第2章3話 ラズ脱がされる
カットしたのに長いです。
その後も順調に攻略を重ね現在は15階層のボス部屋の前にいる。床にはレッドカーペットが敷かれ、通路の壁には燭台が並んでいる。一応念の為に言うがここはダンジョンの中だ。
10層までは洞窟タイプの構造で出現する魔物もリビングアーマーやゴーストの上位種が主体だったので特に問題無かった。
問題だったのは時折姿を見せた全力疾走するゾンビ。見た目は人体模型の様に筋肉がむき出しで、身長がたぶん2メートルくらい。攻撃されようがされまいが常に笑顔のような表情で走って来る様は言い得ぬ恐怖を煽り、曲がり角から飛び出して来たときは思わず変な声が出た。
遠くから見ててもゾワゾワゾワっとした感覚が込み上げてくる。幸いにも必ず一体ずつしか現れないので、『光陣剣』で瞬時に針山にした。
ちなみに10層のボスは鮮血のような色合いのリビングアーマーで手には剣と盾を持っていた。
初動で力を込める動作をしながら静止したので、すかさず飛び膝蹴りをかますと一撃で倒してしまった。
これまでは何となく騎士風のアンデッドばかりだったが、11層から一変して敵はガーゴイルやゴーレムになる。床にはここと同じような絨毯が敷かれ、小部屋にはソファが置いてあったりと魔物の住処であることを忘れてしまいそうだ。
ボス部屋の扉もこれまでとは一風変わって、ダンスホールの入り口のような質素だが趣のある木造りで危険性は全く感じない。中に入ったら普通に音楽が流れているのでは、と思うくらいだ。
「失礼しま〜す。どなたかいらっしゃいますか? 居たら返事してくださ〜い」
コンコンと2度ノックをした後、ドアノブを回して中に入ると、そこには明かりの灯っていないシャンデリアが吊るされ、大きな爬虫類の骨の標本が台の上に展示された大部屋であった。半螺旋の立派な階段は書架や剥製などが並ぶ2階へと続いていた。
思わぬところで楽しそうなものを見つけて、身体が浮遊感に包まれたようにふわふわする。
あ、よく考えたら本当に浮いてましたね。
「わあ、まるで博物館みたいです。大きくて綺麗で骨だけとはいえ生きているみたいな標本ですねぇ。あの本の中身は読めるのでしょうか? おお、向こうには何か変わった鳥の剥製があります!」
「……グルルッ……」
「んん~? この部屋……何か鳴き声のような音が聞こえますね。どっかで聞いたことがあるのですが、確かあれは……ドラゴン?」
「グォォォォォォォォン!」
首を傾げながらそう言うと同時に、強烈な咆哮が背後で上がる。
垂直バレルロールのようにくるりと身体を回すと。薄暗い部屋で妖しく光る眼窩と目があった気がした。
「あらまあ……ドラゴンの標本じゃ無くてスカルドラゴンでしたか」
「ガアァァッ!」
骨だけの長い首が最大まで伸ばされ、鋭いあぎとがわたくしを襲う。
間一髪急速降下して逃れると、頭上でガシャンと牙の噛み合う音が鳴り響く。
更に追撃で左の爪が上から降ってくる。堅固なダンジョンの壁すら切り裂きそうな必殺の一撃を後ろに軽く下がってやり過ごすと今度は横薙ぎでしっぽを振ってくる。広いホールとはいえ前後左右に逃げ場は無さそうだ。
鞭のようにしなる尾の攻撃を上昇して躱し、反撃を開始する。
「今度はこっちの番ですよ。『光陣剣』!」
体軸を床と平行にして二足歩行状態のスカルドラゴンの背中にジャンプパンチを叩き込みながらついでに魔法を発動する。
鋼鉄が千切られたような衝撃音と共に強制的に伏せの体勢にし、床に打ち付けられた頭部に向かって光の剣を射出。
着弾を確認せずに急加速して流星のように斜に落下しながら蹴りを放つ。
初撃と同じ場所にかかとを叩き込むと堅牢な骨の軋む耳障りな音と骨龍の苦悶の嘶きが広い部屋に響いた。
骨だけでどうやって鳴いているのでしょうか?
追撃の手を止めずにガンガンと何度も拳を打ち付けていくと、最初のうちは翼膜のない翼を振るなどして抵抗していたがどんどん動きが鈍くなっていく。
「さあ、これでふぃにっしゅですよ。大地に返して差し上げます!」
「ガ……ガアァッ……!」
一際気合いを込めた渾身の一撃がもはやなすがままとなったスカルドラゴンの背骨に吸い込まれると、不思議と繋がっていた全ての骨格がバラバラに散らばる。
「低レベルとはいえスカル系はタフです。しかしまあ、これではどっちがボスかわからない戦い方になっちゃいましたね。淑女たる者もっと美しく倒せなくてはなりません」
床一面に散らばった大小様々な竜骨が一斉に音を立てて上がった煙で視界が黒く塗り潰されると、横薙ぎの衝撃が全身に走り、唐突に吹き飛ばされた。
弾丸のような勢いでわたくしは宙を舞った先にあったオシャレな階段が耐えきれず崩壊する。
瓦礫を落としながらめり込んだ身体を壁から引きずり出して、空中に戻って周囲を確認する。
運動服が泥々になってしまったが、それは後で考えよう。
「確かに倒したはずなんですがね。『再誕』を持っているのは予想外でした。わたくし事ながら油断したと言わざるを得ないです」
つい苦笑いがこぼれてしまう。『再誕』は倒されても一度だけ復活するというシンプルかつ強力なスキルで極稀に保有している魔物がいるという記録を読んだことがある。
まさかお目にかかれるとは微塵も思っていなかった。
「折角ですから次は優雅に行きますよ」
地面に向かって加速し、兎跳びの要領で地面を蹴って飛び跳ねる。一気に復活したスカルドラゴンの大顎の下に入り込んで、3段蹴りで巨躯を空中に打ち上げる。がら空きになった胸部に移動して正拳を2発突き込む。
大質量を誇る竜の骸を壁にめり込ませて、先程の礼をきっちり返す。
しかし、全ての生物の頂点に立つドラゴンがやられっぱなしで終わるはずも無かった。
むき出しの喉元が赤熱して、橙色の本流が口から吐き出される。
「『高潔』。骨だけになっても使えるんですね、ブレス」
全方位バリアで光線を弾きながら体当たりで顔を背けさせて懐に潜り込む。狙うは1点……正拳でむき出しにしたコアだ。
魔物に必ず存在するコアは人間で言うところの心臓。これを破壊すればあらゆる魔物は消え去る。
「ていっ!」
ルビーのように赤く煌めく石を拳で軽く殴ると一瞬にして粉々になる。
ぼふん!
一拍間を置いて全てが灰燼に帰す。今度は警戒しながら見渡すが、扉がひとりでに開いたので撃破完了らしい。
「スカルドラゴン程の魔物が出てきたってことはきっと最終層手前でしょうから、『異端の骸魔導』はそろそろですね」
戦闘の爪痕が残るボス部屋を後にし、帰還用魔法陣を素通りし、脇目も振らずに次の階層へと降りる。
絨毯の敷かれた階段を下った先はこれまでと景色が変わって、地下牢のような作りになる。ところどころで鉄格子の嵌められた何も無い小さな部屋があったり、薬品の入った棚が据え付けられている。試しに中身を触ってみようとしたが、見えない壁がある様な感触に阻まれた。
通路は光源が少なく背光の明かりを頼りに進んでいくと、曲がり角の向こうからかつかつという足音が聞こえる。敵を警戒しながらこっそりと覗き見ると、その先にはなんと全く同じ顔をした二人の女性の姿があった。片方は樋の付いたショートソードを持ち、もう一人はクロスボウを構えていた。
ただし、服装がおかしい。
剣士は何故かうさ耳を頭に付けてレオタードを身に着けたバニーちゃんだった。
射手は何故か股下ギリギリのスカートと胸元が大胆に開いたメイドさんだった。
「う〜ん……このダンジョン……」
あまりにも場違いで思わず二度見してしまった。とりあえず、あれはたぶん人間ではなさそう。どちらも感情の無い瞳で何処と無く歩き方も機械的なので、良く出来たゴーレムかあるいは――
「研究所内への侵入者を確認。各ホムンクルスに通達。本施設は状態を通常時から臨戦態勢に移行。殲滅を開始」
「あ、見つかっちゃいました〜。ゲームとか映画だといっぱい来るやつですね、これ」
見た目的に殺すのは忍びないので、攻撃をやり過ごしながら、意識を刈り取って進んでいく事にする。
手加減の出来ない相手ならともかく、実力差があるのであえてスプラッタにする必要も無い。
2体のホムンクルスがこちらに向かって迫って来るが最速で背中に回り、手刀で首筋を軽く打って倒す。
気を失って弛緩した肉体を床に転がして先を急ぐ。同じ場所に留まればのべつ幕無しに集まってくるに違いない。
ペダルも無ければ免許も無いが気分だけでもアクセル全開で深部を目指して進むが、広場に出るたびに結構な数が押し寄せてくる。全ての相手をせずに飛行操作だけである程度は振り切っていく。
なお、ホムンクルスの種類は剣士と射手のみらしいが服装のバリエーションは多種多様である。
「ナースに巫女服、セーラー服、ボンテージ、水着、下着、振袖、ビキニアーマーと来てしまいにはもう紐。あんな……あんな破廉恥なものは服ではありません!」
ここのダンジョンを作った方はきっと変態さんです。ここは乙女ゲームの世界だと聞かされましたが、何でこんな事になってるんですか。
……自分が着ているところを想像してしまったではありませんか。
気持を切り替えて奥へと進むが不意に足が止まる。
「何か感じますね。……女神様がおっしゃってますね……ここで曲がる宿命では無いと」
ここまで迷う事なく進んで来たがここに来て2つの選択肢が見えた。恐らく次層に進む前に済ませねばならない事がある、と思う。
フィーリングで選ぶと大抵上手くいく派なのを信じてT字路を真っ直ぐ飛空する。
そこからさほど進まずに行き止まりにぶつかる。通路はピッタリとそこで終わっていた。
「な〜んか……あやしい……。よく調べる必要がありますね」
地下牢風改め研究所風の壁面に何処と無く違和感を覚える。細く切り出した石材を積み上げて築いたような壁で天井はアーチ状になっており全体的に薄暗い。
「形や大きさは違わないし、色も同じ様に見えますね。でも何かがこれまでとは……あ!」
よくよく見ると石の積み方がこの壁だけ違う。これまでは1段事にブロック半個分ずらして並べていたのに比べ、ここだけ真っ直ぐ上に積み上げられていた。
「ということは、この壁にきっと何か仕掛けが……およ?」
壁に触れて確かめてみようとするが、空振りに終わる。手を突っ込んでみると、何の感触もなくずぶずぶ入っていく。
壁がフェイク?
試しに身体ごと入って見ると、そこには書斎のような小さな部屋があり、中心には赤い宝箱が置いてあった。
「隠し部屋に宝箱とは期待が高まりますね。他には何も無さそうですし、早速開けちゃいましょうか。本日のお宝は……一十百千万、じゃがじゃん!」
遠慮なく蓋に手を掛けると、中から出てきたのはローズレッドのヒラヒラとした服だ。1番近いのは前世のアニメに出てきた魔法少女とか日曜日の朝に登場するヒロインが来てそうなデザインである。
こ、これは……エリさんに絶対似合いますね!
見たところシリーズ装備っぽいですし、これはフルコンプリートしましょうか。
その後も何となく探索しながら下層に降りていくと、ボスの扉の直前までで靴とティアラ、ステッキを発見した。見た感じ一式整ったように見える。
同じ様に模様の違う隠し部屋にある宝箱の中に入っていた。
ここに至る道中の敵も苛烈を極めた。主に衣装がだが。
踊り子の服、園児服にランドセル、タオル1枚、ブルマ、軍服、ホットパンツなどここがコスプレ会場だと言われたほうがまだ納得のいく奇抜な光景に妙な疲労感を覚えた。
「ウェディングドレスで味方の射手を巻き込みながら愚直に走る剣のホムンクルスは圧巻でしたね……。まさか、たまに出てくるリッチが唯一の癒しになるとは」
ホムンクルスほど積極的に攻撃してこないが、時々魔法を使ってくる骸骨の魔物であるリッチ。変な服を着てないので、精神的な疲労を負う必要の無い相手だ。
「とにかく気持ちを切り替えてボスを倒しに行きましょう。ゴールはそんなに遠くないはずです」
茨のような模様の入った鉄の扉に触れるとゆっくりと自動で開く。
薬瓶の収納された棚や謎の生き物の手やホルマリン漬けになった大蛇に古びた鉄釜など怪しい雰囲気満載の部屋だ。
その中でも随分と散らかった金属製の台の上で頭を掻きながらメモ帳のような物に何かを一生懸命記入する骸骨と目が合う。
経年でくすんだであろう白と瑠璃色の布を合わせたローブに身を包む彼は気さくに挨拶するように片手を上げ、何処か嬉しそうにカタカタと笑った。
……まさか意思疎通が可能なのでしょうか。これまた、やりにくい相手です。
何でもかんでも倒したい訳ではないし、話し合いが成立するなら、平和的解決のほうが好みだ。
「ええと、貴方が『異端の骸魔導』でよろしいのでしょうか?」
髑髏は一瞬首を傾げたがすぐに無言で頷く。思ったとおり知性があるらしい。ならばまずは事情を話してみよう。
「リッチさん、貴方に折り入ってお願いがございます。実はお友達に頼まれて錬金釜を探しているのですが、どうか譲って頂くことは可能でしょうか?」
今度は横に首をふる。そして、部屋の隅にある鉄釜を指差した後に手のひらを上に向けて挑発的に手招きする。
「倒して奪い取れ……とおっしゃるっているのですか?」
ケタケタと震えながら頭を縦に振ると、かつて瞳があったであろう場所に光が灯る。戦闘は避けられないみたいだ。
彼に生前があるとすれば、好戦的な性格だったのだろうか?
言葉は無くともそのような印象は受けなかったが、正真正銘の魔物で間違いなさそうなので狡猾にもこちらの油断を誘ってる可能性も有りうる。
「よいでしょう。ただしもう一度死んでも知りませんから……ね? ……ラズマリア・オリハルクス参ります」
死んでも知らないと告げた瞬間、何故か諸手を挙げて小躍りを始めたので、一瞬気を削がれたが再度集中力を高める。
「『光陣剣』……行きなさい!」
出来たてほやほやの輝く剣を小手調べで射出する。『異端の骸魔導』は素早く土魔法を紡ぎ、石槍で5本の剣を同時に迎撃された。魔法の精度の高さに思わず舌を巻く。
しかし、魔法発動直後は隙が出来やすいので、一気に距離を詰めに掛かる。
インファイトに持ち込めば魔法はさほど脅威ではない。
しかし、リッチ側もその弱点を理解しているのか魔法を使わず薬液の入った瓶を投げつけてくる。
空中にいるわたくしの足元に落ちると同時に爆発が発生した。ダメージは無いものの激しい爆風に軽く吹き飛ばされる。
何とか体勢を整えて反撃の糸口を探すが中々のやり手である彼の攻撃はこれで終わらない。
飛ばされた先で間髪入れず、わたくしの頭上に魔法陣が広がる。
どうにか後ろに逃れると、降ってきたのは何故か金属のたらい。
「な、何ですかこのコント向きの魔法は、って、『高潔』!」
今度は再び敵の土魔法が発動し、数箇所からこぶし大の飛礫が連続で放たれる。このまま体当たりを仕掛けたいところだが、部屋の高さが足りず、バリアが床に引っ掛かっているため動けない。
と、ここで足元で嫌な煌めきが浮かび上がる。目を向けると明らかに起動状態の魔法陣が見えた。こっちは『高潔』を解除しない限り対処のしようがないが、障壁の外が見えない程攻撃を受けている今はそれも難しい。
「何故バリアの中に魔法陣が。外部からの干渉は遮断され……まさか、設置型魔法陣!?」
してやられた。事前に仕掛けてあった罠に、上手く誘導されたらしい。恐らく床と同じ色の塗料で書かれた魔法陣だ。
既にモンスターの戦い方では無い。
魔法陣が一際明るくなって、光の奔流に身を包まれる。一瞬視界を奪われるが、周囲に変化はない。しっかりとは確認できていないが身体にも異常はきたしていない。
不発? それとも、認識しづらい効果の魔法?
とにかく眼の前にいる敵の動向を見逃すべきでは無い。
思案を巡らせた僅かな間に次の魔法が紡がれ、リッチのすぐ横に魔法陣が描かれる。
青白い光の中から生え出るように発生したのは塗装で彩られた木枠にキラキラと輝く板がハマっている物体だ。これは――
「……鏡?」
現れたのは大きな姿見だった。一瞬、口を開けて呆けてしまったが何か危険な効果を持ったマジックアイテムかもしれないと思い直し、警戒しながら『高潔』を維持する。お伽噺に出てくるものの中には映った相手の魂を封じたり、対象のコピーを生み出すなどの鏡があり実在すれば洒落にならない物も少なくない。
前世なら笑い飛ばすところだがこの世界では違う。まして今居るのは魑魅魍魎が跋扈するダンジョンの内部だ。高名なマジックアイテムが出てくる可能性も十分にある。
案の定と言うべきか、白骨の晒された手指は明後日の方向を向いていた鏡面をゆっくりとこちらへと合わせた。
不測の事態に備え、息を止めて身構えるが一向に何かが起こる気配は無い。
にも関わらず、かの不死の魔術師は鏡に触れていない方の手を胸の前に掲げて、何処か誇らしげに親指を立てていた。
怪訝に思い首をひねりつつも、姿見に視線を戻すと、そこに映る自分の姿が大変な事になっていた。
「ななな、なんなんですかぁ、これは!? いいい、いつからこんなはしたない格好に……まさかさっきの魔法陣!?」
わたくしの服装が猫耳スク水ニーソになっていた。
意味がわからないかもしれないがまさかの猫耳でスクール水着でニーソックスである。白猫のような耳の付いたカチューシャをはめられ、両足には桃色と純白のしましまニーソックス。紺色のスクール水着の胸部にはご丁寧にラズマリアと書いてある。名乗ったのが災いした。
しかも、全体的にサイズが少し小さいらしく、太ももやお尻がしっかりと食い込んでいるのがまた羞恥心を煽る。
上層にいたホムンクルス達の統一感に欠いた服装はどうやらこの変態魔導師の趣味らしい。
自らのあられも無い姿に顔が火にかけた鉄のように赤く熱くなっていた。
「服を着替えさせる魔法など聞いたこと無いですよ。……って、ちょっとまってください。もともと来てた服は……わ、わたくしのし、下着などはどこに行ったのでしょうか……」
ケタケタ嘲笑うようにリッチは懐から何かを取り出す。アイスグリーンの生地にカミツレのような白い刺繍の入った見覚えのあるそれはわたくしのブラとショーツで間違い無い。
あまりの恥ずかしさに死にたくなったが、程無くして込み上げてきた灼熱のような怒りでぷるぷると震えが止まらない。
「辺境伯家の子女たるわたくしにこのような破廉恥な服を着せ、あまつ嫁入り前の乙女の衣服を剥ぎ取るその所業……到底許せません。そのネジ曲がった性根を真っ直ぐに叩き直して差し上げますわ!」
烈火の如き憤怒に身を委ねて『天啓』による空中浮遊を解除し、全力で床を蹴って一気に懐に入る。
短距離なら走った方が速いし、意識を制御に回さなくていい分、色々と融通がきく。
反応する時間を相手に与えることなく盗られたものを取り返し、勢い良く拳を振り上げる。腹部を完璧に捉え、今だ親指を立てているリッチを天井に叩きつけた。
そのまま何の抵抗も出来ないまま重力に引かれて上から降ってきた彼の足を掴んで、床に何度も叩きつける。
「『光陣剣』。これで終幕です」
壁に向かって投げ飛ばし、手足を射出した4本の光剣で磔にした。これから火炙りの刑にでも処されるような体勢になった『異端の骸魔導』の心臓部に一本残った最後の『光陣剣』を容赦無く突き立てる。
ダメージが限界を超過したのか刃の刺さった箇所から黒い煙が少しずつ立ち込め始めると、骸骨の顎がゆっくりと力無く動く。何かを伝えるように数度口が開閉すると、やがて糸が切れたように脱力し、全身が黒煙となって虚空に溶け出す。
カランと落ちたのは大きな赤褐色の魔石と遭遇した時に使用していた手帳だった。
最後に……
「ありがとう」
と、言われた気がした。本当に何がしたかったのか全くわからなかったが、もしかすると彼は討伐される事を望んでいたのだろうか?
わざわざ挑発してきた割にこちらを着替えさせるだけというのも意味不明だ。
……それそのものが目的の変態さんという線も捨てきれませんが。
「では、約束通り釜は貰って行きますね」
ボスを倒した事で固く閉め切られていた扉が金属の擦れる音を立てて開いたので、無造作に置かれていた錬金釜とドロップした手帳と魔石を回収して部屋を出る。
何となくモヤモヤした気持ちのままわたくしは帰路についたのだった。
次回エリーゼを魔改造。




