第4章19話 許されざる存在
構成が定まらず何度も書き直したせいで遅くなりやした
更に成分の百割がボケとツッコミで出来てる私はシリアスシーンが苦手です
聖女ラズマリアと別れた後に接触してきた妙な男に私はついていく事にした。
見るからに怪しい黒ずくめの服装で顔はフードで隠しており、人相すら確認できない。
どう見ても危険な相手だと認識していながら、私はその悪魔のような囁きを無視することが出来なかった。
孤児である私の起源という奴がちらつかせた餌は、私を釣り上げるのには十分過ぎた。
良からぬ思惑があると知りながらも私は奴と共に行動する事にした。
だが、王都のど真ん中から人目につかないように移動するのは至難の業である。
そう思ったのだが、奴は抜かりなどなかった。
こちらの回答を聞き届けた奴の手が私の腕を掴むと唐突視界が暗転し、気づいた時には寂れた墓地のそばにあるブナの林へと移動していた。
まるでダンジョンの入り口に時々ある転移魔法陣にでも乗せられたようだ。
「……見たところ王都ではないらしいが、ここはなんだ?」
「聖都の外れにあるただの墓場だ。見た目はな」
「聖都だと!? 馬車で半月以上掛かる距離をこの一瞬で移動できるものか。なにをした?」
「使い捨ての転移用マジックアイテムだ。余計な詮索はするな」
面倒くさそうに吐き捨てると奴は会話をそこで打ち切って歩き出したので、それ以上の情報を引き出すのは諦めて、後ろからついていく。
だが、墓地の方を見やって、思わずはっとなる。
なんの変哲もないただの墓場にも関わらず、敷かれている警備体制があまりにも厳重だ。
しかし、おかしいところはそれだけではない。警護にあたっている兵の胸当てに刻まれている紋様は間違いなく聖光教会のシンボルである。
重要な施設とは言い難いこの僻地に聖騎士がここに駐在している理由はあるはずだ。
なにかが隠されている……いや、教会がなにかを隠している……?
私が熟考に陥っている間に奴は手際よく巡回する守衛を眠らせ、誰にも悟られずに墳墓を囲う柵の上から中へと侵入すると奴はずんずん進んでいく。
このままだと置いて行かれそうだったので慌てて追った瞬間、目の前の光景に既視感を覚えて足が止まる。
この場所を私は知っている……?
出処のわからない猛烈な違和感に襲われ、言い表しようのない気色の悪さに頭を押さえた。
私を置き去りにしたまま進んでいた奴は中心にある一際大きな墓の前で立ち止まった。そして、躊躇うこともなく墓標の側面に触れると、墓石がひとりでに動き出す。
「この先にお前の求めていた真実が眠っている。早くしろ」
乱暴に突きつけた親指の先には隠し階段が顔を覗かせていた。
「墓石の下に入り口を隠しているとは――ぐっ!?」
階段の中を目にした瞬間、頭蓋が割れそうな程の酷い頭痛が走る。
なんだ、この感覚は?
「……どうした?」
「いや、なんでもない。すぐ行く」
幸いなことに痛みはすぐに去ってくれたので砂埃を被った石の階段をおぼつかない足でゆっくりと降りていく。
内部はどうやらかなり広い空間のようで床を叩いたブーツの音が遅れて反響してくる。
一歩踏み出すごとに重くなる足取りに反比例して増していく忌避感をどうにか抑え込みながら、どうにか前へ進んでようやく階段を下りきると、真っ白な壁の通路へと出る。
どういうわけか地下にも関わらず白昼のように明るいので、松明などが無くても遠くまでよく見える。
なんの飾り気もない無機質な廊下を歩いて、曲がり角を過ぎた瞬間に全く同じ通路を通過する光景が脳裏に浮かぶ。
デジャブ? いや……
「はぁ……なにやらおかしい。さっきから私の記憶がまるでここに訪れたことがあると告げているようだ」
「ああ、半分正解だ。そこの赤い扉を開け」
なんとなく見てはいけないような気がした。頭の奥底で警鐘がガンガン鳴り響くのを無視して、紅に塗られた鋼鉄の扉に手を掛ける。
握り玉を回して開け放った扉の向こうにあったのはガラスのようなもので出来た透明な筒である。
中身は空で用途は不明であるがなんとなくその大きさは人が入るのにちょうどいいと思った。
「これは何だ?」
この男になんでも聞き過ぎかもしれないが、根本的にわからないことが多すぎる。もちろん真偽は身定める必要があるとは思うが。
「錬金術師どもがホムンクルスを作る為に編み出した装置だ」
「錬金術は既に廃退したはずだが……」
土魔法使いが編み出した秘術である錬金術はその危険性と命を弄ぶ非道徳的な特性から女神聖教教義において邪法として御法度に定められている。
通常であれば有無を言わさず、その場で断罪するところであるが、この施設は教会と関係がある可能性が非常に高い。
更に踏み込んで推測するならば、教会が主導して秘密裏に研究していた、とも考えられる。
錬金術士から接収した可能性もあるが、それなら破壊せずに残置してあるのは不自然だ。
「……これが貴様の言う教会の闇だと?」
「違うな。闇はお前の存在そのものだ」
「どういう……意味だ?」
聞いてはいけない、そう薄々気づいていたが求めていた真実を目と鼻の先に捉えておきながら、この場から逃げ出すことなど私にはできなかった。
「半分正解と言ったな。お前はここに来たことがあるのではない。正しくは錬金術によってここで作られた仮初の生命だ」
「そんなまさか……わた……しは?」
「ああ、ホムンクルスだ」
奴の声が急に遠くなり、足元が突然崩れ落ちたような錯覚に陥る。膝からまるまる力が抜けそうになり、立っているのがやっとである。
その言葉が意味するところは脳が受け止められる容量を遥かに超えていた。荒れた川のように思考が濁り、指先が冷たくなる。
だが乱れた呼吸を整える暇もなく、とどめを刺すように奴の話は続く。
「なんの苦労もせずに氷属性を操る事が出来たのは、お前が元は人間ではなかったからだ。本来ならホムンクルスの体内には魔石が埋め込まれており、定期的な魔力の補充が必要になる。この培養器は魔力を補給するステーションの機能も持っている」
黒コートの男が拳骨で透明な筒を小突くとこんこんという小気味良い音が転がる。
「だ……だが、私は補給などしなくとも支障をきたしたことはない。私がホムンクルスだなんて馬鹿げている」
感情の抑えが効かなくなっていたが、坂から転げ落ちる石ころのように、もう自分ではどうしようもないところまできていた。
「お前は補給など必要ない。通常のホムンクルスとでは決定的な違いがあるからな」
「そんな荒唐無稽な話を信じるものか! わざわざ足を運んでみればこんなくだらない茶番だとはな。嘘をつくのならせめてもう少しもっともらしい物を用意するんだったな!」
氷漬けにするための詠唱を始めようとしたところで、浸透するような酷く冷たい声がそれを阻む。
「お前の中には異界の人間の魂が宿っている。ホムンクルスと魂が融合すれば、それはもう人と区別をつけるのは不可能だろう。教会が否定した錬金術の結晶こそがお前だ、レグルス」
「嘘だ……嘘だ……嘘だ!!!」
ほとんど反射的に持っていた権杖を私は振りかぶった。だが、奴はそれを難なく素手で受け止める。
「疑うなら報告書を読むといい。この研究所にはお前という異形を生み出した過程の資料が残っている。それを読めば俺達が争う必要などなくなる。お前を欺いた真の敵は教皇だと教えてやったはずだが?」
「違う! 教皇猊下は――」
「もちろん教皇はこの真実を知っている。というより、お前という存在を生み出した張本人だがな」
否定しようとした私の声は奴の口から出た更なる衝撃にかき消されてしまった。
遂に膝から崩れ落ちた私は床に手をついてなんとか自重を支える。
だが、立ち上がれそうにはない。
これまで正義の名の下に主の教えを忠実に守ってきた。清廉潔白なる聖騎士の名に相応しき行いを常に心掛け、そう振舞ってきた。そんな私の正体が邪法によって猊下の手で作られたタチの悪い玩具だというのか。
「そんな…………ありえない……それに、なんの為にそんなことを」
「さあな。だが、お前が教皇にとって都合のよい存在なのは考えるまでもない。大方、己に忠実な戦力が欲しかったのだろう」
「………………」
それについては思い当たる節がないでもなかった。
私は孤児だ。猊下に拾われて8歳の時に孤児院に入った。
だが、それ以前の記憶は何一つない。それどころか孤児院の扉を初めてくぐった日の記憶すらない。なぜ孤児院に入ることになったのかもわからない。
普通に考えるとなんらかの印象が残っていそうなものだ。
猊下に拾われたというのも孤児院で世話をしてくれていたシスターから教えて貰っただけで、どこでどんな話をしたかも覚えていない。
不可思議な事になぜかそれを気にした事もなかった。
この男がもたらした情報が真実なのだとしたら辻褄が合う。合ってしまう。
突きつけられたあまりにも無情な現実を前に気が遠のいていく。
「そうか。この世に生まれた時から……私は主にお仕えする資格など持ち合わせていなかったというのか。主に仇なす者を否定し、根絶してきた私自身が許されざる存在だとはな」
「そうとも限らない。少なくともお前が積み重ねた信仰は潔白だったのだろう?」
「……ああ、女神様に誓って後ろ暗いことはない」
それだけは間違いない。
ただの一度の背信もなく、いついかなる時も主の教えを第一に己を律して生きてきた。
女神様を信奉する心は今も変わりない。
「ならば、悪いのは教義に反し道を踏み外した教会のほうだ。お前が気に病むことはないだろう」
「それは……!」
「だが、熱心な聖徒であるお前は女神の名をかさに着て利権を貪っておきながら、尊ぶべき戒律を平然と犯した悪逆非道な教会の行いを許していいのか?」
この男の指摘はもっともなものだ。
教会が自ら教義に反するなどあってはならないこと。
教えを説く側が戒律を破っているのが知れれば聖徒に示しがつかないだろう。
「……万死に値する許されざる行いだ。だが、あの巨大な教会を相手に単独で断罪するなど出来ようはずもない。最後まで成し遂げられなければそれは正義ではなくただの凶行だ」
暴き立てたところでどうせ揉み消されるだろう。
武力でまかり通すには相手が強大すぎる。何人か首を取ったところで、騎士の乱心として処理されるのが関の山だ。
それにこの問題は予想よりもはるかに根深いのだろう。
故に教会を正すならば地の底まで焼き払う覚悟が必要だが、私ではそこまで辿り着く前に力尽きる。
闇雲に表面だけを毟りとっても根が生きていれば必ずまた毒の花を咲かせる。
腐った物はもう元には戻らない。
「ならばその凶行を正義へと昇華させるだけの力を俺が与えてやろう。存分に正義を貫き、醜悪な教会を粛清するといい」
「そんな都合の良い話……ある訳が……」
そう言おうとしたが言葉がうまく出てこなかった。妖しく輝く奴の鮮血のような赤い瞳から目が離せなくなる。
「信じるか信じないかはお前次第だ。さあ、この手を取るか、聖騎士レグルス?」
握手の要領で差し出された手を私は躊躇する事なく握る。
なぜだか、そうする事が正解だと思った。
夢現のような意識の中で再び周囲が暗闇に包まれたが、私はその禍々しい奔流に身を委ねることにしたのだった。
今回はレグルスの回想でした
次回は現在に戻ります




