序章3話 悪役令嬢の始まりは
そういえば、作戦はもう一つだけあった。
ヒロインと早期接触&仲良くなって助けてもらおう作戦である。
残念ながら当のラズマリアがお茶会にすら参加しないので、どうやっても会えなかったのよね。
ストーリーと唯一違うのがヒロインの聖女覚醒であった。本来は学院に入る半年前に光魔法に目覚める設定だったのに、9歳の時に決まった王子との婚約から数か月後にはすでに聖女認定されていた。その後、聖女としての教育を施された為、多忙を極めているとか。噂で聞いた話なので事実関係は不明だけど。
よって唯一残された破滅回避の手段は誰も虐めず、目立たず、道端の石に徹すること。
王子? 欲しけりゃくれてやる。こっちは端からいつでも譲るスタイルだ。というか、年に数回会うけどいつ会っても自分を殺すビジョンが頭をよぎるので顔も見たくない。
まあ、幼い頃の王子様を見れたのは良かったけれど。相変わらずのイケメンだったし、態度も紳士的なのでさぞかし多くの令嬢を虜にしたことだろう。
ところが、不思議な事にゲームのエリーゼは王子への嫉妬心を募らせるような描写はなかったのだ。セリフは王妃になることにしか興味が無いような内容のものが多い。
攻略サイトにもそこを指摘する考察がいくつもあって、実は他国と繋がっていたのでは無いかとか本当は悪魔説とかもあった。いずれにせよ何か目的があって権力を必要としているのでは、と言われていた。……はず。
プレイヤー目線だと悪役令嬢のことなんかあんまり気にしていなかったから、そんなに覚えていないのよね。
『なんでお前ばかり何もかも上手くいく! お前が汚れればよかったのよ!!』
エリーゼがラズマリアに八つ当たりするセリフが何故か不意に浮かんだ。口ぶりからして何らかの汚れがエリーゼにはあるらしい。しかし、ここに至るまでの自分にその答えが埋められる出来事は記憶にない。
しかし、彼女は入学パーティの時点ですでにヒロインを目の敵にしていた。
何か見落としているのだろうか。いや、何を見落としているだろうか。確実に何かあるはずだ。
物思いに耽る私を運んでい馬車が突然、動きを乱して大きく揺れる。
「きゃあっ!?」
車内の壁に大きく叩きつけられ、背中やらお尻やら身体の至る所に痛みが走った。
だが問題はそれだけに留まらない。馬車の外からは殺伐とした喧騒が聞こえてくる。さらに馬車の扉をガンガンと叩いて壊そうとしている音が鳴り響く。
って、襲撃されてる!?
「え、待ってまだ何もして無いし、誰の恨みも買ってないのに、ストーリーが始まる前に殺されんの!?
いやいや、なんでそこだけ原作無視するのよ!?」
などと悪態を付いている間に、最後の砦である扉を破壊される。
「おう、こいつはまたえれえ、べっぴんだな。ちいと乳は足りねぇが悪くねぇ。ひょっとすりゃ、金貨1000枚もあるかもな」
髭面の男がサーベルを片手にこちらを舐めるような目で見ていた。どうやら、私を売るつもりで襲ってきたらしい。
「アジトに戻るまで我慢なんざできそうにねぇから、味見させてもらうぜ」
王子の婚約者である私の護衛はそれなりに手厚く配備されている。が、それらを前にしてこの余裕があるという事は、よほど腕に自信があるのだろう。
男のゴツゴツした手が私のドレスの襟を乱暴に掴むと横倒しになった馬車の外に引きずり出され、地面に転がされる。
「くぅっ……!」
本日何箇所目かわからない打撲がまた増え、旅用の地味なドレスが土で汚れてしまった。視界にはズボンを脱ぎながらこちらを見て下品な笑みを浮かべる男の姿。
奥歯を噛み締めて睨めつける事が今の私に出来る唯一の抵抗だ。
ようやく合点がいった。エリーゼはこの男に汚され、復讐の為に王妃を目指したのだろう。最後には手段を選ばずヒロインを排除しようとしたのはこの事件が原因だとすればすべての辻褄が合う。
ある意味これが悪役令嬢としてのストーリーの始まりなのかもしれない。
「すべては台本の中……なのね」
こうしてこの時の私は何もかも諦めてしまった、
実は台本なんて既にくしゃくしゃに丸めてごみ箱に放り込まれていたとは知らずに。
「オリハルクス家が長女ラズマリア!」
少女の可愛らしい声が染み渡るように響き、混沌とした戦いに一時の静寂をもたらす。この場にいた皆が声の方に顔を向けて立ち尽くしていた。
声の主は空にいた。翼のような光を背にまとい、桜色の髪をたなびかせながら力強く声を張り上げる。
「参ります!」
そこからはあっという間だった。
目の前にいた盗賊の頭らしき男は急速接近してきた少女により数発の拳を腹部に叩き込まれた後にサマーソルトで打ち上げられた挙句、空中で振り下ろされた手刀による瓦割を顔面に喰らって地面にキスをしていた。更にその顔のすぐ横に急降下してきたラズマリアの拳が大地に穴を開ける。
何度もプレイしたからわかる。本人もそう名乗っていた。あれはヒロイン、ラズマリア・オリハルクスだ。
そしてあの一連の動きは前世のとある格闘ゲームのコンボである。
「なんでラズマリアが拳で闘う脳筋物理アタッカーになってんのよぉぉぉっ!?」
伯爵令嬢にあるまじき絶叫は虚空へと吸い込まれるのであった。