第4章16話 闇魔法
回転寿司のねぎとろが本物のねぎとろじゃないと知って激震が走りました
逆に本物のねぎとろはどこに行けば食べられるのでしょうか
使い手の少なさで比較するなら光属性に次ぐのが闇属性である。心を操ったり、どこからともなく現れたりと様々な逸話は残っているが、どれも信憑性に欠けていて詳細は未知である。
当然ながら、どうすれば力が発現するかも謎に包まれたままだ。
光属性と闇属性はあまりにも希少なため精霊以外の要因があると提唱する学者もいるがサンプルもいないので、証明する手段がないままだった。
そんなおとぎ話のような存在の闇魔法をどうして奴が使えるというのだ……?
「……お前は本当にレグルスなのか?」
教会は長きにわたって、悪魔憑きと呼ばれる闇魔法の使い手を探し出しては、容赦なく殺めてきた。かなりの横暴だと思うが、ずっとまかり通ってきた。教会の言い分は悪魔が心に隙間のある人間に取り入って闇魔法を授け、そそのかし、世界に混沌をもたらすという内容だ。
もちろんそれが事実であるという確証はない。だが、レグルスの極端な心変わりはそうでもなければ到底理解できない。
そう思って尋ねたのだが、奴はオレの言葉に対してなぜか落胆したようにため息を深く吐いた。
「さあ……どうだろうな。今となっては私にもわからない」
なんだその玉虫色の答えは。
失踪前と比較すれば様子はずっとおかしいのだが、乗っとられているにしてはずいぶんとネガティブだな。
「いや……もしかしたら私は女神様の使徒だったのか? 教えを踏み外し、醜く歪んだ聖光教会を矯正することこそが初めから私に与えられた使命なのだとしたら? そうでなければこんな酷く残酷な運命など主がお認めになるはずがない」
突然双眸を見開いたレグルスはぶつぶつと呟いて片手で頭を抱えている。
「おい、何を言っている?」
一人で勝手にしゃべり始めたレグルスは対峙中のオレの事など頭からさっぱり抜け落ちているようで、完全に注意が外れたままの状態で独白が続いた。
「ならば使徒の勤めを最後まで全うしなければ。そして、もう同じ業は誰にも背負わせない。そうすることでしか私は救われない。全ては主の御心のままに!」
失望と諦念、それらが入り混じったように淀んだ瞳はどこか遠くで焦点を結んでいるらしく、こっちは眼中にもないようだ。
先程までの殺意や焦りのといった人間らしさがどこかに失せて、感情らしい感情が消失していた。以前の冷血漢じみた印象とは異なり、機械のように無機質な表情だけが残っている。
これはもしかして、地雷を踏んだっぽい……?
「すべてを終わらせる……この手で」
地面もとい竜の背を蹴って走り出したレグルスは一直線にこちらへと接近してくる。なんの工夫も無い愚直な突撃はこちらの放つ魔法を全て切り落とす意志の現れか。
顔を除いた全身鎧のくせに俊敏性も凄まじく、見る見るうちに奴が大きくなるもので、せっつかれるように迎撃の魔法を発動した。
「ちっ! 『灼熱焦土』」
漆黒の竜鱗で出来たステージの上を紅の炎が波紋のように広がる。広範囲への面攻撃を目的とした魔法でまずは牽制である。
強引に突撃されたら近接攻撃の当たる間合いに入り込まれる直前でキャンセルして他の魔法で対処するか、剣で防御に徹して魔法で緊急回避の二択だな。
だが、無闇に突っ込む選択肢はレグルスにもなかったようで大振りの剣を数字の八の字を横にした様な軌道で振り回すと、熱波を切り払いながら前進してくる。流石に前へ進む速度は大幅に減衰しており、足止めという当初の狙いは成功したと言える。
「そのまま、大人しくローストになってくれると助かるんだがな」
敷き詰められた燃え盛る炎は魔力が続く限りという条件付きで効果が継続する。そして、今はその魔力の制限がない。
なので、燃費度外視で魔法を発動し続けているのだが一向に攻撃は届かない。
無限に押し寄せる火炎を剣一つで押し退けるのだから無茶苦茶な奴だな。
結局、それから十数秒ほど膠着状態が続いた。
オレは時間を消費させればよいので、この展開は望むところである。
だが、レグルスは違う。奴もリアには勝てない事はわかっている以上、事は彼女が現れる前に起こしたいはず。十中八九向こうから仕掛けてくると見ていい。
近接はどうにか封じ込めているので、特に魔法が要警戒だ。
詠唱している気配はないが――
「……『影縫』」
「うおおっ!? あっぶねぇ!」
読み通り魔法による反撃が放たれると、猛烈な悪寒が走ったオレは身体を投げ出して横に飛ぶ。
すると、一瞬前まで立っていた空間が串刺しになる。オレがかわしたのは地面から飛び出した影の槍衾である。
魔法が来るとみて身構えてはいたが、まさか下からだとは思っていなかった。
うまく避けられたのは運も大きい。
とはいえ回避には成功したものの、動きを阻んでいた荒ぶる炎は綺麗さっぱり消えてしまった。早々に体勢を整えてこちらも魔法で応戦する。
だが、せっかく発動した魔法をやすやすと吸収されるわけにはいかない。考えて攻撃する必要があるだろう。
「そう簡単に近づけると思うなよ。今度こそ当たれ! 『威炎烈衝』!」
あと数歩まで接近してきた奴とオレのちょうど中間の足元へ目掛けて先ほど潰された魔法をもう一度叩き込む。
魔法陣から飛び出した高熱の火球が黒光りする堅牢な鱗へと吸い込まれると、突き刺さるような赤光と共に全身をばらばらにするような衝撃が刹那の内に走る。
自爆上等で己諸共レグルスを弾き飛ばしたことで彼我との間合いは大きく広げる事に成功した。
もっとも今の状態だとオレ自身は熱によるダメージが無効なので圧倒的おいしい相打ちである。
なによりあのやばそうな剣で魔法をかき消されないためには有効な手段であろう。爆発物を敵に直接当てず、敢えて地面で炸裂させる事により機動力を奪う。前世のゲームで世話になった小技がここで活きることになるとはな。
「『火燕』」
追撃の魔法は猛追の火鳥に即決だ。『灼熱焦土』はネタがバレてるので、最初に撃ってきた闇魔法で払いのけられると厳しい。
爆風に乗って後方に下がりながら、あえて何もない方向に向けて魔法を放つ。自動追尾性能があるので、大きく散らすことで奴の射線から逃がして、一網打尽にされるリスクを避ける。
例え剣で迎撃されても、突進のスピードを緩めさせさえすれば十分である。
この魔法で四方から攻撃しつつ、『威炎烈衝』を混ぜるコンボでじわじわ削れるはずだ。
絵面はかなり地味だが、爆風さえ当てられれば確実に時間を稼げるので、このまま続けるべきだろう。
滑るように飛翔する焔を前にしても奴は動じる様子を見せない。竜の首元で危なげなく着地すると盾代わりに寝せていた剣の切っ先をおもむろにこちらへと突き出した。
生気のない顔付きは前に対峙した時に味わった威圧感が失せていたが、かわりに何を考えているのかわからない不気味さが漂っていた。
「『血濡れの刃』」
「ぐっ!?」
展開した魔法陣から飛び出してきたのは黒い刀身に緻密な赤い紋様が刻まれた短剣である。弾丸のような速さで放たれた10本以上の刃はこちらの魔法を粉砕される。しかも、その攻撃はオレにも向けられていた。
迎撃と同時に反撃が来るパターンは頭になかった。その分だけ回避が遅れて刃のひとつが腕を掠める。
鋭い痛みが走ったものの傷はそれほど深くない。戦闘に悪影響を及ぼすほどのものではなかった。
ところが、動こうと思って足を踏み出そうとした瞬間、身体に異変が起こる。
「くっ、身体が……重い!」
手足の動きが鈍く、思う様に力が出ない。これはおそらくエリーゼが話していた『鈍化』の状態異常だ。
他にどんな効果があるかはわからないがあのナイフのような攻撃は食らってはいけないという事だけはわかった。
こちらが困惑している間にレグルスはというと今度は腕を伸ばし、大剣を天へと掲げた。
何をするつもりだろうか。魔法は今発動したばかりで、次の詠唱が終わるまでは時間がかかるはずだが――
「『常闇』」
「って、嘘だろう!? 無詠唱か……!」
奴の剣の先に展開した魔法陣が薄っすらと輝くと周囲から全ての光が消え失せる。
重厚な闇の帳は自分の手のひらさえも見る事がかなわず、視程は皆無になってしまった。
とはいえ、この手の魔法だと行使者自身だけがくっきり見えるお約束だろう。向こうも見えないなら使う意味がわからないしな。
時間が足りないのはレグルスの方だ。わざわざ時間をロスするような真似はしないはず。
息を潜めて確実にこちらを仕留められるタイミングを見計らってると考えるべきだな。
すぐに魔法で追撃して来ないのは奴の無詠唱にもなんらかの制約があるのか、あるいは魔力の消費を抑えたいのか。
憶測の域を出ない以上過信しないほうがいいとは思うが、あの波動で攻撃されていたら一発アウトだったので助かった。
とはいえ、ピンチには変わりないので楽観もできないが。
一応、暗闇を打ち破る見通しは立っているのだが、問題なのは『鈍化』である。これが解けないことには著しく不利だ。
恐らく時間経過で効果が解除になるとは思うがそれまで手を出してこないとはおよそ考えにくいので、やはり先手を取るしかない。
真っ暗闇の中で奴の気配を感じる方向へと左足を踏み出す。
せっせとダンジョン探索に精を出したおかげか最近は何となくだが視覚に頼らずとも、敵の存在に気付けるようになってきていた。
思わぬ形でそれが役立つことになった。
まあ、正々堂々と正面からしか戦ってこなかったであろうレグルスは気配の隠し方が稚拙というのもある。闇に潜んでいるのが凄腕の暗殺者であれば察知することは難しかったかもしれない。
根本的にレグルスは闇魔法に向いていない。
更にもう一歩踏み出す。これから使う魔法は有効射程が短いので距離は詰められるだけ詰めたい。
しかし、こちらが位置に気付いていることを察したレグルスは躊躇なく走りだした。
よし、このタイミングでやるしかない。
「我が赫灼の前に平伏すがいい! 『焼滅の皇星』!!!」
少しだけ空中に浮かび上がり、取り込んだ魔力で身体全体を厚く覆い――尽く爆ぜる!
ずどどどーーーーんっ!!!
吹き荒れる熱風を帯びた真紅の煉獄がオレを中心に燃え上がれば、空を覆う息苦しい闇のベールなど綺麗さっぱり払いのけた。
爆炎が球を描くように狭い範囲を焼き尽くす高威力の魔法は使い所が難しいがこの状況を打破するにはおあつらえ向きである。
暗闇が消えて姿が顕になったレグルスは魔法の余波で体勢を崩したらしく膝を付いていた。
多少なりとも接近した意味はあったようだ。
「闇魔法は確かに厄介だな。だが、貴様には氷魔法のほうが似合っているぞ」
あえて不敵に笑ってそう言い捨ててやると、人形のように無表情だったレグルスの片眉が僅かにぴくりと上がった。




