第4章5話 王子 VS 聖騎士
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初代ポケモンの種類を上回る数字です
筆者はダグトリオが大好きでした
飾り気のない舞台に上がったオレと奴は互いに鋭い視線を交わしながら、それぞれ武器を構えて位置についた。
決闘用のマジックアイテムは完全な起動状態にあり、いつ試合を初めても問題ない。
「先に言っておくが後から父親に泣き付くのはやめておけ。後始末が面倒だ」
「そんなせこい真似誰がするか。そんな事よりもオレが勝ったらリアに付き纏うのをやめろ。彼女の周りに護衛を置くつもりは無いし、必要も無い」
「それは貴方が決める事ではない。台下を御守するのは天命。即ち其れを阻む者は神意への反抗と見做す。これから私が行うのは物分りの悪い貴方への啓示なのだからな」
このいけ好かない狂信者は何処までも人を見下しているらしい。勝ちを確信した物言いだ。
しかし、それだけの自信が向こうにはあるのだろう。
あの腐れ外道に言われなくても真正面から戦って勝てないのはオレもわかってはいる。
頭に血が上り感情に任せて模擬戦を挑んだのは我ながら馬鹿だとは思うが、リアに相応しく無いと断じられてヘラヘラしているなど到底出来ない。
こうなった以上、奴に勝てずとも爪痕の一つくらい残してやる。
「貴方の好きなタイミングで来るがいい。身の程というものを教えてやろう」
「貴様に教わる事など何も無い。行くぞ!」
奴がどんな戦術を得意とするかは不明だ。
使用する武器は儀式用の細工が施されたあの長杖である。見たままであれば魔法の比重が高い後衛だが、要人警護を任されるという事は近接戦闘もこなせると見たほうがいい。
あと噂によると水と風の複合魔法である氷の魔法を使うらしい。
どのみち遠距離で戦えるほど風魔法の出力は高くないし、火魔法は撃ち合いに向かないので接近戦に持ち込むのは必須条件だ。
希望があるとすれば適当に剣術で牽制しながら、魔法で致命的な一撃を加えて剣でとどめを刺すいつも通りの戦法か。
どうせ詠唱しながら剣術で戦う魔法使いはほとんどいない。自力の差が出る前に考える暇を与えず速攻でかたをつけるぐらいしか選択肢はない。
だから開幕と同時にこっそりと詠唱を行いながら石畳を強く蹴って迅速に間合いを詰めていく。急激なレベルアップの効果は絶大で俊敏性も桁違いに伸びていた。その勢いたるや、最近は流石に慣れてきたが油断すると躓きそうになる程だ。
程なくして剣の届く距離まで接近に成功する。といっても、ここまで奴は何の動きも見せず、ただこちらを待ち構えていたので当然の結果ではあるが。
何一つ変わらない澄ました態度は非常に癇に障るが余計な感情を抑えこんで袈裟斬りを打ち込んでいく。
ぎんっ!
金属同士がぶつかる高音が響き、初撃は長杖の輪の部分で簡単に受けられた。すぐに剣を引いて次の攻撃を仕掛けていくがやはり簡単に捌かれてしまう。
間違い無い。相当な手練だ。
発動の直前まで悟られないよう噛み殺した声で詠唱中の魔法は間もなく完成する。それまでをどう繋ぐかと頭を悩ませていたが、一向に相手から攻め込んでくる気配が無い。
妙だ。手応えがまるで無さ過ぎる。
雲に向かって剣を振っているようだ。
もしかすると、こちらの攻め手を全て受け切るつもりなのだろうか。
本当に性格の悪いやつだ。
だが、舐めて掛かって来てるならば上等だ。きっちりツケを払わせてくれる!
「『障火』! 貴様等は火刑が好きだったな。たまに燃やされる側の気分も味わうといい!」
バックステップで下がりながら完成した魔法を迷わず行使する。魔法陣が奴の足元に展開し、猛炎の絶壁が立ち昇る。
荒れ狂う炎があっという間に奴の姿を飲み干したので完全に見失ってしまったが、直撃は必須だ。それなりのダメージは免れまい。
後は慎重に追撃を仕掛ければ――
「ぐふっ!?」
次の手を考思するさなかに痛烈な衝撃がオレを襲う。炎の壁の向こうから突き出された杖の先で胸を打たれて吹き飛ばされた。
地面をわざと転がって距離を取りながら立ち上がり、奴の様子を確認して愕然とする。
「貴様、あれか。実は身体まで鉱物で出来てる謎の生命体か」
「失礼千万だな。私が生身の人間以外何に見えるというんだ」
「強いて言うならばよく出来たゴーレムだな。そうでなければ『障火』が直撃して焦げ一つ付かぬ訳がなかろう。化け物め」
確かに灼熱の炎壁に埋めた筈なのに微塵もダメージが通っているように見えない。
元々は射程が極端に短い防御魔法だがアーチ状に広がる効果範囲と燃費の割に高い火力により近接戦闘の間合いでは無類の強さを発揮する攻撃魔法に早変わりするのが、先程使用した『障火』の特徴だ。
間違ってももろに人が食らって平然としていられるような、生ぬるい威力ではない。
「いやはや、魔剣術の使い手が王国にもいるとは思わなかった。確かに貴方には目を見張るものがあるようだ」
奴の背後で燃え盛っていた炎の壁が効果時間の終了を迎えて消え去る。
というかオレの十八番が教国では体系化されているなんて初耳だぞ。
「だろう。今ならギブアップを認めるぞ?」
どうにか強がっては見るものの、今の攻防で攻撃が通らないのであれば大凡手詰りだ。
認めたくはないが、数度打ち込んだだけで彼我との実力差は簡単に埋められるものではないとわかった。
「聖騎士の戦場に降参は存在しない。一度剣を抜けば最後……あるのは相手か自分の死のみ」
「ネジの外れた狂信者め」
「我々にとって最高の褒め言葉だ。次はこちらから行かせてもらおう」
瞬時に至近距離へと詰められると五月雨のような突きの嵐が襲ってくる。杖術と言うよりは槍術に近い動きをしており、剣で対処するのがかなり難しい。
「ぐっ……!」
何とか防御してはいるが一撃一撃が重く、どんどん押し込まれていく。時間が経つほど形勢が不利になっていく。詠唱が終わるまで持たなければ、その時点で敗北が決まる。
技も力も劣っている現状では、魔法でひっくり返す以外の策は無い。
迫り来る猛攻を受け損なって、何度か攻撃を貰いながらもギリギリで持ち堪えて詠唱だけは継続していた。
乾坤一擲の思いでこの一振りにすべて賭ける。
「『焚』!」
必殺の付与魔法を発動すれば、長剣から勢い良く迸る炎熱が吹き上がり、あたりを焦がすほどの火炎が揺らめく。
得物の柄を強く握って渾身の一撃を振り下ろす。
手持ちの魔法で『障火』を火力で上回るのはこの魔法しかない。レベルは上がっているが魔法の鍛錬が疎かになっていたのでレパートリーはさほど増えていないのがここに来て大きな痛手だ。
いや、ここで嘆いても仕方が無い。今はどうにかして威力の増した剣撃でガードをこじ開ける事に専念するべきだ。
だが奴の取った行動はまるで予想していなかったものだった。
「『凍牙』」
ひどく冷酷で肌を突き刺すような声が何かを告げる。
そして、火炎を孕んだオレの剣が奴の杖に抑えこまれ、本来なら触れれば即座に燃え移るはずが今は何も起こらない。
「なっ……まさか……ぐあっ!?」
驚愕のあまり硬直している隙を突かれて、無防備だった足を杖で払われてしまった。
硬い地面に転倒して尻を付いた体勢になり、すぐに回避するべく足を蹴り出そうとするが全く動かない。
言うことを聞かない自分の足へ慌てて目をやって気が付いた時にはもう既に勝負が決していた。
既にオレの足は凍っていた。
どうやらこちらがやろうとしていた事を相手にやられてしまったようだ。
あの攻防の中で奴も魔法を唱えていたとはな。
「チェックメイトだ」
終局の宣告が聞こえる。
そして、立て直す暇など与えられるはずもなく権杖の先端が目にも留まらぬ速さでオレの喉笛の奥深くまでを無慈悲に貫いた。
次の瞬間にはフィールドの外へ放り出されて土の上を転がる。
……臨死体験からここまでの流れは何度味わっても最悪だな。
勝てるとは思っていなかったが、傷ひとつ負わせる事ができなかったという結果には悔しさを通り越して自分に怒りを覚えた。
ぶつけどころは無く全ては不甲斐無いオレ自身が招いた結果だ。
必ず守るとリアに言った矢先にこの体たらくとは笑いの種にもならない。
「……くそったれが」
ぶつけどころのない怒りから漏れ出した悪態は誰に届く訳でもなく虚空に溶けて消えた。
☆
時はギルバートとレグルスが激闘を繰り広げる前に遡る。
何故か伊達眼鏡を掛けたラズとジト目のエリーゼが長机の前に置かれた椅子に座っていた。
「さあ、ギル様とレグルス様のお互いのプライドを賭けた一戦が間もなく始まろうとしています。実況はわたくし、ラズマリア・オリハルクスと解説にエリーゼ・テラティアさんをお迎えしてお送りします!」
「どこのスポーツ中継よ!? つうか、指輪からホイホイ物を出すのはやめろって言ってんでしょうが!」
「あ、そうでした。てへっ!」
眼鏡と机と椅子はラズの指輪型マジックアイテムに収容されていた私物であり、訓練場の備品などでは決してない。
「ふん!」
「あう!?」
舌を口角のあたりからペロリと出して、あさっての方向を見たラズにイラッときたエリーゼが容赦なくおでこを指で弾いた。
なお、一切のダメージはない。
「それで、解説のエリさん。たぶん勝てない、というお言葉がありましたが、それはどういった理由からでしょうか」
「誰も聞いていないのにその設定で続けるのね……」
「はい!」
肩をすくめてラズを見たが、相手にするだけ無駄だと悟って流すことにした。
「私が見た情報だとあいつは二周目から解禁になるキャラらしいわ」
「二周目……って一度クリアしてから、再スタートって意味ですか?」
「そうよ。一周目では発生しないイベントを踏むと登場するキャラってのがいるんだけど、あいつはその一人ってわけ」
「ふむふむ? それとなんの関係があるのでしょうか?」
話が見えてこないラズが首を傾げるがエリーゼは構わず続ける。
「二周目キャラは基本パーティーに加入しないけど、攻略すると最終決戦で駆けつけてくれるのよ。しかも、大体レベルが40くらいあるから普通に強いわね」
「なるほど〜。それで、レグルス様のレベルもそれぐらいはあると考えたわけですね。……あれ、じゃあわたくしにも他の攻略対象がいるって事ですか?」
驚いた表情のラズだったが心底どうでも良さそうにエリーゼは答えた。
「いるけど、全部おっさんよ。あんた攻略したいの?」
「なんで、おじさんばっかりなんですか!? だれ得なんですか、その乙女ゲーム!?」
「幅広い年齢層を取り込もうとした結果らしいんだけど、そこは開発も反省したんでしょうね。二作目は大体あいつみたいなキャラよ」
「なんて不遇な扱いなんですかね、わたくし……」
「何が不遇よ。エロい身体した美少女に転生した癖に」
「なななっ……!? エリさんは女の子なのにデリカシーがなさ過ぎです!」
「そういえば女の子だったわね」
真っ赤な顔で涙目を浮かべて怒る自称実況者を眠たい顔でスルーして、視線を壇上に戻す。
ちょうどギルバートが炎の壁で攻撃を仕掛けた場面でエリーゼは眉をひそめる。
「あれ、今直撃しましたよね?」
火炎にしっかりと包まれたはずのレグルスに何ら変化が無かった事に二人は疑問を抱いていた。
そして、エリーゼはすぐに答えを導き出す。
「あれは恐らく魔法鎧だわ」
「そういえば、エリさんの装備もそれでしたよね。確か耐久値有りのバリアが張られるんでしたっけ」
「厳密に言うなら負うはずだったダメージを一定値まで肩代わりしてくれるけど被弾すると障壁の修復に魔力をごっそり持っていかれる防具ね」
「なるほど。じゃあ、バリアで受けたから見た目は無傷なんですね」
「そうよ。魔力容量分だけHPが増えるって考えていいから、私みたいな低ステータスだと即死防止だけど、あんな感じで不意打ち対策にもなるわね」
「とってもわかりやすい説明ですね〜。流石は解説役令嬢です!」
「それ悪役令嬢からモブに降格じゃない」
エリーゼのツッコミにラズは首を横に振り、拳を強く握りしめた。
「いいえ、違います。解説キャラは親友ポジションと相場が決まっているじゃ無いですか!」
「ああ、確かにそういう漫画とかゲームもあるわね。って、あ、やっぱり負けたわね。変態バカ王子」
「その呼び名は流石にかわいそうですよ。でも、どうして模擬戦を挑んだのでしょうか。教国でも屈指の相手ですから、敵う人なんてほとんどいませんし、結果は見えていましたよね?」
「……やっぱり、あんたが一番酷いわね」
「ええ、何でですか!?」
「思春期がきたらわかるわよ……」
普段は冒険などせず安牌を選ぶ小心者のギルバートが決闘まがいの愚行に走ったのは他ならぬラズの為だろうとエリーゼは確信していた。そして、この打っても響かないヒロインの攻略に挑む
王子には心から同情を覚えた。
乙女ゲームというより高難度のギャルゲーと化している現状こそが最も原作崩壊を感じる要因であるとエリーゼは改めて思ったが、すぐに考える事を放棄した。
「むう、でしたら仕方ありません。ところで、一つ確認させて頂きたいのですが」
「なによ、藪から棒に」
「エリさんだったら勝てますかね?」
「あいつに?」
「はい」
「ん〜……一応、勝てなくはないわね。でもなんで――」
そんな事聞くのよ、と聞き返そうとしたところで壇上から勝者である聖騎士レグルスが飛び降りて跪いたので言いそびれてしまった。
洗練された振る舞いは騎士の訓練から得た一芸なのか、鎧を身につけた堂々たる風貌と相まって様になっており雰囲気でエリーゼは押し黙った。
「お待たせして申し訳ございません。ですがこれで台下がここに留まる理由は無くなりました。今すぐに礼拝堂へお連れ致します」
「いいえ、まだですよ」
「……台下?」
何故か勝ち誇った顔を浮かべる聖女の意図が理解出来ず、ラズと出会って以来はじめて戸惑いを見せたレグルスがいた。顔を合わせてから日の浅い彼は崇高なる聖女様の御心の真意を汲み取るに至るには時間が足りない。
そんな彼とは反対にとても嫌な顔をしたエリーゼがいた。彼女はラズという生き物についてよく知っていた。このヒロインは人に振り回されるよりも人をジャイアントスイングで振り回す派だという事を。
「まだ貴方より強いエリさんが残っています。わたくしを連れ出したいなら、ここにいるエリさんを倒してからにして頂きましょうか!」
腰に手を当ててドヤ顔で言い放つラズの隣でエリーゼは静かに目を瞑った。
ラズ「わたくし、装備とか使わないからわからないんですよね」
エリ「あんたは常に全裸で十分よね」
ラズ「その言い方はあらぬ誤解を招きますよ!?」




