第2章11話 ふともも
誤字報告ありがとうございます
2章はこれでおしまいです。
次はおまけの予定。
よいしょ、と言いながら彼女はすっとかがむと地面に転がった魔石を拾い集めた。
荷物持ちを本心からやりたがっているのだから変わり者だ。
「すぐここに来なくてはいけないような予感がして真っ先に走って来たのですが、間に合ってよかったです」
そう言いつつも息一つ乱すことなく現れておりまだまだ余裕すら感じられる。彼女の身体能力はまるで底が見えない。
「さて、皆さんと合流しましょうか」
「そう……だな」
後衛3人組が纏まっているのであれば、もっとも危険なのは確かにオレだろう。
ウォルターの水魔法はあまり戦闘にむかないので遠距離攻撃の手段はないものの、耐久力と膂力には秀でているので敵からの攻撃を多少貰いながらでもお構い無しに反撃すればなんとかなるだろう。どのみちギフトによる魔力消費量を賄うのがやっとの魔力容量しか持ち合わせていないので魔法に頼らない戦闘スタイルがあいつは身に付いている。
一方でオレの場合パーティー内だと良く言えば平均的な能力だ。悪く言えば凡庸。
遠近問わずに戦えるが、どちらも決定力に掛ける。だから剣も魔法も使わなければ存在価値が無い。しかし、一人だと片方で手一杯だ
こんな調子で果たして彼女の手を借りずに合流など出来るだろうか?
そんなゆとりの無さを見透かされたのかラズマリア嬢の髪と同じ桜色の美しい双眸がオレを見据えていた。
「ご不安ですか?」
「気遣いには感謝しよう。だが、案ずる必要は無い」
「それは失礼致しました。万が一何かあってもわたくしが必ずやお守り致しますので付いてきて下さい」
守る?
オレを?
オレはこんなダンジョンの浅層で守られなければいけない存在だと言うのか?
「おい……待て」
「……はい?」
くるりと踵を返して歩き出そうとしていた彼女を思わず呼び止めてしまった。
言葉を堪らえようとしたが完全に頭に血が上ってしまってもはや感情のコントロールが効いていなかった。
思わずドスの利いた声が出る。
「オレに女の後ろで震えていろと言うのか? 確かにお前からすればオレは路端の石塊程度の有象無象だろう。挙げ句の果てにあの忌々しいエリーゼにまで不覚を取る始末だ。それでもオレは仔羊のようにただ後ろで怯懦する無様を晒すのが我慢ならん程度の矜持はある! 臆病な王に成り下がるつもりなど毛頭無い!」
カッとなって溢れ出したこちらの怒号に彼女は驚いたように目が大きく見開き、口がぽかんと開いた。
その表情で冷水を浴びたように冷静になるが、覆水盆に帰らずだ。完全にやらかした。彼女に八つ当たりしてどうなる話でもない。
「あ〜、わたくし王様って御自身で戦われるイメージが全く無かったです。椅子に座って、突撃しろ〜って感じでむしろ守るのが当たり前だと思ってました。王族の武勇伝は初代オルヴィエート陛下ぐらいしか残って無いですが、殿下は初代のような王様を目指していらっしゃるんですね」
こちらが当たり散らした事など歯牙にもかけずに彼女は平然としていた。
……オレが威嚇したぐらいで竦むはずもないか。
「……確かに言われてみればそうだな」
王は守られるもの、か。
……おいおい、至極真っ当な意見だな。
あ〜、オレってそんなに戦う必要ない?
良く考えたら親父の腕っぷしが強いという話は一度も聞かない。謀反でもあれば話は別とも思ったがラズマリア嬢がどちらに付くかで雌雄が決するのだから、オレに武勇が求められる場面なんて無いのか……。
つまりあれか。オレは「意味も無く強い王になりたい」と宣う痛い奴ってことか。
「誰かに守られる事は別に恥ずべき事ではないと思いますよ。たとえそれが女性であったとしても。騎士の中にも女性の方はいらっしゃいますが、彼女達に守られた民は恥をしのんで生きなくてはならないと殿下は思いますか?」
「それは……違うな」
騎士に守られれば感謝こそすれどそれを恥とは思わない。
「助けが必要な人を救うのに良いも悪いもありません。形の違いはあれど人は何かしらの誰かしらの助けが無くては生きてはいけないのです。ですから、わたくしはわたくしの手が届く限りを助け、救い、癒し、慈しむつもりでいます。これからたっくさんの人にお節介を焼いて焼いて焼き尽くす予定ですし、殿下は納得いかないようですが犬に噛まれたとでも思ってください!」
にへらと弛んだ笑顔を浮かべる彼女に思わず見惚れてしまい突然心臓が跳ね上がる。
普段の子供じみた言動や態度からはわからなかった高い志しと深い慈愛が彼女から垣間見えた。天真爛漫なだけかと思ったがその実、オレが今まで出会った誰よりも高潔な女性などと誰が想像出来ただろうか。
きっと、聖女に選ばれたのは運命だったのかも知れない。あるいはわざわざ神が彼女を遣わしたのだとしても何ら不思議ではない。
「……いい加減に『殿下』はやめろ。オレだけ名前で呼ばれないのは不公平だ」
「ええ〜、殿下は殿下じゃないですか。名前で呼ぶなんて恐れ多いですよ」
「恐れ多いか。エリーゼに至っては『あんた』だぞ?」
「……ではギルバート様で」
「親しみが足りん!」
「そんなご無体な!? ……う〜ん、そしたらギル様で?」
「よし、採用。それとこの際だからラズマリア嬢も愛称で呼ばせてもらうぞ」
「うう、もうお好きにお呼びください……」
この涙目で取り乱している様子を見ている何かこう、こみ上げてくるものがあるな。定期的に困らせてやりたくなる。
「『ラズ』は皆と被るから微妙だな。ここはあえて他の呼び方にするか」
ラズリ、マリア、マリー……しっくりこない。やはり短い方がいいか?
「決めた。今日から『リア』と呼ぼう。どうだ、誰とも被っていないな?」
「はい。皆さんわたくしの事はラズと呼びますから、他の呼ばれ方をした事は無いですね」
「決まりだ。さ、早く皆のもとへ戻るぞ、リア」
「はい。ぎ、ギル様」
「っ……!」
美少女が恥じらいながら愛称で呼んでくれるのは中々に破壊力がある。自分で言わせておいていざ呼ばれると恥ずかしがっている姿などウォルターの前で見せようものなら後で好き放題言われるに違いない。
それでもにやつく口元を隠すのに精一杯である。
婚約は損得勘定ばかりで考えていたが、この破天荒な聖女様に本気になってしまいそうだ。我ながらどうかしている。
いや、彼女を懐柔する案は初めからあった。政略結婚では無くなるだけのことでオレにとってデメリットは皆無だ。
むしろ、彼女を王太子妃として……最終的に王妃として迎え入れる恩恵は計り知れない。だから、つまり、そのあれだ、ようは本気になってもいいってことだ。
「あれ、何か顔が赤いですよ? まさか、どこか具合が悪いですか?」
「だ、大丈夫だ、問題ない。それより、早く合流しなくてはな」
何とか誤魔化して歩き始める。今は見つめられだけでも鼓動が激しくなるくらいには冷静さが欠けている。ここは一つ色気の無い話題が必要だ。
「歩きながらでいいから相談に乗って欲しいことがある」
「あ、はい。なんでしょうか?」
隣を歩くリアは頭一つ弱くらい背が低いので、こちらを見上げながら首を傾げていた。
「オレにはウォルターのような剣術もルーカスのような魔術もアイザックみたいな精密射撃も無い。正直器用貧乏だ。だから、強くなるには何か良い方法がないだろうか? このまま足手まといになるのは癪だ」
伝承のとおりならば光魔法は後方支援に特化しているはず。にもかかわらず徒手格闘であらゆる魔物と渡り合える彼女なら何かヒントを貰えるかもしれない。
「そうですね……殿下でしたら」
「ギルだ」
「あっ! ぎ、ギル様のスタイルでしたら剣術で立ち回りながら魔法を詠唱してみてはどうでしょうか?」
「しかし……それは本を読みながら、料理をするようなものだぞ」
魔法の行使は完成形の想像を細部まで巡らせる必要がある。そこに近接戦闘を加えて同時進行するなど尋常ならざる難易度だ。人間に出来る芸当なのかも定かではない。
「え、お料理されるんですか?」
「あ、いや、例えだ。他意は無い」
そこに食い付かれるとは思わなかった。
「まあ、とても難しいとは思いますが、ウチのお兄様がやってたので不可能では無いかと?」
人間に出来る芸当だった。オリハルクスは力のインフレが激しいらしい。
初代オリハルクス卿も絶対に敵に回すなと当時の王が自分の子供達に厳命していたくらいの強者だったらしい。猛者の生まれる土壌は今も健在と言うことか。
「それと、ギル様は剣術で戦っている間も考えすぎているようなので、もっと感覚で動いていいと思いますよ。敵と対峙する前に全ての動きを頭に入れておけば案外何とかなるものですよ」
ああ、それは腑に落ちるところがある。後から考えれば失敗だと簡単にわかる事を先程から繰り返していたのは単にオレの準備不足か。あるいは心構えが足りなかったか。
この戦闘の次はどうするか、と戦う前から終わった後の事を考えていたのも良く無い。
とりあえず、情報整理してみるか。
複数と戦うなら打ち合わず、囲まれないように立ち回る。牽制も交え、なるべく攻撃を躱すべきだ。反撃は質を上げて一撃で仕留める事を意識する。
振り降ろされた場合は横に躱し、薙ぎ払われれば後ろに引く。武器のリーチはこちらが上なのだから、落ち着いて隙きを突けばいい。
忘れてはならないのは、無理せず確実に敵を倒す事だ。
「この先にゴブリンが2体いますね。どうしますか?」
「まずはオレにやらせてくれ」
「承知致しました。ご武運を」
通路を抜けて小部屋に出ると緑色の小鬼達が対角の隅に立っていた。ちょうどこちらを視認したらしく目が合う。
まずは魔法で先制するのは変わり無いが今回は火で行く。
火と風で同じ様に訓練しているのにオレは火属性魔法のほうが魔力制御は得意だ。
中位魔法くらいまでは難無く発動できる。
しかし、詠唱時間が長いのでダンジョンに入ってから1度も使用できずにいた。
宝の持ち腐れも良いところだ。
だから非常に不愉快ではあるがエリーゼの策である引き撃ちを試してみることにする。
「破壊と創造を司りし灼熱の業火よ。無慈悲なる炎を持って汝の威光を顕現せよ。我に仇なす愚者の悉くを炙り焦がし焼き溶かし燃やし灰燼に帰せ」
通路に後退しながら距離を調整して詠唱を行う。ゴブリン共は逃げ出した獲物を捕まえるため、わずかな警戒も無く、真っ直ぐに追いかけて来るがちょうど射程内に入ったところでこちらの魔法が完成する。
「『障火』」
前を走っていたゴブリンの足元から立ち昇った炎の壁は瞬く間に全身を包み焼き上げる。
「グギャギャ!?」
後ろにいたゴブリンも僅かに燃え盛る火を浴びるが、すぐに後退する。
直撃した方は苦し紛れに火傷を負ったまま飛び掛ってくるが、軽く横にステップを踏んで一閃。凶刃の餌食となり、地べたに転がったところを念の為首を突いてとどめを刺す。
『障火』の効果が切れて間合いの開いていたゴブリンが好機とばかりに突っ込んで来る。
でたらめに振り回した鈍器をさがりながら避ける。
「破壊と創造を司りし灼熱の業火よ」
失敗してもリアが助けてくれる。そして、ここにはリアしか居ない。ドジを踏んでも彼女は笑ったり失望したりしない。
「無慈悲なる炎を持って汝の威光を顕現せよ」
意識の大半は魔法を紡ぐのに費やしているにも関わらず、身体は勝手に最適な動きで反応してくれた。
何処か他人事のようで、まるで自分では無いような感覚だ。
「我に仇なす愚者の悉くを炙り焦がし焼き溶かし燃やし灰燼に帰せ」
空振りをしたゴブリンに蹴りを入れて、魔法を発動する。
「『焚』」
オレが唯一使えるこの付与魔法。剣に炎をまとわせて焼き切るというシンプルだが、破壊力の高い魔法だ。
難点は発動を継続する限り魔力を消費し続ける特性があり、長くは維持出来ない。だから、使い道があまり無かったが、詠唱しながら戦えるなら出番はぐっと増えるはずだ。
体勢が崩れている小鬼の首に振りかざした刃が吸い込まれていく。強化された剣撃は魔物の肉をいとも容易く一刀両断する。
ゴブリン一匹に使う様な魔法では無いが今回はあくまで試し斬りだ。
「おお、やりましたね。さすがギル様ですね」
「いや、リアのおかげだ。ありがとう」
出来ないと思ったが案外簡単に出来てしまった。
器用貧乏もまあ捨てた物では無かったか。
地上に戻ったら絶対にこれを物にしなくてはならんな。まだまだ成長の余地があるとわかっただけでも収穫だ。
訪れない可能性もあるが、いつかリアが困ることもあるかもしれない。そのいつかまでに手を貸せるだけの自分にならなくてはいけないだろう。必ずや彼女の力になる為に。
「ぎ、ギル様〜? そんなにじっと見つめられるとですねぇ……その居心地が悪いと言いますかですね……えっと」
「リア……もし、いつか――」
「殿下!」
空気を読めウォルタァァァッ!?
「どうやら、無事そうだね」
「もう、歩けな……い」
「はぁ〜やっと見つかったわね。って、あらラズも一緒だったの?」
転移先が近かったのか四人揃ってやって来た。怪我らしい怪我も無さそうだ。
「ラズ、大丈夫だった? 二人っきりになって舞い上がったギルバートに足とかふとももをぺろぺろされて無いわよね?」
「ギル様はそんな事してませんよ!?」
「リアにそんな事するわけ無いだろう!?」
「……リア?」
「……ギル様?」
「殿下〜? ほんとに何があったんですか?」
3人が訝しげな顔でオレを見ていた。
「ただ以前より仲を深めただけだ。そうだろ、リア」
「えっ!? あ、はい」
ウォルターとルーカスが渋い顔に変わり、オレの中で謎の優越感が生まれる。アイザックは驚いた顔を浮かべているので、今の所はライバルでは無さそうだ。もちろん、油断は禁物だが。
「いや、あんた手を舐めるわ、女子寮に乗り込んでくるわで前科があるでしょうが。まあ何もされて無いならそれでいいのよ」
「ふざけるのも大概にしろ。あれはただの挨拶だ。どうしてオレが変態呼ばわりされねばならんのだ」
いくらなんでも、そんな不名誉なレッテルを貼られるのは御免被りたい。
「はいはい。じゃあ、さっさと上って帰るわよ。疲れたからラズあんたが戦って良いわよ」
「やったー! わたくしもうずうずしていたんですよ」
リアは諸手を挙げてぴょんぴょんと跳ねている。体操服でその動きをすると豊満な胸部がアグレッシブになるので危険だ。
「はいはい、わかったからほら進むわよ」
「いやーすっかりエリさんのパーティーですね」
エリーゼを含め全員が顔をしかめる。それはたぶんだが、誰も得をしない気がする。
「嫌よ。そこは王子か聖女パーティーにしときなさいよ」
珍しく意見が合う。実力で決めるなら誰も追随出来ない程の差で聖女パーティー確定だが、リアの存在をひけらかす訳にもいかないので出来れば一歩引いた名前が無難だろう。
冒険者ギルドに管理を任せているダンジョンに入る時はパーティー登録をしないと入れないが、オレがいれば未登録でもほぼフリーパスなので考える意味は特に無いけど。
「でも、パーティーの名前って結構リーダーの特徴とかを採用してますよね? わたくしポーターですから戦闘に参加してませんし、やっぱり指示出してる人がリーダーですよね」
「だったら指揮なんか辞めてやるわよ!」
「いや、このままお前がやれ」
「はぁ? あんた自分でやりたいんじゃ無かったの?」
「少しばかり戦い方を変える事にしたから、今後は指示を出す余裕が無くなる。それに、後ろから見たほうが全体が把握出来て有利だろう」
「あっそ。あんた……何か変わったわね」
「気づいてしまったからな。お前に働かせた方がオレは楽できる」
「そう聞くとクソ腹立つわね!」
「エリさん、お嬢様が使っていい言葉じゃないですよ。めっ!」
「はいはい」
馬鹿の耳に念仏か。
ならばここは一つ、嫌がらせをしてやろう。
「タニアに言うといい。それが一番こいつへの薬になる」
声を落としてエリーゼに聞こえない様注意しながらリアに耳打ちをする。いつ訪問しても奴のメイドは常識的だった。いつも寝坊した事への謝罪を替わりにしていた記憶が殆だが何度か見たこいつを全力で叱りつける姿は何もしていないオレでさえ後退るほどだ。
彼女にはきっと頭が上がらないに違いない。
「おお、なるほど。それでは早く帰りましょう!」
拳を上に挙げた彼女は目の色を変えて先頭を歩き始める。一人を残して全員が後ろに続いた。
「ちょっと待ちなさい!? ギルバート、あんたラズに何を吹き込んだのよ」
「ふっ、さあな?」
その後もエリーゼがきーきー唸っていたが全て無視した。
……リアの先導は地図を見て歩いているかのように最短で地上へと戻るのに幾らも時間が掛からなかったが、短い体操服の先からちらつく後ろから見たふとももは悪くなかった。
ギル様のテンションがV字回復しました。
性癖に『ふともも』が追加されました。




