第3章9話 炸裂
野球見てたら全然原稿出来てなかったです……
ブクマとか評価とかありがとうございます!
三章も間もなく終わりなので、引き続き頑張って書きます
無人の村を過ぎて森がある方角から天にも登る勢いの土煙はラズ達にもしっかりと確認ができた。
それを見なくとも誤報などではない事はわかっていたが、より現実味が増したと言ったところか。
王太子とその一行を迎え入る為に集まり出していた兵士は慌てふためくばかりで迅速な対応が出来る者はいなかった。
もっとも彼らに出来るのは緊急退避が関の山であるが。
「な、な、なんで『瘴気穴』は塞いであるのにスタンピードになんのよ!?」
エリーゼにとってスタンピードとは『瘴気穴』の処理がもたつきゲームオーバーになると発生する敗北イベントだ。
勝利条件を満たしているのにも関わらず発生した不測の事態にたまらず裂帛の声を上げる。
「……理由を考えるのは後に致しましょう。向かってくる以上、まずは迎撃しなくてはなりません。そうで無ければ村の皆さんの帰る場所が無くなってしまいます」
ラズは再び『天啓』を発動して、輝く翼を広げる。
「……確かにそのとおりね。あんた達、もうひとふんば――」
「いえ……ここから先はわたくしだけで行きますので、皆さんは速やかに退避してください」
滅多に見られない口元と目元の引き締まったラズは凛然と佇み、まるで彫刻が動き出したかのような優美さを放っていた。思わずエリーゼは息を呑む。
――まるでスチルのワンシーンね。
「リア、悪いが。このまま、魔物共の蹂躙を許せば後ろにいる兵もかなり危うい以上、オレは無理を通しでも戦うぞ」
「私も殿下と同じ所存です、ラズ様」
「ボクもここで逃げたく無いよ」
「僕の足で逃げきれるわけ無いだろ」
男性陣は闘志に溢れた表情で並び立っており、覚悟を決めていた。死線を越えてきたばかりで疲労困憊だが、ラズ一人を戦わせるくらいならば死んだほうがマシと気合を入れなおす。
「今回ばかりはあまりにもリスクがおおき過ぎます! 皆さんは今すぐこの場から退いて下さい!」
柄に無く語気を強めて、撤退を促すラズであったが、エリーゼはその姿を鼻で笑った。
「ラズ……あんただけで全部潰し切る自信あんの?」
「うっ……たぶん、ちょっぴり……いえ、それなりに討ち漏らすと思います。レベル差でわたくしの威圧が効けば止まるとは思うのですが、既にパニックになった魔物には効果が薄いでしょうから、一定数はやはり突破されるでしょうね……」
客観的な分析を冷静に告げたがラズの顔には悔しさが滲む。単体の脅威であれば一方的に無双できる彼女の弱点は殲滅力に乏しい点だ。手持ちの光魔法に戦果を期待できるものも無い。
物理特化の聖女が持つ手札を本人以上に知るエリーゼには無論お見通しであった。
「ったく。あんたが何でもかんでも一人で抱え込んでじゃないわよ! 全員が生き残った上で村も守れる作戦がちゃんとあるから大船に乗ったつもりで任せなさい!」
腕を組んで紅蓮のツインドリルを揺らしながら啖呵を切ったエリーゼにラズは目をうるうると潤ませ、胸の前で両手を組んで震える。
「うぅっ……エリさん! ありがとう、ございます……さすが、プリきら、スーパーエリーゼです……!」
「一言余計よ! 喧嘩売ってんのかしらね!?」
今にも涙腺が決壊しそうなラズに怒声が飛ぶが、今の彼女にはエリーゼが本物のヒロインに見えていた。
「って、それどころじゃないわ。アイザック、ロープ出しなさい」
「ん? どうぞ〜」
探索用のアイテムとして必携の一つであるロープを腰のポーチから取り出してエリーゼに手渡す。そして、受け取ったそれの端っこをラズに持たせ、エリーゼが宣告する。
「さあ、野郎ども命綱よ。、死ぬ気で掴みなさい!」
各々が首を傾げながらも指示に従って頑丈な縄を掴む。
「おい、赤いの。これは何の意味があるんだ?」
綱引き……いや、電車ごっこのほうがしっくり来るかもしれない形になった男性陣は一斉にエリーゼの方を見た。が、当の彼女は軽く助走を付けてジャンプすると、ラズの背中に張り付き再びおんぶの大勢する。
「わ〜、エリさんと合体です!」
「あんた達、先に言っておくけど、上を見たら縄を切るわよ?」
一見すると間抜けな格好のエリーゼが冷たい視線を送ると、勘のいい者達はとある可能性に気が付き顔を凍り付かせた。
「おいおい、嘘だろ、くそったれ!?」
「……これはやばいかも」
「えっ? どういうことですか、殿下?」
ギルバートとアイザックは慌ててロープを腕に巻きつけ出すが、残りの二人には何が何だかさっぱり見当がつかなかった。
しかし、答えはすぐに明かされる。
「ラズ、飛びなさい」
「りょーかいです! ふらいあうぇー!!!」
「なっ!?」
「うそっ!?」
「ぐっ!」
「うわっ!」
ゴーサインをきっかけにラズが高度を上げつつ前進すると、釣り上げられた魚のようにギルバート達が空中へと放り出される。エリーゼの指示通り死ぬ気で縄に掴まり続ける事が彼らに出来る唯一の行動だ。
「うおおおおっ、おちるぅぅぅぅ!?」
「ルーカスがうるさわね」
「間もなく到着ですから、頑張ってくださ〜い」
守備隊のキャンプから村を抜けるまでの距離などたかが知れている。ラズが数人を抱えて飛んでも変わるのはせいぜい数分だ。だが今回はその数分が惜しかった。
全ては初動に懸かっていると判断したエリーゼは残された僅かな時間を有効活用する為、迷わず強行飛行移動を選択した。
「あの丘と丘の間に降りて!」
「わっかりました〜!」
ピアル村とかつては豊かであった森林を結ぶ小道の両脇には小高い丘がそびえており、なだらかな谷のような地形をしている箇所がある。そこだけは開けた平原が狭まる。エリーゼは出発の際に通ったその場所をたまたま記憶していた。
目的のポイント上空に到達したラズはまずは一本釣りした王子他三名をゆっくり陸に降ろし、最後に自分が着陸する。
エリーゼはラズを速やかに乗り捨てると、ポシェットから一本の瓶を引き抜き、腰に手を当てて飲み干す。
そして、両手の拳を突き上げて気合を入れる
ーー魔力急速補給ポーションは残りあと一本。帰ったらまた作らないといけないわね。
こつこつとダンジョン探索で手に入れた素材を使って貯めたポーションも流石に在庫が尽きてしまった。
「さあ、作戦を説明するわよ」
「おー!」
「その前に僕は死ぬかと思った……」
未だに真っ青な顔で杖に寄りかかるルーカスがか細い声で愚痴をこぼす。
「そうですか? 意外と楽しかったですよ」
「お前は落ちても死ななそうだもんなぁ……」
「万が一落ちていたら、俺が受け止めていましたよ」
「いちゃいちゃするのは後にしなさいウォルカス」
「名前をくっつけるな、赤いの!」
「はいはい。で、まずはこの丘と丘の間に私が魔法で防壁を作るわ」
「ほう、絶壁が作る防壁か」
「後はギルバートが魔物の大群に単身突撃する作戦で行くわよ!」
「ギル様……さいてーです」
ラズとエリーゼが冷ややかな目で見られたギルバートはさっとそっぽを向いて視線を逸らした。
「早くしないとスタンピードが到達しちゃうよ……」
アイザックが疲れた顔で告げると、全員の顔付きが真剣なものに戻る。
「そうね。防壁の上から私達は攻撃で、ラズは下に降りて各個撃破よ。私は防壁の維持に回るから各自好きなようにガンガン攻撃しなさい」
「あの、俺は何をすればいいでしょうか?」
遠距離攻撃手段の乏しいウォルターに上から浴びせられる攻撃はあまり無い。かといって降りたら死ぬのは明白であり、出来る事が思い浮かばなかった。
「あんたはその馬鹿力で私が用意する石を投げてなさい。ただし敵の飛び道具が来た場合は盾で防いでちょうだい」
「承知しました」
「ルーカス、爆発魔法使わせてあげるわよ」
「何、本当か?」
「最初の一発だけよ。敵を引きつけてからど真ん中に風穴を開けなさい。間違っても先走って、外すんじゃないわよ?」
「よっしゃあ! 任せとけ!」
先程まで生気がない顔をで意気消沈していた姿は何処へやらで杖を高々と掲げて歓喜乱舞する。
「ラズ、爆発魔法が発動したら突撃よ。それまでは焼け石に水でも光魔法で攻撃してなさい」
「お任せくださいっ!」
力強く叩いた胸が気合十分と言わんばかりに震える。
指示を出し終えたエリーゼは魔物が津波のように押し寄せてくるであろう方向を睨みつけて高らかに叫ぶ。
「さあ、一匹残らずぶっ殺すわよ!!!」
「はい!」
「「「「おう!」」」」
シンプルな口上に息の合った声が重なると、エリーゼは三日月ステッキを構える。
「大地よ! 『地創』!」
光り輝く魔法陣と共にお馴染みの土魔法が発動するとパーティの足元から丘にかけてが見る見るうちにせり上がり、そびえ立つ壁へと変貌を遂げる。
地面の隆起が収まるとエリーゼは次の魔法を行使する。
「大地よ! 『地換』!」
赤っぽい土塊の壁が術者を中心に赤み掛かった灰色の硬岩へと変換されてゆく。
城壁よりも更に堅牢な一枚岩の防衛ラインが完成する。
「ぶはぁー! これはきっついわね……」
高さにして5メートル、延長にして30メートルはある巨大な構造物を一息の間に構築した疲労は魔法と言えども軽くは無い。
魔力欠乏症を起こして気絶する手前のところまで魔力を注ぎ込んだ防壁の上に力無く座り込む。
そして、ちょうど迎撃の体制が整った時の事だった。
「あ、来ましたよ!」
「うわ〜……」
森を抜けだした先頭集団が大地を踏み鳴らしながら続々と姿を現す。夥しい魔物の数に思わずアイザックは顔をしかめた。
ルーカスが詠唱を開始する。火と風の複合魔法である爆属性魔法は詠唱が非常に長い分、始動は早く無くてはならない。
「ウルフにオークにあれはグリーンリザードか。グレートボアもいるな。まだ先頭だよな?」
「ランページエイプもいますよ。後半はきっとトロール級が来るんでしょうね」
確認できた魔物を見てうんざりしてきたギルバートにウォルターが肩をすくめて答える。
「とにかく防壁を破られる前に敵を潰すわよ!」
「お任せあれ。『光陣剣』
! それ、それ、それ!」
虚空から生え出した光子の長剣を手当り次第ラズは投げ飛ばす。本来は空中を漂う剣を操作して敵に突き刺す魔法であるが、手に持って攻撃すると、物理攻撃力が加算される特徴がある。つまり、筋力の針が振り切れて十周以上回っているラズが投射すると、中位のドラゴンも尻尾を巻いて逃げ出す遠距離物理攻撃と化すのだ。
「あんたの物理が乗った遠距離攻撃って地味にエグいわね」
「これも基本的に単体攻撃なのがネックですがね〜」
『光陣剣』による剣は大きな鍔があって貫通はしない分、当たったときの衝撃によって吹き飛ばされた魔物が他の魔物を巻き込んで転がる程度の被害に留まる。それでもスタンピードによって密度が高くなっているので、一定の効果は見込めるだろうが数を倒すには今ひとつである。
ラズの攻撃の餌食になった魔物が地面に転がるがそれを踏み潰してなおも暴走は続き、狂騒は少しも勢いが衰える気配を見せない。
「ルーカスそろそろいいわよ! ステンバーイ」
「――衝滅の煌き魂魄の一片まで喰らい尽くせ! 『壊燼烈波』!」
並大抵の者が本能的に恐怖を覚える程の狂気を放ちながらも、尚も衰えを知らぬ一つの塊は枯れた森と防壁のちょうど中程を過ぎた辺りで大きな異変が生じた。先頭集団よりも数十メートル後方から発生した黄白色の赫灼はあっという間に四方八方へと拡散すると大部分を飲み込んでしまう。
「ビューティフォー!」
「ふはははは、やはり爆発は最高だー! ひゃっほう!」
エリーゼの発した定型句を褒め言葉と受け取ったルーカスはふらふらとした足取りながらも快哉を叫ぶ。魔力にあまり余裕が無い。
爆発魔法は魔力消費量が馬鹿げており、湖の水のように溢れんばかりの彼の魔力を持ってしても二発でエンプティーに突入する。エリーゼが普段のダンジョンで使いたがらないのはそのデメリットによるところが大きい。
とはいえ、今回はその大火力を余すこと無く発揮できる局地戦という事で高コストの手札を即決で切る事とした。
耳をつんざく轟音で大気が震え、破滅の衝撃が群がる魔物に容赦無く襲い掛かる。数百を超える軍勢の大部分が一斉に消失した。
発生した爆風は防壁の上に居るエリーゼ達ですら立っているのがやっとになるほどで圧倒的な破壊力を物語っていた。
しかし、それでも森の方角からは依然として魔物が飛び出してきており、無秩序な騒乱は終わりを知らない。
「む、どうやら今の一撃で飛躍的にレベルが上がったな」
「わたくしが仕留めた敵以外は経験値が丸々入ったのでしょうね」
「身体が先程より軽くなりましたね」
直撃を免れたフォレストウルフが近付いて来たところにウォルターがエリーゼの作った野球ボール大の石を振りかぶって投げつける。
「まあ、無いよりはマシ程度に考えておきなさい」
爆炎が止むと深さにして5メートル程抉れた地表が顕になり、一部からは地下水が湧きだしていた。
「爆発魔法なんて初めて見たけど、絶対にくらいたく無い威力だね」
矢を次々に飛ばすアイザックは話しながらでもオークの目を射抜いて、着実に魔物を撃破してゆく。
しかし、ここで順調な滑り出しの防衛戦であったが、本日何度目かわからない想定外が起こる。
最初に気が付いたのはギルバートだった。
「……む、大物が迫って来ているぞ。トロールより明らかに大きな山のような…………まさか!」
山が動いているという表現が比喩と言い難いほど巨大な生き物が大木をへし折りながら、数多の魑魅魍魎によって踏み荒らされた不毛の大地に現れる。
四本の岩塊のような足に重厚な翼と鎧を彷彿する外殻を持つそれは、鋭い牙を剥き出しにした角のある顔を振りまわして突き進む。
「ええ……間違い無く地竜ね」
初めての竜種との遭遇にラズ以外の者に激震が走った。
ギル「絶壁の防壁は完璧な障壁で衆敵を迎撃。どうだ、ウォルター」
ウォル「今すぐ御一人で特攻されたほうがいいと思います」
ラズの好感度が6下がった。
エリーゼの怒りのボルテージが二段階上がった。
なかまたちの評価が3下がった。
威厳がかなり下がった。




