第2章10話 挫折
今回は短め。ギル様が落ち込む回です。
どうしてこうなった?
いくら自問自答しても、納得のゆく結論には辿り着かない。わかっているのは自分より優れた統率力をあの失礼な婚約者が持っていた事だ。
エリーゼにパーティーの指示出しを譲ってからというもの、破竹の勢いで攻略が進んでいた。悔しい事に指揮力の差が浮き彫りなった型である。
なんといっても敵を倒す効率がいい。とにかく気持ち悪いぐらいに指示が正確無比でトドメを刺し切れないかもしれないのでは、とオレが思っても必ず相手は死ぬ。まるで敵の命の残量が見える死神のようだ。
「敵が来ました。スライム2体コボルト3体です」
「まずは『鎌鼬』よ。やりなさい、ルーカス」
「わかった」
「アイザック先頭のコボルトだけ狙いなさい。ウォルター、ギルバート、コボルトが残り2体になったら前に出てぶった切りなさい」
「承りました」
「任せて〜」
こんな具合で迷う素振りなど一切見せずにどんどん指示が飛ぶ。そして、わずか1時間ちょっとで既に4階層の途中まで到達するハイペースで進行しながらも、今のところ失敗をする余地など無いくらいに安定している。
決してただの1度も実戦を経験していない筈のエリーゼが出来ていい芸当ではない。
ルーカスの放った竜巻が敵集団を通過して蹂躙する。体力の低いブルースライム2体はズタズタに切り裂かれてドロップアイテムになり果てる。
それでもコボルトは生き残るが、先頭にいた一匹は早くも矢を射掛けられて地面に転がる。ルーカスの魔法とアイザックの精確な弓術だけで敵はかなり消耗する事がわかった。もともとステータスで比較するなら苦戦する相手ではない。敵の数が少ない時はルーカスを温存し、多ければ範囲魔法で削る戦い方で魔力消費もきちんと管理されている。
無駄を極限まで削った指示は出された方も混乱が少なく、皆の動きもどんどんよくなっていった。
コスプレのような格好で現れたと思えば模擬戦でこちらがボコボコにされ、ダンジョンではパーティーの指揮権を実力で奪われ、本当にここのところはろくなことが無い。
あの性根の腐った女にここまでやられっぱなしというのが全く気分が良くない。
どうにかやり返してやりたいところだが反攻の糸口が見当たらず途方に暮れるばかりだ。
「ちょっと、ギルバート早く行きなさい!」
甲高い怒鳴り声に呼ばれてハッとなると、既にウォルターは前進を終えており、完全に出遅れた格好になってしまった。思案するあまり意識が疎かになっていた。
「2体ぐらいなら殿下の手を煩わせるまでもありませんよ。はっ!」
並行に迫ってきたコボルトの側面に回り、1体を袈裟斬りで潰す。あの位置取りならば挟撃を受けることはないし、数秒だけは一対一の構図になるのでウォルターが負ける事など万に一つも無い。
「グルォォォン!」
「甘い!」
仲間を討たれた事に怒っているのか、咆哮しながら飛び掛かってきたが、研ぎ澄まされた爪がウォルターへと届く前に硬い刃が毛皮に包まれた胸へ突き刺さる。
串刺しの状態から地面に剣先を落とすと絶命したコボルトが黒煙になって風に溶ける。
「ウォルターはよくカバーしたわね。褒めてあげるわよ」
「それはどうも」
「つうか、さっきからぼさっとしてんじゃないわよ、馬鹿王子」
「ぐっ……すまん……」
「殿下。王太子がそんな簡単に謝ってなりませんよ」
「ダンジョンの中だけだ。許せ、ウォルター。私にも迷惑を掛けた自覚くらいある」
「わかってんなら次はヘマすんじゃないわよ」
「おお、エリさん。鬼教官みたいですね〜」
ラズマリア嬢はあい変わらずピクニックに来たような様子で一切の緊張は見られない。
あの余裕が今は羨ましいくらいである。
「こんなに優しい私向かって鬼だなんて失礼ね。自分の事を棚に上げてるけど、むしろあんたは鬼よりやばいでしょうが」
「え〜、鬼よりやばいはさすがにヒドイですよ〜」
唇を尖らせて文句を言うが、じゃれ合っているだけのようだ。エリーゼもオレ以外にはそこまで辛辣ではない。戦闘中以外はだいたいこんな感じで二人のやり取りがひたすら繰り広げられていた。
常に周囲に気を配っているのは先頭のウォルターと後方にいるアイザックで、それ以外は索敵を行っていない。
ラズマリア嬢はある程度の範囲は勘で発見出来るらしいが、エリーゼに何もするなと厳重に言われていた。
そろそろ攻略も終盤戦になりルーカスは既に歩き疲れた様子であるが彼よりも体力の無い筈のエリーゼはまだまだ余裕そうな顔をしている。どうやらこちらが知らない秘密はまだまだあるようだ。
こうなって来るとこのパーティーではオレが1番微妙だ。魔法もルーカス程強くなく、剣もウォルターに劣る。アイザックのように精密な遠距離攻撃が出来るわけでも無い。それでも采配を振る事に自信はあったが、その役目も明らかに格上のエリーゼがいる。自身も戦闘に参加しながら、前衛後衛に指示を飛ばすのは難しく、あそこまで完璧な対処は今のオレには出来そうに無い。
役に立っていないどころか足手まといではないだろうか。
「はぁ……」
思わずため息を吐いてダンジョンの壁に寄り掛かる。
カチッ!
……………………は?
足元から目を開けていられないほどの強い光が溢れ、ダンジョンの出入口よりも大きい魔法陣が浮び上がる。
まさか壁にトラップがあるとは……。
「これは……トラップですか?」
「ちょっ、罠を踏んだ馬鹿は誰!? たぶんランダム転移トラップよ。あんたらはちょっとこっち来なさい!」
「ぐおっ!?」
「うあっ!?」
悲鳴の上がった後ろを見ると、エリーゼがアイザックの腕とルーカスの襟首を引っ張っていた。
それから瞬き一つする間に、目の前が純白にも似た明光に視界が塗り潰され、目眩のような感覚に襲われる。
「気持ち悪い……あまりいい感覚ではないな」
一度意識が遠退いてから不意に我に返り、慌てて周囲を見渡すも、周囲には敵も味方も居なかった。どうやらオレは一人で飛ばされたらしい。
オレがいる場所は通路の行き止まりで、今魔物と鉢合わせると袋のネズミになってしまう。大きな群れに遭遇すると苦戦は間逃れない
とはいえ、アイザックやルーカスが孤立するのに比べればだいぶマシだ。彼ら後衛は接近されるまでに敵を倒しきれなければ、抵抗する手段がない。一刻も早く合流して安否を確認したいところだ。
後衛組の内、放っといても大丈夫そうなのは火力と攻撃速度の両方に不安の無いエリーゼだ。あえて弱点を上げるならば魔力容量の低さであるが、ダンジョンに入ってからレベルがいくつか上がっているようなので、多少改善されている筈。
そうでなくともあの感じなら殺しても死なないだろう。
エリーゼといえば、彼女は転移の直前に後衛二人を鷲掴みにしていたがあれは何だったのだろうか?
転移型のトラップである事をすぐに見抜き、わざわざ咄嗟に引き寄せたということはきっと意味があるのだろう。
考えられるのは接触していれば同じ場所に飛ばされるという可能性だ。
もしあの行動が、二人が単独行動になると非常に危険である事を理解した上での措置だとしたら?
それはこの上ないくらい冷静で的確な判断に他ならない。
こっちは罠を起動させたあげく、頭が真っ白になって何一つ出来ないまま飛ばされたと言うのにだ。
余計な事に思考を割いている場合ではないのはよくわかっているが本当に気が滅入る。
とはいえ、いつまでもここで落ち込んでる訳にもいかないので探索を始める。
先程よりもずっと慎重に進まなくてはいけないのは言うまでもない。
魔物の集団を一人で相手取るのがいかに難しいかは身をもって体験したばかりだ。
願わくは敵に遭遇することなく味方と合流したいところだが、数分も持たずに希望が絶たれた。それも悪い方向に転がっている事を嫌でも認識させられる。
「なっ、武器を持ったゴブリンだと? ここは6階層以下だというのか!?」
通路の曲がり角から姿を表した3体のゴブリンの手には先が太くなった木の棒がある。戦いは避けたかったがどうやらこちらを補足済みらしく、しっかりと目があってしまった。
事前に確認した情報によると5階層のボスを倒したその先は魔物の様相が変化する。
ゴブリンは見ての通りで棍棒を振るう。コボルトは弓を扱うようになり、スライムが出現しなくなる代わりにビッグスパイダーが姿を見せるようになる。
ゴブリンやコボルトの武器持ちも厄介になるが、もっとも嫌らしいのがスパイダーだ。
毒は無いが飛ばしてくる蜘蛛の糸に触れると移動を阻害されので回避は必須である。
6階層以降の敵はそれまでに比べると面倒なので、しっかりと対策を練ってから踏み入る筈だった。残念ながらなんの用意も無いまま迷い込んでしまった可能性が高いが。
いずれにせよまずは敵をどうにかしないことには話にならない。
「巡り廻り迸る偉大なる風の化身達よ。汝自在に切り開いては消える道筋を我が前に示せ。『風刃』」
生み出した真空の刃に敵を両断するほどの貫通力はないので1体にしか攻撃は出来ないが、オレが使う『鎌鼬』では威力が低すぎて全く期待できないので致し方ない。ルーカスほどの繊細な魔法制御は難しい。
「グギャ〜!?」
「ギャーギ!」
豪音を上げながら目標に着弾すると、不可視の攻撃に悲鳴を上げるがすぐに怒りに染まった目でこちらを睨みながら疾駆する。
「『風刃』」
こちらも黙って近づかれるのを待つ必要は無いのでもう一発魔法を放つ。
どうせ接近されたら、魔法など無用の長物になるので撃てる時には出来るだけ撃っておくべきだ。
数を減らすため最初に当てた1体を追撃しておきたかったが、前に出てきた別のゴブリンに命中してしまった。
これで3体同時に対峙しなくてはならなくなってしまった。
未だ無傷のゴブリンが棍棒を振りかぶって襲ってくるのを手に持ったロングソードで受け止める。小柄ではあるが腕力に限って言うならばこちらとそう差は無い。
鍔迫り合いの背後からは既に別のゴブリンが迫って来るのが見えた。
まずい。まともに打ち合った時点で一人しかいないこちらは不利だ。
一度仕切り直そうとするがゴブリンはぴったりと張り付きこちらの動きを封じてくる。
今出来ることを模索するが良案は浮かばないまま、刻一刻ともう1体がどんどんと近付いて来た。
そして、棍棒を振りかぶって側面から襲い掛かろうとしたゴブリンが突如消える。さらに目の前にいた敵の胸のあたりから何故か人の腕が生えてくる。
そして、驚いて思わず後ろに飛び退いたオレをのんびりとした声が呼び止めた。
「ご無事ですか〜、殿下?」
腕の先に繋がっていたのは桜色のくせ毛を少し乱した運動服姿のラズマリア嬢だった。もはや瞬間移動でもしているのではないかと疑う程の電光石火ぶりである。
「……ああ」
ラズマリア嬢が来なければ間違い無く負傷していた。
よりによって彼女に助けられてしまった。もはや泣きっ面に蜂とでも言うべきか。失敗続きで嫌になる。
今のも上手く立ち回れば十分に無傷で敵を退けられた範疇なだけに、余計に悔しい気持ちである。
以前ダンジョンに挑戦した際にはそれなりの騎士が同行しており、必ず一対一になるよう調節されていたのを思い出した。
今更だが複数の敵を想定した訓練もやっておくべきだった。
そもそも能力的にどっちつかずのオレは剣も魔法も鍛えなくてはなら無かっただろうが、満足に時間はとれていない。それ以外にもいくらでもやる事があった。
だが下手をすれば過労で倒れる程の教育課程を強いられ、オレと近い境遇にあるラズマリア嬢は天災に匹敵する程の力を勝ち取った。おそらくギフトの影響はあるにせよ、忙しい事を言い訳に出来まい。
腕に突き刺さったまま宙吊りになっていたゴブリンが弾けるように消滅すると何事も無かったかのように彼女は柔和な笑みをこちらに浮かべる。
……人類から見た聖女は魔物から見た悪魔に違いない。




