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第2章9話 辛勝

 ウォルターが持ってきていた予備の袋を手に持ったラズはご機嫌で一行の中心を歩く。

 それとは対照的に隣を行くエリーゼは不気味な笑みを浮かべていた。自らの糧となる魔物を彼女は待っているのだ。

 最低レベルで経験値増加の補正が掛かった状態から魔物を倒そうものなら鰻登りで成長するに違いない。

 彼女は今魔物を殺したくてたまらない衝動を何とか抑え、獲物を探す飢えた獣なのだ。


 そんな最中、待ちに待った餌がやって来る。


「コボルト3体。それもこちらに気づいていませんよ。どうしますか、殿下?」


 先頭のウォルターが敵を発見した。

 コボルトは2足歩行をする犬の魔物ので、鋭い嗅覚を持ち本来の索敵範囲は広いがダンジョンは空気の流れが少なく、近眼である為遠くの敵は見落としがちだ。


「そうだな――」

「さあ、二人とも上手に避けなさい! 大地よ! 『速石砲(ストーンキャノン)』」

「――うおっ!?」


 前衛二人が慌ててしゃがむと、頭上を石の塊が通り過ぎる。


 エリーゼの放った一撃は50メートル程の距離から狙いを違う事なく3体のコボルトを1度に打ち抜く。


 遠くから「キャウン」という声が3つ響き、黒煙に変わって消滅する。


「っしゃあ、三枚抜きよ!」

「コボルト結構可愛いのに容赦無いですね、エリさん……」


 拳を強く握る友人にドン引きしながらラズはドロップの回収にとてとてと乙女走りで向かう。


「この全身から力が漲る感じは……間違い無いわ! レベルが上がってる! お〜っほっほっほ!」

「婚約者の頭がおかしくなったぞ、殿下?」

「おかしくなかった事なんてあったか?」

「「「……あー」」」


 言葉を失った三人の目が泳ぐ。

 栄えある王立学院の入学式に平然と寝坊してくる傍若無人な頭の持ち主を擁護する者は地の果てまで探しても見つかるかどうか定かでは無かった。


「うるさいわね。全部聞こえてんのよ、野郎ども。地の底に埋められたく無かったら、私の為に魔物を殺して殺して殺しまくりなさい!」


 極めて猟奇的な発言に紅蓮のような髪と目も相まって見た目が完全に悪役である。悪役令嬢なので大きくは違わないかもしれないが、とにかく迫力満点だ。


「……山賊の首領だってもう少し上品だろうな」

「あら、ここにも経験値の無さそうなコボルトが居たわね。まとめて撃てばよかったわ」


 普段から誰に対しても失礼なエリーゼだがひと目の無い場所では例え相手が王太子であろうとも細胞膜以下の薄っぺらい外面すら消え失せる。もはや両者からは殺気が出ていたが、三人は介入する気になれなかった。

 ただ、睨み合いは長く続かなかった。


「皆さ〜ん! 魔物がたくさんいらっしゃいましたよ。せっかくなので倒さず連れてきましたからどうぞ〜」

「グギギギ〜!」

「ガウガウ!」


 落ちた魔石を拾って帰ってきたラズの乱入により中断せざるを得なくなる。


 正確に表現するのであればラズが連れて来た魔物の団体によって、であるが。


「……撃つならあっちの方が良さそうだぞ」

「ええ……あいつ何やってんのよ!?」


 コボルト4体とゴブリン4体の混成集団がラズを筆頭に怒涛の勢いで迫りくる。恐らく二つの群れが途中で一つになったのだろう。


「ルーカス、エリーゼ範囲魔法の準備だ。ウォルター、私と前に出ろ迎え撃つぞ。アイザックなるべく足を狙え。後衛陣はラズマリア嬢に当てないよう留意しろ」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。剣で戦う暇があったら魔法を撃ちなさい。どうせラズなら『速石砲』が顔面に刺さっても、雨粒が当たったくらいの感覚だろうから、まとめてぶっ飛ばすぐらいの気持ちで行きなさい」

 

 ギルバートの指示通りルーカスはぶつぶつと詠唱を始め、アイザックが先頭のラズ以外へと矢弾を浴びせていく。

 間もなくラズがこちら側に到達する。


「それでは頑張ってくださ〜い」


 すれ違いざまにラズの掛けた発破が、ウォルターを奮起させた。

 類まれなるギフト、『方士(オーラマスター)』を発動させ、全身に魔力を纏う。青白い光を帯びたシールドを前面に突き出し、魔物にチャージを掛けた。さらに指示を出した本人も先陣を切った従者に遅れを取らぬよう走る。

 エリーゼを含めた後衛組はアイザック以外移動力が低く、置き去りになってしまう。


「ちょっと、何でわざわざ前に出てんのよ。そんなことしたら孤立するでしょうが……」


 ゲームでの戦闘を含めて言うならば戦闘経験の豊富な彼女からすると、無策としか言いようの無い行動にエリーゼは思わず眉間を押さえた。

 前衛と後衛には適切な距離がある。

 現在のように後衛と敵の距離が離れすぎると狙いがつけにくくなるばかりか、フレンドリーファイアへの配慮が必要になる。特に空間を指定して攻撃する魔法はコントロールが難しい。

 しかし、敵の数が多いので魔法を有効に使えないと簡単には押し切れない。

 はっきり言って今の時点で不利だ。


 突進の勢いで少し魔物の集団を押し返したウォルターが片手でロングソードを横薙ぎに振るうが攻撃を察知したコボルトは距離を取っていたので空振る。隙ができたところにゴブリンが飛びかかろうとするも、ギルバートが同じくロングソードで迎撃する。片腕に白刃を浴びダメージを負ったゴブリンは怯んですぐに後ろへ退き、二人を囲む様に他のゴブリンとコボルトが散開して襲ってきたせいで仕損じる。


「二人とも邪魔よ! 範囲魔法に巻き込まれたく無かったらとっとと下がりなさい!」

「そうは言っても、これは動けそうにないですね……!」


 後ろから怒気が飛んでくるが、それに腹を立てる余裕も無い。ウォルターが何度盾で殴り飛ばしてもすぐに再び殴りかかって来るゴブリンと慎重に爪で攻撃を仕掛けてくるコボルトが上手いこと波状攻撃となり、中々撤退の機を掴めないでいる。守る一方で時折反撃するものの、力の乗った剣閃を繰り出す暇など無く、ギルバートも何とかウォルターの死角を埋める対応はしているが敵を倒すところまではいかない。

 エリーゼの懸念通り前衛二人が孤立する形になり、しかも激しく動くので狙いが付けにくい。

 二人とも多対1の戦闘経験に乏しく、敵に囲まれた時の対処法を持ち合わせていなかった。


 後方から彼らを援護するべく、アイザックの愛用の長弓からは矢が絶えず放たれているが、焦れば焦るほど精度が落ちて攻撃対象の上を無情にも矢が通り過ぎていく。


「まずいよ。ルーカスの詠唱が終わっちゃう」

「二人もピンチっぽいですね〜。手を貸しましょうか?」


 詠唱が終われば魔法は破棄をするか、放つかの二択だ。保留などは出来ない。あえてゆっくりと詠唱をする事で発動を先延ばしには出来るが、間もなく完成のところまで来てしまっている。


 旗色の悪そうな二人を援護する為にも、ルーカスは破棄したくなかったが味方を巻き込むのもまずい。範囲攻撃を選択したのが仇となった。早期に破棄をしておけば、他の魔法を撃つことも出来たと思ったが後悔しても遅い。


「はぁ〜……まったく情け無いわね。あのポンコツ二人は私がなんとかするから、ルーカスはそのまま撃ちなさい」


 口を動かしながら、ルーカスは目だけ向けて頷く。


「大地よ! 『地創(アースクリエーション)』」


 杖先に魔法陣が広がると、ギルバートとウォルターが立っている付近の地面の土がせり上がり、即席のシェルターの中に閉じ込められる。


「『乱火(ファイヤーストーム)』。よくやったぞ、赤いの」

「まだ終わりじゃないから油断すんじゃないわよ。アイザック、落ち着いて弱ってるのから狙いなさい。ラズ、あんたはまだ見てて!」


 ルーカスが発動した魔法によりコボルトとゴブリンの集団は炎の嵐に包まれ、既に手傷を負っていた何体かが力尽きて煙に変わった。


 さらに火の粉が散った後も生き残っていたうちのゴブリンの1体が追撃で放たれた矢で頭を撃ち抜かれて絶命する。


「あ、当たったよ、エリーゼ!」

「見ればわかるわ! 大地よ! 『速石砲』」


 エリーゼも容赦無く攻撃を加え、確実に敵の数を減らしていく。残っているのがシェルターの反対側に隠れるコボルト2体になったところで、次の指示が飛ぶ。


「ラズ。土壁破って、馬鹿二人を出して!」

「任されました!」


 エリーゼの指示通り大人しく戦況を見守っていたラズが嬉々として一息の間に『地創』で作られた壁まで駆け寄り手刀を振るう。

 ケーキでも切り分けるように容易く壁に穴を開けると、中から二人が飛び出して来る。


「……本当に埋められると思わなかったぞ」

「このまま殿下と土の中に一生を終える事にならなくて本当に良かったです」

「無駄口叩いてないで残りの敵を斬りなさい」


 安堵したのも束の間でエリーゼに尻を叩かれてすぐに戦線復帰する。幸いにも二人は無傷なので動きに問題はない。


 それなりの火傷を負ったコボルトを1人1体倒すのはそう難しくなく、ほぼ同時にマスコットキャラクターのように愛らしい頭を飛ばして戦闘が終了する。


 一人を除いてどこからともなくため息が漏れた。


「魔石、魔石〜。あ、『ただのアミュレット』ですね。これは当たりですよ〜」


 団体客を招待した張本人は何事も無かったかのようにいそいそと戦利品を拾い始める。

 ラズからするといつでも救出可能な程度のピンチであり、本当の修羅場はこんなものではないと思っているので気にも止めていない。


 なお、味方が作った壁を破壊するのは攻撃でも支援でもないので経験値に影響は無い。だから、シェルターを崩すのに『地創』をもう一度使用するのは魔力が勿体無いと考えたエリーゼはノーコストのラズに開けさせた。


「あんた達……ここから先の指示は私が出すから黙って従いなさい」


 腕を組み低い声で切り出したエリーゼが不機嫌なのは火を見るより明らかだ。

 その視線の先に居るのは婚約者であるギルバート。


「どうして君が指揮を取る必要である? 確かに今回はうまくいかなかったが、試行錯誤していけばいずれ完璧なパーティーになるはずだ」

「私がいなければあんたの指揮でみんな死んでるから言ってんのよ。ま、今日はラズが蘇生してくれるだろうから好きなだけ死ねばいいとは思うけど私はごめんだわ」


 ツインドリルを揺らしながら、両手を上に向けて嘲笑を浮かべる。


「それで、ラズと別行動の時に死んだらどうすんの? そのまま、死ぬの?」

「待って下さい、エリーゼ様。俺が不用意に前へ出すぎたのが原因です。殿下を咎めるのはお止めください」

「あんたが前に出たのは問題だけど、前に出ろって言ったやつが一番悪いに決まってんでしょうが。こいつに言ってんだからすっこんでなさい!」


 自分の行動が裏目に出た自覚があったウォルターはそのせいでギルバートが強く叱責を受ける事に我慢ならなかったが、エリーゼはそれを一蹴する。

 珍しくエリーゼが正論なので周りも口を挟めなかった。当のギルバートは深く息を吸ってゆっくりと吐く。


「ならば君ならあの状況はどうやって対処した。そこまで言うのだから、自分の中で何か最適な戦略があるのだろう?」

「当たり前でしょうが。私なら後ろに敵も居ないし引き撃ちに

決まってるわ」

「……ひきうち?」

「まず最初に射程ギリギリから範囲魔法で削って、後ろに下がりながら遠距離攻撃を浴びせるでしょ。最低でも接近戦に持ち込む半分以下に敵の数を減らしてからだわ。でないと前衛を突破された時にスライム並みの自衛力すら無いルーカスがすぐに脱落するわよ。今回みたいに離れ過ぎて前衛が袋叩きに遭うってのもあるけど」

「しかし、魔法を使い過ぎたら攻略の途中で魔力が尽きるだろう。やはり、序盤は接近戦を主体にした方がいいのではないか?」


 ギルバートとエリーゼが真剣に話し合っているのは実に婚約してから初めての出来事である。まさか話題がダンジョン攻略の戦術についてになるとは誰も予想していなかったが。


「だからこそ戦闘開始直後に使うのよ。魔力が完全回復しているって事は自動回復を無駄にしている事と同義なのよ。万が一、魔力が底を突きそうなら不用意に動き回らずに都度休憩してから進めば問題ないわよ」

「ふむ……」


 ギルバートは自分のあごに触れながら考え込む。これは彼の考える時の癖で、いつも無意識に行っている。


――ん? 何かしら、この既視感は?


 エリーゼは何故かその行動に引っ掛かるものを感じたが、その正体に至る前にギルバートが再び話し始める。


「いいだろう。ならば、次は君に任せよう」

「嫌に素直ね。なにか碌でも無いこと考えてないわよね?」

「とんでもない。ものは試しと思っただけだ。他意は無い」


 ギルバートは自身の判断がそこまで間違ったものだとは思わなかった。

 序盤から消耗の激しい戦い方をするのは望ましく無い。ただ今回は温存出来るほど戦力的に余裕が無かったので苦戦したし、失策であった自覚はある。だから魔力消費を抑えて戦えるギリギリのラインを見極める事が出来れば問題はない筈だ。

 そして幾度か経験を積めばその目安を掴める自信がある。


 せっかくエリーゼが自ら指揮を買って出たのだから、皆の力を測ることに徹するのは悪く無い。

 それに今日ダンジョンに入る前までレベル1のままで実戦経験皆無のエリーゼが目まぐるしく動く戦況の中で的確な判断をくだせるとは思えない。何度か失敗すれば、こちらに指示役を返すだろう。


 だから、ギルバートはエリーゼを試金石程度に考えていたのだ。


 しかし、この時の判断をすぐに後悔する事になった。

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