第3章10話 ラズマリア専用武器
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たぶん、読んでくれた皆さんが居なければここまでたどり着く事は出来なかった事でしょう。大変ありがとうございます。
「ドラゴンまで恐慌状態に陥るなんて一体全体何が起こってんのよ!?」
スタンピードが発生する原因の一つとして挙げられるのが迷い込んできた上位の魔物の存在である。生物の体をなさない部分も多くある魔物も一部の例外を除いて縄張りを持つ特性あり、通常は棲み分けが出来ている。しかしながら、何らかの理由でヒエラルキーを乱す脅威が乱入すると縄張りを捨てて逃げ出す場合があるのだ。
そして、現在は下位とはいえ竜種が追いやられる異常事態が元々は危険の少ないこの森で発生しているらしい、ということがわかった。
もっとも、わかったところでどうにもならないだろう。暴走するドラゴンなどもはや災害だ。
対処の施しようがないと言うもの。
ただし、これを好機と捉えるフリーダムな災害が迎え撃つ側にもいるという話でなければだが。
「おお、ちょうどいいところにいましたね。アレはわたくしが頂いてもよろしいでしょうか?」
「いや、誰も要らないわよ、あんなの。むしろ、ブレス撃たれる前に早くなんとかして欲しいくらいだわ」
「じゃあ、ちょっと特攻しますね〜。ラズマリア、いっきま〜す!」
防壁から軽く跳躍して空中に舞上がると、すぐに加速を掛けてその場から去って行く。
「……ラズのやつ、今度は何をするつもりかしら?」
エリーゼの心配をよそに動きは鈍いものの甲殻類のように硬く尖った外殻を揺らしながら猛進を続ける大地の竜の後方に回り込むと、ラズはすっと地面に降り立つ。
エリーゼ達からは竜の盛り上がった背中が邪魔で、単身突撃した彼女の姿は見えなくなった。
外敵に気が付き一心不乱に前進していた足を止め、鋭牙の生えた口を大きく開けて息を吸い込み始めた地竜を見て、ブレス前の予備動作である事に気が付いた。
「あ、ブレスね」
「いや、随分他人事だな。逃げるのか、防ぐのか?」
「ラズがしくじるわけ無いでしょ。いいから黙って雑魚の掃討してなさい」
「ドラゴンを放置して、雑魚狩りなんてもう滅茶苦茶だな」
「ラズがいなけりゃ、ドラゴンがいなくてもまず全滅でしょうね。あっちとかトロールが複数いるわよ」
「むう……」
結局は彼女に頼りっきりという事実はギルバートとしては不本意だが、だからといって何が出来る訳でもない。今回の戦いでもぐんぐんとレベルが上がり、目下成長ではあるが規格外のかの聖女には遠く及ばないままだ。
――あれぐらいの魔物を鼻歌混じりに倒せるのはいつになることやら。
ギルバートは憎々しげに大口を開ける地竜を睨みつけると、鼻先から槍のように突き出た角の生えた頭が突如空に浮かび上がる。そして、勢い良く仰向けに叩きつけられた。
「………………はあ?」
防壁へと向かっていた地竜が縦に百八十度回され、投げ飛ばされたと気が付いたのは少し時間が経ってからだ。
チャージが完了していたブレスは全身を襲った未知の衝撃によって抑えが効かなくなり森に放たれる。溢れ返っていた魔物達は砂と風の嵐によって四散する。
「あいつ……ドラゴン振り回してるわね」
「尻尾をもって振り回してるね〜」
「しかも時々回復させながらな」
「ちょうどいいところにって、武器としてって意味だった訳ね……脳みそゴリラかしら」
地べたを走る凶暴な魔物共が高速で回転するドラゴンに巻き込まれ、薙ぎ払われていく光景をエリーゼは眉間を押さえた。
――あれ、王都の決戦イベントも事前にドラゴン捕まえてきたら何とかなるんじゃ……? まあ、あと2年半は時間があるはずだからそん時考えよう。
その後もラズが手にした地竜を出鱈目に振るっているあいだに無尽蔵に思われた魔物の大群が遂に一匹を残し、姿を消してしまった。
最後に再生と負傷を繰り返しながら有象無象を葬り去ったドラゴンを無造作に地面へ打ち付けると、頭を拳でやすやすと砕いて消滅に追いやる。
ドラゴンの無残な死を特等席で見せられた彼等はあの桜色の少女が敵でなかったことを心から女神に感謝した。
動く者が居なくなったなだらかな平原を一度見回した後にラズはすぐにエリーゼ達のもとに戻ってくる。
「エリさん竜玉でましたよ!」
「あんたのレアドロップ率どうなってんのよ?」
琥珀のような色に輝く玉を手に持ったラズが何事も無かったかのように防壁の上に着地する。
地鳴りや魔物の咆哮で騒がしかった辺り一帯からは大きな音が消え、頬を撫でる柔らかな風が激しい戦いの終了を告げているようだった。
「いやあ、流石に疲れましたね、エリさん」
「村は被害無しで死傷者も無し。文句無しの勝利だわ。でもまああんたでも疲れるのね」
「今回は何度も舌を噛むし、喉も渇くしでとっても大変でした。こう言ってはなんですが、出来る事ならもうやりたくない作業ですよぉ…… なんとかぱぱっと新しい魔法を覚えられる方法ないですかねぇ……?」
「そうねぇ……」
体力と魔力に底の見えないラズが珍しく疲弊しているのだから相当なものだ。エリーゼは頬に手を当てて思案する。
――魔法の習得って言っても、とどのつまり好感度を上げる以外ないのよね。手っ取り早く好感度が上がる方法って言えば何かしらね。ゲームだと放課後画面で狙って会いにいけば勝手に上がってくれたから考えもしなかったわ。他のゲームだとよくあるのはプレゼント攻撃かしら?
ちらりと四人の顔を順番に見てみるが、物を送るとして何が喜ぶのかエリーゼには検討もつかなかった。彼らはそもそも全員が貴族だ。ギルバートに至っては王子である。手に入らないもののほうが少ない。
――物じゃない方法となると、行動や言動で稼ぐしか無いわね。ゲームなら………………って、ちょっと待った。むしろゲームじゃないんだからやりたい放題できる? リアルだからマップの無い建物にも入れるし、その気になればモブも攻略出来る。つまり、手段は選ばなくていいということだ。
「ラズぅ、いい方法があったわよ?」
「あれ、なぜだかわたくしの勘が警鐘を必死に鳴らしていますよ? 嫌な予感が……」
「さあ、あんた達。ご褒美よ。ラズが勝利を分ち合うためにハグしてくれるわよ。そこに並びなさい」
「エリさん!? なんでそうなるんですか! ってか、皆さん並ぶの早いです!」
ドラゴンを片手に大暴れしていたラズは見る影もなく、今は酷く狼狽していた。
「いらないの? 『清輝』」
「……ほ、欲しいです」
「ふ〜ん。じゃあ、黙って祝勝の包容ぐらいしなさいな。ほら、握手みたいなものだから、いちいちビクビクしてんじゃないわよ」
「う、うう……」
――簡単な話だったのよ! あいつら全員童貞だから、あの胸についてる『破城槌』を押し付ければ好感度なんてマッハでマックスだわ。ああ、私もしかして……天才?
親友の下衆な内心を知ってか知らずがラズはしばらく逡巡していた。その耳元でエリーゼは背中を押す甘言を垂れる。
「『清輝』とあんたのぶっ壊れた魔力容量があれば、瘴気なんて一瞬で消せるのよ。それこそ、今回の任務なんて両方解決出来たわね。ちょっとパーティーメンバーと親睦を深めるだけで手に入るのよ?」
「そっ、それは………………あ!」
その言葉を聞いてラズは迷いがはっと何かに気がつき、色々と吹っ切れた顔に変わる。
「わかりました。しましょう、ハグ」
「あれ、急に気合入ったわね?」
彼女の性格からしてもう少し時間が掛かると踏んでいたエリーゼは首を捻った。
「じ、じゃあ、僕からだ」
「で、では失礼します!」
まずは先頭に居たルーカスに柔らかく抱きつく。腹をくくっても恥ずかしい事にかわりはないらしく、お互いの手が背中に回る頃には沸騰したやかんの如く赤熱している。これにはルーカスも思わずつられて頬を熟れたトマトのように染める。
「……ラズ、あったかい」
数秒が過ぎて二人が離れると次に並んでいたアイザックが声を掛ける。
「こんなご褒美があるなら頑張った甲斐があったよ〜」
わざわざ弓を下ろしたアイザックは朗らかに笑う。ラズはこれでも傾国の美女と言っても過言で無いぐらい容姿端麗なのだ。そんな彼女が労ってくれるのでとても良い気分である。
「お、お、お疲れ様でしたっ!」
「うん。ラズもね」
思い切ってラズが抱きつくとアイザックは優しく背中を撫でた。
その次に立っていたのはウォルターだ。
「俺は皆さんの足を引っ張ったので、褒美を受け取れる立場にいないですね」
トロールに殴られた時のことを思い出して、自嘲的に笑っていた。
「いいえ、元々挑むだけでも過酷な戦いでした。むしろ無事で何よりですよ」
ラズはウォルターを引き寄せて頭を撫でた。抱擁では無かったが、ウォルターの弱った心には効果てきめんで沈んだ気持ちが軽くなる。
「そして、最後はオレだ。しっかりとリアを堪能させてもらうとしよう」
最後は誰よりも前のめりな王太子の登場である。直感が危険を告げたのかは不明であるが、ラズは眉を下げて尻込みしてしまう。
「やっぱり、もうおしまいにしません?」
「帰りの馬車にオレと二人っきりで乗るってのでもいいぞ?」
「そ、それは………………え、えい!」
帰路をずっと二人で過ごすのは更に色々とまずそうと本能で悟ったラズは勢いで抱きつく。結果、これまでの接触よりもかなり強めに触れていた。
先程までまだ余裕綽々だったギルバートは未知の感触に思考が停止する。
――な、なんだ、この柔らかさは。最上級の枕が鉄板に思える程の触り心地だぞ。これが同じ人類だというのか。しかも、凄まじく甘美で芳しい匂いがする。まるで今すぐ食べてくれと誘っているようでは無いか!?
脳が機能停止して何も口に出さなかった事が幸いした。そのまま、告げていればラズは彼と口を利くのを暫く控えたことだろう。
「あ、あの、ギル様?」
「いつまで触ってんのよ、変態」
二人の声ではっと意識を取り戻したギルバートは名残惜しそうに離れる。
「……すまない。至福のあまり意識が天に登っていた。比類なき程に素晴らしかった。ありがとう。そして、ありがとう」
「い、いえ、わたくしはか、構いませんが。えっと、どう致しまして?」
「んなことはいいから魔法を確認しなさい、ラズ」
「はっ!? そうでした!」
せっかちなエリーゼにどやされて両手で頭を押さえたラズはうむむむむむ、と唸るとすぐに明かりが灯ったような笑顔に変わる。
「ああーっ!! ありますよ、『清輝』! エリさん、やりました!」
『浄化』の上位魔法である『清輝』は麻痺、毒、眠の解除に加えて石化、鈍化、暗闇、混乱、凍結といった状態異常を除去する回復系光魔法である。
対瘴気における効果としては一箇所を浄化すると効果が伝播して、より広い範囲の鎮静化が可能である。
当然のことながら広域の浄化にはそれ相応の魔力を必要とするが、ラスボスと言っていい領域の魔力を有すラズにとってはなんの足枷にもならない。
「あら……良かったわね」
「という事で、わたくし行ってきますね!」
「は……? いや、どこへ?」
「もう一箇所の瘴気災害のところです!」
恥を忍び、触れただけでも声をひっくり返して狼狽える程苦手な異性に抱きついてまで新たな力を欲したのは、他所の瘴気災害もそれがあれば救済できるとひらめいたからに他ならない。
たった今、村を救ったばかりでもラズが立ち止まる理由にはなり得ないのだ。
「あ〜………………私達は宿に居るから瘴気だけ処理したら夕飯までに帰って来るのよ?」
友人が何を考えたのかを悟ったエリーゼは特に深く追求する事無く送り出すことにした。体力も魔力も消費アイテムすらも残っていない現状では出来ることもないが、瘴気の浄化だけが目的なら人外の速さで飛行出来るラズが単独で移動するのが一番合理的でもある。
恐らく一時間もしない内に宿で合流出来るだろうとエリーゼは予測を立てた。
「は〜い」
元気よく返事をするとラズは足早に北西の方角へと飛び去っていった。
――疲れたとか言ってたけど本当によくやるわね。……てか、魔法が解禁になったって事はこの中に抱き着かれただけで好感度を爆上げした残念な輩がいるって事よね。ボディタッチで好感度上がるとか乙女ゲームとしては最低だけど、まあ現実だとしたらリアルっちゃリアルよね。
それならそれで好感度システム自体廃止してくれればいのに、と思ったエリーゼは横目でそれぞれ幸せそうな顔をする四人を流し見た。
「……あんたらそう言えば会いにいくだけで攻略出来るくらいチョロかったわね」
「ん? なんか言ったか?」
「何でもないわよ」
「そうか。それで、お前はするのか?」
「ん? なんの話よ?」
「ハグだ。勝利を分かち合うのだろう?」
ギルバートがそう口走るとエリーゼの目が汚物を見るものに変わる。
「いつもに増して気持ち悪いわね。私に少しでも触ったら地底に埋めるわよ。あんた、女の子の身体なら誰でも言い訳?」
「いや、そんなことも無いぞ。特にお前などは金を貰ってでもゴメンだな。そんな不愉快な真似をする位なら色街に出た方が数十倍マシだ。そうじゃなくて、なんでリアにだけあんな事させたんだ?」
なんの異論も唱えずに列へ並んだギルバートだったがその流れそのものには違和感を覚えていた。高揚のあまり自然と抱き合う、なんて事が起こったのならともかく説得されてまで異性の苦手なラズが何故あのような行動に出たのが。
二人の真の目的が気になったギルバートは一歩踏み入る機を伺っていた。
だが、エリーゼの酷い答えを聞いて言葉を失った。
「あれは一回味わったら病みつきになるでしょう。あんた達は人参ぶら下げたほうが頑張るでしょうから、今度大活躍することがあったらまた焚き付けてあげるわよ。ほんと、ちょっとラズに触るだけで大満足なんだから童貞って安上がりよね」
出かかった否定の言葉を飲み込むしかなかったのだ。
どのみち黙って並んだ時点でギルバートの負けであるが、享受した感触が忘れられず、要らないとも言い出せなかったのがやはり図星でもあった。
スタンピードから村を救った英雄たちは歴史に残るかもしれない大奮闘を見せたにも関わらず一人を覗いて敗者の顔をして戻ってきたので、出迎えた守備隊長は無駄に肝を冷やしたのだった。
ラズとその仲間達の初任務はこの上ない成果を上げて幕を閉じた。
☆
エリーゼが防壁を構築した地点が見下ろせる丘の途中に生えた木の上に一人の男が立っていた。
漆黒のコートについたフードで顔を隠し、聖女とその一行の様子を眺めていた。
しかし、戦況が進むにつれて肩をすくめて呟いた。
「あれは無理だな」
「随分と弱気では無いか」
そこにある影は一つにも関わらず聞こえてくる声は二つである。
片方は鋭く尖った青年の声。もう片方は荘厳なしわがれた声。明らかに別々の存在だ。
「地竜を枝葉の様に軽々と振るっているんだぞ。今の俺では万に一つも勝ち目は無い」
「ほう……では奴に手を出すのは諦めるというのか?」
「今は、と言ったはずだ。いずれあの女神の使徒は必ず討ち果たす。レベルさえ上げれば勝てない相手ではないな。高レベルと言っても最高位付近の光魔法はさほど使えないのだろう。でなければ『極光』を最初に使ってくるはずだ」
局面を簡単に塗り替える範囲魔法を持ち合わせていながら物理攻撃で戦うのは違和感がある。彼の知る光属性の高位魔法が習得出来るのは、レベル80という遥か高みに到達した者だけだ。
「恐らく、レベルは高くても70くらいなのだろう。それに、奴の仲間は気に掛ける必要の無い雑魚だ。ナイトの居ない聖女など恐るに足らん」
「くっくっく……それを聞いて安心したぞ。絶大な敵の力を目の当たりにして怖気づいていないようで何よりだ、ジェイク」
「ふん。もうここに用は無い。次の目的地へ行くぞ」
青々とした木の上から無造作に飛び降りると、地面に衝突する事なく忽然と姿を消してしまった男の行方は誰にもわからない。
『アースドラゴンはトロールを倒した。
アースドラゴンはオークを倒した。
アースドラゴンはフォレストウルフを倒した。
アースドラゴンはレベルが上がった。
アースドラゴンは回復した。
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アースドラゴンはグリーンリザードを倒した。
アースドラゴンは深刻なダメージを受けた。
アースドラゴンは死んでしまった。』
三章はこれにて終了です。いかがだったでしょうか。
プロットを書き上げた時点ではボリュームがスカスカで四章と合わせないと足りないかなと思ってたんですが、気づいたら中々森にはいれなくて、すっかり膨らんでしまいました。
次の章に入る前にまた余談を挟む予定です。




