第1章11話 勢揃い
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ギルバートによる女子寮襲来事件から一日が過ぎた放課後。図書館や自室で自習に励む者や賑わう王都の街へと繰り出す者など学生達の過ごし方は様々である。
もちろんこれらとはまた違った過ごし方を送る者達もいる。
学院の中央棟にある学生会室へ案内されたラズマリアは今日も気分が上々である。
それもそのはず。前世からの憧れである学生会活動だ。
――わたくしを役員に入れていただけるなんて、何たる僥倖でございましょう。なんと言っても前世の漫画やアニメでもよく登場した生徒会ですよ。何をやらせてくださるのでしょう。校門の前で身だしなみの指導担当ですとか、それとも学園祭で一発盛り上げる担当ですとか、お悩み相談を受けて解決する係なんかもありますよねぇ。あああ、始まる前から楽しみでなりません。
今日もラズの中のラズは元気である。
大きな書棚や文具入れ等が充実した部屋には上質な紅色の絨毯が敷かれていた。中心を囲うように並ぶ金細工の入った厳かな机は細かな傷がところどころ刻まれており、多くの学生達の議論を見守ってきた事だろう。
彼女の座る隣の席では真っ赤なツインドリルヘアーの頭が机上に墜落していた。エリーゼにとって午後は昼寝の時間であり、周りを気にせずにすやすやと眠りについている。
タニアが見たら物理的に叩き起こすところであるが、メイドは掃除や洗濯に着替えの手伝いといった身辺の世話が主な仕事になっており、学内にまで同伴する事は無い。大きな怪我などがあれば、介助の為に人を付けることもあるが通常はメイド自身の部屋に居るか主人の部屋で仕事をしているかである。
ちなみに連れてこれる従者は一人である為、病などで動けない場合は他の貴族が連れてきた従者に頼むか、学院が雇っているメイドに頼むなどして世話を代わってもらう事になる。
「やあ、ラズ。君も呼ばれていたんだね」
ラズの正面に座ったアイザックは朗らかな笑顔で嬉しそうに手を振っていた。ラズとしても顔見知りの人物がこの場に増えるのは好ましくあり、無邪気に微笑みを返した。
「まあ、ザック様も学生会に加入なさるのですね。よろしくお願い致します」
「入る予定じゃ無かったんだけど、殿下から頼まれてしまってね〜。でもラズが居るなら参加して良かったよ」
「僕もいるぞ」
扉の向こうから現れたのは制服の上から黒いローブを羽織ったルーカスだった。予想外の人物の登場にラズは思わず驚いてしまう。
「まあ。ルーカス様はあんまりこういった活動にご興味を持たれると思っていなかったので意外ですね」
「……ああ、興味など全く無い。苦渋の選択ではあったが研究費をやるから働けと殿下に言われてしまっては仕方ない。それに断ると後が面倒だ」
ため息を一つ吐き、眼鏡のつるをつまんで少しだけ上げた正面から声が掛る。
「断ると面倒とはまた人聞きの悪い。費用の捻出に苦労していた君にとっても悪い話では無かったはずだ」
部屋の中で一際大きな机に付いているのは銀髪紫眼の貴公子――ギルバートだ。
「タダ働きよりは……な」
ルーカスは尚も不服そうな顔で椅子を引き、空いていた席に付く。果たしていくらで買収されたのかラズには検討もつかなかった。
「よし全員揃ったな。始めるから座れ、ウォルター」
「はっ!」
律儀にも後方で控えていた従者が速やかに自分の座席へと滑り込む。
「ああ、始めるのでしたら、エリさんを起こさないといけませんね」
「ラズマリア嬢、エリーゼを起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れてるのだろう、きっと」
「そうだったのですか? お昼ごはんの時はそのような素振りは少しもお見せにならなかったのですが……」
この五月蝿い生き物を起こしてなるものかという強い意志がギルバートにはあった。そもそも起きていても役にはたたないのだから捨て置くのが最適解である。起きたほうが会議の進行が悪くなるのは目に見えている。
「まずは学生会に参加してくれた皆に感謝の意を表したい。諸事情により役員を全員入れ替えたがこの場に集まった者であれば運営に当たって特段の憂慮はごく一部を除いて無い」
エリーゼの方をチラっと見て全員が唯一の不安要素を理解する。
「役員としてはこれが全員だが、各科の学年ごとの代表も活動に協力してもらう事が可能なので人手が必要な作業が生じた場合は上手く使うように。学院祭までは申請などの処理を行うのが主な仕事になるが、数ヶ月に一度だが会誌の発行もあるのでそれは念頭に入れておいてくれ。ここまでで何か質問あるか?」
「はいはい!」
「はい、ラズマリア嬢」
「個人によって決まった役職や仕事はあるのでしょうか?」
前世の知識を頼りに考えるならば役員それぞれに対して書記や会計などの役職があるのではと思い立った。
「ふむ……ちなみに何かやってみたい仕事の希望等はあるだろうか?」
わたくしが会計のラズマリアです、などと試しに頭の中で自己紹介をして見るとテンションが鰻登りになった。
結果また油断した。
「なんでもやります!」
「それは心強いな。では、今日から君が副会長だ」
「えっ、そんな副会長は偉い人やるものじゃないですか!?」
「君は立場上で位置づけるならば聖女なのだから学院長よりも偉いぞ」
「なんということでしょう……わたくしがそんなに偉かっただなんて知りませんでした。あの……誰かに変わっていただくことなんてのは……」
潤いたっぷりになったラズの桜色の瞳がギルバートを見上げるとギルバートは清々しい笑顔を浮かべて告げた。
「なんでもするって言ったよな?」
「はい……言いました……」
「……女の子をいじめているというのにいつに無く楽しそうですね、まったく」
チクリと横からやじが飛んでくるがまるで気にした様子もなく上機嫌そうに答える。
「いじめる、などと誤解を招く様な発言は控えろ。初めからラズマリア嬢に頼む予定だったのだ。地位も高く実力も有し人柄も兼ね備えて容姿まで優れている上、本人もやる気に溢れているのだから彼女以上の適任などいないさ。むしろ、何処にも異論の余地など無いと思わないか?」
話を投げ返された面々は少し考えるが、ギルバートの言うことにおかしな点は無いように思えたらしくゆっくりと頷いた。
「まあ一理あるでしょうけど」
「当然、ラズが適任だろう」
「う〜ん。ボクもそう聞くとラズ以外あり得ないよう気がしてきた」
「うう……それっぽく聞こえますが騙された気分です。ちなみに他の方は何をなさるんですか?」
観念したのかサクッと立ち直って尋ねる。
「まずウォルターは予算の管理や各クラブに金を払う会計だ。ルーカス、お前に金は触らせん。議事録をまとめる書記を任せる。アイザックは学生の相談を受け付ける総務だ」
「そしてわたくしが副会長と。あれ、エリさんは何をされるのでしょうか?」
誰も答えることの出来ない質問に静まりかえった学生会室には、話題の中心に上がった彼女の寝息だけが響いていた。
何を任せても上手くいくビションが視えないほどにエリーゼの評価は既に最低である。
「……エリーゼの登用についてはラズマリア嬢に一任しようと思うが異議はあるか?」
「「「なし!」」」
「え、え、どうしてそうなるんですか?」
後日悩みに悩んでラズが考案した役職「マスコット」が本人に通達される事なく学生連絡用の掲示板にて発表になった。
任命した本人曰く――
「生活委員とか図書委員とか議長とかじゃ無いんですよ、エリさんは。やっぱりあの愛らしい感じを前面にぴーあーるしていくためにはマスコットしかありえません。サプライズで役職を知ったらきっと喜んでくれるはずです!」
とのことであり、大いに爆笑したギルバートが二つ返事で採用した。
「初代マスコット」に就任を果した彼女の端正な顔が髪と同じ色に染まったのは言うまでもないだろう。
☆
多くの人々が眠りについた王都は昼間の活気と喧騒がすっかりと鳴りを潜めて静寂に包まれていた。
そんな薄暗い街においても存在感を放っている建物こそ王城アンビティオである。
このアンビティオ城は初代国王が建国した当初は慎ましい作りであったとされるが、発展に伴い増改築を繰り返した結果、複数の塔が乱れ建つ現在の形状に至った。
もちろん夜間は城内とて最低限の衛兵以外は寝静まっており、人の往来は限られたものとなっている。
だが、既に遅い時間であったが、未だ明かりが灯ったままの大きな広間には立派なあごひげを蓄えた白髪の男性とその前に跪く大男の姿があった。
「アレクサンダー・ファトム、招へいに応じただ今参上致しました!」
王立学院魔法科教師の本日の召し物は全身が隠れる黒いローブであり、見た目による危険性がかなり緩和していた。
「うむ、ご苦労。しかし、お主がここに参ったのはいつぶりだったかのう?」
「20年前……でございましょう、陛下。自分がこの王の間に招かれたのは北よりの侵攻を撃退した時に勲章を頂戴した際以来であります」
「敵軍の大半を単独で壊滅させ、鉄火の死神と畏れられた一騎当千の若者が今やすっかり中年になってしまったのう」
身体の数倍もある立派な椅子に腰掛けたまま昔を懐かしむように目を細めたのはこの国の王様その人である。老いてなお目鼻立ちは整っており、実年齢よりも多少若く見えるも老体が公務に耐えられなくなる日はそう遠くないだろう。
「早速ではあるが報告を検めさせてもらおうかのう。お主のギフトで見たラズマリアちゃんはどうであった?」
「全ステータスが最大値……古の龍を上回る正真正銘の化け物にございます。1対1で敵対した場合は逃げる事も許されないでしょう」
「軍が総力を尽くしたならば撃退は可能かのう?」
「的がちいさすぎる上に、情報通りなら強力な回復魔法まで使用します。有象無象をどれだけ揃えても生贄にしかなりますまい。王国で彼女に対峙する資格を有する者など皆無でしょう」
「抗う事すら許されぬと申すか。ふむ、おぬしはどうじゃ、マーガレット」
「はい、ラズ様は今日も危険な迄に愛らしいです。今日の夕食がハンバーグだったのでいつもよりウキウキとされていましたが、最後の一口を落してしまい深く落ち込んで居られました。その姿もまた超弩級の可愛さでございます。まさに至高でございます」
玉座の側面に一人控えているのはメイド服を着た若い女性だ。表情の変化が乏しく何を考えているのか全くわからないが、それとは裏腹にとても饒舌である。
「……おぬしも悪い意味でぶれないのう。全く毎度毎度ラズマリアちゃんが天使のように可愛いだの、花の妖精が戯れているようだの、女神が降臨しただの、個人的な感想で9割以上占めた報告書を送ってきよって」
国王自らの小言にも何一つ響いた様子は無く、糠に釘を打つ側だけがやるせない気持ちになっていた。
「もとより私からの報告はレベルが最大値に達した時点で意味を失ったも同然でございます。危険性で申し上げるならば、力に物を言わせて押し通る方では無いのでさほど高くないかと。親しい方を害されたり、あるいは殺されたりすれば情が深い分、強く憤られるでしょうが矛先を無差別に向けるような事態に発展する事は無いと推察します」
「あらぁん、血も涙もないゴーレムみたいアンタが随分と楽観的じゃなぁい。ラズマリアちゃんに絆されたのかしらぁん」
急に発せられた野太い猫なで声に国王がわずかに眉を顰めた。王の御前では軍人であった昔の口調そのままで応対していた為、アレクサンダーの本来の姿を目の当たりにして衝撃を覚えたらしい。
「絆されたも何も既に私はあちら側の人間ですから報告を続けているだけでも出血大サービスですよ。貰うものも貰ってないタダ働きです」
「離叛したっていうのぉん? ちょっと聞いてないわよぉん!?」
人の少ない王の間に野太い驚きの声が反響する。
「あ〜……それについてはやむを得ずワシが許可したのじゃ。決して離叛した訳ではない」
「わざわざ潜り込ませた諜報員が対象側に回って裏切りで無いとは一体どのような事態が?」
「それがのう……マーガレットがただのメイドでは無いことがラズマリアちゃんにバレてしまってのう。こやつに非があるとは言い難い形ではあったが、まずは引き上げさせようと思ったのに当のラズマリアちゃんが手放したく無いという強い意向での。一番角が立たない方法として素直に身柄を差し出したのじゃ」
白髪に染まった頭を抱えて思わず下を向いた。マーガレットは諜報、工作、戦闘をこなせる貴重な特殊部隊員である。彼にとっても替えの聞かない手駒を一つ失った形で事態が終着したのは痛手だったらしい。
とはいえ、マーガレットの立場に立って言うならば切り捨てられたと取られてもおかしくない対応でもある。
だが、本人はあまりその点については気にしていないようだった。
「この件は考えても仕方ありません、陛下。私もたった数ヶ月の内に掃除の足運びと呼吸の取り方だけで元暗殺者であるところまで察する者がいるなど夢にも思いませんでした。結果的に良好な職場に転職できたので、なんの後悔もありませんが」
「任に付いて数ヶ月って言えば今程の実力もない頃でしょう。アンタの事を諜報員と知りながら手元に置いてるってのもぉ、中々に剛毅な思考してるお嬢ちゃんねぇん」
場合によっては寝首を掻かれるとも限らない者をあろうことか手元に置きたがる少女は他にいないだろう。アレクサンダーはあまりの非常識さに肩をすくめた。
「それにしても異常な成長速度よねぇん。やっぱり何らかのギフトがあるのかしらぁん」
アレクサンダーのレベルは現在51に到達している。これはオルヴィエート国内でも最高峰の領域にいる。だが50を超えてからというもの、気の遠くなるような数の魔物を討伐してもまるで上らなくなってしまった。
だがラズマリアはレベル99の頂きにいる。
いかなる生物もたどり着けないと思われていたその高みに、あどけなさも残る齢15の乙女があっさりと君臨したのは何かからくりがあるはずだ。
ギフトであるならば確かめる方法が無いので論じても仕方がないのだが。
「いずれにしても監視は継続せよ。他国へ無駄に刺激を与えるような行動は何としても防げ。余は己の辞書から戦争という文字を既に消しておる。このことを肝に銘じておくがよい」
「「はっ!」」
先程までの好々爺のような口調から一転して、王族特有の威圧感が二人に重くのしかかる。気を引き締めて、応答すると皺が深く刻まれた顔は再び緊張感の無い雰囲気に戻っていた。
「苦労をかけるが頼む。では、そろそろワシは寝るとするかのう。寝床で待っとる王妃の下着を確認する日課がまだ残っておるのじゃよ」
「……ご健勝でございますな」
「ほっほっほ!」
緻密な刺繍が施された真紅のマントをなびかせながら、ゆったりと去っていく背中を見送って、本日のラズマリア報告会はお開きとなった。なお、彼女が聖女である事は既に皆の頭から抜け落ちていた。
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