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第4章20話 聖水と教会

書き直し×書き直し=終わらない



 無数の蝋燭が生み出した幻想的な淡い光が揺らめく室内に再び沈黙が訪れた。


 行方をくらましてからの経緯を淡々と話し終えたレグルスは回りきったねじ巻き式の玩具のように、微動だにしなくなって口を閉ざした。


 明かされた内容にラズとギルバートは驚きのあまり絶句し、エリーゼはわずかに眉をひそめた。

 ちなみにリタは相変わらずの無反応である。

 そして、もっとも険しい表情を浮かべたのは今まさに話題に上がった教皇その人であった。


 否定も肯定もせず、ただ真っ直ぐにレグルスを見つめていた。


「あんたがホムンクルスってのはちゃんと裏を取ったのかしら?」


 沈黙を破ったのは仏頂面で腕を組んだエリーゼである。


「施設に残されていたホムンクルスの特徴を記載した管理台帳を確認した。そこには、私によく似た容姿の個体の記録を発見した。私が孤児院に入った同時期に廃棄されたことになっている」

「あれ、全部同じ見た目じゃないんですか?」

「理由は不明だが記録では全ての個体で髪や眼の色が異なっていた」

「なるほどね。確かに偶然にしては出来すぎてるわね」


 納得したエリーゼが引き下がるとレグルスは突き刺すような眼差しで教皇を睨みつけた。


「真相は奴に聞け。教皇という立場にありながら偉大なる主の教えに背いて錬金術などに手を染めた腐れ外道と言えども、まさか聖なる泉の面前で嘘偽りを述べはしないだろう?」


 刺のある口調であったが、教皇は落ち着いた表情で返事をする。


「もちろんです。あなたには真実を知る権利があります。さて……なにから話しましょうか」

「……教義に反してまで私を造りだした理由を答えろ」


 猟犬の唸り声のように威圧の混じった問い掛けに教皇は懺悔でもするように両手を胸の上で重ねて祈りの姿勢を取ると、黄金の法衣をはためかせながらひざまずく。


「……いいでしょう。長い歴史の中で聖光教会は光の女神様という旗印のもとに勢力を増し続け、今では周辺諸国すら脅かすことは難しいでしょう。ですが、頂点に近い位置に座る者の一部は我々の立場が砂上の楼閣であることを知っています」

「権力に肩まで浸かりきってる教会にしては随分弱腰な発想だな」


 ギルバートは顎に手を当てて首を傾けた。比較的新興国の王国よりもずっと長い歴史を持つ教国は少なくとも外からみると敵らしい敵はいないように見える。


「教会が持つ求心力は『女神様は正しき行いには奇跡と救済を与えてくださる』という教えから生まれていると考えられています。日々を精一杯生きる者には心の拠り所が必要でした。救いを求めた信徒にとって、致命的な傷さえも癒やしてしまう聖水や幸運を呼ぶ加護などはまさに『救済』そのものだったのです」


 話を聞いていたエリーゼが渋い表情を浮かべ、鼻を鳴らすが教皇は構わず続けた。


「ですが、これらは女神聖教を新興した当初からあったものではなく、空中分解の危機に直面した際に生じた副産物が聖水なのです。その昔、漫然と成り立っていた教会は目の前で起こった本物の『奇跡』によって意義を失いかけました」

「教会が霞む程の『奇跡』となると、女神様の降臨くらいしか思い当たらないな」


 首を傾げたギルバートの隣にいたラズが静かに呟く。


「いえ……たぶん、うちのご先祖様じゃないですかね」

「ご明察の通りです。初代聖女様が成した偉業の数々は荒んでいた信徒たちの心を鷲掴みにしました。実際に彼女に救われた方も大勢いたようですから、その流れは必然だったのでしょう。一時期は教会への寄進が雀の涙程になり、当時の教皇と枢機卿は頭を抱えました。抱えていた財もその時にかなり吐き出したらしいです」

「あら、倉庫が空いて良かったじゃない」


 遥か昔の出来事だが聖職者が儲かっているのはあまり面白くないエリーゼからすれば小気味良い話だ。

 彼女は自分以外が堕落しているのは許せない性格である。


「ただ、彼女が冒険をやめてオルヴィエート王国に定住してからは教会もどうにか息を吹き返し、事なきを得ました。ですが、一度衰退を味わった教会に、更なる脅威が訪れたのです。それが錬金術でした」


 閉ざされた空間の中で透き通った教皇の声は僅かに反響しすぐにかき消される。噴水から絶え間なく続く水の跳ねる音は周囲の音を上書きしてしまう。扉が閉め切られると昼夜が逆転したように薄暗いこの場所は込み入った密談に絶好の場所である。


 教皇はそれを見越した上で人払いをし、ここで祈りを捧げていたのだろう。


「土魔法使いが編み出した秘法である錬金術はまるで『奇跡』の再現でした。錬金術師が創造した回復ポーションは光魔法くらいでしか治せないような重症さえも治療可能な性能を有していたのです。魔法の革新より自分達は不要になるかも知れないと、事態を重く受け止めた教会は一つの決断を下しました。それが教典へ新たに綴られた、錬金術の禁止に関する一節の始まりです」

「ただ既得権益にしがみつく為に教義を改竄したと……?」


 顔を上げて尋ねたレグルスの問いに教皇はこくりと頷く。


「残念ながらそのとおりです。錬金術を世界の秩序を破壊し、混沌へと誘う邪法と定め、研究を行う魔法使いへ刺客を送りました。時には、聖騎士を大隊規模で投入し、多くの血を流しながらも根こそぎ駆逐することで教会の威光はめでたく保たれました。ですが、彼らは手元に残った芳醇な果実を捨てる事ができなかったのです」

「……聖水の正体は回復ポーションだったのね」


 レグルスの証言を聞いた時点でエリーゼは秘匿された事実に薄々気付いていたのだ。


 教会の総本山でのみ手に入る高価な回復アイテムである聖水は聖域の(メイデンオブ)乙女(サンクチュアリ)の世界では登場しない。気になったエリーゼはギルバートが持参したものをダンジョンで見せてもらったことがあったのだが、見た目や効能はエリーゼが作ったものと何ら違いはなかった。

 その時は意味がわからず訝しむだけだったが、完全に同一の物とわかり合点がいく。


「我々は簒奪した錬金術を利益に変えた挙句、『奇跡』として誇示したのです」

「宗教屋なんてのは信用ならない奴らだと思ってたけど、これはさすがに反吐が出るわね」

「悪い事の一つや二つはやってると思ってましたが、これはあんまりです」


 エリーゼが呟くとラスがぶんぶんと首を縦に振って同意した。


「本来ならば墓まで持っていくべき教会の実態だ。流出すれば多くの信者共の信用を失うだろう。王国の人間へ簡単に話していい内容ではないと思うが、これは一体なんのつもりだ?」

「僭越ながら下手に隠し立てすればかえって不利益なことになると考えたまでです。武力でも権力でも我々に勝算がない以上、穏便に済ませたいというのが本音です。誠実とは言いがたい教会ですが、多くの信徒の心を支え続けているのもまた事実ですから、彼らが生きる希望を失うのだけは避けなければなりません」


 あえて包み隠さずこの件を公にせずに水面下で処理したいという教皇側の思惑がある。つまりは今後の両国の関係における大きなアドバンテージを譲ってでも、この泥沼と化すであろう問題(スキャンダル)を表面には出したくないのだ。ならばこの対応も納得であるとギルバートは理解した。


「予想外のところで漏洩する方が教会としては傷が拡がるはめになる……か。しかし、その話はこいつとなんの関係があるのだ」

「それについてですが、ここからが本題になります」


 しゃがんでいた教皇は立ち上がって、ラズのほうに視線を移す。


「聖水を得て、以前にも増して栄華を極めた教会が次に欲したのは本物の『奇跡』である光魔法でした。世界に災厄が満ちた時、女神様の寵愛を受けた使徒にのみ与えられるとされる神聖な魔法。神の力を手に入れようと研究を重ねていきましたそうして目をつけたのがホムンクルスです」


 レグルスがピクリと一瞬だけ反応する。だが、それ以外は一切の変化を見せずに、区切られた教皇の言葉をじっと待った。


「ホムンクルスが会得する魔法の属性は不規則で、同じ素材で同じ術者が錬成しても個体によって違います。その特性に着目した研究者はホムンクルスを作り続ければいつか光魔法を有する個体が出来上がるのではと考えたのです。ですが、どれだけ量産しても一向に光属性の個体は現れなかった。そして、ある仮説に辿り着いたのです」


 教皇は光魔法の使い手であるラズに目線を送った。


「女神様が選んだ者にしか光魔法は扱えないのではないかと。そこで、研究者は神と繋がりのある魂を召喚して、ホムンクルスへと無理やり移植する事で聖なる力の発現を目論んだのです」

「……まったく倫理の()の字もないわね。そいつも教会も」


 顔をしかめたエリーゼは覚えた不快感を一切オブラートに包むことなく非難する。

 立場で言えば教皇の方が遥かに上だが、公にできない会談ということもあり誰もそれを咎めることはしない。なにより全員が同意見だった。


「耳が痛い話です。私を含めた当時の枢機卿の一部も天罰を恐れて研究は凍結させました。しかし、研究所の封鎖に漕ぎ着けた時には魂の融合を終えた女性型のホムンクルスが既に完成していたのです。彼女を調べた結果、光魔法の素養はありませんでした。そして、失敗作では利用価値もなく、明るみに出る前に廃棄することになったのです」


 ですが、と教皇は言葉を続けた。


「私には静かに眠る彼女が普通の人間にしか見えませんでした。生まれたばかりの命をこちらの身勝手な都合で奪う事が、本当に正しいやり方だとは思えなかったのです。だから、彼女が廃棄場へと連れられていく前に研究所に残っていた男性型のホムンクルスへと魂を移し替えました。元の肉体は予定通り廃棄され、入れ替えた方を孤児院へと隠したのです。それがあなたです、レグルス」


 話を聞き終えたレグルスは静かに息を吐いた。


「そんな戯言が信じられるものか。ならば、どうして今まで事実を隠していた」

「……身勝手にも程があるかもしれませんが、あなたには普通の人生を送って欲しかった。だから、なにも知らない方が幸せだと思っていました。ですが、今は真実を伝えるべきだったと後悔しています」

「いまさら遅い。例え教義に反していないのだとしても、偽りの肉体に簒奪した魂を持つ呪われた存在であることに変わりはない。今すぐにでもこの命を捨て去りたいほどに私は自分がおぞましい……!」

「レグルス……」


 血がにじむほどに強く握られた拳が小刻みに震えていた。希望を失った聖騎士の嘆きを前にして教皇はそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。

ラズ(じゃあ、リッチさんは本当に被害者だったんですねぇ。聖騎士の方もなんで、書き換えられた教義を鵜呑みにしたのでしょうか)


エリ(錬金術は見た目がアレなのよねぇ……)


ラズ(ああ……なんか納得しました)



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