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第3章1話 順風満帆

iPhoneのデフォルトキーボードは使いこなせなかった件について

 今日の目覚めは最悪だった。

 ガンガンと力任せに扉を叩く音と、狂った様な怒号が頭に響く。

 虚ろな意識のまま窓の外を覗くが、未だ空は暗いままだ。一体何事だろうか。


「ジェフ、起きろ!」

「ドア壊れるぜ、親父」


部屋のドアから顔を出すと、血相を変えた父親が待っていた。


「やっと起きたか。早く着替えてお前も荷物をまとめろ。もう時間が無いぞ」


 父親の顔はのぼせた様に紅潮しており、額からは大粒の汗が流れていた。

 明らかに平常では無さそうだ。


「荷物をまとめるってどういう事だ。まだ夜中だぞ。大体どこへ行こうってんだよ?」

「……村を捨てる事になった」


 重苦しい表情で親父が告げたのは衝撃の一言だった。


「はあっ!? 何でまた急に?」

「東の森から瘴気が溢れ始めているらしい。よく分からんが、村長の話じゃわしらの様な魔力の低い者にとっちゃ瘴気は猛毒になるらしい。今のままではじきに村に達するだろうから、早いところ逃げて領主様に保護を求めるしか無いそうだ」


 なるべく平静に伝えようとしてくれている様だが震える親父の声が冗談ではない事を物語っていた。


「む、村はどうなるんだ。瘴気が収まったら戻ってこれるんだよな?」


 縋る様に尋ねるが、顔色は芳しく無い。


「収まればな。だが、それがいつかはわからんらしい。場合によっては二度と戻れないかもしれん」

「嘘だろ……」


 そこからの事は良く覚えていないが、自失呆然のまま言われた通り準備を整えて家を出る。他の村人達も一様に荷物を抱えて広場に集まっていた。何の覚悟も無いまま、村を捨てる刻が迫ってくる。

 日の出が近づいて来たのか空はインディゴに染まり始めているが、外を歩くにはあまりにも肌寒い。

肌を刺す冷たい風がより一層無力さが膨らむのを加速させた。


「全員揃ったようじゃな」

「遅れてすいません村長。倅がなかなか目覚めなかったもので」

「仕方あるまいよ。寝静まっておる方が正しい時間じゃからのう。さて、残念じゃが……我々はピアル村を離れて領都へ向かう。まずはゆっくりとここを離れ、日の出から本格的に歩を進めるぞ」


 誰も反対する事無く歩き始める。俺は人の流れに身を任せつつ、後ろを振り返りながら進む事にした。少しずつ遠ざかっていく村を最後まで目に焼きつけるために。




   ☆




 心地良い木漏れ日の中、小川のせせらぐ優しい音が聞こえてくる。ざわざわと草木を鳴らす柔らかい風は新緑の香りに溢れていた。


 のんびり昼寝でもしたくなる程のどかな林の中心にまるでそぐわない完全武装の一行が姿を現す。


 先頭に立つのは抜き身の剣と鋼鉄の盾を持った青年。

 すぐ後ろにいるのは、こちらも剣を手に持つ銀髪の青年だ。

 少し離れた所には自分の身の丈よりも大きな鞄を背負った桜色の髪をした少女と隣には三日月の飾りが付いたステッキを構えた赤髪の少女。

 その両脇に陣取るのは古びた木製の長杖を地面に突きながら歩く黒髪の少年と長弓を持って歩く常盤色の髪の青年。

 

 全員が臨戦体制を整えており、穏やかな小景には似つかわないが、場違いという訳では決して無い。


 なんせ、彼らがいるこの場所は紛れも無くダンジョンの内部である。罠も魔物もどこに潜んでいるかわかったものではない。

 

「この広大な林の中で熊を一匹見つけるのは生半可じゃ無いぞ」

「確かに。狩猟犬を連れて来たくなるよ」

「だから言ったでしょう。攻略するならスタンダードな迷宮型の方が確実にマシなのよ。まあ、ボスモンスターだけあって、図体は大きいから近付けばすぐ見つかるはずだわ」

「わたくしはこっちの方が好きですよ。空気が綺麗で明るいですし、湿気もひどく無いので髪が傷まないですから――あら?」


 他愛も無い話をしている最中にずしーん、ずしーんと地面が震えていることに最強の荷運び令嬢ラズマリアは気がついた。

 地上の林であれば、たくさんの鳥などが飛び去ったところのだろうがダンジョンにはそういった生き物が存在していない。

 

「ようやくお出ましのようですね。どうやらまだ気付かれてませんがどうしますか?」

「随分とデカイな。本当に勝てるのか?」


 地揺れの正体は見上げるほど大きな体躯をした熊の魔物である。体高にして3メートルほどで、立ち上がると全長は5メートルを超える。

 地に足をつけた状態では頭部を攻撃するのは難しいだろう。

 金色に近い体毛を持つ森の王者キングベアはこのフロアのボスであり、倒さないと次の階層へ向かう扉は永遠に開かれない。


「怖気づいたのなら早いとこラズの後ろにでも隠れてなさい。たぶん世界で一番安全な背中よ。ただし、戦闘中に逃げる奴は私が撃つから覚悟しときなさい」

「ふん。誰がそんなみっともない真似するか。どさくさに紛れて後ろから撃つんじゃないぞ」

「それはあんたの働き次第ね。さあ、殺るわよ、野郎ども。ルーカス、『飛火槍(ファイヤーランス)』最大出力で準備。落とし穴に落とすから確実に当てなさい。外したら生木の癖によく燃える仕様のフィールドだから私達、最悪全滅するわよ」

「誰にものを言っている。僕がそんなミスをするものか」


 ルーカスは啖呵を切ると早速詠唱を開始する。もはや、文句は言えどエリーゼに反論する者は一人もいない。今彼らが挑戦している15階層に至るまでの間で、既に十分な信頼を勝ち得ている。


「着弾後集中砲火準備。前衛は射線塞ぐんじゃないわよ」

「承りました。なるべく背に回りますね」

「大地よ! 『地創(アースクリエーション)』」

 

 ステッキの先端に展開した魔法陣を地面に突き刺して、発動したのは彼女の十八番である大地の操作魔法だ。

 レベルの上昇に伴い魔力の成長も著しいエリーゼが一瞬にして地面に開けた大穴は無警戒に闊歩していたキングベアを喰らう。


「グルァァァッ!?」


 なんの前触れもなく足元が消え失せた混乱からじたばたと暴れるも、エリーゼによりすぐに胴から下の土が固められて自由が奪われる。ただの落し穴ならばすぐに這い出る事も容易だが、常に土を固め直されているため、脱出に手間取っているのだ。

 悪役令嬢と森の王による力比べがスタートした。


「『飛火槍(ファイヤーランス)! どうだ、しっかり顔に当てたぞ!』」


 ルーカスの放った火炎の剛槍は違える事無く大熊の頭を捉えると天に向かって激しく燃え盛る。動かせる両腕で火を消しに掛かるが、その間に左右から連続で振るわれた刃をもろに浴びてしまう。特にギルバートの剣からは魔法の炎が迸っており、甚大な被害を与えた。

 

「穴に落ちた敵に当てて威張ってんじゃ無いわよ! くっ……そろそろ、拘束が解けるからギルウォルは下がりなさい」

「わかりました」 

「変な呼び方するな!」


 前衛二人の後退を確認してから、エリーゼは魔法の制御を手放し、額に溜まった汗を拭う。


「グゥ……ガァァァッ!!!」


 ようやく落とし穴から脱したキングベアの怒りは頂点に達し、大気が震える程の咆哮を上げた。


「わー、怒ってますねぇ」

「こっからは当初の作戦通りよ。熊の餌になりたくなければ、前衛はくれぐれもデカイの貰うんじゃ無いわよ!」

「「「「おう!」」」」


 新しい号令に手慣れた様子で応答すると、ルーカスが次の魔法を紡ぎ始め、アイザックがテンポよく矢を射っていく。


 援護射撃を受けたウォルターが豪快に振り下ろされた熊の手をくぐり、股下を走り抜ける。巨木のような足とすれ違う際に剣を叩きこむのを忘れない。

 足元でちょこまかと動くウォルターがそれなりに鬱陶しかったらしくキングベアは払いのけようと剛腕を振り回したり、突進を仕掛けるがうまくいなされてしまい余計にフラストレーションが溜まっていった。


 縦横無尽に駆けまわるウォルターを見失ってきょろきょろとしている側面から真空の竜巻をもろに食らい、激高しながらそちらに目を向ける。

 そして、ターゲット切り替えて、巨体を揺らしながら疾駆するキングベアを前にルーカスはなんと回避行動を取ろうとしない。

 彼は今すぐにでも逃げたかったが、留まるよう指示があったので、腰が引けながらも踏み止まっていた。


「早くしてくれ。あれに轢かれたら僕は死ぬ自信がある」

「そんときはラズの膝枕で復活させてあげるわよ。大地よ! 『土隆壁(グランドウォール)』」

「何故にここでわたくし!?」


 木々を薙ぎ倒しかねない程の勢いで疾走していたキングベアは地面がせり上がってきた事によりできた崖に減速することなく激突し、頭が潰れんばかりの衝撃が走る。

 頑丈な大熊もこれには堪らず目を回す。

 上手く歩けないどころか立ち上がるのもやっとの状態に追い込んだところで、ついにこの戦いにおける本丸の登場である。

 

 ギルバートは先頭開始直後にウォルターを残して前線から大きく後退していた。

 ルーカスを囮にして、誘導した後、タイミング良く土壁にぶつけてスタンを奪ったところで必殺の一撃を叩き込むこの作戦は前衛と後衛の中間に位置取る必要があったからだ。


 千載一遇のチャンスに魔法を詠唱しながら敵の懐に潜り込んだギルバートは内心で驚嘆する。全てエリーゼのシナリオ通り動かされている。事前に情報は得ているが、ここまでで初見の魔物を相手にしながらも彼女の計画に狂いが生じたところを見た事が無かった。


 実際は初見ではなく、エリーゼにとっては前世で何度も狩った魔物の一つに過ぎないのだが。

 

「『(インセンディアリィ)』! 森の王よ、我が焔に抱かれて眠るがいい」


 魔力消費量を度外視した渾身の一撃がだらりと下がった首の付根を捉えると激しく燃え上がる炎は全身の体毛を焼く。致命傷を負い、数歩歩いたところでキングベアは遂に力尽きる。地面に崩れ落ちた巨体が周囲に振動と土埃をもたらした。


「だいしょーりっ!! わたくし何もしてないですけど」

「意外と呆気無かったな」

「先制した分が効いてるだけよ。誰か一人ぐらい一撃貰うところまでは想定してたもの。だから、私は基本バックアップで待機してんだけどね」


 それを聞いた全員が青い顔をする。誰か一人が誕生しなかった事をギルバート達は素直に喜んだ。


 フロアボスの亡骸が世界の理に従って黒い煙へと変わるとそこには部屋一つに匹敵するサイズの巨大毛皮と緑色をした拳大の魔石が残った。


 そして、非常に不自然な光景だがキングベアが倒れた場所のすぐ横に木製の無骨な扉が発生している。

 徘徊型フロアボスは撃破した瞬間に次のエリアへと続く扉が開くが、倒すまでそもそも出口が存在していない為このような現象が起こる。


「野原にドアとかホント胡散臭い見た目してるわよね。裏側に何にも無いくせに開いて入ると全く別の場所だろうし」

「まさにどこで――もがっ!?」

「黙らないと口を溶接するわよ?」


 ラズは無言で頷いた。


「ほら、帰るわよ。いい加減お湯を浴びたいわ」

「結局二日掛っちゃったもんね。キングベアがすぐ見つかったらよかったんだけど」


 フロアボスが発見できず、仕方無く14階層と15階層の間の空間でキャンプをした一行であったが、アイザックは野営慣れしており、比較的元気だった。また、前衛に比べると激しく走り回ることなく、ゆったりと弓で攻撃出来るのも余力を残す結果となった一因でもある。


「もう、歩きたくない」


 ただし、同じく後衛のルーカスは体力がエリーゼの次に低く、疲労困憊といった様子だ。

 なお、最弱のはずのエリーゼは装備に付与された『移動速度上昇』の恩恵によりルーカスよりはかなりマシである。


「じゃあ、扉を開けますよ」


 ウォルターが固い扉を開け放つと、その先には青白く発光するお馴染みの帰還用魔法陣がパーティーの面々を迎え入れた。

 早く帰りたい彼等は次のフロアへの入り口などには目もくれず、円状の複雑な図画に飛び乗るとダンジョンから完全に消え失せたのだった。

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