第4章13話 転生王子と火の女神
オリンピックはじまったから、書く暇ががが
それは別に特別でも何でも無い、ただの日常の最中で起こった最悪の出来事だった。
場所は駅前のアニメショップ。
仕事上がりの往来が多い時間帯に雑踏をすり抜けて立ち寄った。
予約していた目当ての物を受け取り、最速で帰宅して夜更しをしよう自堕落な構想を立てながら店舗の出入り口の自動ドアをくぐった。
待望の品を入手して浮かれていたオレは周りへの注意が疎かになっており、不意に人とぶつかってしまう。
相手は歳の変わらぬ若い女性だ。
「おっと、すみません。だいじょう……ぶ?」
「いえ、私もよそ見をしていたの……で?」
二人ともお互いに顔を見合わせて絶句した。衝突した相手はまさかの実の姉である。
三年前、オレが就職して独立したタイミングで親が離婚し、向こうは母についていったので姓が変わっている。
こいつとは水と油の関係で、顔を見る機会がなくなって清々したというのに運悪くこんなところで偶然鉢合わせてしまった。
「なんであんたがここにいんのよ」
「うるせぇぞ。お前には関係ないだろうが」
「どうせ、エロゲーでも買いに来たんでしょうけど」
「そういうお前はイケメンとエロい事する糞ゲーだろうが」
いわゆる乙女ゲームというジャンルに手を出してどはまりしていたこいつのことだ。どうせ何も変わってないだろう。
「うっさいわね。童貞のあんたにこのゲームの何がわかんのよ!」
「童貞関係ねぇだろ。死ね」
「はぁぁっ!? あんたには――ぐふっ……!?」
「は……?」
以前と変わらず、顔を合わせれば始まる売り言葉に買い言葉の応酬は思わぬ形で終わりを告げた。
姉の貧相な胸元から鈍い輝きの凶刃が生えでていた。背後には太った眼鏡の男が狂った笑みを浮かべている。
「は……はっはー! やったぞぅ! か、カップルは殺す。全員殺す!」
「おい、待て、オレ達はカップルなんかじゃ――ぐうっ!?」
「ボ、ボクの前で女と話してる時点で、お、お前も死んどけよ、ばーか!」
身体から力が抜け、刺された腹に灼熱のような激痛が走る。
死の淵で最後に見たのは血だまりで倒れる姉の姿と地面に転がった二次元のイケメンキャラが盛り沢山のパッケージだった。
「……やっぱり、……てめぇも、乙女ゲー……じゃねぇ、か」
糞ったれ。なんでオレがこんな目に合わなくちゃいけねぇんだ。
オレがなにをしたっていうんだ。
神さまなんてものが実在するなら、今すぐオレを助けやがれ。
オレはまだモテ期を迎えてねぇぞ。
このまま、童貞で死ねるかよ。意地でも生き延びてやる。生きて、最高な……モテモテの――
そこで口が動かなくなってしまった。
最後まで悪態をついたが、これは死ぬだろうと頭の片隅ではわかっていた。
血が流れ落ちて急激に冷たくなる孤独の世界で諦念が過り、意識はそこで途絶える。
こんな具合に今際の際を体験したオレだが、どういう訳か人生はまだ続きがあったのだ。
この通りだ。王子として生まれ変わった。
幼い頃に何かを思い出せそうで思い出せないモヤつきを抱えていたのをなんとなく覚えている。
そのざらついた違和感からスッキリと解放されたのは初めて剣術を習ったその日だ。
言われるがまま手にした小さな剣の鈍い輝きが視界いっぱいでちらついた時、脳髄に火花が走った。膨大な情報量に頭が悲鳴をあげながらも前世の記憶が蘇ったのは確か3歳頃である。
それからというもの、一般庶民の感覚に染まったオレが一国を統治する王を作るためのプログラムに朝から晩まで組み込まれた。
前世は定時にあがれる日もあったが王子様ってやつにはそもそも定時が無かった。
心底後悔したさ。
願うならモテモテじゃ無くて、巨乳で美人の奥さんと一緒におくる戸建て庭付きの悠々自適な人生だった。
間違っても一国一城の主では無い。しかも、追い討ちをかけるように婚約者はド貧乳。
最近じゃ、一部の実務まで振られる始末だ。いつになったら暇ができるやら。本当は修行の一つでもしたいものだ。
そんなまったく性に合わない苦渋をなめる日々を招いた元凶というのが――
「貴様か?」
「……話が長いよ。まあ、アンタが考えている通り転生先を選んだのはアタシさね」
「よし、とりあえず殴らせろ」
「ああ、無駄さ。ここはアンタの記憶で作った仮想世界であって、現実じゃねぇ。アタシが閉じれば全てなかったことになるだけだ」
「ずいぶんと都合のいいことだな。ん? つまり、ここでの出来事は後になると覚えていないってことか?」
なんらかの能力や『ギフト』を授かったとしても使い方を理解していなければなんの意味もない。
ただ何も得ずに絶望的状況へ戻されるのはなんとしても避けたいところである。
「そこは安心しな。ようはお前の記憶をコピーしたプログラムとアタシが喋ってる状態さ。最後に本体の記憶をこの会話が入った記憶にアップデートすれば万事解決ってもんよ」
「ふむ……上書き保存みたいなものか?」
「大体そんなところさね」
「話はわかったが、意味はわからん。随分と面倒なことをするではないか」
「こっちにもルールがあんのさ。特別な場合を除き直接的な干渉は禁止されてるから、こんな回りくどい接触の仕方になっちまったってのがぶっちゃけの経緯さね……」
女神を持ってしてもそれなりに面倒くさかったのか、フレイアは盛大にため息をついた。
こっちからすれば神の手間など知ったことではないが。
「どうでもいいがこれは干渉に入らないのか?」
「そっちの世界には降りてないからバレないさね!」
「お前、本当に大丈夫なのか……」
あとからオレまでペナルティ貰ったりなんてないよな?
「はーっはっは! 火の車に乗ったつもりで安心しな!」
「いや、大船にしろ。そんな財政が不安になりそうな車はこっちから乗り捨てる。それよりいい加減、本題に入らないか」
最初から話を派手に脱線させたオレが言うのも何だがな。
これまでの話からするとこの世界での記憶を先程までのオレに戻すのだから、時間は限られていないと考えていいだろう。
焦る必要は全くないのだろうが、こいつと無駄話をしたいわけでもない。
「アンタにだけは言われたくないけど、そうさね。といっても、『ギフト』自体は転生の際に贈与済みだから、取扱説明するだけなんだけどな」
実は元から持っていただと。『ギフト』を確認する術がないのは毎度思うが不便だな。
「アンタにくれてやったのは『霊身融解』。一時的に人の枠組みから外れる秘術さ」
口角を上げたフレイアが手のひらの上で火炎を発生させると、それを力任せに握りつぶす。
「もっと具体的に教えてくれ。どんな効果がある?」
「ちょっとは自分で考えな、って言いたいとこだけどあまりチンタラやってる暇もないから特別さね」
「なに? 現実の時は止まってるんじゃないのか?」
「問題はアタシ側の時間さ! そんなことより、効果についての説明さね」
「ああ」
「シンプルにざっくり言うなら精霊と合体して最強になるって感じさ」
「……いくら何でも大雑把すぎるだろ。まず合体に何のメリットがあるのかさえ、さっぱりわからん」
合体して最強などと言われても日曜日の朝ぐらいしか思い浮かばない。
「ああん? 人と精霊が一体化するんだから恩恵の宝庫だろうさ。一度発動すれば、空気中に存在する魔力を直接使うから魔力切れの心配がなくなるとか、詠唱も不要で発動も即座になるとか、発動後の半人半霊になった身体で励起状態に突入するからステータスが全体的に向上するとか色々あるだろ」
「強化要素ばかりだな。なんと言うか、壮大過ぎてにわかに信じ難いが、事実ならば確かに強力だな」
戦闘で主体的に使う火の魔法は特に燃費が悪い。大規模な魔法を行使とすると一瞬で枯渇するが、魔力に限界が無くなるなら、そんな心配も要らない。
その条件なら恐らく『闇厄竜』にダメージを通すことも可能だ。
「ホントに決まってるだろ。しかも元々特別に力の強い精霊を付けてあるから尚更強力さね」
「いや、優れた精霊がついてるならどうしてオレの魔法の威力がずば抜けてないんだ?」
「……アンタには想像力が欠けてるのと練習不足が響いてんのさ。いい加減固定観念は捨てて、修練に励みな」
「それを言われると耳が痛いな。だが悪くない。まだ伸びしろがあると解釈することも出来るはずだ」
最近は伸び悩んでいる感じが否めなかったので、改善点があるのはむしろ朗報である。
フレイアは肩をすくめると解説を続行した
「それから『霊身融解』には時間制限があるから気を付けな」
「む、そうか。ちなみに効果時間はどれくらい続くのだ?」
「アンタのレベルだと15分くらいさね」
「まあ、時間を稼ぐには十分だな」
魔法による目くらましに徹すればリアが攻撃する時間くらいは捻出できるだろう。
「根性があると思って転生させたのに、なっさけない男さね。そこはオレが全員ぶっ飛ばすぐらい言ってみな。だから他の奴らの子にも負けちまうんだよ」
他の子……だと?
他の子ってまさか……?
「ちょっと待て。オレ以外にも存在すると言うのか、転生者が」
「あ、今のは忘れろ。せっかく目の届かない物影に隠れてこっそり動いてたのに、余計なことされるとアタシが干渉したのがバレるさね」
「不良のタバコかよ……」
「とにかく、アタシから最後に言いたいことは一つさ」
「なんだ改まって?」
「好きなだけ暴れてこい!」
腰に手を当ててサムズアップしたフレイアが片目をつぶって笑うと、世界が急速に鮮やかさを取り戻す。
灰色の空が青く塗り潰されると、その中心で追う漆黒は荒れ狂う暴風を生み、逃げる光は稲妻のように縦横無尽に動き回っていた。
あの領域へこれから立ち入るとなると、否が応でも緊迫するというものだ。
「暴れてこい……か。おおよそ女神の神託とは言いがたいが、これについては激しく同意だ。『霊身融解』」
「は?」
フレイアから伝授されたワードを呟くと、身中から迸るような灼熱とどんどん軽快になる二つの感覚が身体を支配する。話通りならオレの身体は精霊化してるはずだが、まるで宙にでも浮いているようだ。
「ちょっ、どうしていきなり燃えてんのよ!? しかもなんか浮いてるわよ!?」
「む? おお、本当に浮いていたのか」
下を見ると足が地面から完全に離れており、数十センチほどの高さでふわふわ浮遊している。おまけに手や足の周りでは焔がチラチラと揺らいでおり、まるで火そのものになったようだった。
「あんたまで何が一体どうなってんのよ……?」
無事、励起状態になったオレの姿にエリーゼは懐疑的な目をこちらに向けていた。
「なんやかんやあって不思議な力に目覚めた。だが時間が惜しい。今すぐリアのところに行って、参戦してくるぞ」
「待ちなさい。ラズに指示があるって言ったでしょう、馬鹿」
「馬鹿は余計だ、阿呆。それで何だ」
「いいこと。ラズに近付いたらこう伝えなさい」
挑発的に笑うエリーゼが発した短い伝言はオレには理解出来ないものだった。
やはりこいつは……いや、それは後でいい。
「意味が全くわからんが」
「ラズに伝われば十分でしょ。いいからあいつを早く助けてやんなさい」
確かにここで問答している余裕などないのは明白である。
「ああ、任せろ。オレが必ず活路を開く!」
ん?
そういえば、どうやった制御するんだ?
魔力を使えばいいのか?
存在そのものの実証すら進んでいない精霊の動きなんてオレにわかるはずもない。
むしろ実在の証明はオレがしてしまったかもしれないが、そこにはなんの興味もない。
「いや、いいから行きなさいよ!」
高らかに宣言しておきながらまごついたオレにエリーゼから叱咤が入る。
「それが困ったことに飛び方がわからん」
「つっかえないわね! だったら、その間抜けな尻に『速石砲』をぶち込んで空まで送ってやるわよ!」
人間砲弾は御免被りたい。ついでに自力で飛べるとしたらミサイルだな。
あ、そうか。
「その手があったか!」
「はぁ? ドMはウォルターで枠が埋まってるわよ」
「違うわ! よい飛び方を思いついたのだ。少し離れていろ」
気持ち悪いものを見るような顔を浮かべたままエリーゼは後ろに下がる。
距離が開いたのを確認し、爆熱で推進するミサイルをイメージして力を込めると――
「うおっ!?」
全身が轟々と燃え上がり、急激な加速が全身を遅う。想像を超える推力にバランスを崩しそうになるが、なんとか姿勢を整えて遥か上空にある戦いの舞台へと遂にオレは上がったのである。
〜ギルバートのとある一日〜
6:00起床
6:15朝食
6:45剣術訓練
7:45通学
14:45放課後ラズと生徒会でお茶
17:10帰城
17:30晩餐
18:30政務開始
23:00政務終了(終了してない)
23:50???
0:10就寝




