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余談2 リタの一日(前編)

長くなったので2つに分けました。

 ところどころまばらに浮かぶ白い雲が上空を足早に通り過ぎていく。晴天の王都は季節が春と夏の境目に差し掛かり、最近は照り付ける陽射しが随分と強くなってきた。横から時折吹き付ける風が無ければ暑苦しささえ覚えたことだろう。


「よく乾いていますね。まさに洗濯日和です」


 ラズマリア専属メイドであるリタは空のカゴに回収したシーツを取り込みながら独り言を漏らす。


 洗濯は彼女の基本的な仕事の一つであるが、過去には与えられることの無かった栄誉でもある。

 これは彼女の主人が光魔法の使い手であり、魔法遣いがかなり荒い事が発端であった。

 というのもラズが保有する力の一部として、『浄化(ピュリファイ)』という汚れ物から猛毒まで消し去るという主婦や使用人が垂涎ものの光魔法が存在する。

 これを習得してからというもの、服やベットを使用した後は何もかも綺麗さっぱり清浄にしてしまっていた。


 国から派遣されてラズの専属メイドになった当初はそれについて言及しなかったが、正式にオリハルクス家へ仕えることになってからは直談判の末にラズの洗濯を手作業で行うという趣味(しごと)を勝ち取る事に成功した。


――ああ、今日もいい一日です。やはり、お嬢様の使用済み衣類は手で洗浄するに限ります。魔法で浄化済みの服からはあの嗅ぐだけで昇天する至高の香りが消えてしまいますから、やはり手洗いを進言してよかった。


 学生寮最上階にあるラズの部屋のバルコニーに設置された物干し竿から手際よく乾いた衣類を回収し、丁寧にカゴへとリタは移していく。


 ちなみに学生の洗濯物を干す場所は自室がスタンダードではなく別に用意されてある。

 ここにある物干しは掛け布団を天日干しにするのが好きなラズがわざわざ設置したものに過ぎない。ある物は使えという主人の意向により、リタも洗濯した物はここに干すことにしているのだ。


 洗濯場のすぐ横にある干場を使うと洗濯物の取り違えなんてことも稀にあるので、個人の干し竿は意外と悪くなかったりする。


 てきぱきと洗濯物をカゴに集めて行くリタであったが、ちょうど薄手のキャミソールに手を掛けた時に事件は起こった。


「くっ……!」


 横殴りの突風がリタと洗濯物を襲う。

 だが、百戦錬磨のメイドは風圧にバランスを崩しながらも素早くしゃがみ込んでカゴの中身を押さえ込む事に成功する。

 間一髪で取り込みたてのシーツやタオルを失う事態は避けられた。


 程なくして荒々しい風が通り過ぎ、カゴから離れて立ち上がり、少しずれたカチューシャを整える。


「もう南風の時期になりましたか。突風に注意しなくてはあのように洗濯物が飛ばされてしまいますからね………………あ」


 風が穏やかになり見上げた空にはあってはいけない物が飛んでいた。

 淡い桜色の生地に白いバラの花束があしらわれた小さな布切れ。紐を腰で縛るタイプの大胆なそれは見間違えようもなく、彼女の主人の股座を守る召し物である。

 

 風に遊ばれてひらひらと舞うショーツがバルコニーに設けられた柵の外へ向かって落下してゆくのに気が付きリタは渾身の力をこめて瞬発した。

 躊躇無く床を蹴って飛び上がると、更に反対の足で柵を踏み台にしてからもう一段上に跳躍する。そのまま彼方にでも届きそうな大ジャンプで宙を舞う下着へと手を伸ばした。


 しかし、逃げ出した布は僅かに滑らかな感触だけを指先に残して、無情にも再び吹いた風に乗って飛び去ってゆく。


「……無念」


 仮面のように変化の無い顔が珍しくはっきりと凍りついており、リタは己の力の無さを悔いていた。

 だが、それは長く続かない。すぐに頭を切り替えざるを得ない状況に彼女は置かれている。


 何故ならリタには飛行能力は無いからだ。無い以上、重力は全ての物体を地面に縫いつけようとする。建物の最上階から飛び出したメイドももちろん例外ではない。


 とはいえ彼女にとっては問題なく着地出来る高さではある。だが――


「いいのよ。最近は働き過ぎだから、そろそろベットに帰るわよ」

「え〜、まだ、お昼ですよ?」


 甲高い女性の声が聞こえ、慌てて足元に目を移すとそこには見覚えのある赤いツインドリルの頭がちょうど落下地点へと踏み入ろうとしているではないか。


「エリーゼ様! お逃げください!」

「うん……? って、ちょっ!?」


 度重なる戦闘経験で咄嗟の状況判断が冴え渡るエリーゼは上手いこと後ろに引いて、放物線を描き墜落するメイドを避ける。


 どおん!


 と、大きな音を鳴らして降り立ったメイドは地面を転がって衝撃を逃すと、何事も無かったように立ち上がって、肩についた土をほろって礼をする。


「本日もエリーゼ様は草原に咲き誇る一輪の薔薇のように麗しいですね。こんにちわ」

「ああ、これはどうもご丁寧に……じゃないわよ!? 空から急に降って来て挨拶どころじゃないわ。メイドは主人に似るなんてよく言うけど、限度があるわよ!?」

「そんな……お褒めに預かり光栄に存じます」

「私、お嬢様には似たくないです」

「だまんなさい、タニア」


 本気で嫌そうな顔のタニアを一喝して、リタに視線を戻す。


「一体どうしたって言うのよ。また、ラズがなんかやらかしたの?」

「あ、そうでした。残念ながらやらかしたの私です。洗濯物を取り込んでいたのですが、風に不意をつかれまして……あれを見てください」


 メイドにしては綺麗な指が指した先には高木のてっぺんに引っ掛かった白い布である。

 それが何であるかを認識してエリーゼはげんなりした表情で深いため息を吐く。


「パンツね」

「はい、そうです。この世の至宝でございます」

「早く回収しないとやばいじゃない」

「そうなんです」

「え、どういうことですか?」


 タニアはエリーゼとリタのやり取りの意味が理解できず、双方の顔を順番に見やった。

 眉間を揉みほぐしながら、エリーゼはタニアに答える。


「あんなものをラズが見つけたらどうなると思うかしら?」

「え、びっくりするとは思いますけど、何かあるんですか?」

「最悪は学院が崩壊かもしれないわね」

「王都に被害が及ぶ可能性もあります」

「なんの災害ですか、それ!?」


 驚くばかりのタニアをエリーゼは神妙な面持ちで見つめる。


「ああ……タニアは知らなかったわね。あんな年中お花畑みたいな見た目のラズだけど、実態は古龍を凌駕する未曾有の身体能力に光魔法まで有する正真正銘の危険人物なのよ。それでも理性が働いてる内は人畜無害だけど」

「だけど……?」

「もしあの下着がどこぞの男の手にでも渡ったりして、そんな事が本人に知れたら――」


 ごくり、と緊張のあまりタニアは喉を鳴らした。


「――恥ずかしさのあまり、辺りを吹き飛ばすかもしれないわね」

「恥ずかしさでですか!?」

「可能性はあります」

「もう、二人して私をからかってますねー?」

「全部本当に決まってるでしょーが。なんで私がそんな面倒な嘘つくのよ」

「エリーゼ様が面倒な人だからじゃないですか?」

「どうやら、新しいメイドが必要なようね」

「私も担当を外して欲しいのですが旦那様から直々にエリーゼ様のことを仰せ仕っているのでたぶん無理ですよ」


 主従の意見は一致していても、配置を決めたのはテラティア家当主なのでどうにもならない。ついでに言うと、一度眠ると起こすのが困難な上に隙あらばベットに潜る怠惰な厄介者であることが知れ渡っている屋敷内に専属を希望する物好きはいない。


「それよりもお嬢様の大切な物を今すぐ回収しなくては」

「それもそうね……って、何か咥えて飛んでたわよ!?」


 枝に引っかかっていた布を加えて飛び去って行った黒い影を見て、タニアがポツリと言う。


「カラスですね」

「まずいです。あの高度では攻撃する手段がありません」


 何も持たずにバルコニーから飛び出したリタにとって空は手出しの仕様がない領域である。表情は無くとも、焦りはエリーゼにも伝わってきた。


「私が落とすわよ、って言いたいとこだけど、そう簡単じゃないわね。とりあえず、ここから撃つと街に被害が出るかもしれないから、まずは回り込むわよ」

「流石は正義の味方、ぷりキラエリーゼ様です」

「なんであんたまでそのネタを引っ張るのよ…… 主従揃って失礼ね!」

「え、ちょ、ちょっと、待って下さいよ〜!?」


 出遅れたタニアを捨て置き、二人はスカートの裾をひらひらと揺らしながら、回廊を外れた広い庭を奔走するのだった。

学院の配置はざっくり書くと



崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖



 寮   魔法科   訓練場



普通科  中央棟   騎士科



柵柵柵柵柵柵門柵柵柵柵柵柵柵




みたいな感じです。

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