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第4章14話 本性

ジョコビッチは相変わらず強すぎる


前回の更新でブクマが200超えまして、本当にありがとうございます

 ラズがこの世界で新たな生を受けてから、これ程までの劣勢に立たされたことは未だかつてなかった。


 時には手痛い攻撃を喰らって瀕死になった事もあったが、回復魔法で一瞬の内に五分五分へと戻せる破格の生存能力を持つ彼女は血塗れになった状態でも常に余裕を残していた。


 だが、今回は反撃の糸口さえも見いだせないまま、ギリギリの回避を続けていた。


 魔力も体力も消耗らしき消耗もないが精神的にはかなり神経をすり減らしている。鋭い方向転換を際限なく繰り返す複雑な飛行操作は彼女以外には不可能だろう。


 だが、そろそろなんとかしたいところではあるものの、敵の牙城を崩す名案はまだ浮かんでいない。


「む〜、何かきっかけが欲しいところですが、一糸乱れぬブレスの波状攻撃なんてわたくしも初めてお目にかかりますから、何をどうしていいやら〜」


 目まぐるしく動く代わり映えのない視界に若干うんざりしながら、高度な飛行操作を続ける。

 

 右を見ても左を見ても真っ黒いドラゴンしかいない。なんとか高い位置を取りながら地上に攻撃が及ばないようにしているものの、頭を取られるのは時間の問題だ。

 なんとかしなくてはいけないが回避だけで手一杯なのが現状である。


「いよいよ、不味くなってきました……ん?」


 にっちもさっちも行かず、頭を抱えていると不意に下が明るくなったのに気が付いて目を落とす。


 視線の先には目を覆うような炎の壁が猛威を振るっており、ラズにつき纏っていた邪悪な竜の群れは豪炎の中に姿を消していた。


 一時的に攻撃が止み、緩やかに停止したラズは右頬に手を当てて呟く。


「空を焼き尽す程の火魔法とは普通の人間が行使可能な領域ではありませんねぇ。一体どなたが援護してくださったのでしょうか?」


 人外としか言いようが無い超弩級の火炎魔法が行使できるほどの使い手などラズには心当たりがない。


 だが、すぐに答えの方が自分からやってきた。


「あら、なんか飛んできますね〜………………って、はえっ、ギル様?」


 低空から急上昇をしてきた謎の物体はなんと燃えたぎる王太子ギルバートだったのだ。これにはラズも目を白黒させる。


「リアーーーーー!」

「ギル様!」


 そして、天空で戦うヒロインのピンチに駆け付けた王子様は感動の再会を果たすと――


「助けに来たぞぉぉぉぉ〜〜…………!」

「って、どこいくんですかぁ!?」


――そのまま過ぎ去っていった。


「止まり方がわからん!」

「ええ〜……」


 急旋回してラズの元へ戻ってくると何故かぐるぐると周回軌道を始めたギルバートに思わず苦笑いを浮かべた。


「お、止まった。逆噴射するイメージで減速して、あとは放熱すれば空中で静止できるのか。これは細かい訓練が必要だな」

「なんか、火達磨になっちゃってますけど、大丈夫なんですか?」


 全身の至るところから火がちらついており、問題がないようには見えなかった。熱がる様子は無いが、ギルバートが無茶をしたのではないかとラズは心配した。


「オレ自身はまったく熱くないから問題ない。衣服が燃えてないところを見ると、おそらくオレが燃やそうとしない限りはただの見掛け倒しの炎のままだろう」

「火傷を負ってるんじゃないかってびっくりしましたよ。てっきり背中に魔法でも撃って飛んできたのかと」

「……この高さまで来るのに何回死ぬだろうか」

「とりあえず、無事でなによりです。ですが無理は禁物ですよ?」


 胸を撫で下ろしたラズにギルバートは胸を張って答える。


「過信はしていないから任せろ」

「突然レグルス様が現れたと思ったら、今度はギル様が炎上してますし、ホントにもう訳が分からないですよ」

「何? こんなところまでストーカーに来たのか。けしからん奴だ。今すぐ燃やしてくる」

「狙いは教会及び聖都の破壊とおっしゃっていたました。単純にわたくしを追ってきただけならばどんなによかったことでしょうか……」


 肩を深く落としたラズにギルバートは額を押さえる。


「このような凶行におよぶ性格ではなかったと思ったが、この一連の襲撃に奴が関与しているとはな。ちなみに理由はわかるか?」


 ラズはふるふると首を振って否定した。

 

「これだけの『闇厄竜(カラミティドラゴン)』を調達したのが奴一人であるとは考えにくい」


 王都からここに来るだけでも早すぎるというのに、その上ドラゴンの捕獲にまで時間を割いたとは思えなかったギルバートは陰でうごめく存在を危惧していた。


「真偽を確かめる必要はあるが、いずれにせよ元凶が何者であってもこの場を切り抜けないと話は進まないだろう。リアにエリーゼからの伝言がある」

「エリさんから?」

「オレにはわからなかったが、リアにわかるだろうと言っていた。"リングのアイテムを投げなさい"だそうだ」

「おおおおおお! 何ということでしょう! その手がありました! 流石エリさん! さすエリです!」


 その場で諸手を上げたラズは歓喜のあまりクルクルと回り始める。


「どうやらうまくいきそうな策なのだな。それで、何かオレに手伝えそうな事はあるか。無ければこのまま炎を維持しようと思うが」

「……もし可能でしたら……レグルス様をお願いできますか?」


 胸の前で両手を組んだラズが悩みながらも提案すると、ギルバートはわずかに目を細める。


五聖剣(ペンタグラムソード)の相手をオレが?」


 つい先日、完膚無きまでにやられた相手と戦場で相まみえるとなるとギルバートも思うところがある。


「何分か時間をいただければわたくしが飛竜の群れを一掃いたします。ギル様はドラゴン達を統率しているであろうレグルス様へ妨害と万が一の逃走を阻止していただければ十分です」


 現在は完全な包囲網だが手痛い反撃を貰えば綻びも生まれるだろう。そこから立て直されないように、指示を出している可能性の高いレグルスを突くというのがラズの考えだ。

 作戦の有効性を理解したギルバートは深く頷いた。


「さすがリアだ。操っているのが奴でない線もあるが、出来れば生け捕りにしたいのは変わらんしな。だが、倒してしまって構わんのだろう?」

「はい。あ、でも、殺しちゃダメですよ。最悪死体さえ回収してくだされば蘇生はできますけど」

「わかっているさ。聞くことも残っているから半殺しで止めておく。それで、奴はどこに居る?」


 竜の背に乗っていたレグルスの姿は地上からでは確認できず、ギルバートが上昇する際には炎による目くらましを行っているため、敵の姿自体あまり見えていなかった。


「多分わたくしから見えないところに待機していると思います。ちょうど太陽が良い位置にきてますので、ギル様は一度大きく上に昇って、離れたところにいる『闇厄竜(カラミティドラゴン)』を探してください」

「そしてら陽光に紛れて奇襲すればいいのだな。リアの攻撃が始まれば敵方にも隙が生じるだろう」


 移動を開始する前にギルバートは振り返って全体を見渡した。

 これから向かう戦いには覚悟が必要であり、精神の統一を図る。そんな彼に大変な事態がやってる。


「ということで〜、ちょっと失礼しますね」


 ラズの間延びした声が掛けられると同時に特大のマシュマロがギルバートの背中を襲う。

 悠久に味わっていたい至福な感触を前にして一瞬で刈り取られそうになった理性が首の皮一枚で持ちこたえる。


「りりり、りあっ!?」


 後ろから抱きつくような格好になったラズの両手がしっかりとギルバートの腰を捉えた。


「ギル様の飛行はかなり目立ちますので、わたくしが上空にご案内します。高度が確保出来ましたら狙いにくいのであの炎を消してくださいね。いきますよ?」

「上空にご案内ってまさか!? ちょっと、ま――」


 これから何が起こるかを察して青ざめたギルバートは焦った様子で声をかけたが、彼は一つ大切な事を忘れていた。


 聖女ラズマリア・オリハルクスは人の話を聞かない。


 否、人の話を聞かない人物こそラズマリア・オリハルクスである。


「ギル様、ぐっとらっくです!!!」

「うわああああぁぁぁぁっ〜〜〜…………!?」


 俵投げの要領で王太子を真上に放り上げ、間をおかずに魔法を発動する。


「『光陣剣(フォトンセイバー)』」 


 空中で仁王立ちするラズのまわりに五本の光刃が展開する。


 ようやく、無事な状態で日の目を拝むことに成功した光剣は主人を守護するかのように規則正しく漂った


「随分と好き放題やってくださいましたねぇ。ここまで極端な劣勢は初めての体験でしたから、そういった意味ではいい勉強になりましたよ。ですが……」


 そして、その中のひと振りがラズの手に収まると同時に荒れ狂う炎の海が姿を消し、ラズの反攻が開始する。


「ここから先はずっとわたくしのターンです!」


 暗黒色の鱗を視認した刹那で放った剣は大きな咆哮をあげようとした喉をやすやすと貫き、小山のような巨躯をただの煙へと変える。


「まだまだいきますよ!」


 残りの剣を順に放つとその数だけ敵を屠るものの、被害を受けなかったドラゴン達は地へと沈む味方など素知らぬ顔で禍々しいブレスをラズへと集めた。


 瞬時にトップスピードへ到達したラズは再び不規則な回避行動を取る。

 だが、ここから先は防戦一方ではない。


「あまり強度が高すぎる物を投げると地上を巻き込んでしまう恐れもありますから、何にしようか悩んでましたが、やはり真竜(アークドラゴン)には真竜(アークドラゴン)で対抗するべきですよね」


 右手の中指で輝く銀色の指輪に魔力を込めて手中に呼び出したアイテムは地の真竜(アークドラゴン)である水晶竜(クォーツドラゴン)の鱗である。

 透き通った鉱物状の欠片を回避行動の合間に小さな動きで投擲すると、唸りを上げる結晶が次に巨竜の頭部を砕いて少しずつ数を減らしていく。


 致命傷を受けたドラゴンの絶叫が聖都の至るところで上がり、これまでの鬱憤を晴らすかのように聖女が放つ腕力任せの猛攻が続く。


 味方をガラス細工のように一撃で粉砕する凶悪な攻撃を前に緻密な連携攻撃は既に大きく綻んでいた。そして、本能に従って回避行動を優先したドラゴンが激しく入り乱れて飛んでいる。


 いかに広大なる大空と言えども飽和した竜の群れが自由に羽ばたくには狭すぎた。そうでなくとも、絶対的強者たるドラゴンは周りを気にするという概念が無い。邪魔をする者は勝手に地へと沈むのみ。


 それは結果として全速力で動きまわるドラゴン同士による空中での衝突が発生した。


「予想通り指揮が乱れると簡単に瓦解してしまいましたね。こうなってしまってはわたくしの脅威足りえません」


 攻撃の密度が減少した事で回避に必要な移動がかなり小さくなったラズはまるでワルツでも踊るかのような優雅さでブレスを軽々と避ける。


 その間も死のアイテム投げが継続しているのは無論のことである。

 冒険者や鍛冶師が漏れ無く垂涎する高級素材の大盤振る舞いはすべての竜を撃墜するまで終わらない。


「エリさんとギル様には大きな御恩が出来てしまいました。学院に戻ったら精一杯お礼をしなくてはいけませんね」


 エリーゼの知恵とギルバートの勇猛がなければ手も足もでなかっただろう。


 最高レベルへ到達してからというもの、戦いの場で誰かの手を借りたことなどなかったラズは胸の底から溢れだした温かさを感じていた。


 前世も含めて、応援してくれる人はいても戦うのはいつも一人である。

 強敵とも病とも自分で立ち向かってきた。


 だからこの死地までついてきてくれた心強き仲間の存在のおかげでラズはいつも以上に気合が入り必中必殺の強撃をばらまく。


「さて、ペースを上げましょうか。迎えに来てくださった王子様を待たせてしまっていますからね」


 普段はおっとりとしたタレ気味の目が大きく見開かれ、白い歯を見せたラズから本気の殺気が放たれる。未曾有の圧力を一身に浴びた全ての真竜(アークドラゴン)は追い掛け回していた獲物の本性に気付き、悲鳴のような咆哮を上げる。


 ちなみに地上から悪夢のような空を見守っていた力ある聖騎士の一部は、かなりの距離があったにも関わらず、余波を受けて気絶した。


 意識を失った彼らはこの決戦の結末を見届けることはかなわなかったのである。

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