第4章6話 悪役令嬢 VS 聖騎士(前編)
ブクマと評価ありがとうございます
筆者はチョロいのでやる気が一気に上がります
レグルスとエリーゼの戦闘はこの作品を書こうと思った時に浮かんでいたシーンの1つだったので、書いていてとても感慨深い気持ちになりました
聖光教国マスカロアの最高戦力である五聖剣の一人とオルヴィエート王国が誇る一大田園都市のある肥沃な大地を拝領したテラティア家が誇るポンコツ自堕落令嬢が模擬戦用に設けられた壇の上で対峙する。
教会における力の象徴であるレグルスはギルバートと対戦した際よりも遥かに威圧的な雰囲気を放っていた。
守護対象にして敬愛すべき聖女ラズマリアの口から己よりも強いと言われては権威を示す為、本気にならざるを得ない。たとえ相手が何ら脅威を感じないただの令嬢であっても。
「なんでこうなるのよ…… というかなんであんたまでこっちに来たのよ」
悪役令嬢が聖騎士と一対一で戦う謎のイベントに巻き込まれたエリーゼはがっくりと項垂れていた。
当たり前だが真っ先に断ろうとした。しかし、
レグルスがそれを良しとしなかったのだ。与太話とは言えよりによって聖女の口から教会の威光に泥を塗られてしまっては引くに引けないというもの。
ラズとレグルスという即席主従のゴリ押しにより渋々一戦交える事になった。
この事態を引き起こした張本人はというとステージに続く階段と真四角の舞台の間にある小さな長方形の平場で仁王立ちしながら、豊かな胸を持ち上げるように腕を組んで、ドヤ顔を浮かべていた。
まるで自らが戦いに臨むような面持ちである。
「トレーナーが後ろに立って居るのは当然の構図じゃないですか!」
むふー、と荒い鼻息が吐き出す自信満々の態度で失礼な事をほざく友人にエリーゼは尾を踏み抜かれた猫のように目尻を吊り上げる。
「ああ、なるほどね〜。そして、私はあんたが捕まえて育てたモンスターなのね……って、ふざっけんじゃ無いわよ! やっぱり、帰る!」
激情にまかせて立ち去ろうとしたエリーゼだったがラズは両手を広げてそれを阻む。
「何をおっしゃいますか。わたくしが心血を注いで装備を整え、手塩に掛けて経験値を集めたんですからエリさんはわたくしが育てたと言っても過言じゃありません!」
「ぐうの音も出ないわね!」
装備一式と錬金術用品をラズが調達していなければ、エリーゼは未だにレベルが1のままだった可能性が高い。また、前代未聞の経験値ブーストが無ければこれほど劇的な成長を遂げるなどそれこそ夢物語だ。
それを持ちだされてはエリーゼに反論の余地はない。だが、何のメリットも無く汗をかくつもりも毛頭無いのがエリーゼという女の信条である。
「わかったわよ。やるわよ。そのかわり勝ったらなんかあるんでしょうね」
「ふっふっふ、そう来ると思っていました。アルティメットパサランをご存知ですか?」
「ええと……進化の末に究極のふわふわを獲得した事で物理攻撃を完全に無効化するパサランだったかしら?」
スライムよりもゴブリンよりも弱い、最弱の魔物パサランが進化を重ねた形態の一つであるアルティメットパサランはゲームでも出現していたのでエリーゼは知っていた。
魔法で倒せば倒せなくもないが魔法耐性も高く、めんどくさいので逃亡がデフォルトの魔物だった。
「それが一体どうしたって言うのよ」
「そのパサランのドロップアイテムである『ふわふわわた毛(極)』をふんだんに使って拵えたエリさん専用の神話級枕を――」
「さあ、そこで見ていなさい、ラズ。あんたの為に私がマッハで勝利を捧げるわ」
熱い手のひら返しはエリーゼの特技の一つである。
「わーい、エリさん大好きやったー!」
なんの脈絡も無く眩い光が弾け、一瞬にしてローズレットのひらひら装備に身を包んだエリーゼはラズに背中を向けると威風堂々と前へ出る。
「今なら誰にも負ける気がしないわ!」
人参がぶら下がった状態の彼女ほど爆発力のある人物は大陸を見渡しても他にいないだろう。
やる気ゲージが振り切れて画面外まで伸びる勢いのエリーゼは壇上にある決闘用のマジックアイテムを起動した。
すぐに見えない壁が展開すると向かい合う二人を外界から遮断した。
「ということで、枕のために速やかに死になさい。返事はイエスかハイの二択よ。選びなさい」
「あの王太子の婚約者と聞いたが、貴女はどうやら彼に相応しい蛮勇をお持ちのようだ。それともオルヴィエート王国の女性はこういった作法でもあるのかな?」
「はぁっ!? 誰があの変態に相応しいですって!? 寝言はくたばってから言いなさい!」
お互いいがみあっているギルバートに相応しいなどと言われて黙っているエリーゼではない。なお蛮勇は褒め言葉として受け取っていた。
ついでに言うならエリーゼ以上の蛮勇伝に事欠かないのが連行予定の聖女であるが、彼がそれを知る機会は今のところ巡ってきていない。
「……貴女と話しているとこちらの品位まで疑われそうだ。容赦無く潰させてもらうが、悪く思うな」
狂犬との対話を早々に諦めたレグルスは腰を深く落として戦闘態勢へと突入する。
対するエリーゼは三日月を模した装飾が先端部に取り付けられたお馴染みのステッキを肩に担ぎ、ふんぞり返って手招きする。
「御託はいいからとっとと掛かってきなさいよ、偏執者」
「まったく呆れるほど威勢の良い事だ」
対人戦の経験も豊富なレグルスはエリーゼの呼吸のとり方や歩行などの動作、姿勢などから武術の心得は無いと踏んで接近戦に持ち込む選択をした。
だから、初動は相手が魔法を発動する前になるべく距離を縮める。
奇しくも先程のギルバートと全く同じ戦術であるが質は大きく異なるだろう。
レグルスは作戦通り魔法の詠唱を行いながら斜に駆け出した。ギルバートのように真正面から直進すると狙いやすいので、微妙に回り込みながら接近していく。
だがエリーゼは策の出鼻を挫きにいく。
開幕ダッシュは想定の範疇と僅かな動揺も見せずに迎撃を開始した。
「先手必勝! 大地よ! 『流砂縛』」
ずぶり!
「これは……!」
高速で移動していたレグルスの両足が膝上まで一気に地面の中へと沈み込む。辺りを素早く確認すると、数メートル程の範囲が砂の渦へと変容していた。
今回は石畳の上であったため森で発動した時と違い泥は混ざっていないがずぶずぶと獲物を飲み込む効果は変わらずだ。
藻掻いて何とか脱出を試みるが、一度はまったぬかるみから抜けだすのは容易では無い。
魔法を受けたのがウォルターならこの時点でほぼ詰みの状態に追い込まれているところであるが、百戦錬磨の聖騎士は『詠唱省略』と『瞬間発動』を合わせ持つ土使いを前にしても動揺を見せない。
「『烈破』 ぐっ!」
厄介な拘束に対処する為レグルスは炸裂する空気を発射して離れた敵を攻撃する風属性魔法を発動した。
ただし、自らの足元に向かって。
――自爆で脱出とか見た目よりクレイジーな奴ね。にしても、詠唱放棄して迷わず別の魔法を使ってくるあたりこいつ厄介だわ。氷魔法といいゲームで使えたらさぞ強キャラだったでしょうね。
ギルバート戦で見せたようにレグルスが主に使用する魔法は氷属性である。水と風を掛け合わせた複合魔法の一種である氷は水属性で不足していた殺傷能力の大幅な向上に加え、質量による物理攻撃を可能とする。
更に複合魔法にも関わらず詠唱時間が火魔法とさほど変わらないなど汎用性も高い。
弱点が少なく氷魔法だけでも十分に面倒なのだが、状況に応じて他の魔法も使うとなると更に手強いだろうとエリーゼは警戒を強めつつ、向かってくる敵を注視する。
流砂の底で弾けた暴風によって生まれた衝撃を背に受け、術者であるエリーゼの元へと砲弾のように脱出した。
「はあぁぁぁっ!」
力業で加速力を得たレグルスは権杖による突きの構えを取りながら気迫のこもった声を上げた。
そのまま攻撃に転じる強襲にもエリーゼは冷静だ。
「甘いわね! 大地よ! 『速石砲』」
「ちっ……何とも面妖な魔法だ」
あと数メートル進むことが出来れば見事に敵の頭部を砕いたであろう聖騎士を歓迎したのは一発の岩の砲弾だ。
強烈なバレル回転をしながら驀進する重い岩石を両手で握った杖を寝せてギリギリのところで防御に成功する。
「これを防ぐなんて嘘でしょう!? ゴリラなの!?」
下位のドラゴンですらダメージを受ける事間違い無しの攻撃を物理的に受けて持ち堪えられるとなると凄まじい膂力である。
撃ったは本人は驚きのあまり戦闘中にも関わらずつっこみをいれてしまった。
しかし空中では完全に押し返す事が出来ずそのまま後方へ飛ばされてゆく。
何とか砲弾の射線軸から体を逃がして着地した頃には開戦直後の位置よりも更に後ろに達していた。レグルスとしては格闘戦に持ち込みきれなかったのはかなり痛手だ。
間違い無く初戦の攻防はエリーゼに軍配が上がった。
これを受けてレグルスは目の前にいる敵の評価を上方修正する羽目になった。
――魔法の発動がいくら何でも早すぎる。それに土魔法のこれ程の使い手は過去に見たことが無い。判断も速く、肝も座っているとなるとそうやすやすと崩せるとは思えん。全く見た目ほど当てにならないものは無いな。
動きの読めない変わった格好をした令嬢から目を離さないよう、レグルスの双眸はより一層見開かれた。
レグルスの矜持とエリーゼの枕を賭した戦いはまだ始まったばかりである。
その頃場外ではこのバトルを一人で楽しむラズがいた。
ラズ「エリさん、そこです!」
ラズ「ああ! エリさん、避けてください!」
ラズ「ちゃんす! エリさん、『いわおとし』です!」




