第4章2話 ラズの考えた必殺技
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平均評価が乱高下してて面白かったです
先のピアル村の一件以降、ウォルターは思い悩んでいた。
焦燥感に駆られて大きな失態を犯しす原因となった自分の弱点を依然として克服出来てはいない。
課題であるミドルレンジでの攻撃として実践で使い物になりそうな手段は見つからず、時間ばかりが過ぎていった。
水魔法は最初に試してみたがとても敵にダメージを与える威力には至らなかった。そもそも魔力が少ない。
投げナイフなども試してみたのだが取り扱いがかなり難しい。近距離で当てるぐらいなら何とかなるが、そんな距離で戦うくらいなら接近して斬りかかれば良いという話になるのであまり意味がない。
そして、幾度もの試行錯誤を重ねた結果、八方塞がりになってしまった彼は自分と同じガチガチの前衛である人物にアドバイスを貰うことにした。
その人物は言うまでもなくラズなのである。
彼女は聖女と書いて筋肉と読むべき神話級の物理アタッカーであり、無手で大型の魔物を滅殺する程の腕前を持っている。
光魔法やラスボス級のステータスに目がいきがちだがシンプルに表せば機動性を活かして近接攻撃に持ち込むという基本戦術はウォルターとごく近いスタイルなのだ。
ウォルターは考えた。彼女は同じ悩みに既にぶつかった事があるのではないかと。
「ラズ様……俺にご指南をいただけませんか」
「大体我流のわたくしでよろしければいいですよ。何かお悩みなのですか?」
「はい。実は中距離戦での立ち回りに四苦八苦しておりまして、ラズ様だったらどんな攻撃手段が俺に合ってると思いますか?」
「う〜ん……前提としてウォルター様は後衛への攻撃を遮断するのが一番の役割なので、攻撃面はそこまで気に留めなくても十分じゃないですかね」
後ろに護るべき仲間がいる戦い方は殆ど経験が無いが、攻撃に意識を割きすぎると守りが疎かになり易い、というのをラズは身を持って知っていた。遠回しに不要であると告げたのはウォルターが活躍の場を中距離まで広げることがリスクに繋がると考えたからだ。
魔法は詠唱が必要になるので集中力を大きく割く事になる。動きながらの詠唱はギルバートなら出来そうな気がしたので教えたが、端から魔法を使わないウォルターにはきっと向いていない。
投擲武器の類は剣と盾で両手が常時塞がっている為、咄嗟の場面では非常に使いづらい。
ざっと脳内でシミュレートしてやはりデメリットが大きいとラズは判断した。
だが、ウォルターもここは譲れないところである。
「それは重々承知しています。しかし……先日のスタンピード防衛戦で俺に出来る事は石礫を投じるのみという情けないものでした。仲間達が命がけで戦っている中、一人だけ傍観しているなんて二度と御免被りたい」
己の思いを訴えかけるように胸の前で拳を強く握ったウォルターにラズは腕を組んで目を閉じ再考する。
ウォルターが使えそうな遠距離攻撃は何か。
ラズ自身もロングレンジの戦いはあまり得意では無い。敵の強さが一定レベルを超えると、『光陣剣』ぶん投げ戦法しか引き出しが無い。
――前世だと銃や爆弾なんかがあるので、道具による補強が簡単なんですが、そんな物の作り方なんて知らないです。
マジックアイテムは高火力に設定したら、ウォルター様の魔力容量だと簡単にオーバーしちゃいますよね。ただでさえギフトに魔力を回していた筈ですから、そんなに余裕は無いと考えるべきでしょう。
ん、ギフト?
ウォルター様はオーラ使い?
わ、わたくしとってもいい事を閃いてしまいました!
「ウォルター様!」
「は、はい!?」
ブリリアントカットのダイヤモンド霞むくらいきらっきらの目をしたラズが興奮気味にウォルターの名前を呼ぶと、前触れもなく豹変した彼女に気圧されながらもどうにか返事を返す。
「お持ちのギフトの効果は魔力そのものを操作して、身体強化や武器への付加でしたよね」
個人が稀に有する特殊能力であるギフト。ウォルターの場合は『方士』だ。
「ええ、仰る通りです。全身に纏う他、武器にも魔力を乗せて威力を上げることが可能です。それが何かありましたか?」
意図が分からないウォルターは首を傾けていた。
「飛ばしましょう!」
「え?」
「オーラを飛ばすんですよ! わかりますか、この素晴らしさが!!!」
「え、あ、はい。なんとなく」
「男の子のロマンじゃないですか! 雄叫びと共に掌からオーラを飛ばして敵をやっつける……すごい、かっこいいっ!」
「ラズ様は女性では……いえ、どうやって飛ばすんですか、オーラを?」
ギフトならば武器を持ったままでも使えて、詠唱も不要といういい事づくめの斬新な発想だが、無視出来ない課題が残っている。
「そうです! そこが重要です! わたくしのイメージですと」
「はい」
見様見真似で編み出した独自の武術を自在に操る天才武闘家兼聖女ラズマリアは鍛え上げられた心身と聖女教育の過程で培われた論理的思考を駆使して答えを導き出す。
「まずはパワーを貯めるようにギュッとします」
「なるほど」
両手をガッチリと組んで腰を低くし、力を込めるポーズをとるラズにウォルターが頷く。
「そして、ババーンと開放して『波ぁっーー――――!』と叫びます!」
「……それから?」
「以上です!!!」
「………………………………そうですか。ありがとうございました」
「山一つ分くらい先にある村」のようなざっくりとした説明にウォルターは思わず天を仰いだ。
残念ながらウォルターはラズの本性を知らない。年齢よりも成熟して見えるたおやかな外見とは裏腹にキッズの領域に足を踏み入れる精神年齢の持ち主であるラズはテンションが上がり過ぎると一定のレベルまで馬鹿になる現象が発生する。
この状態に陥ったラズのセーフティーとなるのが悪役令嬢エリーゼであるが現在は夢の世界へと旅立っており機能を完全に停止している。
「わたくしも一緒に頑張ります!」
ウォルターが視線を横に向けると魔法の練習に取り組んでいたアイザックは既に背を向けていた。
「ええと、ああ、機会があれば……お願いします」
夜の鍛錬が時々謎の修行に早変わりする光景を想像して一瞬だけ複雑な顔をしたウォルターだったが『方士』の使い方を見直すのはいいかもしれないと考えを改めた。
しかし、せっかくヒントを得たのだから早速試してみようとした矢先の事だった。
訓練場にいるはずの無い人物が姿を現し、ウォルターは困惑する。
「リア!」
「あれ、ギル様? おはよーございま〜す」
「やはりここにいたか。真面目に鍛えているところ悪いのだが、大至急王宮へ来てくれ」
いつも泰然としているギルバートが今日に限ってはただならぬ空気を纏っていた。
「王宮……ですか……? そんなに慌ててどうされたんですか?」
少し驚いたように眉を上げたラズが理由を尋ねるとギルバートは苦々しい表情に変わる。彼にとっても不本意な出来事らしい。
「……今朝、聖光教国マスカロアより使者の来訪があったのだ」
「教会の方がですか。しかし、それがわたくしに何の関係があるのでしょうか?」
教国には知り合いの一人さえもいないラズからすると話題に上がる事自体が疑問である。
「大層傲慢なことに奴らは抜け抜けとほざいていてな。リアを……聖女を迎えに来た、と」
ギルバートがそう告げると風の一つもない地下訓練場からはあらゆる音が消え失せて、エリーゼの寝息だけが僅かに聞こえるばかりになった。
☆
王家の紋章が描かれた華美な馬車でラズとギルバートは情報を共有する為に打ち合わせをしながら王宮へと向かっていた。
「それにしても教国は何故このタイミングでわたくしに接触を図ったのでしょうか。聖女として王国が認定してくださったのはずっと前でしたよね?」
聖光教国マスカロアはここオルヴィエートよりも南に位置する宗教国家だ。聖都ヴァルガタに教会の総本山を構え、そこの最高権力者たる教皇こそが事実上の国の元首である。
莫大な額の寄進や聖水の販売などで多くの歳入を賄っている為、有り余るほどの潤沢な資金がある。枢機卿や大司教といった上級の役職を与えられた者ともなると一国の王に匹敵する生活を送っているらしい。
オルヴィエート王国よりも長い歴史においては聖戦と称して他宗教や錬金術の排除を行うなど、血なまぐさい過去もある。
金と権力が集中している上に戦力まで抱えており、総じて言うならあまり関わりたくない国というのが二人の共通認識だ。
「こちらがあまり情報を開示してないから、向こうも真偽を図りかねていたのもあるが、世界を脅かす危機もなかった昨今では聖女と教会が密な関係に無くても困らなかったのだろう。仮にリアが何らかの善行を働けば『女神の遣わした奇跡』などとうたうだけで教会の求心力は高まるのだから少なくともデメリットは無い。だから、これまでは強く踏み込まなかったのだろう」
レベルが上がらない事には聖女と言っても簡易な光魔法が使えるただの少女に過ぎない。
だが、光の女神を信仰する女神聖教としては光魔法が実在している事実が信奉者の目に触れれば古くからある教義はこの上ない信憑性を得る事となるだろう。光魔法があるのだから女神もきっと存在する、と多くの人が思うようになる。
なので、野放しにしておいても広告塔としての効果が期待できると考え積極的動いてはいなかったのではとギルバートは考えていた。
なにより、教国は権威を振りかざして一般的な国家間では成り立たないような要求を平気でする。今回の横暴な発言も必要になれば毟り取ればよいという意識の表れだろう。
「となると瘴気災害の解決で方針を転換した、ってところですか?」
「恐らくな。教会関係者はそれこそ至る所にいるから、現地の情報などすぐ様本部へと送られたことだろう。影響力の大きさを知り、慌てて放置してたリアの周辺調査に取り掛かったのだろう」
「ん〜、見られている様な気配は感じませんでしたが」
身辺で怪しい動きに心当たりが無かったラズかそう言うとギルバートの表情が硬くなった。
「……大方あれで確証を得たのだろう。王都の広域を真っ白に磨き上げたあの一件」
「うう……その件ですか……」
気落ちするラズを前にしたギルバートは咳ばらいをして話題を戻した。
「いずれにせよ、教国側が要求しているのはリアの身柄だ。王家としても我が国の認定した二代目の聖女をむざむざと手放すつもりは無いが、相手が相手だから事を荒立てるのも避けたい」
「あ、それでしたら、わたくしにいい案がありますよ」
自分の考えをラズが教えるとギルバートは満足そうに頷く。
「ふむ……確かに、それは教国側も盲点かもしれんな。手を引く可能性も十分にあるだろう。念の為に確認させてもらうがリアは教国へ行くつもりはあるか?」
「全くありませんよ。わたくしはこの国と皆さんが好きです。やるべき事も残っています」
決戦を乗り越えるまでおいそれと王都を離れる訳にはいかない。未来の事はわからないが少なくとも三年はここにいるつもりでラズはいた。
「いざとなったら連れていかれたとしても力尽くで帰ってきますよ〜」
「いや、リアは絶対に渡さない。オレがさせない。何を引き換えにしても、何があっても必ず守ってみせる!」
白磁のようなラズの手を取って両手で握り締めたギルバートはいつに無く真剣な眼差しである。
「ギル様……」
普段なら素っ頓狂な声を上げているところだが、普段より精悍な面構えで見つめられたラズの胸は沸騰することが無かった。代わりトクンと一度だけ大きく跳ねる。
――なんでしょうか……ギル様を見ているとお胸が痛いような締め付けられているような変な感覚です。
いつもと違う自分の身体に戸惑いを覚えたラズであったが、原因について考える暇は与えられなかった。
全速力で市街を驀進していた馬車の動きが止まり、御者の隣りにいた兵士が扉を開く。
「王太子殿下、聖女台下、王宮にとうちゃ……く……お邪魔でしたか?」
「ん?」
「え?」
やたらと広い馬車の中にも関わらず仲睦まじく身を寄せて手を握り合っているなどと思わなかった兵士が居心地の悪そうな顔を浮かべていた。
「はわわわわわっ!?」
名も知らぬ彼の反応を見てラズは慌てて馬車の隅へと逃れた。頭に血が上った勢いで車体をぶち破らなかったのは彼女の積み重ねてきた修練の賜物に他ならない。
結局ラズを馬車から引摺りだすのには、学院から王宮まで走るのと同じだけ時間を要した。
ギル「どうした?」
ラズ(や、やっぱり……見られてますね。ま、まあ、見られて減るものでないですから!?)
ギルバートの視線はバレてしまった。しかし、好感度は変わらなかった。




