第2章4話 ヒロイン、悪役令嬢を強化する
ブクマ50件到達&累計10万文字突破。
こんなに一つの作品で書いたことがなかったので、自分が一番驚いてる。
既に冷たくなったティーカップの中身を飲み干してからエリーゼは窓の外を見上げた。
蒼天には白い雲がゆっくりと漂う。
「ふぅ。そろそろ1時間になるかしら」
「はい。お嬢様が出発されてから58分が経過しましたので、帰還は間もなくでしょう」
メイド服のスカートにあるポケットから取り出した懐中時計を開きながらリタが刻を告げた。
「いくらラズでもあり得ないとは思うけどね。もしホントに攻略出来たらダンジョン泣かせもいいとこだわ」
自堕落な快適さを堪能しているエリーゼからするとラズが多少遅くなっても、まったりとした時間が伸びるだけなので文句はない。部屋に戻ればお節介な従者から常に小言を貰い続ける事を考えると、むしろ手こずってくれたほうが望ましい。
そんな心中を知ってか知らずか主人の帰還を微塵も疑わないメイドは既に新しいティーポットへとお湯を注ぎ、ティーカップも温めていた。
後はもう主人が部屋に入ってくるのを待つばかりだ。
ばん!
示し合わせたかのように開かれたバルコニーへと通じる扉の向こうから、おっとりとしたこの部屋の主の声が聞こえてくる。
「ただいま戻りました〜」
「お疲れなさい、ラズ……ぶはっ、アンタ……ぶふ……その格好……何処に……行ったのよ……あっははは!」
「ラズ様……ありがとうございます。本当に……ありがとうございます」
「あーーーっ! 着替えるのを忘れてしまいました〜!? ということはわたくしこんな格好で学院の空を飛んで……なんということでしょう……」
ボスを倒した時の感傷を引きずったままダンジョンを出たのがいけなかった。考え事に意識が向くあまりに身辺が疎かになってしまった。猫耳スク水ニーソ姿のラズマリアは自らの軽率さを後悔し、床に手をついてうなだれた。
「……まずは着替えます。リタ、手を貸してください!」
「はい。勿体無いですが、承知致しました」
「……リタ?」
「いえ、ほんの些細な冗談です。着替えは用意してありますのでご安心ください」
想像以上にこの奇天烈な格好が堪えているのを察したエリーゼはこれ以上いじるのが可哀想に思えたので寝室へと消えたラズを無言で見送る事にした。
テーブルの上に置き去りになったティーポットのお茶を自分のカップに注ぐ。
それから三口ほど飲んだくらいで、私服のドレスに着替えたラズが戻って来た。
「お待たせ致しました! 早速本日の成果を一緒に見て頂きましょう」
先程までの沈んだ表情は何処にも無くなっている。どうやら、リタに何か吹き込まれたようだ。基本的にポジティブで楽天家でちょろいのがラズの良いところでもある。
「そういえばアンタ手ぶらだったわよね。ダンジョンに潜ってゲットしたのがあのエロ衣装だけってわけじゃ当然ないんでしょう?」
「はうっ」
エロ衣装という言葉がラズのマシュマロよりも柔らかい乙女ハートに深く深く突き刺さった。再び床に沈みかけたが、今は戦利品をお披露目するという楽しい時間。何とか持ち堪えて話は次に進む。
「ちゃんとこの中に入ってますよ!」
「指輪……ふむ、私も知らないアイテムだわ」
ラズのスラリとした右手の中指にはめられた質実な指輪はエリーゼには全く見覚えがなかった。
「魔境で倒したモンスターが落としたんですよね。物をしまっておける指輪で、わたくしはリングストッカーって呼んでます」
「何よその百均にありそうな微妙な名前は。ストレージリングとかマジックリングでいいじゃないの」
「えーストッカーって付いたらかわいいじゃないですか」
「アンタのかわいいの基準が全くわからないわ」
「まあまあ、そこは追々理解していただくとしてまずはこちらからいきますよ」
ご機嫌なラズが手を振るうと、何も無かった空間に古びた錬金釜が現れる。
「間違い無く本物の錬金釜だわ。本当に異端の骸魔導を1時間で倒すなんて、動画にしてアップしたいくらいね」
「色々あったのでそれは絶対に嫌です」
今回の探索はラズにとっては数少ない生涯の汚点に他ならない。それを動画で残されるなんて、御免こうむる話である。威嚇するハムスターの様な姿にエリーゼは苦笑した。
「それよりも次がメインディッシュですからちゃんと見てくださいよ?」
「あのダンジョンにそんな目ぼしい物あったかしら。錬金釜に以外に用事は無かったと思ったけど」
「ふっふっふー、こちらです!」
手をひらひらと揺らしながらソファーの上に呼び出されたのは、魔法少女のようなローズレッドの衣装と三日月の飾りが付いた短い杖、ツートンカラーのブーツそして宝石の散りばめられたティアラである。
「何かと思ったら月光シリーズじゃない。聖女シリーズがあったら全く使わないからすっかり忘れてたわね」
「ということで今すぐ着てください」
「これを? 私が?」
服とラズの顔を交互に見たあとエリーゼは渋い顔をした。異世界であっても浮くこと間違い無しのドレスに袖を通すのは流石に抵抗があった。とはいえ、有用性を理解している分、全く使わないのも勿体無い。
「はい。もちろんエリさんです」
「ラズが着るなんてのは……」
「そう言われましても、わたくしをこれ以上強化してもあんまり意味ないじゃないですか。効果はわかりませんけど、絶対高性能装備ですよ」
「ここに来てぐうの音も出ない正論ね……。わかったわよ。私が着るわよ。着ればいいんでしょう。そのかわり笑ったりしたら、土ん中に埋めるわよ!」
精一杯ドスの利いた声を出して威圧するも、何食わぬ顔でラズは持論を述べる。
「笑うも何もエリさんなら絶対似合いますよ。確かに前世だったらただのコスプレですけれど、今はカラコン無しでも燃え盛るように赤い眼に赤い髪の美少女ですよ。まつ毛も長くて肌もきれいですし、堂々としていれば正義です。登場キャラがキラキラの衣装を着ていても変だと思わないですよね。エリさんは登場キャラなんですから、似合わない方が間違ってますよ!」
「そ、そうね。ラズの言うとおりだわ。……錬金にも魔法を使うから装備してから始めた方が効率がいいのは間違い無いわね」
怒涛の勢いで迫るラズに思わず流されたエリーゼはヒラヒラとした妙に露出の多いドレスに着替えた。ブーツに足を通し、ティアラを頭上に戴き、そして三日月の飾りが付いたステッキを持って錬金釜の前で仁王立ちをする。見た目は完全に日曜日の朝枠に混ざって出て来てもおかしくない。おかしいのは精神年齢ぐらいだ。鏡を見たエリーゼ自身も「あれ……意外とイケる?」と思うぐらいに馴染んではいた。
「エリさんはこの装備の事ご存知だったみたいですけど、性能はどんなかんじなんですか?」
「まずこの杖、クレセントムーンロッドだと消費魔力量を三分の一カットして魔法制御+3が付加されるわね」
「三分の一カットは中々お得感がありますけど、魔法制御+3ってどういったものなんでしょうか?」
「中々お得っていうか控え目に言って破格の性能よ。みんながみんなアンタの海みたいな魔力容量じゃ無いんだから。魔法制御に関しては魔法レベルの概念が一般的じゃないみたいだから、ゲーム通りなのかは自信無いんだけどね」
苦笑を浮かべながらエリーゼは魔法制御に関して知っている情報にラズに開示する。
「魔法は使えば使う程強力になっていくのと消費魔力が一定まで減るシステムになっているの。この世界でも熟練度っていう非定量的概念はあるみたいだけどね。ゲームだと鑑定でわかるレベルとは別に属性毎の魔法独自のレベルが存在してるのよ。それが魔法レベル。この魔法制御+3は全属性の魔法レベルが向上する効果ね」
「つまり魔法制御+とはその魔法レベルを一時的に押し上げる効果って事ですか?」
「どちらかっていうと補助かしらね。まさに魔法使いの杖的な」
「ああ、なるほど。何となくわかりました。じゃあ、杖があっても全属性魔法が使えるようになるわけじゃないんですね」
リタは首を傾げていたが、ラズにとっては腑に落ちる説明であった。前世のフィクションに出てきた魔法使いも杖を媒介にして魔法を発動する作品も少なくなかったので、そのあたりはイメージを飲み込みやすい。
「装備の説明に戻るけど、この服……ストロベリームーンドレスは見た目の割に分類は一応魔法鎧にカテゴライズされてたはずよ。たしか設定だとミスリル並みの強度を誇る障壁で全身を守ってくれる、とかだったわ。ついでにこれも魔法使いなら垂涎ものの自動回復魔力量倍増付きね」
エリーゼは知らなかったがこの世界における魔法鎧の定義は自動防御構造完備であり、ダンジョンでしか手に入らない貴重な品である。特徴は魔力を消費して障壁を貼るが、受けたダメージの修復には時間が掛かるため、魔力が切れていなくても破られる事があり適切な管理が必要だ。
残念ながらミスリルの鎧よりもラズの肌のほうが強度は上であるため、使うのはエリーゼで正解だ。
ゲームではヒロインが装備可能な防具はもっと優れた物が手に入るため直ぐにお蔵入りするため、性能的に「ルーカスに着せたい」と多くのプレイヤーが頭を抱え、泣く泣くストレージの肥やしになったシリーズ装備である。当然女性専用なので男は装備不可能なのだが、リアルなら無理矢理着せればいいのではという邪念がエリーゼの頭によぎった。だが、自分用として運用する事を思い出し、なんとか考えを振り払った。
「残りはハーフムーンシューズが移動速度上昇とヘイト半減にフルムーンティアラが全ステ1.1倍の万能仕様になってるわ」
「これだけでもかなりの強化に繋がりそうですね」
「ところがどれだけ武器と防具を盛っても、これから錬金で作る装飾品が無いとほぼ無駄なのよね……」
土属性の不憫さに対する憤りを露にするように深いため息を吐く。エリーゼもまた土魔法における永遠の課題に直面し、戦闘を諦めた土魔法使いの1人でしか無い。
戦争における砲撃戦などのシチュエーションならば力を発揮出来るが、安全に稼げる土木、建築、鍛冶といった分野に進路を選択する者が大多数だ。
「そういえば錬金には複数の素材を使うっておっしゃってましたけど、必要な物は揃ってるんですか?」
「何言ってんのよ。それもアンタが集めて来るに決まってんでしょうか。素材は基本的にモンスタードロップよ。現状最弱の私が自力で倒せるのはパサランが限界なんだから」
パサランとは平原に出現する最も弱い魔物である。毛玉に目が付いたような風貌で風に流されて移動し、攻撃されても一切の反撃手段を持たない可哀想な存在を引き合いに出されてラズは微妙な顔を浮かべた。
「エリさん……そこまで卑下しなくても」
「アンタと違ってこっちは大変なのよ。それで、まず最初の素材だけど、『ただのアミュレット』と『クレイゴーレムコア』ね」
どちらもレア度は低めのアイテムだ。アミュレットは時々コボルトが落とすし、コアはゴーレムが低確率でドロップする。どちらも弱い魔物なので簡単に手に入る。
「あ、どっちも持ってますよ。ほいっと」
錬金釜の中でガラス玉のような物体と革紐の付いた木製のお守りがカランと音を立てた。中身に誤りがないこと確認したエリーゼはステッキを釜に向けて構えた。
「万物を育みし偉大なる大地よ、我が望みに応えなさい!」
魔法の詠唱は基本的に自由である。これは詠唱によって魔法が発動するのは、魔力と引き換えに精霊が魔法陣の描写を代行してくれるからであると言われている。火の精霊は気難しくプライドが高い為、自尊心が満たされる詠唱を好む。水は柔軟で融通がきく。風はせっかちで発動が速い。そして土はおおらかでのんびりとしている。そのため結構適当な詠唱でも発動するが、効果発現に至るまでが鈍い。つまり土魔法の弱点は精霊の性格に起因する。
ここで詠唱とはいかに自分のやりたいことを精霊に伝えるかが重要であり、頭で発動したい魔法をイメージしながら精霊に合図を送っているに過ぎない。例えるなら「力貸してください、精霊さん」でも「やっちゃえ精霊」でも精霊側が納得すれば後は術者の想像に合致する魔法陣を勝手に描き上げてくれる。
「『地換』」
子供用のおもちゃにしか見えない杖の先に展開した魔法陣に向かって使用する魔法の名前を叫んでからおよそ4秒後に魔法が発動する。ちなみに『地換』は物質を別の物質へと変換させる土属性固有の魔法である。
古びた釜からボコボコと液体が煮沸するような音が聞こえたとおもえば、間もなく小さな爆発音が鳴り響く。作業を行ったのが深夜であれば苦情が殺到した事だろう。
静かになった釜からエリーゼが取り出したのは琥珀色の小さな宝石が埋め込まれたペンダント。
「できたわね、『地操のアミュレット』」
「おお、これで完成ですか?」
「まだまだ初歩の初歩よ。目当ての物はこのアミュレットを最大まで強化するところから始まるわ。次は『ストーンゴーレムコア』が2つだけど持ってる?」
「ええと……あっ、これもありますね」
「本当? でかしたわ!」
指輪の中で埃を被っていたアイテムが再び吐き出される。エリーゼの手中にあったアミュレットを釜に戻して再び錬金する。
爆発音と共にアイテムの錬成が完了した。
「これで『地操のアミュレット+2』なったわ。ここからは流石に素材切れでしょうから地道に集めるしかないわね」
「お疲れさまです。ちなみに後は何が必要なんですか?」
「+3に上げるのにアイアンゴーレムコアが3つ。+4がシルバーゴーレムコアが4つ。最大強化の+5がゴールデンゴーレムコア5つよ。ゴーレムコアのドロップ率は1%だから、アホみたいな数倒さないと揃わないのよ。その割に普通に武器や防具を作るのにも必要だから意外と使うんだけど」
前世でエリーゼはこの『地操のアミュレット+5』の作製を試みた事があった。救済措置が入った後の土属性を試してみたくなったからだ。来る日も来る日もゴーレムを求めて徘徊する茨の道を歩み、ようやく辿り着いた境地こそ+5なのだ。屠ったゴーレムが千を超えたゴーレムスレイヤーだけが製作を許された装飾品なのだ。
生前の血の滲む努力を振り返って懐かしんでいたが、ラズによってすぐ粉砕される事になる。
「へ〜、これ貴重だったんですね。いっぱい持ってるから知りませんでした」
「まあ、適当な廃鉱山に行けばゴーレムはたくさんスポーンしているからって……なんですって?」
「ですから、アイアンもシルバーもゴールデンもいっぱい持ってますよ?」
彼女の手の中には色の付いたガラス玉のような物が山になっていた。見る人が見たら目の眩む光景である。かつての苦労は何だったのか。
「……ふう。ちなみにだけどね。無いならいいのよ? 地竜の宝玉2つと水晶竜の竜核なんて持ってないわよね?」
固く目をつむり、眉間を押さえながらエリーゼが恐る恐る訪ねると、返事の代わって錬金釜の中に何かが落ちる音が聞こえた。
釜を覗き込むと正真正銘、目当ての素材が転がっていた。顔を上げるとドヤ顔のラズと目が合う。
「アンタの指輪、どっかの宝物庫にでも繋がってんじゃないの!? なんでそんなに激レア素材がホイホイ出てくんのよっ!?」
「お嬢様様は私がお仕えして間もない時から幸運の女神そのもので、魔物狩りに出る度に希少な品々をお持ち帰りになられてました」
ネズミを捕まえた猫と同じで、ラズはとった獲物をリタに見せてはその都度褒めてもらっていた。ゴーレムのコアくらい出て来て当然と、メイドも自慢気に胸を反らした。
「むしろ、そのリングの中身のほうが気になってきたわよ」
「こ、これはあげないですよ?」
「わかってるわよ。そんな貴重品は流石に貰えないわ。とにかく最終形態まで錬金しちゃうわね」
たった今、思いっきり貴重な素材を人から無償で譲り受けて自分を強化しようとしているのは棚に上げて、続け様に魔法を発動する。
そしてついに、眩いまでにきらめく琥珀色の宝石を黄金の台座に据え付けたネックレスが完成した。
チェーンを掴むエリーゼの小さな手が思わず小刻みに震えていた。土魔法の前提を覆す究極の装飾品をさくっと手に入れてしまったのだから無理もない。例えるなら乗りで引いた福引で百万円が当たってしまったような状況である。元小市民のエリーゼには刺激が強すぎるのだ。
「こ、これが……本物の『縮地のアミュレット』……」
「おめでとうございます、エリさん! それでどんな効果なんですか?」
「『地操のアミュレット+5』の土属性魔法レベルを5上げる効果と『詠唱省略』に加えて、『瞬間発動』が付与されるわ。全ての土魔法使いの夢が詰まったチートアイテムなのよ!!!」
「おお、そのアミュレットもお似合いですね〜」
感情のむき出しになったエリーゼが拳を握って勢い良く吠え、最強のアイテムを首から下げた。
いまいち友人の言う凄さが理解出来ていなかったがラズは勇ましい彼女の姿を見て、思わず拍手をした。
余談になるが詠唱省略もあくまで短い詠唱が必要になる。瞬間発動は魔法の名前を言うのと同時に効果が現れる。これらの効果の恩恵を得る事は光魔法では出来ない。何故なら初めから無詠唱かつ瞬間発動のチート体系なのだ。
ゆえに、ラズにエリーゼの感動は微塵もわからなかったが、本人が楽しそうなので満足していた。
「こうなってくると試し打ちがしたいわね!」
「アン先生は地下訓練場を使っていいとおっしゃってましたし、そちらがよろしいのでは?」
「よし、そうと決まれば行くわよ、ラズ! 異世界チートの時間だー!」
「え、ちょ、エリさ〜ん!?」
興奮する暴れ牛と化したエリーゼはラズの手を掴んで引きずるように部屋を飛び出していった。
全身をガチガチの装備で固めた彼女は最早ただのエリーゼでは無い。あえて言うならば、スーパーエリーゼに生まれ変わったのだ。
やっとエリーゼ強化まできた……
ハナシススマネェ……
関係無いけどプ○キュアって肉弾戦多いよね。




