第4章1話 今際
新章突入します。
たくさんブックマークと評価が増えて嬉しいです。
余談の方が実は本編なのかもしれないと思いはじめました。
気持ちよく寝ていたのに、急に目が覚めてしまった。
思考はまだぼんやりとしており、まったく働いていないけれど重い瞼を開けてみる。
無機質で真っ白な天井と淡い蛍光灯の光だけが視界に写る。
――ここは……わたくしの部屋ではありませんね。
身体は鉛になったようで腕一つ動かすのも一苦労である。転生してからは羽根が生えたように軽快だったので変な感覚だ。
周りはなんだかとっても騒がしそうだった。
何か逼迫した声が響き、誰かの走る足音がどこかから聞こえるが耳を通り抜けていくだけで、虚無の様に何も感じ無い。
ふと、手に冷たさと暖かさを感じて目を動かすと、涙を流す女の人がわたくしのお胸の上にある手を握っていた。
――どこか違和感がありますね。う〜ん……ああ、お胸がありませんね。つまり、そういうことですか。
これはわたくしの……いえ、ボクの前世の記憶ですね。
だからきっと、これは夢の中です。
ですが……それならせめて気分だけでも心残りだった事をさせていただきましょうか。
まるで力の入らない四肢に鞭を打って、なんとか言葉を絞りだす。
「あ……り、が……と…………」
そこで視界が真っ黒に塗り潰されてしまい、何も見えなくなってしまった。
ああ……最後まで……言えなかった……ですね。
☆
目を見開くとそこは見慣れた天蓋が視界に入ってきて、少しだけ安心する自分がいた。そして、両耳のあたりが濡れていて冷たかった。知らぬ間に泣いていたみたいだ。
どうやら今度こそ本当に目が覚めたみたいだ。前世の夢は久しぶりだ。
転生してから十年以上の歳月が過ぎて最近はめっきりと見る機会が無かったのに、一体どうしてだろうかと考えては見たものの心当たりはない。
もっとも、前世の記憶といっても毎日変化の無い人生だったので印象に残っているような場面もほとんどない。だから決まって見るのは最後の時を迎える直前だった。
別に大きな後悔がある訳じゃない。十分に全うした人生だった。でも、何故か夢には出てくる。
「お目覚めですか、お嬢様。何かいつもと様子が違うようでしたが?」
「おはようございます、リタ。ちょっと古い夢を見ただけで特に問題ありませんよ」
「そうですか。それは良うございました」
「心配してくれてありがとうございます。ところで、リタ」
「はい、なんでしょう」
「なぜ、貴女までベットに入っているのでしょうか?」
専属メイドのリタはわたくしのお腹のあたりに覆いかぶさって、横たわっていた。夢の中で身体がやけに重たかったのは、リタのせいかもしれません……
「珍しくうなされているようだったので、添い寝が必要と判断しました」
「……なら、もう必要無くなりましたよ」
「いえ、御遠慮なさらずこのまま寛いで下さい。添い寝をすれば血行促進効果と疲労回復効果が得られ、より快適な睡眠が訪れることでしょう。きっと」
「どこの怪しい健康法ですか、それ!?」
渋々といった緩慢な動きでリタがわたくしの上から降りると靴を履いて何事も無かったかのように平然と立ち上がった。
こんな風にリタは時々からかってくる。前世ではそんな経験も無かったので、こんなやり取りも嫌ではない。
そういえば冗談を言ったことなんてなかった気がする。
生まれてから死ぬまでほぼ病院に居る超不幸そうな子供にユーモアの聞いたジョークを言うような人物などそう滅多にいない。
まあ、今のわたくしは不自由でも何でも無く、やりたい事がたっくさんありますので感傷に浸るのはこれくらいに致しましょう。
「さあ、今日も一日元気にがんばりますよ!」
「はい、お嬢様の御心のままに」
身支度を整えて貰ったわたくしは朝ごはんをリタに運んでもらい部屋で食べて寮を後にした。
ちなみにベーコンエッグはカリカリ派なのです。
☆
本日の授業は魔法制御である。なので、わたくし達は実質自由時間だ。
学院ダンジョンの攻略も皆さんのレベルが急速に上昇した為、現在は週一回程度とペースダウンする事になった。
ペースダウンと言っても強化された分進捗は今までよりも効率がよく、一度挑めば5階層を一気に踏破している。
あまりにも急激な成長に身体と頭に誤差が出ており、軽く剣を振っただけなのに敵が簡単に両断されたり敵の前に行く筈が追い抜かしてしまったりと、影響は顕著だった。
見かねたエリさんが「物理組、流石に間抜けすぎるからしっかり訓練しなさい」と、自主練を命じたため、少なくとも週に一度は地下訓練場に集合して心身の整合を確認する作業を念入りに行っている。
わたくしも身体を動かすのが好きなので一緒に鍛錬して、汗を流している。実際に汗が出るまでの運動はしてませんがね。
今日訓練場に来ているのは、ウォルター様とザック様とエリさんだ。
いつもはギル様も参加しているが、今回は所要が出来たらしく欠席している。なお、ルーカス様は一度も来たことが無い。
わたくしが到着した時には既に訓練に取り組んでいたウォルター様はずっと型をやっておりザック様は何やら魔法の練習をしているみたいだ。
ちなみにエリさんは大抵いつも寝てる。訓練の時間は、備え付けのベンチでぐっすりと寝ている。
部屋で寝ないのですか、と尋ねたら「午前中から寝てるとタニアが怖い」とのこと。
ただし、今日に限っては紅玉の様に綺麗な瞳がちゃんと開かれている。
「あんたに一応確認しておこうと思うんだけど」
「はい」
エリさんとわたくしはベンチに座って二人の訓練を遠目に見ながら話をする。
「あの後、解禁になった魔法はあるかしら?」
「解禁になった魔法ですか?」
思わず首を傾げる。
「好感度が習得条件の魔法が使用可能になっていれば、攻略の度合いがわかるでしょ」
「なるほど〜。早速確認してみます!」
頭の中で使用可能な光魔法を念じて呼び出すと、スクロールのように順番に魔法の名前が流れて行く。
光魔法は他の属性魔法に比べ、とてもシステマティックなので良かったり悪かったりだ。
順番に確認していくと、見慣れない魔法を発見する。
「ええと……これは『加護』ですか」
複数の対象を同時に強化する魔法で同様の効果を持つ単体魔法である『祝福』の上位互換と言っていいだろう。
まあ、自己強化とか現在の能力だと全く使わないんですけどね。
「……なんていうか、異常に攻略が早いわね。もしかしたら今年中に好感度マックスになるかもしれないわよ」
「おお、頑張った甲斐があります」
「何を頑張ったのよ…… で、誰のルートなのか心当たりはあんのかしら?」
「ないです!」
「わからないのに随分きっぱり答えたわね!?」
皆さんとの関係は決して悪くないと思うが、特別に誰かと仲が良いと感じた事は無い。わたくしがそう思っているだけで相手も同じとは限らない。そう言った心模様の微細な変化に気付けるほど繊細でないのはよく知っている。
――あれ……よく考えたらどなたかはもうわたくしの事が結構す、す、好きという事ですよね!? えええ、とそそそんなこと前世を含めても一切無かったのでどうしたらいいのでしょうか!? あ、でも誰なのかも分からないとあんまり実感は湧いてこないですね。誰なのかが重要です。
「エリさんはどなただと思いますか?」
「う〜ん。一番ありそうなのは変態かしらね」
「ギル様ですか。どうしてそうお考えになったんですか?」
「だって、あんたのおっぱいばっかり見てるし」
「ええ、嘘ですよね!?」
「いやいや、マジのマジよ」
「そんな……全然気付いていませんでした……」
「あんたの事だからそうだと思ってたわ」
そんなに見られてたんですか!?
服も着ているので見られて困る訳では無いのですが、ちょっと恥ずかしいですね。
「あいつならきっとクッソチョロいからちょっとおっぱい触らせるだけで攻略出来るんじゃないかしら。チョロインならぬチョーローだもの」
「嫌ですよ!? なんですかその最低な乙女ゲームは!? お胸を触らせて好感度アップ、とかレビューが炎上しますよ。というか、火達磨にして差し上げますよ!」
そんなのどう考えても健全なゲームでは無い。そもそも、ここはわたくし達にとっては現実なので根本が違うと言ってしまえばそれまでかもしれないが。
わたくし達という異分子が転生して来たことが原因かは不明であるがシナリオも既に狂いを見せているらしいので、ゲームに似た世界程度の意識でいた方がいいのかもしれない。
例えばエリさんの知っているイベントでは先日の瘴気災害など取るに足らない量の瘴気を浄化するだけの簡単な内容だったらしいが、実際には森の大部分が失われる程に被害を出した。誤差とは言い難い差異が生じているのは明白だ。
森の奥で見た人影も無関係ということは無いだろう。
あれは何者だったのだろうか。
あの後、別の地方に急行したのですっかり忘れていたが、もしかするとエリさんは何か知っているかもしれない。
「ところで、エリさんにご相談したいことがあります」
「いいわよ。何かしら?」
「先日のピアル村の瘴気災害でエリさん達と別れた後、かなり森の深いところに行った時の事です」
『瘴気穴』の近くに居た謎の黒コートを纏った人物と瘴気の増加に関係が有りそうな黒い杭の存在の話をすると、エリさんは眉間を指で押さえながら唸る。
「……色々思うところはあるけど、まずは何でその重要な話を今まで黙ってたのよ」
「忘れてました!」
「さっきから開き直ればすべてが許されると思ってんじゃないのでしょうね!?」
「お、おもっふぇないれふ」
わたくしの両頬がエリさんのおててによって引っ張られ、上手くしゃべることが出来ない。確かに早く言えば良かったな〜、とは思っていたのでわたくしが悪かったですね。
「『浄化』で消えるんだったら闇魔法の一種かしらね。闇だけはプレイヤー側が使えなかったから詳しくは分かんないんだけど」
「伝承や昔話ではよく聞きますが、実際に使い手の存在が確認されたのはかなり昔ですから、情報も少ないですね」
光と対を成す属性である闇の魔法は光と同様にとても稀少性が高く、史上でも片手で数えられる程度の例しかない。
といっても、教会が悪魔憑き狩りと称して処した人の中に本物がいたかもしれないので、実際にはもっと多いのかもしれない。
「何だったらゲームで闇魔法を使ってくるのも人じゃなくて悪魔だったわよ。コウモリみたいな羽に角が生えてて人型をしたやつね」
「もろ、悪魔って感じですね」
「厳密に言うと悪魔に憑依された人間らしいんだけどね。悪魔は肉体を持たないから人を唆して闇魔法を使わせ、ある程度力を付けたら肉体を奪う、って設定だったわ。そして、憑依されているかどうかは見た目だけじゃわからない」
ふむふむ。中々嫌らしい存在ですねぇ。悪魔憑き狩りはこの辺りの事情から生まれたのでしょうか。
伝説では人の心を操ったり負の感情を増幅させたりと術者自身が表に姿を見せずに悪事を働くなどいい印象はない。
「つまり、この間の災害には少なくとも悪魔が関わっているという事ですか?」
「闇魔法の使えるマジックアイテムの可能性もゼロでは無いから断定は出来無いけどね。どっちにしろ、ここで考えても仕方がないわね」
「そーですね。わからないことだらけですもんね」
「悪魔の目的は破壊と混沌よ。ピアルの森を荒らしたところで被害なんてたかが知れてるだろうし、あれが意図的に引き起こされたのだとすればいまいち何がしたいか読めないわ。まあ、あんたがとっとと誰か一人たぶらかせば安泰よ。全ての光魔法がアンロックになれば無敵だもの」
「だから誑かすって言わないでくださいよ!?」
なんかわたくしが悪い女の人みたいじゃないですか。
……今は女の子ですし普通の恋愛をしてみたいですし。
「結局はあんた次第って事よ。まあ、順調なのがわかったからいいわね。じゃあ、お休み」
話は終わったとばかりにエリさんはうさぎ柄の枕を置くとベンチで横になる。ちなみに、この枕はわたくしが作った。いつも地下訓練場に置きっぱなしになっているので時々浄化してある。
綺麗にしなくてもエリさんは気にしなさそうですがね。
お話の相手が居なくなったのでまた二人の訓練をのんびりと眺めることにした。
誰がわたくしの魔法を解き放ったのかを予想しながら。
ラズマリア ステータス ログ――――――――
ギルバートへの警戒が強化されました。
おっぱいへの視線感知(弱)を習得しました。




