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第3章3話 そして、温泉へ

ちょい長め〜


ブクマが増えて来てモチベが上がってます。

 がたごと音を上げながら二台の馬車は緩やかな山道を快調に走っていた。

 ただし天気までは旅日和とは行かず、何処まで進んでも生憎の曇天が続いていた。


「すごいですよ、エリさん。このパウンドケーキはアプリコットと紅茶が入ってますよ!」

「はいはい。すごいすごい」


 すっかり遠足モードに入ったラズは今日ももちろんハイテンションである。


「それにしてもこんなに沢山あったら絶対三百円超えてますよね」

「陛下もいくら何でもやりすぎだわ。いっぱい積んでおくとは言ってたけど、席一つ潰してまで大量のお菓子を積み込むとはおもわなかったわね」


 車内にいるのはエリーゼとラズに加え、世話係として抜擢されたリタである。

 詰めれば六人乗りくらいにはなる馬車なので山積みのお菓子箱が載っていても、まだまだスペースに余裕はあるが行程の中で消費できる量を遥かに超えており、車内で圧倒的な存在感を醸し出していた。

 ちなみにもう片方の馬車には創られたようなイケメン四人が詰め込まれている。人によってはお金を払ってでも乗りたい空間かもしれないが、この場にそういった感性の持ち主はいない。


「いいじゃないですか。現地に着くまでは遠足ですから」

「家に帰るまででしょうが、って言いたいとこだけど、向こうに着いたら仕事だものね。まあ、移動中まで気を揉んでも仕方ないのは確かだし、あんたの図太い神経を見習うべきかしらね」

「え?」

「何よ?」


 ラズは思った。エリーゼは充分に図太い神経を何本も持っていると。

 しかし、それを本人に言うと怒られるのがわかっているので、すんでのところで踏み止まることに成功したのである。

 天才聖女ラズマリアはそう何度も同じ過ちを繰り返さない。


「あんたなんか失礼な事を考えているわね」


 しかし、今回はエリーゼの勘が勝った。


「な、何でもないですよ〜。ひゅーひゅー」

「まあ、いいわ。そんな事より攻略の具合を教えなさい。誰とどんな感じなのよ」

「急に本題に入りましたね……」


 完璧志向の彼女の中で完全なる苦手分野と言って差し支えない話題にラズの顔が分かりやすく沈む。

 手を繋ぐだけでもびくびくと怯えている生娘に異性の正確な好感度などわかるはずも無い。


「ふっ、わかると思いますか、わたくしに?」

「思う訳無いでしょう。こと恋愛に関してはコボルト以下の情操しか持ち合わせてないあんたにそこまでの期待はしてないわよ」

「ぐはっ、わたくしコボルト以下ですか!?」


 一周回って開き直ってみたが、エリーゼにズバッと斬り捨てられて涙目に変わる。擁護を求めて横に視線を送るが、リタは既にお菓子の箱の中身を確認する作業に没頭しているフリをしており絶対に目を合わせない。


「だから、ここ最近あった事を洗い浚い話しなさいって言ってんのよ」

「ああ、なるほど〜」


 両手を胸の前で合わせ、ラズは感心していた。


「じゃあ、とりあえずアイザックで」

「ザック様と一番良く会うのは図書館ですかね。最近は建設工事の工法や手順なんかを調べているみたいだったので、国内にあるおすすめの橋や隧道を紹介しておきました」


 片目をつぶって親指を立ててドヤ顔のラズにエリーゼは深い溜息を吐く。一人目から前途多難だった。


「何よその色気が微粒子レベルで存在しない話題は。そんなんでフラグが立つわけ無いでしょうが」

「ええ〜、好感度上がらないですか?」

「もういいわ。次、ルーカス」

「最近だとルーカス様が複合魔法の魔法陣を特殊なガラスに描き込む作業をしていたのでお手伝いしましたね〜。あの時は完成品に魔力を込めた瞬間ガラスが砕けて飛び散って大変でしたよ」


 エリーゼはたくさん積み重なった箱の一つを引っ張りだして、中にあったチーズスフレに齧り付く。

 最近はダンジョン探索という名の運動を継続しているお陰でお腹周りには若干の余裕がある。なお胸部の大平原には些細な変化も見られない。


「た・し・か・に、ルーカスは元々マッドサイエンティスト属性よ。だからって、なんであんた(ヒロイン)までいけいけどんどんで実験に参加してんのよ、馬鹿!」

「や〜、おもしろそうでつい〜」


 えへへ、とだらし無く笑うラズに呆れた様子でエリーゼは眉間を揉みほぐす。


「はぁ……ウォルターはまた半殺しにでもした?」

「エリさん、わたくしを狂犬か何かだと思ってません?」


 頬を膨らませて不満そうな顔を浮かべる。


「そんな事ないわよ。ドラゴンを素手でくびり殺すあんたに比べたら狂犬程度可愛いものだわ」

「え〜……」

「で、どうなってんのよ?」

「う〜ん、夜の訓練以外ですと、先月初めてダンジョンに潜った日の前の休日に街を案内して頂いたくらいですかね」


 ラズの中であれはデートとしてカウントされていない。というより深く考えるのをやめたのだ。


「あら、意外ね。あいつ基本奥手だからなんの進展もないと思ってたわ」

「し、進展という程では無いと思いますよ? 途中でギル様も合流しましたし、二人っきりじゃないからデートじゃないです!」

「あんたがしなきゃいけないのは誰でもいいからデートしてきて、いちゃいちゃして、最終的にラブラブする事なのよ。むしろ、途中までデートでした、って報告すんのが正しいでしょうが!」


 忘れがちだが二人の目標は好感度を最大まで上げて、王都を防衛する事である。ふざけているように聞こえるが、エリーゼがまごうことなき正論である。


「そんなふしだらな!? いや、仰ることはわかってますけど……」

「ついでに聞くけどあの変態は何にも無いわよね?」

「変態って……ギル様ですか? 学生会の関係で良く会いますが、書類作業をするか一緒にお茶を飲みながらお話するくらいですよ」 


 あんまり仕事が無いのが学生会活動の現状であり、ラズかアイザックやエリーゼに勉強を教えている時以外はほとんど人は来てない。しかし、人任せを是としないラズは頻繁に足を運んで作業を手伝っているのだ。週に数回は二人っきりになっていたりする。


「あれ、一番まとも……?」

「確かに少女マンガっぽいシチュエーションではありますね〜。でも恋愛に繋がる雰囲気は何にも無いですし、ウォルター様がいる日もありますよ」

「何かやらしいこととかされて無い? 大丈夫よね?」

「何にもないですよ〜。むしろ凄く気を使ってくださって、わたくしの好みを聞き取ってお菓子を用意してくださったり、花を飾ってくださったりと、とっても優しくしてくださいます」


 その時の事を思い出してラズはニコッと笑うが、エリーゼは対極的な渋い顔に変わった。


――いや、どう考えてもアプローチされてるわよ、それ。


 エリーゼの読みは的中しており、ギルバートは頑張ってラズが過剰反応を示さない程度のアピールを行ってはいたが、反対に遠まわし過ぎてラズには何一つ伝わって居なかったりする。

 いかんせん機微を察するセンサーはコボルト以下の性能なので、ラズを口説くにはど真ん中にストレートを放るくらいはっきりと好意を伝えつつ、メルトダウンしないギリギリの言葉が必要なのだ。

 

 全員分の聞き取りを終えたエリーゼは大変な事に気付いてしまった。


――これもう乙女ゲームじゃないわ……、もはやギャルゲーよ!


 攻略対象達にどうやってラズの好感度を上げさせるかを考える必要がある。

 難攻不落のヒロインを前にエリーゼの頭痛は確実に悪化していた。


「本当に色々とシナリオから脱線しまくってるわね……」

「色々? わたくし以外にも何か問題が起こってるんですか?」

「今回の村で瘴気が発生した事件はゲームでも同じイベントがあるのよ。でも、同時に二箇所で起こっていなかったわ。それに影響は極小規模で村へ被害が及ぶほどじゃなかった」


 自分の知らないところで何かが起こっているか、あるいは世界は自分の知っているとおりのものでは無かったか。エリーゼは一抹の不安を覚えていた。


「心配御無用です。わたくしが絶対に何とかします」


 どん、と力強く胸を叩くとラズはむふーと鼻から息を吐いた。気合い充分と言ったところか。


「まあ、戦力としては大いに期待してるわよ」

「はい!」

「で、どの男にするか決めたの?」

「………………まだでぇす」


 やる気に満ち満ちた表情が一転して、桜色の瞳が泳ぐ。


「はあ……多少なりとも好みぐらいあるでしょう。かっこいい系がいいとかインテリがいいとか、ムキムキがいいとかツンデレがいいとか」

「好みですか。う〜ん……しいて言うなら優しくてここぞという時に頼りになる方でしょうか」


 首を傾げながら答えるとエリーゼは心底嫌そうな顔をした。


「天災に匹敵するアンタが人を頼らざるを得ない状況なんて考えたく無いわね」

「いくらなんでも天災は酷いですよ〜。そういうエリさんはどんな方がよろしいんですか?」

「私? ん〜、まず捻くれてない年下がいいわね。それで見た目は金髪碧眼のかわいい系一択だわ」

「攻略対象の皆さん全滅じゃ無いですか……」


 エリーゼにとって彼らは再三にわたって恋に落とした過去の男であり、なんの新鮮味も無い存在でしかないのだ。

 

「それはいいとして、あいつらの中で頼りになるのってぶっちゃけ誰なのよ?」

「………………誰でしょうね?」

「あ〜、これクソゲーだわ」

「み、み、見捨てないでくださいよ!?」


 エリーゼの膝に涙を浮かべて縋り付くラズを傍観していたリタは思った。

 今日もいい日だ、と。




   ☆




 肩までお湯に浸かると思わず息が漏れた。

 久々の露天風呂はやはり極楽である。

 王太子ともなると王都から自由に出られないのが本当に残念でならない。


 早朝に王都を出てからこの宿に着いたのはすっかり日が傾いてからだ。

 馬車で二日かかる距離と言ってもピアル村から王都までは暗くなってからも走れば日を跨がずに辿り着く距離ではある。

 しかし、到着したところで瘴気の溢れる夜の森に挑むのは自殺行為だし、過密な移動に慣れていない者もいる中、先を急いだところで満足のいくパフォーマンスは発揮しきれないだろう。最寄りの街で休むのは必然の選択だ。

 今回宿泊地に選んだブレンターノからは数時間程でしか離れていないので明日の朝から作戦実行に移ることになる。


 今日はせいぜい、ここの名物である温泉でゆっくりと羽を休めるとしよう。


 今回の遠征では王家が瘴気災害の終息に尽力した事実を国内外に知らしめたいという、国王……つまり親父の意図がある。


 親父の政策は明確な融和路線であり前王と比較すると真逆と言って差し支えない。

 戦って領土の拡大を図るべきだと声を上げる過激派は間違いなく現王への不平不満を抱いている。だから、国内で発生した今回の案件をきっちりと制することが出来れば、それなりの牽制になるだろう。要は示威行為だ。


 ただし、リアの能力が過剰に露顕するのも避けたいので、今回オレを絶対に連れていけと強く言ったのはそこら辺のコントロールを丸投げする為である。

 帰ったら文句ぐらいは言ってやるつもりだ。


 とはいえ、オレの実績になるので総じて悪い事ばかりとも言えない。

 村近くに配置している守備隊は瘴気の外に出てきた魔物を討伐しているだけなので、森に入りさえすれば、中で何が起こっているかは誰にもわからない。

 つまり、本気のリアを投入できる条件が一応は整っている。どちらかと言うと成功が約束された任務なのだ。


 だから成果だけハイエナの様に掠め取るのはあまり気分が良くないが、リアが目立つ損益を天秤に掛けるとこれはやむを得ないところが歯がゆい。


「はふぅ〜、温泉には初めて入りましたがとっても気持ちいいですね、エリさん」


 のんびりとした可愛らしい声が岩を積み上げて作られた壁の向こうから聞こえてくる。

 彼女達もまずは風呂に訪れたらしい。オレからするとここに来て入らないのは損でしかないが、ルーカスとアイザックはあまり興味が無かったのか後で入るそうだ。ウォルターは風呂の外で武器を持って待機している。


「全身がすべすべだわ! 明日にはボロボロになってるかも知れないけど。っていうか、アンタ本当に良い身体してるわね。このエロインが」

「なんなんですか、エロインって!? そんな不名誉な呼び方しないでくださいよぉ。エリさん、なんか親父臭いですよ」

「うっさいわね。あんたのここがいけないのよ!」

「ひゃわわわわ、エリさ、ちょっ、胸をそんなにされたら……っああん!?」


 じゃぶじゃぶと水面乱しながら、暴れる音と嬌声にも似た声がこだまする。

 くっ、何が起こっているのだ。


「これは色々とヤバイわ。じゃあ、胸が駄目ならこっちにしましょうか」

「ふあっ!? いや、お尻も駄目ですってば!?」


 リアのお尻……いかん、想像するな、オレ。


「くっ、まじで羨ましくなるわね」

「はうっ……内ももは膝に力が……入らなく……」


 内もも……だと!?


「もう、こうなったら、反撃です!」

「なっ!?」


 ザバッと言う水が激しく跳ねる音が聞こえる。


「それ、それ……それ……?」

「あんた今……超失礼なこと考えてるわね?」

「まだ、成長期を迎えていないだけですよ、きっと!」

「……『速石砲(ストーンキャノン)』」

「うにゃあ!?」


 その後も女湯はしばらく騒がしかったが、諸事情によりオレはしばらく湯船から上がることが出来なかった。長く入った理由をウォルターに聞かれたが、露天風呂が良かった、とだけ言って誤魔化した。

後半はギル様回でした。

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[良い点] ハイスペック主人公形のヘロインと無限のツッコミ力を持ってる悪役令嬢の友情が本当に尊い ありがとうございました!
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