第3章6話 全力全開
今回長いです!
前回更新で目標にしていた100ブックマークを超えました。ありがとうございます。
短い休息を取って森の深部を目指したエリーゼパーティは今までに無い熾烈な戦いに身を置いていた。
魔物の数はどんどんと増しており、息着く暇も無く敵が襲い来るので全員の疲労の色が濃くなってきた。
「オーク二体にオークソルジャーが一体です!」
「ウォルターはソルジャーの足止め、アイザックは右を中央に誘導しなさい。ルーカスは『鎌鼬』! ギルバートは左抑えて!」
豚面のずんぐりとした魔物であるオークは筋力が高く、同レベル位の強さを誇る。
うち一体は片手斧を手に持ち、ボロボロの鎧をまとった、上位種のソルジャーである。
タイラントウルフ程の脅威は無いものの、その膂力はフィジカル特化のウォルターでも正面から鍔迫り合いをして良い相手では無い。
「ブォォォッ!!」
オークソルジャーが豪快に振り下ろした斧が唸りを上げてウォルターに迫るが、これをサイドステップで回避する。
「はっ!」
地面に勢い良く突き刺さった鈍い刃を引き上げる前に得物を握る右腕に刺突を入れる。ラズとの訓練で敵の攻撃の始まりと終わりを見極めて反撃する力が養われていたのが、ここに来て活きていた。
ずぶりと鋭い切っ先を突き立てるが硬い筋肉の鎧に阻まれて深手の傷には繋がらない。
強引に切られた腕で無骨な斧を横薙ぎに振るうが、もとより時間稼ぎを命じられているウォルターはすっと引き下がって空を切る。
お互いに睨み合いになり膠着したすぐ隣ではぶつぶつと詠唱をしながら、素手で殴りかかるオークをギルバートがいなしていた。かつてはゴブリン一匹に右往左往していた彼も今では何の工夫も無い体当たり程度は足さばきだけで難なく躱せる。
しかも武器によるリーチを最大限に活用しながら、相手の膝や腕を切り裂いてゆく。
後方より援護するアイザックは攻撃を敵の左半身に集中することでオークの行動をコントロールしていく。普通に射っても矢の威力でダメージを与えるのは難しいが、膝や目などの筋肉が薄い部位を責め立てる事で有効打に昇華させていた。
矢弾の猛攻を避けようとついに左翼のオークが中央へと寄ったところでエリーゼが動く。
「大地よ! 『地創』」
エリーゼの生命線とも呼べる土を操作する魔法で三体のオークが小窓がついた土砂のドームに閉じ込められる。すぐに内側から殴って破壊を試みるが、僅かな穴を開ける程度で完全破壊は出来そうに無い。
『地創』は見た目に反して繊細な魔法だ。操作が甘いと脆い箇所が出来たり、思った形になるまでに時間を要するなど戦闘で使いこなすのは難易度が高く、土に愛された女、エリーゼだからこそ成せる技である。
「今よ!」
「『鎌鼬』」
詠唱時間を引き伸ばしながらタイミングを伺っていたルーカスが吹き荒れる風の刃を行使する。簡易な牢獄の中で無尽の刃がオークを襲う。
しかし、これで終わらせる程戦場のエリーゼは優しくない。もっとも戦場じゃなくても優しくはないが。
「ギルバート!」
「『障火』」
真空の刃が混じった暴風の中に揺らめく火炎の壁が発生すると、小窓から猛火が吹き上がり、内部が煉獄と化す。
「ぶひぃぃぃつ!?」
「ごがぉぉぉあ!?」
灼熱に焼かれる苦痛を物語るように人外の絶叫が静寂の森に響き渡る。
程無くして炎が消え失せる頃には中に閉じ込められたオークは息絶えていた。
逃げ場が無い場合、物理的に消火するのが困難な火炎魔法はことさら凶悪である。
「焼き豚一丁上がり、ってところか」
「それ民からも人気が高い王子様の発言じゃありませんよ。王太子を辞めて、屋台で働くおつもりですか?」
「ふむ。悪くないな。今すぐ王太子を代わってくれ、ウォルター」
「王子ですらない俺にどうしろと言うのですか。まだ余裕そうで何よりです」
「あえて言うなら空元気というやつだ。そうでもしないと心が先に折れそうだ。……で、どうする。そろそろ撤退の時期が差し迫っているように思うが?」
業物の長剣をあろう事か抜身のまま杖代わりに地面へと突き刺しているくらいには疲弊している。今回は前衛組の消耗が大きくなってきている。オークやゴブリンナイトなどのタフな魔物が森の深部には多く出現する傾向にあり、削り切れずに前衛に敵が到達する事も多くあった。
その際に常にカバーして来たのが、エリーゼであり最も限界に近いのは彼女で間違い無い。
肩で息をし始めており、額には大粒の雫がいくつも浮かんでいた。
「はぁ……流石に引くしかないわねぇ。はぁ……これ以上はリスクが大きすぎる。死ぬ前に……はぁ……撤退しましょう。今やれることは……やったわ」
うさぎポシェットから滋養強壮効果の有るポーションを取り出して飲み干す。
これで残りのポーションは回復用を除くと魔力急速補給ポーションのみだ。
「同じ意見だ。少し休んだら――」
一度キャンプに戻ろう、そう言おうとした口を思わず閉じることを余儀無くされたのはある異変に気がついたからである。
ずしーん! ずしーん! ずしーん!
最初は気のせいかと思った音がどんどんはっきりと聞こえるようになり全員が顔色を変える。
地鳴りはなおも続き、バキバキという木がなぎ倒されるような不快な音まで聞こえてくる。
瘴気で視程が短い中、特に目の優れるアイザックはその正体を捉えてしまう。
「見えた! あれは、オーク……よりもずっと大きくて、手には鉄塊のような物を持ってて……まさか?」
「……ふざけんじゃ無いわよ。なんでこんなところにトロールが居るのよ。ちょっと冗談きつすぎるわよ」
この状況でトロールは実にまずい。
ゴブリンやオークの上位種で気性は荒く、たまに森から出てきては砦や城を破壊するなどの被害が確認される巨躯の怪物。一度存在が確認されればその攻撃性から軍を出して討伐に当たる危険な魔物。
なお、エリーゼの知るゲーム上の適正レベルは大台の30以上である。
10を超える歴然とした差がそこにある。まともに戦うのは死にに行くようなものだ。
「逃げるか?」
「逃げ切れればそれもありだけど、万が一振りきれなかったら……」
「最悪の客をキャンプに導く道先案内人になる……か」
「ま、まさか戦うつもりか? 僕は反対だぞ!?」
「うっさいわね! だったら、あんただけ先に逃げなさいよ」
「むぅ……」
壁がいないと一瞬で死ぬのがルーカスである。トロールと対峙するよりも単独行動の方が圧倒的に生存確率が低い事は頭の良い彼で無くてもすぐわかることだ。
「しかし、勝算はあるのでしょうか。勝ち目のない戦いに挑むくらいなら、一か八かでラズ様に合図を送るのも手かと思います」
「勝算? 攻撃を一発も貰わないで、死ぬ迄殴れば勝てるわよ」
「ふっ、そいつはいいな!」
「そんな子供の屁理屈みたいな事を言ってる場合ですか!」
珍しくウォルターも苛々をあらわにする。こうして話している間も難敵が迫ってきているのだから、落ち着いているエリーゼとギルバートの方が間違いとも言える。
「あんたトロールがあの一体で終わりっていう保証があると思ってんの?」
「当たり前ですよ。ここはトロールなんて上位の魔物が出没していい場所では無……い? ………………まさか、タイラントウルフと同じようにここで発生したというのですか!?」
「馬鹿ね。それ以外に無いでしょうが。要するに早くラズが原因を取り除いてくれないと相当まずい事になるって話よ」
「そんな……」
言葉を失ったウォルターはそのまま俯いてしまう。
「つーことで、殺るわよ、野郎ども! 間違ってもデカブツの間合いには入るんじゃ無いわよ。今までの敵と違って躱せる攻撃なんて来ないから、死ぬ気で距離を取りなさい! それから狙うのは全部膝よ。さあ、絶対にぶっ殺すわよ!!」
腕力に秀でたトロールではあるが、巨体故に一歩が大きく移動速度も案外速い。流石に俊敏性には欠くが一度攻撃が始動すれば凄まじい勢いになるので、レベル差を考えればインファイトは禁物である。
「でかいな……!」
彼我との距離が200メートル程になった頃にはおおよその大きさが認識できて、パーティ内で更に緊張が高まってくる。
二階建ての建物程度は間違いなくある身長に橋を支える柱のように極太の足と腕。今からこれを討伐するというのがルーカスには信じられなかった。
「さあ、各自攻撃開始よ!!!」
「……俺は何をすれば良いのでしょうか?」
「目くらましで顔に水でも掛けてなさい! 大地よ! 『速石砲』!」
他の三人は既に詠唱を開始しており、ウォルターも渋々水魔法の詠唱を行う。
水魔法はあまり攻撃に向かない。火のように焦がす事も風のように斬る事も土のように潰すことも出来ない。
水流をぶつけたり水の球を打ち出したりは出来るものの他属性に比べると威力はあからさまに劣る。
魔法制御が熟達していれば相手を窒息させたりといった使い方も出来るが、水は本来の不定形に戻ろうとするため、形を作っても強度を上げるのはハードルが高い。
そのため風や火の魔法を防いだり、霧による目くらましや解毒などが主な役割になりがちである。
――やはり飛び道具が無いと不便ですね。せめて鎖鎌でも持ってくればよかったか。
ウォルターは内心で舌打ちする。まさか自分が完全な戦力外になる日が来ようとは思いもよらなかった。
――エリーゼ様はああ言っていたが、チャンスが巡ってきたら懐に飛び込むしかない。自分の役目を果たさぬまま仲間に頼りっきりなど……騎士にあらず!
「「『飛火槍』!!」」
「『速石砲』!!」
「『風旋射』!!」
各自遠距離で使える高火力魔法を惜しげも無くばら撒いてゆく。攻城戦に匹敵する止めどない集中砲火にもまるで動じた様子は無く、トロールの前進は止まらない。
全員がじりじりと下がりながら魔法を放っているが、既に数十メートルまで距離を減らしていた。
「落とし穴で転ばせるから、全力疾走で距離を取るわよ。馬鹿そうに見えて賢いらしいから次は通用しないかもしれない事を留意しときなさい!」
「わかったから、早くやってくれ!?」
最も足の遅いルーカスが怯懦な悲鳴を上げる。
「いくわよ。大地よ! 『地創』」
地面にぽっかりと空いた穴に足を踏み外す様な格好ではまったトロールはそのまま足がもつれて大きくバランスを崩す。
どしんという大地を揺るがす音と土埃を舞い上げながら、激しく転倒すると、それぞれが踵を返して脱兎の勢いで逃げ出す。
……一人を除いて。
とうに限界を超過している足に鞭を打って、死にものぐるいで疾走しながら半身で後ろの様子を覗いたエリーゼは未だにその場から動き出そうとしないウォルターに気が付き、新たな号令を出す。
「全員止まれっ!! 馬鹿が居るわ!」
「ぜーっ、何で、止まるんだ……って、ウォルター、あいつ!?」
「糞、なにを考えている。作戦を放棄するなどお前が一番嫌うことではないか! 今すぐ来い!」
しかし、莫逆の友からの叱責にも応じずにただ前だけを向く。
身体から立ち込める青白い焔のような輝きがより一層強くなると、姿勢を低くして瞬発的に疾駆する。
狙うは未だうつ伏せに倒れたままの敵の首。
――いける。倒し切れなくても、致命的な一撃を与える!
「逃げなさいっ!」
エリーゼの悲鳴に近い叫び声をウォルターは最後まで……聞くことができなかった。
顔を上げることもなく振るわれた剛腕をもろに食らった身体が砲弾のような勢いで跳ね飛ばされ、枯れて裸になった木の幹へと叩きつけられた。
「ぐふっ……!?」
――後数歩で……刃の届く距離に……到達するところまでいったというの……に……
深刻なダメージを負ったウォルターは意識を手放してしまった。
「ぐがかがががぁ!」
獲物を一つ仕留めたトロールの顔は愉悦に染まっていた。まるで自分は強者であり狩る側の存在だと見せつけているようだった。
「くっ、ウォルターをよくも!」
「ま、まずいよ〜。血を吐いてる……!」
「落ち着きなさい。まだ息があるわ。今回復すればまだ間にーーあら……瘴気が減っている?」
今にも飛び出しそうなギルバートを制する為に襟を引っ張りながら見回した周囲は明らかに赤紫掛かった視界が無色に近づいていた。
「そういえば、さっきよりも遠くまで見えるね。って事はまさか……」
「先に見つけてやろうと思っていたけど、どうやらラズに負けたみたいね。けど、そうとわかれば作戦変更よ! ルーカス、念の為爆発魔法を空に向かって使いなさい」
「いやだ。花火じゃないんだから戦闘で使え!」
ぷんすか、という効果音が聞こえそうな仏頂面でエリーゼを睨む。トロールと相対しながらもそこは譲れないらしい。
「寝言は寝て言いなさいよ。無駄にアイテムが飛び散るわ、詠唱開始から発動終了までがクッソ遅いわ、燃費悪すぎてすぐにガス欠起こすわで使いどころ少なすぎなのよ。いいから、威力最小で撃て。トロールの胃にぶち込むわよ!」
「ぐぬぬっ……!」
「アイザック」
「っと、これは?」
エリーゼが放り投げた小瓶を難無くキャッチする。内容物はトルマリンの様な色合いの青い液体である。
「泣け無しの上級ポーションよ。あの死に損ないの脳筋に飲ませて回収してきなさい」
「うん。任された〜!」
アイザックは弓を肩に掛けて背に回すと、すぐに走りだす。ここで武器をしまうなんて意外と肝が据わってるわね、とエリーゼは内心で感心した。
彼もゲームとは違う成長を遂げているらしい。
『風旋射』もゲームではまだ習得出来ないレベルにも関わらず、実戦で決めて見せたのだから明白だ。
「ギルバート」
「オレはどうすればいい?」
「私ちょっと寝るから、ラズが来るまであんたが音頭とって踏ん張りなさい。じゃ、後よろしく頼むわね」
「は? 何を言ってる、こんな時に。お前こそ寝言はベットで言え」
エリーゼはギルバートの抗議を無視すると、全魔力を込める作業に入る。
「全力全開で行くわよ、デカブツ! 大地よ……力を貸しなさい! ガイアよ、咆えろ!」
何時もより遥かに力の篭った詠唱文句を並べたエリーゼは両手で握った三日月ステッキを空に向けて、獣よりも荒々しい雄叫びをあげる。
「『破城槌』!!! ハラワタ撒き散らして、く、た……ば…………」
糸が切れたようにエリーゼはその場で崩れ落ち、そのまま気を失ってしまう。
二人は何が起こるのかがまったくわからず咄嗟に身構える。
しかし、なにもおこらなかった。
「ぐひひヒヒヒっ! ぶばばばっ!」
立ち上がったトロールが勝手に倒れた人間の少女を見て爆笑する。
「え、不発!? てか、『破城槌』なんて魔法は僕でも聞いたことないぞ!?」
「ここで寝るのはマジで笑えんぞ。……まあ、考えなしの行動では無いと思いたいが」
エリーゼ抜きでこの窮地を潜り抜けるなど到底不可能。ギルバートの頬を汗が滴る。
動く獲物が半分になり、次はどれにしようかと吟味していたトロールは体に風穴が開けられる痛みに悶打つ。
ずがーーーーん!!!
突如地面を走った衝撃と暴風でルーカスとウォルターはその場で転倒する。
目を開けられない程の砂埃の荒らしがしばらく続いた。
「あ、赤いのは一体何をしたんだ!?」
「わからん。だが石柱のようなものがあり得ない速さで空から降ってきたのが一瞬だけ見えた」
高く舞った砂が木々の隙間を通り抜けた風に払われ、視界が回復していくと二人は衝撃的な光景を目の当たりにして絶句する。
なんと、見上げるくらいの図体を誇るトロールの数倍は下らない巨大な石杭が地面に深々と突き刺さっているではないか。背から腰にかけて貫通した無残な姿はまるで磔にされた罪人のようだ。
トロールを一撃で屠った強力な魔法『破城槌』はエリーゼオリジナルの土魔法であり、敵の頭上で生み出した岩の杭をドリルのように高速回転させながら、地上に向けて射出する、といったものだ。
元は『速石砲』と変わらないが、上から下に打ち出すため重力による運動エネルギーが付加された質量攻撃の破壊力は抜群だ。
この魔法にエリーゼは半分程あった残存魔力をすべて注ぎ込み、可能な限り巨大化させて威力を
引き上げた。結果魔力容量が枯渇してダウン状態に陥った。
ピクリとも動かない化物から地べたで寝息をたてるエリーゼに目を移したギルバートは深く息を吐く。
――オリジナルの魔法か。まさにテラティア家に相応しい土の申し子だな。お前が十二分に働いてくれた以上、面倒だが約束は守るとしよう。
しかし、一際大きな炸裂音と共に串刺の魔物が漆黒の煙になって空へと昇ってゆくのを見送って、空に浮かぶ光を発見した。
「……他力本願も良いとこだが約束は果たされそうだ」
降臨した勝利の女神は相変わらず美しい、とギルバートは思ったのであった。
次回はラズside
ザック「はい、ポーション」
ズボッ!
ウォル「……ん……あまい?」
回復ポーションは炭酸の抜けたラムネ味である。




