序章5話 情報収集
わたくし、ラズマリア・オリハルクスは転生者です。
3歳のある日でした。お父様が見せてくださった火の魔法を目にした瞬間に前世の記憶が流れ込んできます。この世界ではない遠い場所で生き、そして命を落とした僕。その無念があるいはこの転生という結果を呼び寄せたのでしょうか。
かつてのわたくしは病弱でベットから出ることのあまり出来ない少年でした。だから、記憶のほとんどは経験ではなく知識。だからなのかあるいはわたくし達の相性が良かったのかは存じませんが、二人の魂とでも称すべき何かから深層心理に至るまで一点の曇りなく融合を果しました。
どちらの自分でもあり、どちらの自分でも無い不思議な、けれど心地よい状態それが前世の記憶に目覚めた後のわたくしです。
だから一応、前世の反動なんでしょうね。それまでと景色が大きく変わって見えました。つまらないと思っていたものさえも魅力的で好奇心をくすぐって見え、触れるもの全てが刺激的でした。何かが出来ることそのものが幸福でわたくしは衝動のまま突き進む事にしたのです。
記憶が蘇って最初に思い立ったのは本を読む事。まずは情報が必要でした。地理に歴史、自らの立場や経済産業宗教に至るまで。
しかし、この時点で問題が発生です。……近くに置いてあった本を開くも、幼女なので字があまり読めません。
異世界転生シリーズではよくある読み書き関連のボーナススキルは与えられ無いらしいですね。
幸いにも貴族の子女という教育を受けられる立場にあったので、まずは字を覚える事にしました。この時に気がついたのですが、地の頭がかなり優れているらしいです。文法の構築が出来るに至るまで熟達するのにもさほど時間を必要としませんでした。
字を使いこなせる様になったので、いよいよ書庫に並んだ書物に挑みます。ちょっとしたお店くらいの広さがあるので、迫力がありましたね。
手頃な場所に面白そうなタイトルが見えたので手に取ります。
記念すべき1冊目はこちら!
ご先祖様が書いた伝記……の写本!
――『王都を蝕む魔物を退けよ』という依頼の受注が我らの始まりである。以前はゴブリンやコボルトが幾らか現れる程度であった王都周辺の魔物であったが、いつからかそれらとはまるで比較にならない強大な魔物が度々出没するようになった。しかしこの魔物達、近隣で発生した形跡が無く、どこからか移動してきているのだろうと我らは考え、出処を確かめるべく旅に出る。
山を超え川を超え探索を続けていたある日のこと。空高く竜が飛び去るのを発見し、その方角へと歩みを進めると、海に挟まれた山の連なる地に辿り着く。オルヴィエート王国の北東に位置するこの地は強力な魔物が蔓延る山脈に接していた。木々は異常なまでに大きく、少し進むごとに魑魅魍魎が行く手を阻んだ。大地より溢れる魔の力が魔物の格を引き上げているのでは、と考えに至りこの禍々しい山を我らは魔境と名付けた。そして、王都に蔓延った魔物の供給源であるこの地に砦を設ける事とした。
ご先祖様はもともと冒険者だったようです。
ただ、伝記と言いつつも要約すると苦労話ばかりなので割愛します。
――そして我が妻、聖女ローズマリアの紡いだ結界により10年に及んだ戦いの日々は終結を迎えたのであった。頭痛の種であった北東を平定し、魔境より以南西を領土に加えた功績を甚く喜ばれた陛下より辺境伯の爵位を拝命する。
初代聖女様は初代オリハルクス辺境伯の妻だったそうで、以前お父様が見せてくださった家系図によるとわたくしにもその血が流れているようです。
その後も書庫をひっくり返すように書物を読み漁り、概ね知りたかった情報を得ることができました。
オリハルクス領は海に面しているため、水産業が盛んであると共に、魔境に棲息する魔物の素材や魔石を他領に輸出する事で経済が成り立っています。また、冒険者が多いため、彼らが生み出す需要も小さくないですね。魔境に棲息する樹木の薪やゴーレムから収集出来る鉱石など、原材料が確保できるため武器や防具の鍛冶も盛んです。
対して農業の規模は小さく、作物の多くは他領に頼っている状態です。そのあたりは作らなくても儲かるので、さほど重要でもないらしいです。近隣が不作でもいざとなれば船を出して買い付ける手がありますし、肉や果物は魔境で採れるので一時しのぎも出来る土台があります。
……こうして見ると迷惑だったはずの魔境にどっぷりと依存してますね。
これ以外にも使用人の皆さんにお話を伺ったりして補足しましたね。
こんな感じで7歳前くらいまでは書庫に巣食うようにして過ごしてましたよ〜。