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第3章4話 エリーゼ変身する

 一部を瘴気に侵された村から少し離れた野原に守備隊は陣を構えていた。しかし、事態の大きさ故に相応の人数が配置されているものの、森から飛び出して来た魔物を討伐する以外、彼等に出来ることは無い。

 誰しもがもどかしくて仕方なかったが、瘴気を前にただ無力さを知るだけだった。


 文字通りの守備隊として発生した魔物がよそに被害を出さぬ様、確実に討ち取る作業を何日も続けているが、未だに救援が派遣される予定の情報も入らないままだ。

 加えてすっかりと隊全体の士気も下がっていた。

 瘴気の影響で発生した魔物が溢れ返って、スタンピードに発展した場合、この有り様では最悪全滅も危惧される。どうにかしなくてはいけないが、持ち直させる方法がここを任された守備隊長には思いつかなかった。

 こうしてる間も瘴気が拡大しており、焦りが募るばかりである。

 そこに思わぬ急報が舞い込んだ。


「た、隊長。報告があります!」


 裏返った声を天幕の中に駆け込んできたのは若い兵士だ。

 彼はこの近くの村の出身で、志願して今回の任に参加した。


「そんなに慌てて何があった?」

「で、で、殿下です!」

「でんか?」

「ギルバート王太子殿下ですよ! 何でもいいから外で待たせてるんで、早く行ってくださいよ!?」

「はぁっ!? なぜ、殿下が?」

「知りませんよ!?」


 とりあえず、急いで外に飛び出すとそこには銀髪紫眼のギルバート殿下その人と身なりの良さそうな面々が揃っていた。

 各自武器屋防具を持っていたが、一緒にいる令嬢二人は明らかに私服である。


「あなたが守備隊長か?」


 王族らしく落ち着き払った力のある声で尋ねられる。跪いて拳を地面に付け、返事をする。


「はい!」

「そうか。防衛任務ご苦労であった。引き続きよろしく頼む」

「はっ! しかし、殿下はどのような要務でこちらにいらしたのですか?」

「む? 連絡か入っていないのか?」

「はっ。何も聞き及んでおりません」

「そうか。我々は陛下よりここの救援に遣わされた。これより森の深部へと踏み込むので、後援は任せるぞ」

「はっ!」


――救援が王子その人とは、ふざけているにも程がある。御身に何かあったらどうするのだ!?


 何かあれば自分の首一つでは済まされないであろうと想像し、守備隊長は青くなるがギルバートは特に気にしていないようで村の様子を見ていた。


「ラズ、そろそろ預けた私の装備出しなさい」


 ささやかな胸の前で腕を組むエリーゼは未だに旅用の紫のドレスのままだ。

 それ以外の面々は完全装備が完了していた。ラズも旅用のドレスなのだが、彼女に限っては鎧よりも強固な肉体を有しているので装備という概念自体ない。


 何故、エリーゼの手元に装備一式が無いかというと、実は風呂でドタバタした応酬を繰り広げた後、ラズが改造するからと預かっていたのだ。


「ふふふ……こちらにございます。名付けて『ドレスレット』です!」


 スカートのポケットから胡散臭い微笑のラズが取り出して掲げたのは、ゴールドのシンプルなブレスレット。

 受け取ってから角度を変えて見てみるが変わったところはない様子だ。意味がわからないといった顔でエリーゼが首をかしげる。


「これがなんだって言うのよ」

「まずは腕に着けて、躍動感を出しながら、右前に一歩左前に一歩のステップをします。次にその場で一回転しながら、天に向けてブレスレットを突き出し、『大地の女神の名の元に力よ、解き放て! プリティきらきらエリーゼ、ドレスアップ!!』と叫んで魔力を込めて下さい」

「何それ変身すんの、私?」

「はい。変身します!」

「……いやそれ……やんないと駄目?」

「はい、絶対に必要です!」

「普通に着替えるから装備出しなさいよ!?」


 グイグイと迫ってきたラズの胸ぐらを掴むが、エリーゼが凄んだところで腰が引ける訳は無かった。ははは、と腹の立つ笑い声が口から垂れ流される。


「嫌ですよ。ダンジョンに潜った時にはまったトラップ型魔法陣をこつこつ解読して一生懸命作った唯一無二の一品ですよ」

「あ〜……あの淫猥な服装はトラップに掛かったのね」


 ((((淫猥な服装……?))))


 二人のやり取りに上がったキーワードが男性陣は猛烈に気になったが、誰もそこに踏み込む勇気はなかった。


「ちょっと、そこは忘れてください!? これさえあれば可愛い装備を携帯可能になるだけでなく、いつでもどこでも即座に装備可能になるんですからいいじゃないですか〜!」


 形に拘らないエリーゼでさえあの恥ずかしい踊りは流石に気が引けたがあの姿であちこち歩き回るのは確かに嫌だった。大きな恩恵を受けるのは疑いようが無い。

 メリットとデメリットを天秤にかけて、熟考した結果、最終的にラズの強い要望を受け入れざるを得ないと判断した。

 全ては楽をする為に。エリーゼはいつだって効率優先なのだ。


「わかったわよ……」

「いぇーーい!」


 乱暴にブレスレットを腕にはめると、ラズのお手本の通りにステップを踏んでからくるりと回って腕を突き出しつつ、半ばやけくそ気味に雄叫びを上げる。


「大地の女神の名の元に力よ、解き放て! プリティきらきらエリーゼ、ドレスアップ!!」


 エリーゼの全身から眩い閃光が放たれ、光量が目を開けられる程になった時にはすっかりお馴染みになった魔法少女風の露出が多いドレス姿に変わっていた。


「ぶはっ!? うぁははははははっ! やめろ、腹筋が壊れる! エリーゼ、お前何を……ふぅ……目指して……ぶあっははははは!」

「ああ、エリさん、完璧ですよ……! プリきらエリーゼがんばえー!」


 ギルバートはところ構わず爆笑していたが、ラズは変身の光に負けないくらい目を輝かせていた。一方のエリーゼは全財産を失ったような顔をしていた。


――この方達を森に行かせて大丈夫なのだろうか?


 守備隊長の胃がキリキリと締めあげられる。

 先程まで頼もしそうではあった王太子が今は村の若者のように腹を抱えて笑っており、出てきた装備は子供のドレスの様な格好だ。

 マジックアイテム自体は凄い性能だとは思ったが、それが霞んで見える程しょうもないやり取りを見てしまうと不安が募る一方だった。


「……隊長。あんな調子で瘴気まみれになった死の森に殿下を行かせて大丈夫なんですか? しかも可愛い女の子を二人も連れて」


 伝令の男が小さな声で耳打ちをすると、守備隊長は渋い顔をする。


「滅多な事を言うな。恐らく全員が貴族だぞ。それも瘴気に向かっていくのだからそれなりの魔力があるのだろう」


 まさかその美少女二人がこのパーティのツートップであるとは思いもよらなかった。まして、片方がこの国の救世主である聖女の二代目などと察せる筈も無い。 


「確かにお前の言うとおりだ。しかし、俺には止める術が無い。出来るのは全員の生還を祈るだけだ。わかったか?」


 伝令の男は思わず頭を抱えた。

 そんなやり取りがあったとは露知らず、ルーカスはブレスレットに興味津々である。


「それこの間の実験の反省会で作ってたマジックアイテムだな?」

「本当はかっこいいから指輪にしたかったのですが、わたくしの技術だとブレスレットくらいのサイズが無いと魔法陣を描ききれなかったんですよ。いやぁ、エリさんの変身が見たくて頑張っちゃいました」


 両手を組んで胸の前に掲げ、感無量と言った表情のラズを見ながらルーカスは訝しげに首をひねる。


「マジックアイテムなのだから、装備して魔力を込めるだけで効果が発現するから、変な踊りも謎の呪文も不要だろ」


 それを聞いたエリーゼが早速魔力を込めてみると光と共に元の服に戻る。


「あ、ホントだ。どういうことかしら、ラズ……?」


 再びフル装備に戻ったエリーゼが詰め寄るが、ラズは胸を張って答える。


「いいですか? 変身にはポーズと呪文が必要と相場が――ふぁっ!? エリさん三日月の尖ってるところで脇腹突っつくのやめてくださいっ!?」

「ギルバート、いつまで笑ってんのよ。顔ごと埋めるわよ?」

「ふぅ……そうだな。笑うのはやる事が終わってからにしよう」


 準備を終えた一行は瘴気の漂う場所へと近づいて行く。村の半分程はまだ瘴気に侵されておらず、視界が開けているので、先ずはそこから森を目指すのだ。

 赤紫色の煙の様な、あるいは霧のような何かがそこらで浮遊する無人の村は何処か得体のしれない恐ろしさがある。まだ村の中で魔物は生まれていないらしく、敵の姿は見当たらない。

 

「じゃあ、ラズ。瘴気に向かって『浄化(ピュリファイ)』使いなさい」


 エリーゼから飛んだ指示にラズが頷いて魔法を発動する。本来のと言ってよいかは不明だが効果はごく単純で、汚れた物を綺麗にする他に毒や麻痺を解除する事が出来る。


「行きますよ? 『浄化(ピュリファイ)』!」


 魔法陣がかざした手の前に展開すると、ダイヤモンドダストのように輝きが散らばり、光が止むと瘴気は綺麗さっぱり消える。


 ただし精々家が一軒程の範囲である。


「おお、あの厄介な瘴気が消えたぞ!」

「女神様の奇跡だ!」


 安全なはるか後方で見守っていた兵士達が歓声で沸き立つ。

 瘴気になすすべもなく足踏みしていた彼らからすると、死の霧が払われていくのはこの上ない朗報だ。

 先程までの「こいつらダメそう」という空気から転じて、皆が明るい表情を浮かべていた。

 だが、行使者たるラズは何やら浮かない顔を浮かべる。


「効果範囲狭いですね。これで森全体を綺麗にと言われる厳しいです。良い方法無いんでしょうか?」


 ラズの抱いた疑問にエリーゼが耳打ちする。


「『浄化(ピュリファイ)』の上位互換魔法はあるけど習得条件に一定値以上の好感度が必要なのよ。使える魔法の中に『清輝(イノセンス)』は無いでしょう?」


 頭の中で使用可能な魔法を思い浮かべたが、探している物は見つからず首を横に振った。


「習得済み魔法は増えてるみたいですが、それは使えないみたいです……」

「ん? ちなみに何が増えてるかわかるかしら?」

「ええっと……『庇護(プロテクション)』と『祝福(ブレス)』です。どちらも味方を強化する魔法みたいですね」


 教えてくれた魔法の名を聞いて、エリーゼは顎に手を当てて考えこんでいた。


――一定値以上の好感度を要する魔法の中で『祝福(ブレス)』の次に覚えるのが『清輝(イノセンス)』なのよね。ラズの奴、存外しっかり攻略してんじゃないのよ。


 だが、それを本人に明かすのは迷った末に先送りすると決めた。

 今、知っても仕方無い事で頭を悩ませる姿が目に浮かんだからだ。


「じゃあ、諦めてちょうだい。喉がぶっ壊れるまで、ひたすら『浄化(ピュリファイ)』連打しながら紫雲の海を飛び回りなさい」

「うう、やむを得ません。ああ……それでエリさん達は別行動ですか?」


 学院で話した時には理由を明かされなかった別行動の意味に合点がいって、ラズはパンと手を一つ叩いた。


「そう言う事よ。どうせだから、覚えたてのバフを掛けてから行きなさいよ」

「りょーかいです! 『天啓(リベレーション)』!」


 ラズが自己強化を済ませたあと2つの支援魔法を全員に掛ける。

 全て終わったところでエリーゼが大きく息を吸い込んで檄を飛ばす。


「いいこと、あんたたち! この規模の瘴気災害なら恐らくどこかに『瘴気穴(カースドホール)』が発生している筈よ。時間も経っているから、モンスター共はきっと強化されてるわ。舐めてかかったら死ぬと思いなさい! ラズは片っ端から瘴気の浄化をしつつ、大元を探しなさい。万が一こっちが先に見つけた場合は、何かしら魔法で合図を送るから全速力で駆けつけなさい」


 エリーゼがこの作戦の要であるラズをピッと指差すと、ムフーと鼻息を吐きながら敬礼する。


「で、野郎共は私と一緒に魔物をブチのめすわよ。いつ森から溢れてもおかしく無い筈だから、基本的にサーチアンドデストロイで行くわ」


 全員が特に意見を挟む事も無く頷く。なぜ瘴気について詳しいのか、なぜ光魔法の使い方を知っているのかなど疑問は尽きないが聞いても「乙女は秘密があるものよ」という、イラッとくる回答しかこないのを知っているので諦めている。


「とっとと、片付けて私を温泉に帰しなさい! ほら、作戦開始!」

「なんで温泉が帰る場所になってるんだ……」


 ルーカスのぼやきに全員が苦笑しながら、行動始めた。


 後ろでエリーゼの甲高い怒鳴り声を聞いていた多くの兵士たちは思った。


((((お前が指示するんか))))


 公の場における指揮官エリーゼと聖女ラズマリアの初陣が今始まる。

変身で光るのはお約束

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