第2章2話 隠しダンジョン
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とてもやる気が上がります。
自分の部屋から飛び出したわたくしは学園の裏の崖へと飛翔する。
今でこそ自由自在になったが初めて空に上がった時は制御があまりにも難しくて飛ぶどころか地面に突き刺さった。羽ばたいて飛ぶわけではなく空間を滑るような移動をしている為、直線軌道で飛ぶのは簡単だけど、前に進みつつ横にスライドするみたいな立体機動は制御が非常にややこしい。
その分急加速や急停止、鋭い方向転換が可能なので一対一の空中戦ならまず負けない自信がある。
台地の平場を超えて、切り立った崖の壁面が広く見渡せる位置取りまで来たのでゆっくり降下していく。
「あ、エリさんの説明通り一人通るのがやっとの小道と謎の洞窟がありますね。誰が何の為に作ったのかは知らないですが、さっそくお邪魔しますよ〜」
速度を調整しながら薄暗い洞窟の中に入る。中は入り口の幅よりも大きな空洞になっており、プラネタリウムの様な形状をしていた。
「まあ、わたくし自身が光源になるので見えない事は無いのですが、かえって見辛いんですよね。この無駄な発光機能何とかなりませんかねぇ」
アップデートが入らない事に文句を言いつつ奥に進むと、淡い光に照らし出された石の土台と木で精巧に作られた祠を確認した。
「これはずいぶんと年季が入ってますね。さて、念の為歩いて3周しましょうか」
飛んだらノーカウントかも知れないと考え、わたくしは地面に足を付けて淑女らしく腕を横に振ってとてとてと走り出す。
そしてちょうど祠の正面に足が差し掛かった時に、青い輝きとともに大きな魔法陣が足元に現れた。
「よし、起動成功です」
大抵のダンジョンは魔法陣に乗ることで中へと入る事ができる。なんでも別の空間に転移しているらしい。
例に漏れずこのダンジョンもその形式のようで、わたくしの視界が大きく揺らめき始めて、周囲が良く見えなくなる。
程無くして視野が回復すると先程まで居た洞窟よりも狭く、石積みのような壁で囲まれた空間に出てきた。
目の前には少し薄暗い通路が伸びていて、少し離れたところは完全な闇に覆われていた。通路ではある一定距離までしか見えない仕様になっているみたいだ。
「これが隠しダンジョンですか。って、魔法の効果が切れちゃってますね。まずは掛け直しますか。『天啓』!」
ダンジョン外で受けたバフやデバフは中に入る際に解除されてしまうのは冒険者には広く知られている知識だ。もし可能ならダンジョンの入り口でバフ屋を開く者が現れたかも知れない。
「ついでにこれも先に使っておきますか。『光陣剣』!」
わたくしの周囲に5つの魔法陣が現れると中心からゆっくりと光の剣が飛び出してくる。
光属性の中近接用攻撃魔法『光陣剣』は空中に漂う剣を5本同時に召喚する魔法で対象を指定すると敵に向って追尾しながら飛ばす事が出来る。咄嗟の場合でも事前に用意してあれば簡単に迎撃が出来るので、守備的な用途の使用も可能だ。
「これで準備完了です。エリさんを待たせては行けませんから、最速で攻略しちゃいましょう。いざ、突撃〜!」
漂っていた光の剣を片手に握り、飛んで移動を開始する。
本当は射出して攻撃する魔法だけど、手に持てることに気がついてからは破壊しても怒られない剣としてこの魔法を重宝していた。折った剣が二桁に達した時には流石にお父様も、え〜って顔をしていたので、とっても便利な魔法である。
難点はやはり強度が足りないため全力を出すと壊れるのと、本来は敵に刺さると消える魔法なので攻撃してからある程度時間が経つと勝手に無くなる点だ。それでも小型の敵を複数相手取るなら、リーチが稼げて便利だし、物理的な威力も上乗せ出来るので単発の火力は高いほう。
……単体や大型モンスターなら殴った方が早いですがね。
数人が並んで歩ける程度の幅しか無い通路を飛行して進むと、早くも正面に敵が現れる。
「第一村人もとい魔物発見です。これはスケルトンソードマンとゾンビソルジャーですか。ほいっと!」
「ぐぁぁぁ……ゴッ!」
後方に居たゾンビソルジャー2体を射出した光剣で串刺しにし、中央の剣を持ったスケルトンはすれ違いざまに持っていた光剣で頭蓋を割る。
ゾンビソルジャーは軽鎧に槍という出で立ちで落ち武者のような魔物だ。スケルトンソードマンは骸骨が剣を持っているだけでどちらもわたくしの障害にはなり得ない。
すり抜けたその後ろで小さな爆発にも似た音が聞こえる。
不思議な事に魔物は倒すと死体は煙のように消滅し、魔石やアイテムだけが残る。
なので持っている剣なんかは奪っても使えないし、破壊した部位なんかも一緒に消えてしまう。
アンデッド系はドロップアイテムの内容がかなり悪いので今回の攻略ではレアじゃないものはスルーしていく。たくさんの骨とか腐肉を持って帰っても全然嬉しく無い。
『光陣剣』を再び発動して真っ直ぐ進むと少し開けた部屋に出る。
中にいた魔物は3体で全てトキシックスパイダー。繋がっている通路は3本あるが、なんとなく一番右を選んで進む。
「キュシャーッ!」
当然敵もわたくしを獲物と認識し、キーキーと声を上げながら容赦無く蜘蛛の糸を飛ばしてくるので上下移動により攻撃を誘導しながら交わしていく。
あの糸に捕まると拘束状態に陥り、動けなくなったところで尾にある毒針で猛毒を流し込まれる。またジャンプ力が高く、糸を使って移動をするなど機動性にも優れ、体躯も小さいので慣れないと倒すのが難しい魔物だ。
――魔境でもよく出てきたのでわたくしの中ではポピュラーな魔物だと思っていましたが、リタに聞いたらどうやら違うようです。
3体はばらばらの場所にいる。この位置取りなら1体倒せば突破できるので、進路上に居たのを蹴り飛ばして別の蜘蛛にぶつけて通過する。残った一匹は追いかけて来るだろうけど、こちらのスピードに追いつく事はない。
通路に入っても別のトキシックスパイダーが居たので、射出された糸を飛ばした光剣で払い、素早く踏み抜いて倒す。
そのまますいすいと魔物を捌きつつ何度か曲がって奥へ奥へ飛び進むと、次の階層へと降る階段が見えてきた。
後方からは無視したスパイダーやスケルトンが追いかけて来てガヤガヤしていたが気にせず先へと進む。
「どのみち他の階層へと付いてくることはないですからね。お邪魔しました〜」
苔むした石の階段に触れることなく下層に進入し、減速する事なく次のフロアも突き進む。
2階層にこれといった代わり映えは無く魔物も同じ編成だった。たぶん中ボスを倒すまではこのままだと思う。殆どのダンジョンは5層事に待ち構えているボスを倒すと、地上と行き来できる移動用の魔法陣が使えるようになる。今回のダンジョンはひたすら狭い通路と小さな広場が続くスタンダードなタイプだから、同じ可能性が高い。
ちなみに、ダンジョンによっては階層事に全く違う作りになっていることもあるらしい。
聞いた話によると草原を越えると火山になって、次に雪山が来て最後に沼地のフィールドになったという変化の激しい構成だったとか。
何度か枝分かれを経て長い通路を真っ直ぐ進むと、ゾンビソルジャー3体とスケルトンソードマン2体に遭遇する。
……階段の前に陣取られては、避けられないですね。
「先を急がせてもらいますよ〜。『光陣剣』!」
5本の剣を5体の足目掛けて放つと、ゾンビソルジャーは避ける素振りを見せず、膝から下を失い地面に倒れた。対して、スケルトンソードマンは躱そうと試みるも結果は変わらず、膝に突き刺さって地面に崩れ落ちる。
止めは刺していないので立て直される前に敵の頭上を越えて次の階層へと到達した。
もともと数で攻撃する『光陣剣』は一振りあたりの威力は低い。光属性はアンデッドに対して特に優位だがそれでも最低二本は必要だ。
「ゾンビより脳の無いスケルトンの方が知能は上のようですね。勉強になりました」
2階層を踏破もとい翔破した勢いそのままに3階層も数分程度で難無く攻略する。
「いざ、4階層へ! って、あ、モンスターハウスですね」
だだっ広い長方形の空間に大量のモンスターがひしめき合っており、それらの視線が一度にこちらを向く。障害物は降ってきた階段以外無く照明に吸い寄せられた蛾のように四方八方から群がって来る。スケルトンが歩くと鳴るカラカラとした音やゾンビの上げるうめき声と蜘蛛の脚が擦れるカサカサとした音が幾重にも重なって反響する。
「これは中々殺意の高いダンジョンですね。わたくしでなかったらいきなり死んでますよ。『高潔』」
魔法の名を告げると、ほぼ透明の白い光が球状に伸びていき、わたくしを中心とした半径2メートル程度が完全に覆われる。
三角形がたくさん並んだ多面体で作られた障壁にスケルトンソードマンの振り下ろした凶刃やトキシックスパイダーの毒針が降りそそぐがびくともしない強度がある。
端的に説明するなら『高潔』は防御を目的とした光魔法で全方位対応のバリアだ。魔力の消費は多いがかなりの強度を誇る。もっとも『天啓』状態なら魔力の回復がかなり速いためほぼデメリットも無い。
破られる心配は無いものの、防御の外側に魔物がびっしりと張り付いており見た目は結構気持ち悪い。
後ろを振り返ってみると降ってきた階段は上の階層に繋がってる筈なのに、途中で途切れて不格好な小屋のようになっていた。
降りる時は細い階段で天井も見えていたし、出入口も普通の通路に繋がっているように見えるのに次の階層に踏み入った瞬間、ようやっとモンスターハウスである事がわかる意地悪な作りだ。
それを知らないパーティなら飛び出した瞬間にパニックへと陥ることだろう。正攻法で攻略するなら使用した階段側以外のほぼ四方八方から来る攻撃をやり過ごしながら範囲攻撃魔法で一点突破を図るか、頻繁に下層へと戻って立て直すしかない。
「身も蓋もないですが、面倒なので強硬突破しちゃいますか。優雅では無いのであんまりやりたくはなかったですがね〜」
依然として数多の敵が張り付いたままの障壁を維持したまま力付くで前へ移動する。
この魔法は術者の動きに自動で追随する特性を持った物理的な壁であるが故に、力で勝ってさえ入れば押し合いにも持ち込める。ちなみに、地上で発動すると何故かピクリとも動かなくなるのでなんとなく塹壕みたいになった。
進路にいた魔物を次々に弾き飛ばしながら対角の壁に向かってひたすら進むとその余波だけで一部は死んでしまったらしく、時々黒い煙がそこらで立ち昇る。
ここの魔物達は悲しい事に体当たりでも突破できる程のステータス差があるので攻撃も回避も必要無い。ただひたすら猪の様に突き進むだけで勝手に目的地にたどり着く事が可能だ。あえて1度も攻撃を受けずに来たのも最近の運動不足解消と服が汚れるのが嫌だったからだ。
「昔こういうボールの中に入ってステージを駆け巡るゲームがありましたねぇ。わたくしはやったこと無いですが。……よっと!」
ダンジョンの壁に四角い穴が空いており、そこがそのまま階段になっていたので、『高潔』を解除して、中に滑り込むと魔物達はこちらを見失ったようにまたそれぞれ別の方向に動き始めた。
到達した5階層はこれまでと作りが違っていた。階段を抜けた先には城門のような巨大な扉があり、物々しい雰囲気に包まれていた。
ダンジョンボスの前にはセーフティエリアが存在する事が多く、冒険者はここで状態を万全にしてから戦いに挑む事ができる。なお、わたくしはあまり使う事は無い。ポーションによる回復は時間が掛かるが光魔法は発動すれば瞬時に傷が癒える為、待つ必要はない。ついでに武器もアイテムも使わないから究極のメンテナンスフリーだ。たまに攻撃を受けて破壊された衣服を替えるくらいである。最近は完全にソロなので万が一裸になっても困らないが、はしたないので着替えはたくさん持っている。
「予想通り5階層はボスですね。さあ、最初に出てくるのは何でしょうか?」
ここまでの消耗はゼロで特に準備することも無いので、入口の前に着地してさっさと扉を開放する。
ぎぎぎっと不快な音をあげながらゆっくりと重たいドアが口を開ける。
普段使っている講義室と変わらないくらいの部屋に入ると、潜り抜けた扉が勝手に閉まって退路が断たれる。
そして部屋の中央で黒い煙が膨れるや否やボスの全容が明らかになる。
現れたのは鎧を着て大きな盾を持ち、剣を構えた騎士風のスケルトンが4体とそれらを率いるように中心で大剣を構え、羽根飾りを兜につけた指揮官のようなスケルトン1体の団体だった。
「部下スケルトンさんに指揮スケルトンさん、とでも呼べばよいのでしょうか。初めて見ましたが骸骨騎士団って感じで結構格好いいですね。まあ、わたくしが倒しちゃいますが」
初手に動いたのは指揮スケルトン。重厚な剣をくるりと回して地面に突き刺すと、周りの部下スケルトンが血のような赤い光を纏う。どうやら味方を強化するスキルらしい。
魔物はスキルと呼ばれる特殊行動を取ることがある。人で言うところのギフトのようなものだ。ギフトもスキルも同じ物だと提唱する学者も居るらしいが、とにかくスキル持ちは一筋縄ではいかない。
金属で出来た鎧が擦れる音を上げながら4体の部下スケルトンはひし形のような陣形でこちらに迫って来る。装備の重量は明らかに増しているのにソードマンとは比較にならない素早さだ。
まずは先頭が仕掛けてくると思いきや、裏に居たスケルトンが跳躍して頭上から剣を振り降ろしてくる。
紙一重で身体を捻って刃を避けて、胴に肘鉄を叩き込み、正面から迫る先頭のスケルトンにぶつける。
更に両翼から迫る敵にこちらから仕掛けようとしたところで、嫌な予感がして後ろに飛び退くと、一秒前に立っていた場所に地面から飛び出した複数の石槍が空を切る。
指揮スケルトンに視線を移すと魔法陣が見えたので、どうやら敵さんは土魔法を使うらしい。魔物が使う魔法は詠唱も無ければ発動も速いので本当に厄介だ。
先程一撃を加えたスケルトンが煙りに消えて、赤い魔石が地面にポトリと落ちる。
その一瞬の間に指揮スケルトンが素早く前進して距離を詰めて来た。低い姿勢から鋭い突きを穿たれるが、身体を回して切っ先を躱しつつ、両腕で裏拳を放ち反撃する。片手で大剣を弾きつつ、もう片方の拳で頭部を狙うが、完全に振り抜く前に部下スケルトンが盾でチャージを掛けてきたので、そっちを迎撃する。
「スケルトンさんにしては悪く無い連携ですね」
木っ端のように盾ごと吹き飛んで行ったのを見送る間もなく剣を殴られてバランスを崩した指揮スケルトンだったが、逆に勢いを利用して放たれた回し蹴りがこちらの頭に向けて迫って来る。
これは回避がてらしゃがみながら足払いを掛けて石畳の床に転がし、頭蓋骨を踏みに行く。
何とか転がってこちらの踏み抜きを躱されたところで残っていた部下スケルトンの一体がわたくしの胴に向けて横薙ぎに剣を振るってきた。走り高跳びの様に剣を飛び越えドロップキックを放ち、反動を利用して着地する。
更に強く地面を蹴り出して、残る部下スケルトンの心臓のあたりを正拳で打ち抜く。胸部の骨とその下にあったコアを砕き、背中の鎧まで破って拳が貫通した。
腕を持ち上げると白骨の人体模型の様にぶら下がっており、機能が完全に停止していた。
ほぼ同時に3体の部下スケルトンが黒い煙へと変貌し、風で流れていく。
膝をついていた指揮スケルトンがゆらりと立ち上がり、ひびの入った愛剣を構え直した。そして、眼窩に灯る赤い輝きがより一層妖しく光を放った。
「まだまだ暴れたりませんよ? さあ、本気でいらっしゃってくださいな!」
再開の口火を切ったのは部下を失った指揮スケルトン。魔法陣を展開して、2秒ほどでわたくしの周りには目を開くのも困難なほどの砂嵐が吹き荒れる。
前後不覚に陥りそうな砂塵の中で全方位を警戒して待ち構えていたが、勘が働き前に飛び込む。背後で大量の岩が降ってくる音が聞こえるが、そのまま砂のヴェールを抜ける。
視界が広がって目に写ったのは既に振り降ろしの構えに入った鈍く輝く刃だったが、直撃する寸前で剣の腹を手刀で打ち据えると、ひびの入った箇所から刀身が折れて飛んでゆく。
「砂に紛れて闇討を狙うのかと思ったら頭上から魔法で攻撃でしたか。中々味な真似をしてくださいますねぇ。ですがこれで終わりですね」
懐に入ってアッパーカットの要領で振り抜いた拳が顎の骨を捉えると、勢い良く上に向かって吹き飛び、指揮スケルトンは天井に突き刺さって動かなくなる。
根本だけ残った剣が僅かに掛かった指から滑り落ちると地面にカランと転がり、それからすぐに黒煙に変わった。
ボスの撃破を受けて出口用の扉が勝手に開くと部屋の外では青い輝きが迸って、祠の前で見たような魔法陣が浮かび上がってくる。
ダンジョンではチェックポイントが存在し、入り口で念じるとそこから探索を再開できるようになっている。
もっとも、今回は使用する予定は無いので全部無視だ。
「さあ、どんどんいきますよ!」
再度空中に浮かび、わたくしは次の階層へ向かった。




