ。
なお、オルヴィエート王国から少なくない報酬を毎月受け取っているラズは一人養うぐらいなんの問題にもならないので、連れ帰った後の事まではなにも考えていない。
「それでも猊下が手を差し伸べなければ、今こうしてレグルス様に会えなかったじゃないですか。善意から生まれた巡り合わせにわたくしは感謝しています」
「……わかりました。誰からも存在を悟られずに新しい人生を歩めるというのであれば、私としてもこれほど有りがたい申し出はありません。教皇としては正しくない選択なのでしょうけれど、どうか彼のことをよろしくおねがいします」
苦々しい笑みを浮かべた教皇は深く頭を下げた。
「聖女の名にかけて、必ず力になることを約束します! ということで、まずは変装を施しますので、シスターが着ている修道服をください!」
「……はい?」
「……なっ!?」
「レグルス様に合ったサイズはどれぐらいですかね?」
「お嬢様。私が測ります」
「あ、でしたらメイクも頼みます」
「御意。しかし、特徴的な頭髪の偽装は必須かと」
「染めるか、ウィックにするか悩みどころですね。でもやっぱりベールを被るならロングヘアが映えそうです」
「やっぱりあんたは碌な事考えてないじゃない!?」
厳かな聖泉の間にはおおよそ相応しくないエリーゼのツッコミがけたたましく反響した。
ラズ「あ、髪を編み込むのもありですね」
リタ「レグルス様、胸を盛ってもよろしいでしょうか?」
レグ「いや・・・そんな必要はないと――」
ラズ「ツインテールはいかがですか!」
リタ「それと下着は――」
エリ「もう、やめたげなさいよ・・・」




