第4章10話 取り扱い
調子乗ってさくさく書いたら校正が終わらなくて無事死亡しました
今回も長いです
緊急の救援要請を受け、即刻部屋から飛び出したラズは部屋にいた全ての者達を伴って王城へ移動した。
通常の来訪者であれば登城時に手続きを踏む事になるが、ラズとエリーゼはフリーパスなのでこういう時に便利である。
滅多に姿を見せない王太子の婚約者と数百年ぶり二代目の聖女が事前の予約も無しに入城となると、普段ならちょっとした騒ぎに発展するところであるが今回は大きく湧き立つような事態にはならなかった。
より正確に言うならば城内は既に騒然としていた。
もっとも、ラズ達は原因を知っていたので驚く様子はまるで無い。
ラズの世話係を予定していたシスターの彼女が学院へ送られた背後で使節団が応援要請を出すために王宮で直談判に向かった旨を馬車で説明されていた。
「衛兵に確認したところ使節の方々は既に謁見の間に通されたようです。ラズ様も到着次第入場するようにとの言伝がありました。急務につき正面から入って良いとのことです」
外国からの客があれば王国家臣は王家側に立って構えるのが通例であるが、裏手に回る必要がある。時間が惜しいので、いいから来いという意味合いだろうとラズは察する。
「わかりました。リタ、案内してください」
城門にいた門番から聞いた話をリタが伝達すると、エリーゼは首を傾げた。
「リタがなんで王城内部にそんな詳しいのよ」
「元々王家から派遣されたメイドさんですからね。色々と知ってるんじゃないですか?」
「ラズ様のお身体についてであれば隅々まで存じておりますが、城内はある程度把握している程度です」
「リタ!?」
早歩きで進むラズが先を行くメイドの背中を真っ赤な顔で叱責する。
「台下……確かに修道者にはそういった趣味を持たれる方も居らっしゃいますが、私は要望にはお応えできかねますので……その」
「いやいやいや、違いますってば!? 助けてエリさん!」
「今日もクレイジーサイコメイドが絶好調のようね。こいつの話を真面目に聞いたら伝染するわよ」
呆れ顔のエリーゼが投げかけた嫌味も熱烈な信奉者たる彼女には褒め言葉にしかならない。
「全てラズ様がこの世に降誕なさったお陰です。生まれてきてくださってありがとうございます」
「よくわかりませんがリタが暴走してます……」
「面倒くさい従者を持つとお互い大変よね。ここまで忠誠心が拗れてるパターンは良くわからないけど」
「間もなく謁見の間に到着致します」
命令に従い、ラズを引っ張り出すことに成功して心強さを感じていたのだが、今はそもそも頼むべき相手を間違えたのでは思い始めていた。しかし、謁見の間を目前にしてからではどうすることも出来なかった。
「聖女様のお通りです。早急に開扉なさい」
「御意!」
ラズの一向がやってくるであろうことは使節団側から別途、迎えを送った旨を明かされた時点で事前に共有されていたので、開閉係の兵士も対応が早かった。
彼女たちを阻む者はおらず、ボス部屋の入口にも似た厳かな扉は軋む音を鳴らしながら緩慢な動きで中を露わにしてゆく。
「みなさん揃っていらっしゃるようですね。それでは詳しい話を聞かせていただきましょう」
扉を潜って、燭台が並ぶ広い部屋の赤いカーペットの上を踏み締めながら開口一番にラズが告げる。
同席することを許されたすべての者の注目が颯爽と現れた聖女に集まった。
ラズが現れたことで先日の会談では悪印象を与えた自覚のあった教国サイドはまだ希望は失われてていなかったことに安堵を漏らした。
反対に王国サイドに変化は見られない。彼女の基本的な性質を違えることなく理解していた王家は、この場に参上することを初めから疑っていない。
両者の反応は割れる形となったがラズの興味はそこにない。
「僭越ながら、私から報告致します」
「頼みます」
前回も交渉の先頭に立っていた高齢の男性が玉座の前から離れてラズの前面に躍り出てくる。
「事が発覚したのはほんの一時間程前でございます。前置きも無く本国側から我々の元へ至急の伝達が届きました。そこに示されておった内容は既に台下もご存知やもしれませぬが聖都への大規模な襲撃を受けているというものでございます」
話の途中だが使節団の中には胸に手を当てて祈りを捧げる者が多数居た。
岐路に立たされた彼らの面持ちから事態は予想以上に深刻なのだろうとラズは察し、続く言葉に耳を傾ける。
「本国より貸し与えられし、遠隔との意思疎通を可能とするマジックアイテムを介して得た急報の為確度は不明でございますが、本国はまるで神話の如きまことしやかな状況下に陥っておるようです。己の目で確かめた訳では無いものの、これから申し上げる内容は戯言などでは無く、どうか信じて頂きたく存じます」
しわがれた声で絞り出した前置きにラズは首を一つ縦に降った。
「もちろんです。ただの虚報であるならそれに越したことはないですからね」
「さすがは慈悲深き台下であらせられます……!」
理解を示したことに対し感謝の意を込めて曲がった背中で深々と頭だ下げてお辞儀をすると、老齢なる使節は頭を下げたまま口を開く。
『奴等は雲一つ無い蒼穹が広がる中、聖都の空に何の前触れもなくやって来た。おびただしい数の影はやがて渦を形成し、漆黒の竜巻が教会本部の直上に顕現する。
異変に気付いた多くの聖徒が天を仰ぎ目を凝らした。
遠くへ渡る鳥の群れか回遊する魔物の一丸か、それが何たるかを理解するのに時間を要した。何故なら誰の目からもはっきりと視認可能なそれは受け入れ難い存在であったからだ。
無数に出現した異変の正体は闇のドラゴン。一つ一つが強靭なる怪物であったのだ。
奴らの中の一体が教会本部へ向けてブレスを放ったのを口火に次々と暗黒の咆哮波が打ち込まれてゆく。
平和そのものであった街は阿鼻叫喚に包まれ、我先にと地獄から逃げ出す人々の群れに降り注ぐ闇は街の形を塗り替えていく最中で我々に出来たのは教会本部の防衛機構を起動するだけであった。しかし、この機能も持続性が乏しく長期に渡って敵の攻撃を凌ぎ続けるのは不可能である。
聖徒の希望である教会総本山並びに聖都を失うことは教国の滅亡に等しく直ちに氷厳卿を救援に遣わせよ。また、聖女台下には非力な我等をお導きくださるよう懇願せよ。
聖光と共にあれ』
使節の男の言葉が途切れても部屋の中にいた者達は押し黙っていた。
証拠は何一つ無いが出任せにしては余りに壮大で非現実的である。
ただし、事実であれば未曾有の危機と言って差し支えない。
それこそ王国の全戦力を繰り出しても焼け石に水でしか無い。
「以上が……本国より入った伝令の全容に御座います。つきましては台下の聖なる御力を存分に振るって頂き、窮地に追いやられた我らにどうか救済をお与えください」
「無数の闇のドラゴンってのが引っ掛るわね。ドラゴンは基本群れないじゃない」
王国側で最初に言葉を発したのはおまけで連れて来られたエリーゼである。彼女は前世でプレイしたゲームの中で知り得た範囲の情報であれば上位に位置する魔物の生態に関する知識も有している。
下位ですら天災級の扱いを受けるドラゴンは単体行動の魔物である。小さな群れさえも形成しない。まして大量に現れるなど常軌を逸している。
「詳細は不明ですが、飛竜の動きには一定の統率が見られるようでございます」
「より上位の存在が背後にいるかも知れないと言うのか!?」
声を荒げたギルバートに使節の男は口を固く結んだまま、力無く頷いた。
「氷厳卿レグルス殿が不在の中この場で我々が国の為に出来ることは情けなくも台下に縋り付く他ありませぬ。無理は承知でございますが、どうか台下の奇跡にてマスカロアをお救い頂けますよう、何卒お願い申し上げます!!」
先頭に立っていた男が膝たちの姿勢になり、胸に手を当てたまま床に額を押し付けると、数十人からなる他の修道者等も波打つようにそれに倣った。
「随分と虫が良すぎるのではないか。年端もいかぬ少女一人を死地に送るのがお前ら聖職者のやり方か? 恥を知れ!」
「ギル様……」
例え人類のカタログスペックを天元突破したラズと言えども生存確率が極めて低い環境下へわが物顔で無策に放り込む事へギルバートは深い憤りを示した。しかし、罵倒を浴びせられても彼らは自己弁護する余裕はなかった。
「何を言われても返す言葉が無い程厚かましいお願いなのは重々承知の上にございます。さりとて、このまま罪無き聖徒……民達の命が一方的に蹂躙されるのをただ指をくわえて見ている訳には参りませぬ。多くを救う為ならば、この老体の首を差し出して構いませぬ」
隠れた表情を見なくても声だけで悲痛さが伝わっていた。
腹の中で燃える炎が消え失せた訳ではなかったが、ギルバートはそれ以上の糾弾は噛み殺す。施政者の一人としてわからなくはなかったからだ。
「陛下、一つ申し上げてもよろしいでしょうか?」
「許す。申せ」
使節団の向こう側。玉座から見下ろす王にラズが声を掛けた。普段は間の抜けた瞳が今はきりっと見開き、決意に満ちた顔に誰しもが息を飲む。
「どうか今すぐ救援に行かせてくださいませ。これはわたくしが為すべき事なのです」
彼女の元の立場は王国貴族の令嬢。そこから聖女という肩書きがつくと王家の次点となる。
破格の扱いは強力な力を有するが故である。すなわち彼女に命令出来るのも王家だけなのだ。
だが天下無敵のラズの場合、お伺いを立てず自由に暴れまわっても、咎める事は困難を極める。
しかし、ラズは正しく手順を踏んだ。国外への参戦となると火急とはいえ王家の承認は取るべきと理性的に判断したのだ。
「為すべき事、と申すか」
オルヴィエート王は比較的小柄であるが、その全身から発する威圧感は正しく王の持つ威厳であった。
意識を向けられていない者でさえたじろぎそうになるが、ラズは臆することなく問いに答えを返す。
「はい。わたくしの手は困った方に差し伸べるため、わたくしの身体は苦しむ方を支えるため、わたくしの魔法は傷付いた方を癒やすために女神様がお与えになったと信じています。今こそこの
力を人の為に使いたいのです」
何を言われようとも不退転の覚悟を持って派遣を勝ち取ろうと仁王立ちになり、桜色の相貌は玉座を見上げる。
威風堂々とした聖女と腹の据わった王の間に流れる剣呑な空気に周りが耐え切れなくなるすんでのところで、オルヴィエート王が重い口を開く。
「じゃあ、お願いしちゃっていいかのう、ラズマリアちゃん?」
「はい! 頑張りま〜す!」
「「急に軽いわ!!!」」
両者からそれぞれ厳かな雰囲気が崩れ去って、凛然とした振る舞いが砕け散り、おじいちゃんの家に遊びに来た孫のようなほのぼの感が二人の間に芽生えると鋭利なツッコミを未来の夫婦が同時に浴びせる。
「って、それどころではない! 陛下、リア……ラズマリア嬢をむざむざと衆目の前に晒すおつもりですか! 数も不明のドラゴンを相手に聖都防衛戦など最早他国から隠し通す事は不可能。例え勝利をおさめてもリスクが大き過ぎます。さすがに時期尚早に他なりません。どうか派遣は再考願います」
全力を解放したラズの力は世界を震撼させ兼ねない。
若き王太子が最も危惧する所はドラゴンの大群を薙ぎ払った後の政。
他国を救った結果、大戦の火種を生むのはどうにか避けたいとギルバートは早口で諌言を口にした。
が、受け取る側はそれを一笑に付す。
「ぷっ、何とも肝の小さいヤツじゃのう。小心者め。やーい、チキン」
「なんだと!? 黙れ、ハゲ」
「なっ!? よく見よ! 歳にしてはふさふさの方じゃ! 謂れ無きでまかせを口走るなど最低の悪漢がやる事じゃ」
「なんで、謁見の真っ最中に親子げんかおっ始めてんのよ!?」
「おお、エリーゼちゃん。城で会うのは久しぶりじゃのう。来てくれてワシは嬉しいぞ。元気じゃったかのう?」
「え、あ……はい。ごきげんよう、陛下」
「待て。世間話を始めるのは後にしろ。私が言いたいのは――」
本題に戻そうとしたギルバートだったが、オルヴィエート王は話の腰をフルスイングで折り曲げる。
「よい。お前の言わんとすることはわかる。だが、聖女ラズマリアは絶対に投入する。これは決定事項だ」
「……理由を伺っても?」
突然真面目なトーンに戻り、肩透かしを食らったギルバートは眉をしかめる。
「よかろう。理由は二つある。まず、困難な応援に応える以上教国には国一つ分と釣り合うだけの対価を求めていく。其方らも今日このまま滅ぶよりはマシであろう?」
「防衛成功の暁にはこの身に代えてもご満足頂ける条件を提示いたしますぞ」
使節の男がラズの方向に頭を下げたまま、即座に答えを返すと、王は満足そうに頷く。
「よって、我が国土が南北から攻め立てられたとしても、南は教国に背中を預ける。国を救った友好国を背中から刺すなど、外道を通り越して罰当たりじゃからのう。南に憂いが無く北へ傾注出来るなら、脅威は格段に下がるであろう。それ以前にわざわざ教国を敵に回す愚か者もおるまいがのう」
「最悪、国を異端認定されるとなると百害あって一利なしだな。大袈裟に声を上げて世界の敵などとレッテルを貼られれば亡国一直線だろう」
近隣諸国の殆どが女神聖教を国教としている為、教国の後ろ盾が貰えれば簡単に手は出せない。また、教会も認めた高尚な聖女となれば不安を和らげつつ圧倒的な抑止力になりうる。
ギルバートは顎を撫でながら、説明を咀嚼する。確かに筋が通っていると思い、話を進めることにした。
「それで、もう一つの理由とは?」
「うむ。そろそろ無理だと思ったのじゃ」
「……何がだ?」
「ラズマリアちゃんを穏便に隠しておくのがじゃ」
「あ〜……」
これに関しては下手な理屈を並べるよりもよっぽど説得力があると、ギルバートは不覚にも納得した。
先日もドレスで空を飛ぶ人影の目撃情報が騎士団に多数寄せられて、頭を抱えたばかりである。
王都には沢山の民が住んでいるが、そんな人物は一人しか居ない。
今後も不意に露呈する可能性は低くない。
「箝口令を敷くのも容易でなくてのう。いい加減隠蔽し続けるのも疲れたから後顧の憂いを断てる絶好の機会を逃す手はないのじゃよ。瘴気災害の時の地竜振り回し事件とかワシでも黙ってるのキツいもん」
「いいおやじが"もん"とか言うなよ……」
「とにかく戦線投入は絶対じゃ。ここから先はラズマリアちゃんが上手くやるとワシは信じておるけど、不満があるなら今後はお前が何とかしろ」
「……本気で言ってるのか?」
「無論じゃ」
腕を組んだギルバートが無言で引き下がる事でロイヤルな二人による要点のつかめない論争が唐突に終了するときょとんとしていた者達が急に我に返る。
やる気満々で鼻息の荒いラズだけは早く話が終われば良いと思っていたのはリタしか知らない。
「救援要請を正式に受諾し、貴国への聖女派遣を今を持って決定とする。ただし、相応の報酬は後日きっちりと貰い受ける所存であるとゆめゆめ忘れなき事だ」
「賢明な御聖断を賜り、いくら感謝しても足りませぬ。事後になればご期待に添えるよう死力を尽くすと女神様の名に誓いましょう」
しわがれた声は明らかに震えており、感激が顔を覗かせていた。
聖女の存在は教国存続の一助になると彼は信じていた。光魔法ならば不利な戦局を覆せるはずと。
まさか慈愛の代名詞たる聖女が物理特化で古龍に匹敵する肉体の持ち主だとは誰も思っていなかった。
「では、わたくしは今すぐ出立致しますので、これにて失礼いたします」
もちろん空から急行するつもりであったラズは足早に去ろうとしたのだが、すぐに足を止める事になった。
「お待ち下さい、聖女台下。聖都への移動手段は我々が用意してあります」
「いえ、馬車なら不要ですよ。一刻を争う状況ですからわたくしが一人で行きます」
「馬車ではないのでご安心ください。台下の護送中に不測の事態が発生した際に使用する予定であったこのアイテムを使えば、瞬く間にマスカロアへと移動可能です」
祭服の袖から出てきた物体を見てラズは首を傾げた。
石炭のようにゴツゴツとした蒼色の石だ。拳大のそれは到底移動に使えるものには見えなかった。
「転移石。そんな物もあったわね」
「なんと……ご存知でしたか」
「エリさん、知ってるんですか?」
「上級ダンジョンで時々手に入る帰還用アイテムよ。地面に叩きつけて割ると、例えダンジョンの深層からでも街へと即座に戻れるわ」
――なんか某狩りゲーのハンターが持ってるやつみたいですね。
ラズの思考が明後日の方角を向き始めたが、既に母国に猶予がない使節の男は急かす様に話を進める。
「ご説明頂いたとおりです。さあ、台下、こちらへ」
「まて、私も行くぞ」
「しゃあないから、私も付き合ってやるわよ」
「ラズ様、地獄の果までお供いたします」
「ギル様、エリさん、リタまで……! しかし、とても危険な戦いになりますよ?」
一人で乗り込むつもりでいたラズは一瞬だけびっくりした顔を浮かべたがすぐに真顔へ戻ると三人の目を順番に見つめた。
「何言ってんのよ。あんたがいればどこでも安全でしょ?」
エリーゼが口角を上げて挑発的な笑みを浮かべるとラズは思わず笑顔になる。
「ふふふっ、そういえばそうですね。ではよろしくお願いします」
ラズ達が使節の老夫の傍へ近寄ると、彼は深く頷いた。
「それでは参りますぞ」
「はい!」
「ラズマリアちゃん、よろしく頼むの〜」
「お任せ下さい、陛下」
握り拳がラズの胸を揺らすと同時に転移石が床に当たって高い音を響かせながら砕け散ると、僅かな翠の残光を除き虚空だけが残った。
やむを得ずこの場へ残ることになった使節団の深い祈りは希望の芽である彼女達が去った後も、長らく捧げられたままとなった。
リタ「ラズ様、私はいつでもいけます」
エリ「おまわりさんこいつです」




