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第4章18話 欲張りセット

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 時はちょうどギルバートとラズが遥か高みで繰り広げていた壮絶な戦いが終局に近づいてきた頃でる。地上に残っていたエリーゼはというと飾り気のない質素な庭でティータイムを楽しんでいた。


「そろそろ終わりそうね」

「ラズ様が出陣なさっている以上、当然の結果でございます」


 紅茶を継ぎ足しながらメイドのリタは一切表情を変えずに主人を褒め称えた。

 

 なぜ聖なる庭の真っ只中で呑気に茶をすすっているのかといえば、ラズの反撃が開始した時点で勝利を確信したエリーゼが「さ、祝杯でも上げようかしら」などと宣ったのが発端である。


 ティーセットと茶葉はリタが常に持ち歩いているものを使用し、紅茶を淹れるのに重要な水は星光教会本部にある神聖な泉から湧き出てきた天然水を汲んできた。

 そして、建物を囲う質素な中庭に設置された石製の椅子とテーブルはエリーゼが魔法で生成した一点物である。


 こうして、極めて罰当たりなお茶会が始まったのだが、運良く(?)人払いがなされていた為、誰にも咎められる事無く今に至る。


 死闘が行われているなか優雅に湯気のたつ紅茶を口に運び再び天を見上げる。


 数刻前に見た悪夢のような光景が今ではすっかりと静かな青空でいっぱいになっていた。

 

「とはいえ、今回はかなりギリだったわよ。並行して街を攻撃されていたら、ラズの性格だととても平静じゃいられなかったでしょうからね」

「確かにラズ様ご自身以外を狙われると絶対に守り切れるとは限りません。そう考えると敵の行動には不可解な点が多いですね」

「そうねぇ……」


 首をひねったリタに対してエリーゼは曖昧な返事をする。

 不可解といえば前世で得たゲームの知識から外れた出来事が立て続けに起こっている。その事がどうにも腑に落ちないのだ。


 どうして、無印のストーリーがエンディングを迎える前に続編の舞台である聖都においてこのような事件が発生したのか。


 あのドラゴンはどこからやってきたのか。


 あとついでにギルバートはなぜ燃えていたのか。

 そのような能力はゲームでは存在しなかった。そうでなくてもギルバートは原作との乖離が大きい。


――少なくとも、あそこまで短気な性格ではなかったわね。しかもあんなに分かりやすくヒロインの胸とか足とかをチラ見するようなむっつりスケベが乙女ゲームの王子様だとは絶対に認めないわ。


 空を自由に飛べるようになったギルバートだが、エリーゼの評価は常に低空飛行である。


「どうやらラズ様がお戻りなられるようです」

「それはいいんだけど……なんか変な物持ってないかしら、あれ」

「そのようですね。ずいぶんと大きな袋のようですが、中には一体何が入っているのでしょうか?」


 『天啓(リベレーション)』状態の光り輝くラズの背には人が数人入りそうな白い布袋が担がれていた。

 しかも、なぜかその袋はもぞもぞと蠢いている。


「エリさ〜ん、リターー! ドラゴンは全部やっつけました〜!」



 大きな声で戦果を報告しながら彼女にしてはゆっくりとした速度でエリーゼ達の近くに着地してきたラズをエリーゼは立ち上がって出迎えた。


「はいはい、討伐ご苦労様。ところで、ラズ」

「はい、なんでしょうか」

「どうしてあんたは真夏の聖都でサンタクロースの真似事をしているのかしら?」

「いや〜、人を隠して連れていくのに丁度よかったんですよ」

「あ〜なるほどね、って中身は人っ!?」

「ギル様とレグルス様が入ってます」

「腐ってる奴が大喜びする欲張りセットね!?」


 王子と騎士の袋詰めと聞いてエリーゼは思わず声を荒げたが、ツッコミの意味がわからなかったラズはきょとんとした顔を浮かべていた。


「ラズ様、ちなみにそれをどうなさるおつもりでしょうか」


 彼女の奇行に一定の耐性を有するリタが平然と尋ねるラズがドヤ顔で言い放つ。


「このまま教皇猊下の元へお連れします!」

「献上品!? 三人プレイにするつもりなの!?」

「教皇猊下でしたら、泉の前で今も祈りを捧げていらっしゃると思います。先ほど紅茶の水を汲んだ際にもまだ中にいらっしゃいました」

「ええ? そんな事して怒られなかったんですか?」

「あんたが一番ヤバイことしてんのよ!」

「いや〜、乱暴だとは思いましたけど他に方法が思いつかなかったんですよ」


 あはは、と笑うラズに頭痛を覚えたエリーゼは眉間を揉みほぐしながら泉のある建物へ向けて歩き始める。


「だったらさっさとリリースしなさい。じゃないと肩書が聖女から人攫いになるわよ……」

「は〜い!」


 リタが高速でティーセットを回収すると、エリーゼが魔法を発動して椅子とテーブルを土に戻す。


 すっかり元通りとなった小さな庭園から離れて、古びた扉にリタが手を伸ばし、ラズとエリーゼが神秘的な建物の中に踏み入る。

 祈祷していた教皇はラズ達の姿に気が付くと一度立ち上がって向き直り、再び跪いて頭を深く下げる。


「ギルバート王太子殿下とわたくしで全ての敵を排除しました。聖都に迫っていた脅威はもうありませんので、ご安心ください」


 袋を背負ったままの格好でラズは危機が去った事実を事もなげに告げると、教皇は少し震えながら顔を上げる。

 

「なんと申し上げてよいやら。もはやどのような言葉を並べても国をお救いくださったあなた方への感謝を表すには足りないでしょうが、国を代表して深く御礼申し上げます」


 教国における最高指導者が最大限の謝辞を贈る。だが、依然としてラズの表情は凛然としたままである。


「まだ事は終わっていません。わたくし達は知らなくてはいけないことがあります。その為には猊下にもお話を聞かなくてはなりません」

「……なんなりと」


 その返事を聞いたラズは小さく頷いてから、袋の口を解いた。

 中にいた二人の青年の内、先に目を覚ましたのは王太子である。


「むあっ……? ここは『聖瑞の神泉(アクアトピア)』か? 確かオレはギフトの効果が切れて……」

「ええと、ギル様……ごめんなさい。手が塞がっていたのでキャッチに失敗してしまいました……」


 ギルバートが落下を始めた瞬間にレグルスを袋に詰めて降下し、同じ袋の中へ安全に彼を受け止めようとしたのだが、速度が合わずに中にいた先客と衝突してしまった。


 結果、意識を失ったギルバートであったがダメージそのものはレグルスよりもずっと軽微であり、先に目覚めたのだった。


「いや、オレの油断が原因だ。気にしなくていい」


 ギルバートがそう告げるとラズはほっと息をつく。

 だがそんな少し間の抜けた二人のやりとりすら教皇にはまるで聞こえていなかった。慈愛に満ちた柔らかい瞳がある一点へ釘付けになっていた。


「れ、レグルスではありませんか!? そんな……消息を絶ったと聞いていましたがなぜここへ? それにこの姿は一体なにがあったというのですか……?」


 袋の中から現れたボロボロの聖騎士に教皇はひどく狼狽していた。


「それは是非私も聞きたいわね」


 教皇の抱いた疑問にエリーゼが同調すると、立ち上がったギルバートも頷いた。


「まずはレグルス様を起こしてからにしましょう。『全癒(エクスヒール)』」


 完全回復魔法によって発せられた優しい光がレグルスの全身を浄化するように包み込むと背中の大きな傷が見る見るうちに塞がっていく。

 奇跡の力を間近で見た教皇は息を呑んで見守った。


「そいつ全快にしちゃって大丈夫なの?」


 万全な状態で目覚めさせてしまっては再び抵抗されるかもしれないとエリーゼは懸念したが、ラズは静かに首を振る。


真竜(アークドラゴン)の群れをわたくしが蹴散らした以上、力量の差が歴然であることはレグルス様もよくわかっているでしょう。万が一エリさんが考えているような事態になってもわたくしを一撃で倒せない限り、なにをしても無駄ですから」


 多少のダメージを与えてもすぐに回復し、状態異常も簡単に解除し、人質をとっても蘇生が可能なので構わずに襲いかかる。一対一でラズと戦うという発想自体に問題があるのだ。

 ラスボス以上のステータスと強力無比な回復魔法を兼ね備えた彼女に無策で挑んで得る物はない。


「身の毛もよだつあの殺気を体感した今、そんな無謀な挑戦をする馬鹿でもないだろう。リアの戦闘能力をどこまで理解できたかは定かでないが、少なくとも手を出してはいけない存在ということだけは深く刻まれたはずだ」

「ならいいんだけど、念の為拘束しておくわよ」


 土の魔法によって集められた土砂が手首に巻き付いて固化し、頑丈な石の手錠を作り出した。

 

 エリーゼが拘束を施してから程なくして、意識が戻ったレグルスが動き出す。


「うっ……こ、ここは……?」

「教会の本部ですよ、レグルス様」


 上半身を起こそうとしたレグルスの背中を支えたラズが優しく声を掛けると、レグルスの中性的で美しい顔が曇る。


「そうか……私は敗れたのだったな」

「勝手ながら手傷は魔法で治させていただきました。お加減はいかがでしょうか?」

「この上なく最悪だ。そのまま死ぬ事さえ許されないとはどこまでも多難な運命らしい」


 レグルスの自嘲的な笑い声が水音の反響する静かな部屋に響く。


「なにがあってもわたくしが魔法で蘇生しますから死ぬのは諦めてください。それにまだやる事が残っています」

「洗いざらい吐いてもらうぞ。特に闇魔法については余すことなくだ」

「……ああ、いいだろう。元より隠す理由も義理ない」

「教えてください。なぜ貴方が反逆を企て、聖都を襲ったのかを」

「レグルスが反逆!? そんな、なにかの間違えではないのですか?」


 不意打ちのように明かされた情報に教皇は声を荒げる。


「そのとおりだ。反逆したのは神の膝元で邪道に手を染めた貴様らだ」

「レグ……ルス?」


 呆然した教皇の方をちらりとも見ずに、床に座ったままのレグルスは瞳を閉じる。

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