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第4章17話 ギルバート、落ちる



 暗闇が支配する空間を容易く突破してきたオレに僅かな動揺があったのかレグルスは剣を構えた姿のまま硬直していた。


 接近戦に持ち込まれる展開を避けなければいけないので、ここは間髪入れずに勝負をかけるべきところだ。『鈍化』が解除になるまではとにかく攻め続けて、反撃の余地を与えない事が最大の防御である。


「『火連弾(ガトリングファイヤー)


 オレの左右に展開した二つの魔法陣から手のひらサイズの小さな火の弾が絶え間なく撃ち出していく。


 エリーゼが時々使う継続攻撃魔法の火属性版である。ただし魔法制御力の都合上、オレのそれはあいつより一門少ない。


 とはいえ、十分な瞬間火力を誇るこの魔法なら魔法鎧(マジックアーマー)と言えども照準が合えば一気に溶かせる。流石に奴も無理な突撃は避けるだろう。


「む……」


 そう思ったのだがレグルスは深く沈み込んでこちらの射線から逃れつつ前進をやめない。

 

 だが、避けられても攻撃先を任意の方向に操作できる『火連弾(ガトリングファイヤー)』はそう簡単に凌げるものではない。

 まして、地下訓練場ほど広くないここでは逃げ場もほとんどない。


 ところがレグルスの行動はこちらの予想を超えてきた。


「翼を踏み台にしただと!?」


 横に大きく飛んだ奴は翼爪の付近に一度着地すると再度素早く飛んでこちらに迫ってくるではないか。

 ちょっとでもミスれば奈落の底に落ちるというのに剛毅なことだ。


 迎撃は間に合いそうにないので魔法制御を放棄し、炎熱を噴射して全力で回避する。最高速に比べると大きく衰えた加速で『闇厄竜(カラミティドラゴン)』の頭側へと退避して半回転する。


 減速しながら奴の挙動を目で追う。

 寸前までオレが魔法を撃っていた場所へと降り立ったレグルスが追撃に移ろうと腰を落としたその時、どこからか身がすくむ圧力が発せられ、お互いの動きが止まる。


 この大山が迫ってくるような気配は……リアだ!?


 街一つほどの距離があっても、彼女が放った本気の殺気は味方であるオレでさえ心臓が止まりそうである。


 初めて味わう恐怖に発狂し、平静を失ったドラゴンが暴れだす。

 漆黒の翼を激しく羽ばたき、恐れを知った竜の鳴き声はひどく耳障りだ。

 振り回した巨躯に巻き込まれては叶わないので少し距離を取りつつ様子を見る。


「っ……何だこの甚大な殺気は……!? 高速で飛翔し、真竜(アークドラゴン)を一撃で葬り去る。あれは本当に聖女なのか?」


 無差別な殺意の波動を前にして、氷漬けになっていた奴の表情がポカンと口を開いた間抜けな面に変化していた。


「……リアのステータスは古の竜(エンシェントドラゴン)の上を行く。本気で戦っている姿はオレも初めて見るが、彼女ならあの程度は造作もないのだろう」

「……………………は?」


 恐怖にかられて荒ぶる竜になんとかしがみついているレグルスはすっとんきょうな声を上げた。


 まあ、誰でもそういう反応になるよな……


 とはいえ空中に浮遊しているオレにとっては千載一遇の大チャンスである。


「『威炎烈衝(ロイヤルフレア)』!」


 容赦無くレグルスの至近に攻撃を放って爆風をお見舞いする。このままドラゴンから引き剥がして、地上に落としてしまえばこちらの勝利だ。

 奴なら上手いこと着地しそうだがリアが蘇生してくれるなら、死体さえ見失わなければなんとかなる。


 等身程もある大剣でも届かない位置に吸い込まれた熱塊が破裂音と烈風を生み出すと、奴の顔にも僅かだが苦悶の色が漏れだした。


「ぐうっ……いいかげんに鎮まれ! ええい、気位の高い真竜(アークドラゴン)が睨まれただけで恐慌状態へ陥るとは……!」

「本能が正常ということだ。『威炎烈衝(ロイヤルフレア)』」


 竜の制御に手間取ってる間にもどんどん魔法を追加して攻撃の手は緩めない。


 だが、体勢の崩れていたはずのレグルスはオレの放った火球に向かって大きな跳躍を見せた。


「なにっ!?」


 かなり強引に前へ躍り出たレグルスの下を通り過ぎていった火球が大きな音を立てて真っ赤に爆ぜると、背中に強烈な衝撃を受けた奴はカタパルトに乗ったように撃ちだされて――って、こっちに突っ込んでくるだと!?


 がきん!


 型破りの方法で突っ込んできたレグルスが放ったなぎ払いをどうにか剣で受け止める。


 忘れてはならないのが基礎ステータスの差である。

 正確な違いはわからなくとも筋力や俊敏性は確実に奴の能力値の方が高いことは既にはっきりしている。

 前回の勝負ではそこの差を埋められずじり貧になった。


 更に悪いことに、奴の武器は破壊力の高い大振りの両手剣だ。それもたぶん魔剣。


 対するオレといえば城にあった上等な長剣である。質は悪くないが特別な業物などではなく、最近は物足りなさを覚え始めていたところだ。


 彼我との武器の差は決定的である。

 

 この条件で真正面から攻撃を受けるとどうなるかはもうわかりきった答えである。


 力任せに放たれた薙ぎ払いを受け止めたオレは大きく吹き飛んだ。


 くそっ、奴の自爆移動はエリーゼとの決闘でも見ていたというのに……!


 竜の体躯から引き剥がされたばかりか、防御に当てたロングソードは刀身が砕けて吹雪のように虚空へ散ってゆく。


 使い始めて半年ほどでようやく手に馴染んだこともあり、一抹の喪失感もあるが――


「どうやら、折れた剣を名残り惜しんでる場合じゃなさそうだ」


 逆方向に加速する事でなんとか静止をかけることに成功したものの、事態は最悪である。


 距離が開いた事で鋭利な牙の隙間から紫がかった黒い光が漏れだした状態の『闇厄竜(カラミティドラゴン)』と目が合ってしまう。

 縦長の瞳孔がしっかりとこちらを捉えていた。

 

 クソ、パニックから持ち直したのか。


「やれ」

「グガガガガァッ!」


 言わずもがなブレスを喰らえば一発終了。というかオレの体力の何十倍かは知らないが、間違いなく超が付くほどのオーバーキルである。


 回避は生き残るための絶対条件だ。


 だが、鈍化を食らっているオレは通常時の四分の一ほどの速度も出ていない。


 どうする……!


 魔法で迎撃するか?


 いや、威力が足りない。


 一か八か、自分に魔法をぶつけて移動するのならどうだ?


 駄目だ。結局移動先を狙われる。


 刹那の内に思考を重ねるものの、最適解は浮かばず、ドラゴンの顎はオレを死へと導く輝きが増していく一方である。


 これはもうダメか。


 そう諦めかけた瞬間、呪われた宝玉のような双眸が潰された(・・・・)


「グアアアアアアアッッッ!?」

「っ、しまった!?」


 瞳に深々と突き刺さっているのは鞘に収まってままの剣が二振りである。


 慌てて後ろを振り返ると、空の彼方で敵の猛攻を踊るように流麗な動きで躱しながらリアは親指を立てていた。


 これを使えってことか?


 邪竜の息吹が猛威を振るう中、霞んで見える範囲まで注意を払っているのだろうか。

 だとしたら、もう武神かなにかだろう。


「なぜ聖女が……女神様に寵愛された貴女が私の行く手を閉ざすのか!?」


 空中に放り出されたレグルスは悲哀に満ちた顔付きでそのまま落下していく。


「おお? 『鈍化』が抜けたな」


 機動力を取り戻したオレは屍となった魔物の定めに従い、煙へと変貌したドラゴンからずり落ちた双剣を回収する。


 折角助けられたのだから、まずは相応の働きをするべきだな。


 気合を入れ直して強く握りしめた柄はまるで昔から自分の物であったようにしっくりきた。


 程よい重さが心地よく、嘘のように手に馴染む。


 剣の他にはドロップアイテムが落下しているが回収している場合ではない。今はとにかくレグルスの行方が肝心である。


 ぐんぐんと地に近付いていく奴を急速降下して猛追する。

 見る見るうちに大きくなる姿に、間もなく手が届くと思われたその時、逆さまに落ち続ける奴は僅かに口を動かす。


「……『顕幽(ノクターナル)』」


 頭の先に展開した大きな魔法陣がレグルスの肉体を通り過ぎていくと、紫白の炎のような何かが奴の全身でちらちらと揺らぎだす。


 変貌を遂げた身体がサマーソルトの要領でくるりと回ると、あっさりと落下速度が緩んでいく。


 奴も飛行可能な魔法を保有していたか。まあ、足を滑らせた時の保険ぐらいなくてはドラゴンなどという不安定な生き物には危なっかしくて乗れたものではないだろう。

 しかしまあ、不気味な見た目をしているな。まるで幽鬼だ。


「神に仕える聖騎士が随分と邪悪な見てくれになったものだな。さては、邪神に宗旨替えか?」

「黙れぇぇっ! お前ごときに私の何がわかる!」


 こんな安い皮肉がどうやら琴線に触れたらしい。激高したレグルスが疾風のような速さで驀進する。


 身体をダイナミックに捻って腕を背中に回し、大きく剣を振りかぶった構えから繰り出されるのは袈裟斬り一択だ。もはや駆け引きなど存在はしない。


「だったらわかるように話してもらいたいものだな。相互理解に殺し合いは不要だろう」


 鍔迫り合いになる前に鞘から剣を引き抜きたいところだが、鞘が鍔柄を十字に挟み込んでおり抜ける構造をしていない。


「うるさい! その不愉快な減らず口を二度ときけなくしてやる!」


 怒りを顕にしたレグルスが大剣を叩きつけようとしたその時、両手から強い熱が迸るのを感じた。


 ゴォォォォッ!


 なんと、握っていた二本の剣から真っ赤な炎が燃え上がった。

 灼熱に包まれた刀身を十字に重ね、レグルスの重い一撃を咄嗟に防ぐ。


 見た目以上に破壊力のある一撃に身体は若干、後方に押仕込まれる。だが、なんとか受け止める事に成功した。


 顕になった剣の姿はなぜか趣向を凝らした芸術品のように美しかった。鳥が翼を広げたような形状の刃が猛々しく燃える炎のように赤々としている。

 見るからに火属性の魔剣なのでオレと相性は良さそうだ。リアのことだからそも織り込み済みでこの剣を渡したのかもしれない。


 だが、生憎と借り物の得物を眺めて愉しむ暇はまるでない。

 次々と乱暴に繰り出される斬撃をどうにかこうにかいなし、剣戟によって生じた高い音が遮蔽物の無い空に響き続ける。

 

 さっきからずっと魔法で反撃する機会をうかがっているが一向に連撃の勢いが止まらず、防戦一方である。


「力任せに振りやがって。もう少し頭を使って戦っていたと思っていたが、よもや脳みそまで悪魔に売り渡したのではあるまいな?」

「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇ!」


 完全に冷静さを欠いており獰猛な獣のようだ。

 

 太刀筋が単調で受けるのは難しくないとはいえあまり長い事打ち合っていたくはない。

 はてさてどうしたものか。


 こんな時エリーゼの奴ならどうやって対処するだろう。


 あいつの戦術はとにかく幅が広い。きっちりと計算された攻撃で追い詰めたり、囮を見せて隠していた本命で一気に勝負を決めにいったりと多彩である。

 戦闘向きでは無い魔法も柔軟に絡めてくるから、なにをしてくるのか本当にわからないのがあいつの恐ろしいところである。


 あれはおいそれと真似できるものでは無いが……囮を使うのは悪くないアイディアかもしれない。

 

 よし、イメージは雑でいいからとにかく一瞬でも目を欺ければ十分だ。


「『幻炎霧想(ミラージュフレア)』!!!」


 使用する魔法の名前をあえて腹の底から叫ぶ。

 その瞬間に辺り一面が炎の海に変わる。視界がメラメラと燃える火炎で埋め尽くされるが、数秒後には炎が消える。

 遮るものがなくなった瞬間にレグルスは雄叫びを上げる。


「小賢しい……! この程度で私が止められと思ったか!」


 剣圧を纏い、勢いに乗った凶刃がオレの体を真っ二つにした。そして、風にたなびく煙のように溶けてしまった。


「これは……?」

「残念、そいつはハズレだ」

「なっ、いつの間に後ろに!?」

「うおおぉぉっ!!!」


 安直な十字斬りを奴の背中に叩きこむ。二刀流の心得がないオレでは技もへったくれもないが、これまでのフラストレーションを全て乗せた一撃は会心の手応えがあった。


「ぐはぁぁっ!?」


 頑丈な鎧の背部に大きく穴が開き、振り切った刃は肉まで到達したらしい。

 魔法鎧(マジックアーマー)の障壁を貫通するほどダメージを加えていたとは思っていなかったのでこれには驚いた。


 とはいえ、一度破ってしまえば機能の修復に魔力をごっそりと奪われるらしいのでほぼチェックメイトである。


 現世をさまよう亡霊のようにフラフラとした動きを見せたレグルスは掠れた声で嘆きながら、天に向けて手を伸ばす。


「ばか……な……かはっ!? なぜ私に……こんな……さだめ……を……」


 既に限界を超えていたのか、糸が切れたように肢体が崩れ落ちると、制御の失われた魔法が効果を消失した。浮力を喪失した肉体が地面に向かって真っ逆さまに加速していく。


 意識が落ちた状態での墜落は生死に関わるだろう。蘇生可能とはいえ、無力化した今むざむざ死なせるのは忍びない。


 慌てて回収に乗り出そうとしたその時、一筋の光がレグルスを持ち上げた。


「こちらも終わりましたね〜。かなり厳しい戦いになると思っていましたが、見事に勝利を収めましたね」


 見慣れた柔らかい笑みに呆けてしまったがハッとなって振り返れば、空を覆っていた黒い影は一つ残らず消え去っていた。


 あれほどの数の真竜(アークドラゴン)をゴミでもかたつけるように綺麗さっぱりと葬り去ってしまった。それも単騎でだ。

 おとぎ話の英雄にも劣らぬ前代未聞の偉業である。


 主戦場とは言い難いが、それでも同じ舞台に登れたという事実は思いの外、オレに安堵をもたらした。


 過程がかなりチートくさい感じは否めないものの、ようやく一つ前に進めた気がする。


「いや……この勝ちはリア、お前に捧げる。こいつが無ければ間違いなく負けていたからな」


 両手に握ったままの双剣を掲げて肩をすくめる。

 てか、気が付くと鞘に納められていた。戦闘が終わると勝手に鞘に戻るのか、こいつ。


「そんなご謙遜を〜。わたくしの方こそ今回は薄氷の勝利でしたよ。ギル様とエリさんが居なければあの場で敗北していたと思います。ですから本当にありがとうございました」


 レグルスをお姫様だっこしたままリアがオレに頭を下げていた。


 どうやら、ようやくだが彼女の力に多少なりともなれたらしい。

 そしてそれは自分が考えていたよりもずっと嬉しかった。我ながら単純なものだ。


「どういたしまして、と派遣を命じた王族の立場で言っていいかはわからないが、とにかく助けになったのならばそれはなによりだ」

「はい!」


 そうだ、今なら少し甘い言葉を囁いても暴走せずにくれるかもしれない。あわよくばこれをきっかけに関係が好転すると良いのだが。


「ところでリア――」


 ちょっとした口説き文句を掛けようとしたその時に異変が発生する。


 身体にまとわりついてた炎が急激に勢いを失い、そのまま立ち消える。


 ああ、これはあれだな。お時間がやって参りました、って奴だな。


「うおおおおおおっ!?」


 時間制限の存在が頭からすっぽりと抜け落ちていた事に気付いたオレは数カ月ぶりのフリーフォールを味わう事になったのだった。

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