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第2章5話 悪役令嬢vs王子様

意外と早く書き上がった。

 エリーゼによってラズが連行された後、ギルバート一行はアン先生の指示に従って地下訓練場へと移動していた。

 地下訓練場は普段はあまり使われないが、地上にある魔法科や騎士科の訓練場が混雑していると、こちらにも人が流れて来ることがある。訓練場と言いつつも魔法や弓の的であったり、剣や槍で打ち込みを行うためのかかしの数が少なくあまり使い勝手はよろしくないので人気が無い。


「事前の連携確認はこんなものでいいだろう。後は実戦で調整していくしかない」

「それにしても、何で僕達だけ別メニューなんだ。講義を受けても大した内容ではないだろうけど、自分達で訓練して勝手にダンジョンに潜れってのは乱暴にも程がある」


 古びた木製の杖を持ったルーカスが不満を漏らす。過去にダンジョンへ入った経験はあるがきちんとした引率のいる環境で潜っていたに過ぎないので、学生だけのパーティで入るには不安が残る。せめて、問題が無いかくらいは確認するべきだと思ったのだ。


 それに対してギルバートは若干バツの悪い顔を浮かべた。


「それに関しては私が手配した。だから、諦めてくれ」

「理由ぐらいは教えて頂けるのでしょうか?」

「パーティで行動中は敬語じゃなくても構わないぞ、ルーカス。人前だと困るが、他に誰もいない時は楽にしろ」

「わかり……わかった」


 馴れない敬語を使わなくて済むのだからルーカスは素直に受け入れた。自身が王太子にも関わらずギルバートも堅苦しい事があまり好みでは無い。


「さて、別メニューの理由だが、シンプルにラズマリア嬢が魔法制御の講義に参加するのが望ましくないからだ。迂闊に模擬戦なんてさせて、万が一にでも彼女が加減を間違えれば確実に死者が出る。聖女の力で蘇生も可能とは聞いているが誤って殺した時点で醜聞もいいとこだ」

「死者? 待ってくれ、殿下。一体何の話をしている?」

「いいか、今から言う事は決して質の悪い冗談の類ではないからよく聞いてくれ。ラズマリア嬢のレベルは99だ」

「「はあ?」」


 事実を知らなかったアイザックとルーカスの声がピッタリ重なる。困惑する両者にギルバートとウォルターが二人がかりで丁寧に説明して一応の理解を得るが、どちらも納得はいっていない顔を浮かべていた。


「あのラズがドラゴンよりも遥かに強い雲の上の存在だなんて……にわかに信じ難いね。荒唐無稽だけど、殿下にここまで念を押されちゃうと信じない訳にはいかないね」


 突飛な話過ぎて反応に困ったアイザックは持っていた弓を下ろして苦笑を浮かべていた。


「ああ。前回の講義でラズだけステータスを非公表にした事と辻褄は合うか」

「こちらの事情をわかってもらえたようです何よりだ。話を戻すが、かといって彼女だけ爪弾きにして孤立させるのも望ましくない。私だけでも最低限付き添うつもりだったが、いっそ最初からパーティ単位で別行動したほうがかえって違和感が少ないと考えこのような措置を取らせてもらった。ついでに本件は国の最重要機密事項だから悪い形で情報流出が確認された場合は相応の処分を下す事になるのでくれぐれも慎むように」


 立場上すかさず釘を刺したギルバートは深いため息を付いた。


「テラティア嬢はこの事をご存知なのでしょうか?」

「わからん。……が、あれは何の影響も持たない。放っておけ」


 ウォルターに聞かれても、ギルバートはいまいちラズとエリーゼが何故仲が良いのかが理解出来ずにいた。かたや聖女教育を完璧にこなした勤勉な女性と王妃教育を完全に放棄した怠惰の権化。真逆の存在、月とすっぽんと言っても過言ではない。


「さあ、やるわよ、ラズ!」

「まってくださいよ〜、エリさん!?」


 噂をすればなんとやら、件の彼女らが貸し切りの訓練場に姿を見せ、ギルバート達は目を丸くした。ラズに訓練の必要があるとは思っていなかったが、エリーゼに訓練をする気概があるとも思っていなかった。

 教室で別れたときは声を掛けるのが躊躇われるほど不貞腐れていたが、高々小一時間でどんな心境の変化があったのだろうかと、いぶかしげな目でギルバートは婚約者を見た。


 そして、激しい()境の変化に思わず吹き出してしまった。


「エリー、ゼ……君に……ふっ、仮装の趣味があったなんて、知らなかったよ。そんな格好で、何故……ふぅ……ここに」


 腹の内を隠す事に関しては百戦錬磨のギルバートが笑いを噛み殺しきれない程、エリーゼの出で立ちがツボに深く入ったらしい。

 他の三人は面白さがわからずお互いに顔を見合わせた。


「堂々としててもやっぱり笑われたわよ」

「ほっ、ほら、ウォルター様達は笑ってないですよ!」

「まあ、いいわよ。あんな雑魚は放置してとっとと試し打ちするわよ」


 奇抜な格好とは裏腹にエリーゼはこれまでにない不気味な余裕に満ち溢れていたが、ギルバートは虚仮にされたと思いそれに気が付かなかった。


「待つんだ、エリーゼ。勘違いでなければ私が雑魚だと言ったように聞こえたんだが?」

「とってもお強いのに鍛練されていらっしゃったのですねさすがですね殿下はすごいですね来週のダンジョン探索に向けて足を引っ張らぬよう私もこれから励まなくてはいけないのでこれにて失礼致します」


 愛想笑いをごく短い時間浮かべ、早口で挨拶をすると素早くギルバートの脇をすり抜けていった。

 しかし、その背中に氷点下をも下回るような冷たい声の待ったが掛かる。


「なるほど、君もダンジョン攻略に向けて鍛えに来たのなら丁度いい。スムーズな連携にはお互いの実力の把握が必要だと思わないか?」

「ええ、必要でしょうね。スムーズな連携には」

「とても幸運な事にこの地下訓練場は安全な模擬戦を可能にするマジックアイテムを使用することが出来る。せっかくだから試してみないか? 戦ってみれば私達の腕前はすぐに分かるだろう」


 実際の所、この最弱の婚約者をダンジョンに連れて行っても良いのか、という疑問が無いわけではなかった。最悪死んでも困らない。というか、死んでくれると色々問題が減るが、パーティで死なれると非常に迷惑である。何故ならラズに影響を及ぼす可能性があるからだ。

 蘇生は出来るらしいが、不可能な場合もあるかもしれない。故に最低限どの程度動けるのかギルバートは知りたかった。


「ええ、わかりました。そこまで仰るのでしたらお言葉に甘え、殿下の胸をお借りいたしますわ」

「おお、やる気満々ですね〜。エリさんがんばえー」


 エリーゼからしても目的は試し打ちなので実戦形式になっても問題は無い。むしろ王子をぶっ飛ばせると言う事で内心意気揚々としていた。


 両者とも決闘にでも赴く様な面持ちで1段高くなった石畳のステージに上がる。広さは50メートル四方といったところか。

 ギルバートが台に載せられた水晶玉のような物に触れると薄っすらと光る障壁がステージの縁に沿って張られる。


「安全とはおっしゃってましたが、殿下に怪我させないよう注意致しますわ」


 開戦間近となり、エリーゼの煽りも最高潮に達してきた。昨日までは口しか出せなかったが今は手も出せる自信があるので既に調子に乗りまくっていた。


「この空間内であれば相手を傷付けようが殺そうが無かった(・・・・)事になる。一定以上の被害を受ければ自動的にこの空間からはじき出されるので魔力こそ実際に消費するが、それ以外は何ら心配する必要は無い。遠慮無く掛かってくると良い」

「それは良かったです。上手く加減が出来るか不安でしたから」


 一方のギルバートは安い挑発に乗ることなくゆらりと剣を構えて、エリーゼを睨みつけた。


「本当にそんな装備で大丈夫か?」

「ええ。お気遣いありがとうございます」

「そうか。ならば先に仕掛けて来るといい。土魔法を一撃放つ時間くらいはあげよう」


 最初だけ自由に攻撃させてやるという上から目線な態度にエリーゼはあからさまに不機嫌になった。

 実際、強化前のエリーゼであればそれくらいのハンデがあってもギルバートは完勝しただろう。常に移動すれば当たることのない攻撃をするパサランみたいものなのだから結果は火を見るより明らかだ。


「随分と気前がよろしい事で。ですが、後で後悔されない様に戦われる事をお勧め致しますわ」

「心遣い痛み入るよ。だが、構わないさ。早く掛かってくると良い」

「……いいでしょう」


 軽く膝や腰の力を抜いてクレセントムーンロッドの先端を相手に向け、エリーゼも臨戦態勢に入った。


 両者が軽く睨み合いを繰り広げた後、動き出したのはもちろん先手を譲られたエリーゼだ。


「大地よ!」


 『詠唱省略』の効果を隠す事なく振るうと、杖先に展開した魔法陣を地面に向かって突き刺す。


「『地創(アースクリエーション)』!」


 静寂を切り裂く高い声で土魔法の使用を確認したギルバートはその場から離れて彼女の攻撃を回避する為、足に力を込めようとするが思わぬ形でそれが阻まれる。


「うおっ!?」


 ギルバートの足元が突然、隆起して遊園地のスペースショットのように虚空へと打ち上げられる。


「何をしたんだ、あの女!? ろくに詠唱して無かったのに、魔法陣が描き上がったと思ったらお次は土魔法が一瞬で発動したぞ」

「ふっふっふ〜。どうですか、頑張って育てたわたくしのエリさんは?」


 育成ゲーム感覚でドヤ顔するラズをスルーして、自身の培った専門知識を根底から覆す光景にルーカスが思わず唸った。


「まだまだ行くわよ! 大地よ! 『礫烈射(グラヴェルストレイフ)』」


 身体を支えていた足場が土塊に還り、そのまま空中に放り出されたギルバートのところに拳大の飛礫が五月雨のように殺到する。

 魔法陣は落下点近傍に配置されており、落下する勢いを若干削ぎながら下から降り注ぐに硬い飛礫の洗礼を受けていた。


「ぐっ……」


 回避する事も防御する事も叶わず、全身に痛みが走る。ただ苦悶の表情浮かべるばかりの状況に焦りが募ったが、どうする事も出来ない。


「あ、リッチが使ってたのと同じ魔法ですね」


 ラズにとってつい先程見たばかりの魔法であるそれは、威力こそさほど高く無いが魔力を消費する事で弾幕を張り続けられるので相手の詠唱妨害しつつ拘束するのに適している。

 打上げられた身体がどんどん地面に近づいて来たところで、エリーゼが発動中の魔法を手放して次の魔法を紡ぐ。


「さあ、これで終いよ。今すぐ土に還してやるわ! 大地よ! 『速石砲(ストーンキャノン)』」


 可愛らしい杖の先にサッカーボール程の大きさをした砲弾が作られる。魔法で発現する効果には個人差がある。これは術者のイメージ力の差に起因する現象で、同じ魔法でも大きさや形に差が出るといった事柄が挙げられる。

 そして、エリーゼは異世界の知識という極めて非常識的な想像力を持った魔法使いであり、彼女の魔法に強い影響を及ぼしていた。

 通常の『速石砲』は丸石を勢い良く飛ばす魔法だが、彼女の生み出したそれは弾頭の形状でジャイロ回転が加えられている。

 グルグルと高速回転しながら射出された石の砲弾に自由落下のエネルギーも加わった一撃が王太子ギルバートの顔に吸い込まれる。


「く、やめ、ぐほっ!?」 


 目にも留まらぬ速さの弾に撃ち抜かれて、数度地面を跳ねてギルバートの姿が消える。


「うおっ!?」


 このマジックアイテムに失格とみなされた者は影響下にある空間から強制的に放り出される仕組みになっており、ギルバートが地面に転がされた。


 スーパーエリーゼ最初の被害者が誕生した瞬間だった。


「わあ、エリさん強いですね!」

「さ〜〜〜…………っいこうの気分だわ! いつかぶっ飛ばしてやりたいと思ってたのよ!」


 マジックアイテムによる隔絶空間が開放されエリーゼはガッツポーズで大変不敬な雄叫びを挙げた。


「嘘でしょう……あの殿下が負けるなんて」

「おい、女。何を使った。詠唱が短い、発動も早い、低ステータスで連続使用をして魔力が尽きないのもおかしい。今すぐ種を明かせ」

「うっさいわね。女の子には秘密があんのよ。そうでしょう?」

「はい! 秘密です!」

「ちっ! 必ず教えてもらうからな」


 急に振られたにも関わらず迷う事なく頷いたのは、単に「女の子には秘密がある」という言葉が気に入ったからである。

 「ヒ・ミ・ツ、ヒ・ミ・ツ〜」とラズは鼻歌を歌っていた。


 なお、ルーカスの指摘は正しく、実際レベル1の雀の涙ほどしかない魔力は既に枯渇している。それでもフル装備エリーゼでなければ『礫烈射』の時点で魔力切れを起こしていた筈だった。それだけロットとアミュレットの恩恵が大きかった。また、もう一つの要素もプラスに作用した。

 テラティア家は代々土属性に秀でた家系であり土魔法の制御が初めから高い者が割と頻繁に現れる。本人が「土……ムリゲだわ」と修練を放棄した為、誰にも知られることはなかったが、エリーゼは歴代でも突出した能力であった。更に、魔法を諦めきれなかった時期に植木鉢の土を魔法で弄るなどして地味に魔法レベルが上げていた為、結果として魔力消費量の縮減に繋がった。

 使用した『地創』は実在する土の形状などを操作する魔法で簡単な変化であれば消費量は少なく、『礫烈射』もコストパフォーマンスに優れた魔法だ。何より土属性は四大属性中もっとも少ない魔力で魔法が使えるという特徴があった。少ない代償でもよく働く土の精霊はブラックな体質である。

 これらを上手く使って、何とか立ち回った結果手にした勝利である。


「くそっ! すぐに再戦しろ、エリーゼ」


 負けるとは微塵も思っていなかったようで珍しく怒りを顕にしたギルバートが土を付けた婚約者に迫るが、勝利の余韻にどっぷりと浸かっているエリーゼは満面の笑顔を浮かべて断った。


「ごめんなさい、ギルバート様。私の魔力容量は大きく無いので、もう枯渇状態ですわ。殿下の方は……ああ、そういえば、まだ一度も魔法を行使されて無かったからきっと万全ですわね。丁度いい機会ですから、聖女様の実力もご覧になってはいかがですか、殿下御自身で」


 傷心中のギルバートの傷に一生懸命を塩を塗るように、あろう事か最強生物ラズマリアとの戦いへと誘導するエリーゼは平常運転のゲスである。

 名前の上がったラズは散歩に行くかと問われた犬の様に期待の目をギルバートに向けていた。


「ラズマリア嬢の相手はウォルターが喜んで引き受ける事だろう」

「逃げましたね」

「逃げたね〜」

「逃げたな」

「うるさいぞ、お前ら」


 ギルバートの名誉の為に言うならば本気のラズと戦っても得るものは誰も何も無いだろう。力量の差で比べるならばスライムがドラゴンに挑む方がずっとマシである。


「殿下の実力はもう十分に把握ました。再戦しても今のままではきっと勝負になりませんわ」

「ぐっ……」


 現実問題ギルバートが最速で放つ魔法よりもエリーゼの攻撃の方が早いので、まず初手をどうにかしないと二の舞になるのは明白だ。ギルバートは風と火の2属性(デュオ)だが、攻撃速度が最速と言われる風でも届かない。詠唱を妨害されると魔法による反撃も難しく、回避しようにも足場に直接干渉されると手の施しようがない。

 しっかりと対策しないと勝ち目が薄いのは負けた本人が一番理解していた。

 ギルバートは知らなかったが、相討ち覚悟で攻撃に成功してもドレスの防壁に阻まれる為、次弾の妨害すら叶わない。エリーゼからすると負ける要素が無い。

 弱点を克服した土魔法だけでも十分強いが、恥ずかしい格好をしてでも価値があると判断した月光装備が強さに磨きを掛けており王国最強のレベル1と言っても過言ではない。


「それでは失礼これで致しますわ、お〜っほっほっほっ!」


 ギルバートという極上の的に試し打ちが出来て満足したエリーゼは訓練場中に響き渡る高笑いを上げながら靴をカツカツと鳴らして去っていった。


「さあさあ、それでわたくしのお相手はどなたですか?」


 1時間程前は国内最高難度ダンジョンに匹敵する未踏破ダンジョンにいた事などラズの頭からすっぽりと抜け落ちており、簡易なドレスの袖を捲った。

 ちぎれんばかりに振られた尻尾が見えそうなほどやる気になったラズを御せる筈も無く昼食の時間がやってくるまでの間、四人はドラゴンよりもやばいと噂の彼女の片鱗を味わう事になる。結果として攻略対象全員のエリーゼに対する好感度が下がった。

なお、四人は一回のフォトンセイバーで全滅します。

もはや○ラクエの負けイベント。

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