第2章7話 初めての休日〜sideギルバート
今回はほぼギル様主観です。
入学してから最初の休日を迎えたが、休む暇が与えられるとは限らない。
今はまだ王太子と言いつつもオレが現在取り仕切ってる政務はそれなりに多い。というのも、既に陛下は高齢になっており、実務能力が衰えてきていることと、それに伴う譲位を遠く無い将来に控えている為、立場に見合った以上の役務が情け容赦無くやってくるからだ。
従って油断すると机の上は雪を被った雪原のように書類で真っ白になる。
さらに悪い事に今月からは油断せずとも、しんしんと積もる予定になっている。
当然、学院へ滞在中は処理が止まる。
血反吐を吐くくらいには家庭学習が進んでいる中、今更講義で得られる知識等は特に無い。ただ執務に掛けられる時間が毟り取られるだけだ。
かといって全く出席すること無く卒業などしようものなら、「身体の加減が優れないのでは」とか「実は頭が悪いのでは」といった根も葉もない噂に繋がり兼ねないので一概にデメリットだけ出ないのが余計に質が悪い。
悲しい事に能率が下がると知りながらも顔を出さねばならないのだ。
掃いて捨てるほどある書類の中身は重要なものもあればどうでもいい報告や承認願が入り混じっているので適当に署名する訳にもいかないところがまた歯がゆい。
「厨房の軽微な改装まで伺いをたてなくてもいいだろうが」
王城の所有者は言わずもがな国王陛下であり、それを改造するとなるとその人自身の許可がいる。わかってはいるがこうも忙殺されていると、嘆かずにはいられなかった。
気を紛らわせる為にも減らした傍から増えていく紙の山と格闘しながら、即位後の事について思案する。
このまま行けばあの忌々しいエリーゼが王妃になるだろう。
今よりも公務が増加する上に妃の尻拭いまでするのは至難の業である。きっと過労で死ぬ。
即位直後は国内外の情勢に影響を及ぼす事が容易に予想が付き、もたつくことなく代替わりできなければ求心力を問われる恐れまである。近年、危機らしい危機もなく王家の威光を示す場が限られている今、細かい失策は出来るだけ避けたい。
そう言った意味でも、王家の泣き所となり兼ねないエリーゼを野放しにするべきでは無いだろう。
決してこの間ボコボコにされた逆恨みでは無い。
そしてラズマリア嬢が欲しい。超欲しい。
なんせ存在そのものが権威の塊である。それこそ大きな失策でもなんとかなる。
しかもあの小生意気な女と違って素直で聞き分けが良い。
どうにかして手に入れたい理由は腐るほどあるが、籠絡に至るには困難を極めそうだ。
そんな事を考えているとこんこんと、乾いたノックの音が執務室に転がる。
「入れ」
「失礼します。至急ギルバート殿下にお渡しする様、書簡が届きましたのでご確認願います」
若い文官が小さく薔薇の模様が入った封筒を手渡すとすぐに去っていった。
……あの封筒は大抵、碌な内容では無い。言われたとおり速やかに封を破って中身に目を通す。
「なっ!?」
短い文章よりもまず最初に目を引いたのは、紙面に落ちた血痕だ。インクかとも思ったがどうやら違う。
『我が姫が男性と街に行く模様。相手は不明。こちらは動けないので追跡願います』
邪な考えが災いしたのか、ただでさえ足りない貴重な時間が更に削られる事になった。
☆
秘密裏に城を抜け出したオレはまず学院に向かう事にした。
「ちょっと留守にする」と書き置きを残してから出て来たものの、すぐに追手が放たれるだろうから速やかに対象を捕捉しなくては。
封筒と筆跡から判断するならば手紙はマーガレットが寄こしたもので間違い無いと思われるが、如何せん手元にある情報が少ない。
一体どのような意図で何者が行動を起こし、どうやってラズマリア嬢を連れ出したのか。
いずれにせよマーガレットが不覚をとったのであれば一筋縄で行く相手では無い。
しかし、行き先もわからないまま、王都を探し回る訳にもいかず、まずは人手の確保と情報収集を優先する事にした。ただし、ラズマリア嬢の秘匿情報を知る者は限られている為、使える人員は多くない。
普段は馬車で行く道をこっそり拝借した軍馬で駆けて校門をくぐる。
まずはウォルターだ。
騎士団の訓練は最初に覗いたがそこには居なかったので、まだ寮に居るに違いない。あいつはどうせ訓練以外にする事が無い。
速やかに下馬して、学院の入口から少し入ったところにある馬小屋に馬を預ける。そして、そこから男子寮へ向かう途中知ってる顔を見つけた。
「いいところにきたアイザック。ウォルターを見てないか?」
勉強嫌いの彼が何故か厚い本を幾つも抱えていたが、それを訊ねてる暇は無い。
「ウォルターなら朝方、ラズと出掛けるのを見たけど。殿下は休みの日に何故こちらへ?」
「人のデートをぶち壊しに来た。ん? ウォルターがなんだって?」
「どんな用事? だからラズと街に行ったみたいだよ〜」
「………………はぁっ!?」
アイザックのもたらした情報に思わず声が遅れて出てくる。
ラズマリア嬢を街に誘い出してマーガレットを負傷させたのがウォルター?
そんな、阿呆な話があってたまるか。
さっさと、本人を見つけてどやしてやる。
見ず知らずの人物を探すのならともかくウォルターの行き先であれば容易に予想建てが出来る。
☆
「で、学院からお前達を探して遥々とここまでやってきた訳だ。騎士から隠れてこそこそとな」
狭くて薄暗い路地裏からすぐに場所を移し、王都の一角にあるカフェのトイレでウォルターとお互いの事情をすり合わせている。
なおラズマリア嬢は申し訳無いが席で待たせてある。幸いにも彼女の口振りではここも来たかった場所の一つらしいのでしばらくは間が持ちそうだった。
「こっちは朝から東奔西走していたというのに、お前と来たらラズマリア嬢とデートは全く良いご身分だ」
「で、デートのつもりではなかったのですが……」
「つもりではなかったが?」
「で、殿下はどうやって俺達を見つけたんですか。まさか王都中を探して回った訳では無いのでしょう?」
「とんでもない。待ってたんだ」
「……待っていた?」
ウォルターが眉をひそめる。ふむ、どれほど自分がシンプルな生き物かわかっていないらしい。
「まず、お前の事だから学院に近い朝市へと案内すると踏んだわけだ。これがドンピシャで、露店で話を聞けば腰からご立派な剣をぶら下げたお前が絶世の美女を侍らせ、自慢して回ってたらしいじゃないか」
「……侍らせるって……かなり脚色が入ってますね。むしろ人違いでは?」
「黙れ。そして、ダンジョン攻略を控えている今、お前なら武器のメンテナンスに剣を持ち出したのだろうと推理した。するとどうだ。例の武具屋を覗いたら不思議な事にオレと居る時の百倍は楽しそうにしているお前とラズマリア嬢がいるじゃないか」
「男に嫉妬されても嬉しく無いですよ」
「その口縫い合わせてやろうか?」
最近はすっかりと生意気になって、減らず口をよく叩く。それでも、盲目的に従っているよりはマシだろうから決して悪い傾向では無い。これまでがおとなし過ぎた。
女の子にボコボコにされて元気になった変態だな。
「後はお前等が店を出るまでの間にオレを捜しに来た騎士が集まって来たから、身を潜めていたってだけだ」
「それで裏路地にまで入り込んでいたのですね。一瞬、暗殺者が現れたのかと思いましたよ」
「お、暗殺者といえばお前、念の為聞くがここに来るまでに誰か切り捨ててないか? 仏頂面のメイドとか?」
「人を誰でも襲う通り魔みたいに言わないでくださいよ。そんな事するわけが無いでしょう」
渋い表情をしていた面構えが呆れたよう顔に変わる。
いや、お前ラズマリア嬢に襲い掛かったの忘れてないよな?
それは置いといてやはりウォルターじゃ無いよな。マーガレットに一体なにがあったんだ。
いずれにせよ手紙を出したのであれば万が一があっても受け取った人間から報告が届きそうなものだ。今は後回しでもいいか。
「話を戻すが、ラズマリア嬢とは本当にただ買い物の約束をしただけなんだな?」
「ええ。道がまだわからないとおっしゃられたので、案内役を買って出た次第です」
「美少女とデートとは全くけしからんやつだ。よし、死刑」
「殿下が言うと洒落にならないですよ。だいたい貴方にはテラティア嬢と言う立派な婚約者がいらっしゃるじゃないですか」
「お前にやるぞ?」
「丁重にお断りします」
即答かよ。いや、実態を知っている分、ウォルターの中でも評価が低いのだろう。
「よし、決めた。オレもラズマリア嬢とデートするぞ。今決めた」
「ええー……騎士団が血眼になって探してましたよ……」
ウォルターは不満そうだが折角苦労してここまで来たのだ。思いっきり羽を伸ばしてから帰えらねば徒労に終わった虚しさだけが残る。
「そうと決まれば早く席に戻らねばな。レディをこれ以上待たせるのは紳士のすることではない」
「城を脱走して物陰から待ち伏せるのは紳士じゃ無くて変態では?」
「どちらも似たようなものだ。ささっと行くぞ」
トイレから出て席に戻るとラズマリア嬢はゆっくりとケーキを口に運んでいた。
嬉しそうに頬を押さえている姿を見るに待たされた事への不満は特に抱いていないようで普通にカフェを満喫していた。
「あ、殿下。お話は終わりましたか〜?」
「ああ、待たせて悪かったな」
「いえいえ、座っているだけでも楽しいので気にしないでください。ここのお店はケーキも紅茶も美味しいですし、内装も素敵ですし、とても素晴らしい場所へ案内してくださって本当にありがとうございます」
彼女の眼鏡にかなったようです何よりだ。
……追跡を撒くためにわざわざ二階の席がある店を選んだのが図らずも功を奏した。
「礼には及ばないよ。それよりも、ラズマリア嬢は街を観覧して回っていたと聞いたが私も混ぜてもらっていいだろうか?」
「ウォルター様がよろしければわたくしは構いませんよ〜」
「じゃあ、嫌ですね」
「ウォルターは気にしないでやってくれるか。こいつは超弩級の照れ屋でな。本当は嬉しいのに、真逆の事をつい言ってしまうのだ」
「真逆の事……ですか?」
「ラズ様、殿下の言ってることは嘘ですよ」
「ええと、真逆ですから殿下の言っていることは本当なのでウォルター様は照れ屋さん?」
真に受けたラズマリア嬢が可愛らしく首を傾げている。素直なので変な事は言わないほうが良さそうだ。
「……殿下のせいでややこしい事になってますよ」
「ただの冗談だ。忘れてくれ」
「あ、はい」
「さてウォルターはどうでもいいとして、少し早いがここで腹ごしらえをしよう。ここは私が持つから好きな物を頼むといい」
さて、オレは何を頼むかなと席についたところで面倒くさい横槍が入った。
「何勝手に決めているのですか。ラズ様の勘定は俺が持ちますから、殿下の財布は必要無いですよ」
「私が案内した店なのだから、私が出すのが自然だろう。命令だ、払わせろ」
「仕方ありません。騎士をここに呼びましょう」
「構わんぞ。お前に呼ばれたから城を抜けたと証言してやろう」
お互い笑顔でにらみ合いに発展する。
伝票の奪い合いどころかまだ頼んでもいないのに支払いで揉めるのもおかしな話だ。即位したらそれこそ街で周りを気にせず飯を食べたりおごったりなんてのも無くなるのだろう。そう考えると非常に複雑である。
それにしてもウォルターが支払い一つにここまで食い下がるとはラズマリア嬢が余程気に入ったと見える。
ボコボコにされて悦んでいるだけで無く、今度は貢ぎたくなったか。
「はっ!? じゃあ、わたくしが!」
「「それは無い」です」
「ええ〜……どうぞどうぞってなる流れじゃないんですか!?」
どうしてそう思ったのかわからないが、それだけはあり得ない。ウォルターも同じ事を思ったのか眉が下がっていた。
結局ウォルターとオレが折半する形で決着が付き、各々食べたいものを食べる形にした。
そして、出てきた料理を平らげて、腹も満たされて来たので次の話を切り出す事にした。
「さて、この後の行き先だがラズマリア嬢は景色の良い場所に行きたくないか?」
「行きたいです!」
元気良く手を上げて返事をする。
領地から出たことがないと聞いたので、きっと興味があると思ったが正解らしい。本当の事言うならオレが行きたい。
「よし、ならば次はそこへ行こう」
「はい。それでどこに行くんですか?」
「ふむ……ついてからのお楽しみだ!」
「サプライズですね! 早く行きましょう」
「……むむ」
今にも店から飛び出しそうなハイテンションのラズマリア嬢を見てウォルターが唸る。
ふ、勝ったな。
ウォルターに目だけやって、挑発するように口角を上げてやると僅かに悔しさの色が見える。
カフェを後にしたオレ達は騎士の目から逃れるために裏路地を進む。
太陽は真上に近づいて来たので、道は先程より数段と明るくなっていた。
「そういえば、殿下は何故こちらにいらっしゃったのですか?」
まさか貴女が男と出掛けると聞いて着の身着のまま執務室を飛び出してきました、とは言えないので適当に濁す。
「ウォルターに確認したいことがあっただけだ。だからもう用事は済んだよ」
「そうでしたか。お二人は仲がよろしいのですね」
「君とエリーゼ程じゃ無い」
良い機会なので気になっていた事を聞いてみる。
「エリさんとわたくしが仲良しに見えますか! エリさんはわたくしにとって初めてのお友達なので嬉しいです」
……友達がいない同士引き合ったのだろうか。
「さあ、そろそろ着くな。広場に出たら少しだけ走るから、後ろをついてきてくれ」
広場に出たら血眼になった騎士が、うようよ居るはずだ。言葉に困って深く追求するのを止めた訳では断じて無い。
路地を抜けると人の往来が絶えない大きな広場が見えてくる。目的の場所はその中央にそびえ立つ大きな建造物。
「さあ、あの時計塔に上がるぞ」
街に住む人々に時を知らせる古い塔の内部は点検を行う他、遠くを見渡す為の見晴らし部屋へ続く階段があり上に昇れる作りとなっている。
塔の出入り口には喧騒の絶えない広場を見張る衛兵が配置されており、高所から監視する目的で中にも人がいるので扉が開いている。
あちらこちらに見える騎士を掻い潜り、どうにかオレ達は入り口に辿り着く。
「中に入る。通してくれ」
「ん〜? ここは関係者以外立ち入り……し、失礼ですが、殿下であらせられましょうか?」
「ああ、そうだが?」
「ど、ど、どうぞお入り下さい!」
若い衛兵の男は飛び退くように道を譲ったので、扉を開けて中に踏み入る。
「関係者以外立ち入り禁止ですよ、殿下?」
「覚えておけ、ウォルター。王都で私の入れない場所は無い」
「女子寮でもお構い無しですもんね」
「お前も入ったから同罪だろうが」
悪い事をしたみたいに言うな。確かに帰りは非常に気まずかったが。
「わあ、時計塔の中はこのようになっていたのですね。感激です!」
内部は外壁に沿った螺旋階段になっており中心は吹抜けだ。
一歩歩くたびに足音が響き、三人分の靴音が反響する。
この場所がお気に召したらしく上を見上げながら歩くラズマリア嬢は右にフラフラ左にフラフラと揺れながら階段を上がって行く。
って、これは踏み外すな。
「ラズマリア嬢」
「あっ!? す、すみません」
片脚の一部がぎりぎりのところにかかったところで手を握って静止する。彼女はすぐに中程に移動したので手を放した。以前の様な激しい反応は無く、警戒が少し解かれたように感じる。
「下も見たほうが良さそうだ。それとも手を貸そうか?」
「いえ、それは申し訳ないです。気を付けます……」
しゅんとうなだれている姿を見るとこちらが悪い事をしたみたいな気分になるのであまりよろしくない。
「さあ、早く上に行こう」
「は、はい!」
「くっ……またしても」
程無くして長い階段を登り切ると、春の冷たい風が横に吹き抜ける。
到達した屋上で眼前に拡がるのは遠くまで連なった屋根と霞の掛かった青い山々だ。
この雄大な景色はいつ見ても心が洗われる。王太子として日々感じる不安や虚無感を消し去ってくれる。
そして、小さく見える人々はこの街が生き生きとしている事を教えてくれる。
「わあ〜! 絶景です! あっちに見えるのが学院ですね。王城も綺麗に見えますね。え〜と、あの建物は何でしょうか?」
「あれは教会だな。聖女像や聖女様の活躍が描かれたステンドグラスなんかがあって結構見応えあるな」
「聖堂も立派でしたね」
「ご先祖様関連と聞いてしまっては一度行かなくてはなりませんね。今度お出かけする時はあそこに行きましょう」
早いものでもう次回の事を考えているらしい。羨ましい限りだ。
とはいえ彼女の存在は積極的に広めていないので、今は一般市民に認知されていないが、いずれ彼女も我々王族と同様に息苦しい日々を送る事になるだろう。少し申し訳無い気持ちになる。
「ああ。行ってくるといい」
「え〜、殿下は行かれないんですか?」
「腐っても王太子ですから、あまり簡単に出歩けるけないんですよ」
「腐ってもは余計だ。そして即位したら尚の事だろうな」
「そうなんですか? 王様ってわがままで何でも思い通りになると思っていたので意外です。王様だってお出掛けぐらいしてもいいじゃないですか。何でしたらわたくしがご一緒すれば基本的に護衛は不要ですよ!」
腰に手を当てたラズマリア嬢は自慢気に胸を張る。胸の存在感に目を持って行かれそうになるが既の所で踏み止まる。
確かに、彼女さえ居れば護衛を外しても困らないな。彼女で対処出来ない外敵を排除出来る筈もない。加えて蘇生も可能だからな。
「なるほど。じゃあ、結婚しよう!」
「「何でそうなるんですか!?」」
ウォルターと彼女の声が綺麗に重複する。
流れで口説いてみたけど、反応は微妙か。
「そのほうが一緒に行きやすいと思わないか?」
とりあえず、言い訳しておく。
「それはそうでしょうけど。って、そもそも、殿下にはエリさんがいるじゃないですか」
「……今日はいい天気だな」
「一生懸命墓の穴を掘ってるところ悪いんですが、殿下にお会いしたい騎士がここに殺到して来てるみたいですよ?」
広場に目をやると鎧を来た男の数が両手の指で数え切れないくらいには集まっている。
下の衛兵が呼び寄せたか。
「ふむ、今日はお開きだな」
「そうですか〜。残念です」
「まあ、また来よう」
「はい。三人でまた行きましょう」
三人か。
これはあれだな。ウォルターも含めデートって意識が無いな。
難攻不落の要塞を相手にしているような気分になったが、すぐに切り替えて長くて短い階段を下り始める事にした。
残して来た仕事は極力考えない事にする。
☆
ギルバートと別れ、その後も少しだけ街を堪能したラズは興奮醒めやらぬままに自分の部屋へと戻って来た。左手には植木鉢を右手には菓子とお茶の入った袋を持ったまま器用に扉を開け放つ。
「ただいま戻りました! 王都はとってもいいところでした! 素敵なお土産を買ってきたので……って、リタ!? その顔は一体どうしたのですか?」
ラズマリア専従有能メイドであるリタの小さな鼻の穴には丸めた紙が詰められていた。
「お出掛け服を纏ったラズ様は天衣無縫の極みに他なりません。私には刺激が強すぎたようで今朝はいつまで経っても鼻血が止まりませんでした。これ以上の出血は生命維持に支障をきたし兼ねませんから、鼻に栓をしたままでお許しください」
「よくわかりませんが、あまり無理をしないでくださいね?」
「お気遣い痛み入ります。それでデートは如何でしたか」
「それはもうすっごく楽し………………デー……ト?」
ぽかんと口を開けて、動作不良を起こした画面のように停止する。
「はい。朝お聞きした際に男性と街を歩かれるとの事でしたからデートかと思ってましたが」
「ど、どうしましょう!? わたくし知らない間にデートをしてしまいました!?」
――あ、やはりお気付きになられていなかったのですね。鈍感なラズ様もなんと愛らしい。
「はっ!? そうだ。途中からはギルバート殿下もいらっしゃったのでデートは無いはずです。そうに違いありません。ね、リタ?」
「はい。その通りで御座います、お嬢様」
基本的に主人全肯定メイドであるリタは例えそれが黒曜石だろうが消し炭だろうが果ては禍々しい瘴気ラズが白と言えば白だと頷く。
結局、無理やり納得しようとするもやはり悶々としていたラズを見ながら、リタも内心で悶えるというやり取りがしばらく続いた。
精神年齢がようやく幼児を脱したラズの思春期はまだ始まったばかりである。
次回はついにパーティーでダンジョンへ




