第4章12話 ギルバート、叫ぶ
実は粗書きの時は3500文字くらいだったのに、仕上げ終わったら5300文字でした
一発目が荒すぎでしたね……
本来は共に手を取り合い、肩を並べるはずの聖女と聖騎士が今は明確な敵として対峙していた。
消息を絶ったはずのレグルスが突然姿を見せたと思えばあからさまな変容を遂げており、ラズは無事であった安堵と尋常ではない様相への不安が入り混じっている。
「貴女と争う意思はない。私の目的は聖都と聖光教会を荒野に還すこと。邪魔立てしないのであれば手出しはしないと誓おう」
「……教えてください。わたくしと別れた後、レグルス様に何があったのですか?」
「呪われた真実を知った。そして……教会をこの手で破滅させなくてはいけないことも……!」
失踪前と変わらぬ高圧的な態度だがどこか憎悪がこめられている。
答えにならない答えを口にしたレグルスにラズは首をひねる。
「教えに忠実なレグルス様が女神様をまつる教会を滅ぼすと。それが貴方のやりたいことですか」
「聖光教会は私欲に溺れ、利権を守る為に戒律を破り、浄化する術など無い邪悪な組織。女神様がお与えになった豊かな大地が荒れ果てた元の不毛の地へと戻れば、人々は主のありがたさを思い出すことになるだろう。その先には正しき信仰と秩序が待っている。これは業の深い私の天命だ」
中性的で美しい顔を歪めて、レグルスは拳を握った。教会への怒り、あるいは憎しみが抑えきれていない様子が見て取れる。
「たくさんの人達の命を一方的に奪ってまで貴方の道理を通すことを女神様が本当に望んでいらっしゃると思っているのですか!」
温和な性格で知られる彼女が珍しく声を張り上げた。だが、レグルスは臆する様子はまるでない。
「……主に理解していただけなくとも地獄へと落ちる覚悟は済ませてある。なぜなら傲慢で強欲な教会は必ず過ちを繰り返すからだ。積み重なりすぎた罪過は一度きれいに清算されるべきだ。故に聖都は滅びなければならない。もはや穢れきった奴らを正すには駆逐するしか道は残されていないのだ」
瞳を閉じて拳を握るレグルスの表情は胸のうちに巣食う懊悩を正直に映し出していた。元来の彼は感情や弱みを見せない正確である。
「そんな事をして貴方が何を得るというのですか。貴方がお辛いだけではありませんか。レグルス様、やっぱり思い直してくれませんか。悩みや痛みがあるというのなら今はここで打ち明けてください」
変わり果てたレグルスであったが、ラズには狂気に染まったり、洗脳を受けているようには見えなかった。
むしろ、苦悩しているのだとラズの目にははっきり写っていた。深い信仰心は失われておらず、教会との関係が薄いラズに傍観を勧めたのはただ破壊を求めている狂者とは無縁の行いである。
もし彼が抱える懊悩から解き放たれれば理性的なレグルスは踏み止まってくれる余地があるのではないかと、ラズは慎重に語りかける。
「まずは一緒に考えましょう。一人では難しくても二人でならいい答えが見つけられることもあります。道はいくつだってあります。ですから――」
説得を試みるラズにレグルスは力無く首を横に振る。
「……貴女のような潔白さを教会がわずかでも持ち合わせていれば行き着く先は違ったのかもしれない。だが、紛い物の私に許された道などない。その際限なき慈愛には敬服すらおぼえるが行く手を阻むと言うのなら貴方は敵として認定する。残念だが聖都と共に沈んでもらおう!」
「「「「「グッオオオオオッ!!!」」」」」
身の丈ほどもあろうかという大振りの剣を天に向けて掲げると、周囲を旋回していた『闇厄竜』が一斉に咆哮を上げる。
異形の合唱は大気を激しく震わせて、ビリビリとした波動がラズの肌を撫でる。
そして、開戦の合図を受けた竜の群れが集中砲火を再開するとラズは目まぐるしく飛翔した。
どうにか接近して反撃しようと試みるが、ラズが距離を詰めようとすると、狙われた竜は回避に徹し、他の竜たちがブレスで行く手を阻む。
ステータス差はあるが一撃を浴びるわけにはいかないので無理はできない。
よく統率された敵の動きにラズは思わず唸った。
「むむむ〜、厄介ですね。簡単には近寄らせてもらえないですか。だったら、魔法でいきましよう。『光陣剣』」
やむを得ず強敵との戦いで唯一頼りになる遠距離攻撃である光の刃を召喚する。もっとも、魔法といっても使い方は敵に向かって力任せに投げつけるのだが。
空中に浮かび上がった5つの魔法陣から、淡く光る長剣が押し出されるように現れる。だが、刀身のほとんどが顕になったタイミングで不測の事態が発生する。
「ふあっ!? わたくしの剣がぁ……」
四方八方から降り注いだ闇の砲火は光剣を飲込んで消し去ってしまう。
「でしたら、もう一度……『光陣剣』! って、また焼かれました!?」
先程の再現の様に魔法の刃は使用されること無く消滅の憂き目に合う。
「まさか、『光陣剣』の方を狙っている?」
魔法を発動した直後、確かにラズに直撃するコースのブレスの数が減少していた。外したのではなく意図的に狙いを変えたのだろう。
「変ですねぇ。レグルス様にわたくしの魔法は一度も見せていません。となると、誰かがわたくしの対策を練っているのでしょうか」
魔法陣はラズに追随しない為、剣が完成する前は空中で静止した状態となる。いくら本体が上手く回避しても、そっちはいい的である。
頼みの綱が駄目となると、いよいよ全速力のドラゴンと命懸けの鬼ごっこを続けるしかない。
全方位の絶対防御である『高潔』を発動して強引に接近する方法も考えたが、ダメージが通らないとなると攻撃を街へと向けられる恐れがある以上、簡単には使えない。
「う〜ん、これはちょっと困りましたねぇ。どうしたものでしょうか?」
成長が止まって以降では経験したことのないピンチを迎え、額から零れた僅かな汗は風にさらわれて彼方へと消えていった。
☆
一転の曇りもない蒼天にも関わらず、空を埋め尽くす程の竜の大群によって地上は多くの影が落ちていた。
遥か彼方で天を不規則に翔ける閃光を消し去ろうと押し寄せる禍々しい黒炎の波。
悔しいことに天空の激戦を静観する事しかオレには出来ない。
歴史に残っているどの災厄もこれ程苛烈な状況のものはなく、もはや神々の領域である。凡庸な人間がおいそれと割って入ってよい世界ではない。
この頭数の真竜に包囲され、未だに生き残っていられる個人など彼女の他におらず、人の限界を優に超えているといえよう。
「リアを持ってしても防戦一方の展開だとはな。何か攻撃に使える光魔法は無いのか?」
隣にいるいつも不機嫌な婚約者は普段のふてぶてしい態度はどこかに消え、硬く険しい表情をしていた。やはり、戦況は厳しいらしい。
ただ、彼女ならなんとかなるだろうという絶対的な安心感もあり、何故厳しいのかもオレにはわからなかった。それもまた情けない話だが。
「あるけど、『闇厄竜』相手じゃ無駄ね」
「無駄?」
「そう。ラズの持ってる光魔法は固定威力なのよ。普通の四属性魔法と違って光魔法は魔力量と熟練度による効果の上昇中は発生しないわ。極端にレベル帯が合わない相手には毛程もダメージを与えられないから使えるものはないわね」
なんでそんなこと知っているんだと、聞くのはもう無駄なのはもうわかりきっているが、気にならない訳ではない。
「だったら強引にでも接近して格闘戦に持ち込めばいいのではないか?」
「……あんた、実はラズより脳筋よね。闇のブレスは『鈍化』と『暗黒』の状態異常を確率で付加されるけど、この状況下で移動速度が低下する『鈍化』は致命傷よ。いくら耐久の馬鹿高いラズでも百発近く貰えば普通に死ぬでしょうね。……明らかにラズを本気で殺すつもりで敷いた布陣だわ」
「なんだと!? 何か打開策は無いのか……?」
言われるまで頭から抜けていたがエリーゼの指摘はもっともだった。
例えばスライム相手でも麻痺状態で数百の敵と戦えば歴戦の猛者でも簡単に死ぬ。
あれだけの数で攻め立てられれば一撃あたりのダメージは小さくとも蓄積はされる。魔法で回復する事は可能かもしれないがその暇すら与えられない程連続で攻撃を受けてしまえばやがて力尽きるだろう。
そんな当たり前のことに気が付いておらず、リアの絶対的能力を過信していた。
「……一応、案はあるけど伝達手段がない。あの速度で飛び回るラズに何か伝えるなんて無理よ」
「そんな……」
無情な現実を叩きつけたエリーゼの言葉に目の前が真っ暗になる。
どうにかしていつかリアの力になりたいと思っていたのに、いざ助けが必要な機会を前にして指をくわえて見ているだけとはなんとも情けない。
なにかないのか。なにが出来る。なにであればやれる。
火が出るほど思考を巡らせても、妙案はまるで浮かばない。
だが、こうしてる間も彼女は攻撃にさらされ続けており、わずかでも龍の息吹がかすめれば致命傷になってしまうかもしれないというのに。
せめて情況を少しでも変えられる力があればこんな思いをしなくて済んだだろうか。
こんなことになるくらいならリアに付き合ってもらって死ぬ気でレベルを上げておけばよかった。そうすればせめて注意を引くくらいのことは出来たかもしれない。
王太子になってからというもの、自分の無能さを何度も思い知らされてきた。
王子様なんてものはもっときらびやかで何でも願いが叶う存在だと思っていた。何でも出来て、いつでも余裕がある完璧超人。
両手に花で文武両道に豪華絢爛と誰もが憧憬を覚える雲の上の存在。
そうあるべきだと考えていたし、周りもそれを求めていた。だが、リアだけは全て自分で出来る必要などないと言ってくれた。
知らず知らずのうちに焦慮に駆られた日々を過ごしていた事実に気付かせてくれた。
彼女には言葉で言い表せないくらい感謝している。
なのにだ。
リアが絶体絶命の時にオレは何をやっていのか!
以前ダンジョンでヘマをして自己嫌悪していた時とは違い、今は自分に対する憤怒が腹の底でふつふつと煮えたぎっている。
有り余る程の力が技が才能が欲しい。今すぐ、何でもいいからリアの隣に並べる程の圧倒的な力が欲しい!
――だったらくれてやろうか。好きな女に手が届く最高の力をよ?
頭の中で知らない女の声が響いた。
胡散臭いにも程がある問いかけにオレは迷わず応じた。
「黙って今すぐ、よこせっ!」
そう絶叫した瞬間、見えるもの全てが灰色に変わる。空も草木も建物も。自分だけが元の色のままだが、それ以外のすべてはモノクロに塗り替えられていた。
「……なんだ、これは。何が起こっている?」
そして、変化したのは色だけではない。
どうやら時間も停止しているようだった。
獲物を包囲していたドラゴンも普段と打って変わって鋭い目をしていたリアも隣で心配そうに眉をひそめるエリーゼも皆、静止画のようにそこへ固定されていた。
「まさかあれか。最高の力ってのは時間停止能力だとでもいうのか。手が届くってそういう事か。おい、ふざけるのも大概にしろ。このタイミングで痴漢向けのエロギフトをよこした痴れ者はどこのどいつだ! もっと、王子っぽいのにしろ! 今すぐやり直せ!」
一時期流行った時は羨ましいと思ったが今欲しいのはこんな力じゃない。目下攻撃力の圧倒的な不足に難儀している現状、敵の動きが止まったところでどうにも出来ない。
色を失った世界で再び怒りがこみ上げる。
「これはギフトでも何でもねぇんだけどよ。そうだしても別にエロ限定じゃねぇだろ……」
こちらのクレームに反応したらしく、やたら不服そうな声と共に何もない空間が激しく燃え上がる。
咄嗟に剣を抜いて身構えると、茜色の焔の中から褐色の肌に揺らめく火炎のような赤い長髪の女だった。
二十代後半くらいの容姿で艶やかな肌の大部分を露出した衣装に身を包んでおり、余計に怪しい見た目である。
「何者だ?」
「おや、こういうのは普通自分から名乗るもんだろう?」
橙色の小さなスカートで僅かに隠れている腰へ手をやり、女は挑発的に笑っている。
「どうせ貴様はオレを知っているのだろう?」
「ま、半分正解だな」
「半分……?」
「厳密に言うとアタシはアンタの事をよく知ってる。アタシの有り難い名は火の女神フレイア。ギルバート、アンタを転生させた張本人さ!」
「……………………………………はあぁぁぁっ!?」
疑惑しかない生まない謎の自己紹介をされたオレは静寂の世界ですとんきょうな声を派手に響かせた。
ギルバート(時間停止ものも入った前世のPC……どうなっただろうか)




