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第4章9話 行方

今回は普通めです

これくらいのボリュームが一番書きやすい

 難敵であるレグルスをエリーゼが撃破してからおおよそ丸2日経った頃、姦しい二人はラズの部屋の書斎でのんびりとお茶を飲んでいた。なお、本日の紅茶はエリーゼが持参したテラティアティーである。実家からつい先日彼女の元に届いたセカンドフラッシュは抜群の芳醇さを誇る名物の一つだ。


 手が空いたもしくはインドアの作業があるなどラズが部屋にいる時は大抵エリーゼが乗り込んで来るのが定番になっている。

 お茶とお菓子が出てくる上に専属メイドの小言から開放されるので、居心地が抜群なのだ。

 あと、本人には明かしていないが、自分の専属メイドよりもラズの専属メイドが淹れた紅茶の方が美味しいとエリーゼは思っていた。


 ちなみに、二人以外でのお茶会は学院に訪れてから一度も無い。


 表向きには次期王妃と二代目聖女の肩書を持つ二人は大きな茶会を主催しても違和感の無い立場にあるが、どちらも家柄としては公爵家や侯爵家など高位の令嬢を呼ぶには微妙である。かといって、それは逆の立場から見ても同じで声を掛けづらい存在でもある。


 更に言うならエリーゼは中央の貴族からすると王太子の婚約者の座をかっさらった忌々しい家の娘であり、関係する令嬢からは敬遠されること必至だ。


 反対にラズとは面識を深めたいと思う者はそれなりにいるが、ギルバート、ウォルター、ルーカス、アイザックが周囲を固めている中に割って入って話しかけるのは難しい。


 特に子爵や男爵等の低位の貴族にとっては顔を売っておいて損の無い相手なのだが、下手に接触すると波風を立てる恐れもあるので、様子見に徹している。


 ラズが個人的に掲げた目標の一つである「友達いっぱい」への道のりはまだまだ険しいだろう。


「ラズ……私、気付いたのよ」


 色々な感情が綯い交ぜになったような物憂げな表情で遠くを見つめながらエリーゼが呟いた。


「なんですか〜、エリさん。藪から棒に」

「私ね……今度生まれ変わったらパサランになろうと思うの」

「あ、枕相当気に入ったんですね」

「あんなのはもう枕じゃない、ユートピアよ! 現世(うつしよ)に在りながら極楽浄土へ至るマジックアイテムだわ! 捨てアカウントを量産して最高評価とレビューを付けまくりたい衝動が暴走する寸前よ! どうしてくれんのよ!!」


 唾を飛ばしてタチの悪い酔っ払いのように声を荒げて絡む姿は淑女の振る舞いから逸脱するどころか場外まで飛び出しそうな勢いである。


「どうしましょう。わたくしが枕をお渡ししたせいでエリさんがおかしくなってしまいました!?」

「大丈夫です、ラズ様。エリーゼ様は元からおかしいです」

「なるほど!」

「さらっと納得してんじゃないわよ! 要するにそれぐらい素晴らしい出来栄えだったって事よ!」

「ありがとうございます。それは枕職人冥利に尽きます!」

「……あんたの中の聖女は何処に行ったのかしら」

「枕職人と統合されました」

「謎過ぎる上級職を勝手に作るのはやめなさいよ」


 今日も二人の会話はブレーキが未実装のままであるが、メイドのリタは華麗にスルーして飛沫の散ったローテーブルを自然な動きで軽く拭いた。


「そんな事より聞いてくださいよ」

「先に言っとくけど決闘まがいの面倒臭いやつはもうお断りよ。躁鬱騎士の相手なんか何度もやってらんないわ」

「違いますよ〜。まあ、レグルス様に関することではあるのですが」

「じゃあ、何よ?」

「どうやらレグルス様が失踪したらしいんです」

「はぁ!? ……あの後、あんたが宿まで送ったのよね?」

「正確には宿の前までです。話によると中に入らずにそのまま消えてしまったようです」

「まさか、ショックのあまり自害……?」


 トロールの動脈より図太いエリーゼの神経を持ってしてもさすがに寝覚めが悪く、緊張感が漂っていたがラズはその可能性を否定した。


「いえ……最後にお話しした時の様子を考えれば、命を断とうとするとは考えにくいので、何か事件にでも巻き込まれたのかもしれません」

「倒した私が言うのもなんだけど、あいつが遅れを取るような何かが王都にいるなんて思えないんだけど……」


 シナリオ上の最終決戦に余裕でついてこれるであろうレグルスの実力は戦ったエリーゼが一番わかっていた。不覚を取るなどにわかに信じがたい話であった。


「でも、自分探しの旅を始めたとかなら、書き置きぐらいは残していきそうですし」

「確かに性格を考えればそうね……」

「心配ですよね。使節団の方が捜索にあたっているらしいので、早く見つかることを祈ります」

「きっと血眼になって探してるんでしょうから、吉報を待つしかないわね」


 不自然な蒸発の仕方に疑問は残るが、ここで考えても仕方が無いとエリーゼは割り切る事にした。

 だが、ラズは違う。ラズにとって他力本願は選択肢に上がっても灰色に変わって選べなくなるシステムによって排除される無用の長物。

 知り合いが行方不明になれば彼女のやる事はは一つである。


「いえ、探しに行きましょう!」

「ぜっっっったい嫌よ!」

「なんでですか! 経緯はともかくエリさんがぶっ飛ばしたんじゃないですから、当然一緒に探してもらいますよ!」

「あんた、お嬢様言葉が崩れてるわよ」

「はっ!? ええと、おぶっ飛ばしあそばれた?」

「間違い無く間違ってるわね」

「些事はそこら辺に置いてってください。さあ、街へ行きましょう!」


 ラズとエリーゼはややしばらくにらめっこをしていたが、先に折れたのはエリーゼだった。

 とばっちりではあるが原因の一つが自分である自覚はあったので、提案を受け入れることにしたのだ。


「……わかったわ。その代わり暗くなる前に帰ってくるのと、付き合うのは今日だけよ?」


 眉間を揉みほぐしながら目を瞑ってそう告げると、ラズの顔が満開に変わる。


「さっすがエリさん! 正義の味方! 魔法少女!」

「褒めてる要素が欠片もないんだけど……?」

「では、早速れっつごーです!」

「ちょっと待ちなさい。この一杯を飲んでからよ」


 別に乗り気ではないので少しでも捜索時間が短くなるよう、エリーゼはささやかな抵抗を試みた。


「え〜、鉄は熱いうちに打てって言うじゃないですかぁ」

「うるさいわね。紅茶も熱いうちに飲めなのよ」

「いっき、いっき、いっき!」

「お茶会がゼミの飲み会に変わってるわよ、それ」

「お〜、つまりいい感じって事ですね」

「んなわけ無いでしょうが。なるべく早く飲むから静かにしてなさい。ハウス!」

「残念ここがハウスです!」


 無駄にドヤ顔を浮かべてまとわり付くラズの顔をお茶請けにエリーゼがのんびりとカップの中身を啜る。


――残るお茶は半分。引き伸ばしもやり過ぎると、ラズの事だからカップをひったくって飲み干すくらいは平気でやりそうね。かくなる上は会話で上手いこと気を逸らして、時間稼ぎに徹する「あら、もうこんな時間?」作戦でいきましょ。


「ところで、ラズ――」

「その話は移動しながら聞きますよ〜」

「あっ……あら、そう……」


 作戦は開始から僅か数秒後に封殺され、立案者の目がクロールで泳ぐ。勘の鋭いラズにこの手の策はあまり通用しない。そうでなくても、戦闘以外の策略は大半が不発に終わるのがエリーゼの定番だ。


 唯一の作戦が空振りに終わり、早くも万策尽きたエリーゼが肩を落とす。


 このままでは数時間に渡って街中を引きずり回される、と頭を抱えたその時、扉を叩く音が部屋に鳴り響いた。

 無論、人が訪ねて来る約束も宛も無い。


「確認して参ります」

「はい、お願いします」


 すすっと音も無くラズの書斎から去っていくリタの背中を見送り、エリーゼはぽつりと言葉を漏らす。


「変ねぇ。友達もいないのに誰かしらね?」

「さらっと胸に深々と刺さる事言わないでくださいよ!? 事実ですけど〜……」


 ぷくーっと風船のように頬を膨らませて拗ねるラズを適当にあしらっている間に来訪者への応接を終えたリタが戻って来た。


「どなたでしたか?」

「聖光教国マスカロアの使者です。ラズ様に請願があって来られたそうです」

「……報告や連絡では無く請願ですか。それで肝心の要件はなんとおっしゃってますか?」

「直接お耳に入れたいとのことです。とりあえず応接間に通してありますが、いかがいたしますか?」


 姿を消したレグルスに関する内容なら請願はあり得ないだろうと考えたラズは掛けていた椅子から立ち上がる。


「まずは真意を探る必要があるでしょう。わたくしがお相手をします」


 書斎を出て、部屋の入り口の前に設けられた応接間へ移動する。廊下に繋がる一回り大きな扉の前には薄いグレーの修道服に身を包んだ女性が胸の上に両手を重ね、床に両膝を立てた姿勢で待ち構えていた。

 表情は強張っており、見るからに顔色が悪い。


「こんにちは。貴女は先日の謁見にはいらっしゃらなかったですよね?」


 急な来訪にも気を悪くした様子は無く、柔らかい口調で語りかけたラズの態度に安堵の息が混じった声を彼女は漏らした。


「は……い。私は聖都への旅程の間、台下のお世話係として同行することとなっていたので、宿でご尊顔を拝見させていただく手筈になっていました」

「……それは何と言いますか……申し訳無い事をしましたね。わざわざ遠方から来て頂いたのに」


 聖都に行くつもりはさらさら無かったが、自分の為にわざわざひっぱり出された彼女はラズからすると気の毒に写った。

 先に話を付けてから後日迎えに行く段取りを組まなかった使節が悪いのだが、彼らは聖女の回収が難航するなど夢にも思っていなかった。


 だが、ラズの謝罪を彼女は両手を振って固辞する。


「ああ、いえ!? 気に病んで頂く必要はどこにも御座いません。むしろ、畏くもラズマリア台下のご都合もわきまえずにこの様な形で私室へと伺った無作法をどうかお許し下さい」

「そんな事よりも一体何があったのでしょうか。請願があると聞きましたが?」

「はい。台下には今すぐ我等と共に来て頂きたくお願いに上がりました。本来であれば大司教様が御迎えに上がるべきでしたが、女性の居室に伺う訳にいかなかったのと、手が離せなくなったのでご容赦下さい」

「……その件については教会側の結論が出るまで保留になったはずですが」

「いえ……台下に聞き届けていただきたい要件は還御に関する事ではなく救援です。もう一刻の猶予も許されない逼迫した状況あると報せが入っております。どうか迷える我等が聖徒に慈悲と救済を!」


 膝立ちの体勢のままで地面に頭を擦りつけて、必死に訴えかけた修道女をラズが無理やり引き起こして、がくがくと揺する。


「ちょっ、ちょっとお待ちください。何が何やらさっぱりわかりません。救援とはどこのどなたををお助けすればよいのでしょうか?」


 ただごとではない様子に混乱してはいたが、困っている人がいるのであれば助けるのがラズである。

 やはりレグルスに関わる事かもしれないと憶測していたラズに告げられたのは予想から大きく外れた内容であった。


「現在、聖都が大規模な襲撃を受けて大きな被害が発生し、滅亡の危機に瀕しています。どうか……どうか御身に与えられた神聖なる光魔法を持って、力無き我等を明日へお導き下さい……!」


 悽愴さすら覚えるような震えた声にラズは言葉を失い、珍しく険しい表情を浮かべた。

ラズ「パサラン……エリーゼ……? パサリーゼ!」


エリ「二日酔いの効きそうな名前ね」

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