第1章10話 進撃の王子
過去最長になってしまった……
後半はギル様主観パートです
昼時より1時間程前の微妙な時間帯に姦しい二人は焼菓子を摘みながら優雅に紅茶を飲んでいた。
ギルバートに告げた理由を虚偽にするのも忍びないなので、約束通り着替えを済ませてからエリーゼの部屋にラズが訪れていた。
エリーゼのメイドであるタニアが入れた紅茶の香りを楽しみながら上機嫌なラズは頬に手を当てていた。
「何という……素晴らしい日なのでしょうか。お友達とおしゃべりをしながらお茶を楽しむというわたくしの悲願がこんなに早く実現する事になるなんて領地を旅立つ時には夢にも思いませんでした!」
「アンタにしては随分と慎ましい夢ね」
赤をベースに白いレースの入った簡素なドレスに身を包んで寛ぐエリーゼはラズの悲願をそう評した。
「そうでもないんですよ。友達を作るところから開始する必要があったのですからべりーはーどです。エリさんのおかげで見事達成致しました!」
「それはどういたしまして。じゃあそろそろ【ラズと誰かをラブラブにする作戦】の会議始めるわよ」
「作戦名が雑です……」
「うっさいわね。そこはどうでもいいのよ」
漏れ出した不満の声をエリーゼは一蹴する。ネーミングセンスは元々無い方だが、そこに労力を掛けるつもりもさらさら無い。よって作戦名はこのままだ。
なおこの作戦会議実施にあたり念の為タニアは来客対応用のスペースに待機させている。ちなみに、二人がいるのはエリーゼの私室部分である。最上級の部屋ともなると来客が前提に出来ている。
「で、一通り攻略対象に会ったと思うけど、ラズは誰を狙いに行くか決まったかしら」
「決めるも何も攻略対象がどなたかも存じ上げ無いですが〜」
「………………あれ? そうだっけ?」
「はい。殿下は教えていただきましたが、それ以外はまだですね」
頼みの綱はエリーゼであるが彼女の建てた作戦は大抵穴が多くて風通しが良いことを忘れてはならない。しかも本人は穴だとは思っていないのが非常に厄介である。
「まあ、いいわ。順番に説明すると、まず一人目がギルバート。戦闘では魔法剣士タイプで中衛に置く事が多いわね。そして性格は超悪いわ」
「殿下も剣を心得ていらっしゃるのですね。そもそも、自分ではあまり戦われないのかと思ってました」
「次がウォルター。紺碧の髪に合った水属性だけど、魔法より物理が強いガチガチの前衛よ。性格は真面目な優等生キャラだけど、意外と融通が利く一面もあるのよね。攻略するなら悪くないわよ」
「……しちゃいました」
エリーゼはラズが口にした言葉の前半部分が余りにも消え入りそうな声で聞きそびれてしまった。彼女にしては歯切れが悪い様子に首を傾げる。
「え?」
「ウォルター様……こないだボコボコにしちゃいましたぁ……」
「なっ、なんでぇ!?」
「その模擬戦を挑まれてつい熱くなってしまいました……」
「どこに攻略対象をフルボッコにするヒロインがいるのよ。なんかズタボロになってると思ったら、加害者がアンタだったとは……」
「二度とこのような事態を招くことがないよう肝に命じます……」
呆れて紡ぐ言葉が無くなったエリーゼを前にしてラズは居たたまれない気持ちになっていた。あえて情報を付け加えるなら、ボコボコにされた本人は喜んでいたのだが、それを知らなかった二人の間に沈黙が流れた。
「つ、次よ。魔導師のルーカスはどうなの。まさかぶっ飛ばして無いわよね?」
「……そんな人を誰彼構わず襲いかかる猛獣みたいに。ルーカス様は大丈夫ですよ。共同研究者になったくらいです」
「随分とまた色気の無い関係ね。まあ、ゲームでも光魔法の被験体だったから似たようなものかしら」
エリーゼのプレイしたルーカスルートでは実験に失敗して負傷したルーカスを魔法で治療し、介抱するところから関係が始まる。そこから光魔法の解明と魔法陣転用の研究に付き合い孤独だったルーカスの理解者となる事で愛が芽生える。
当然だがヒロイン自ら研究方法に言及するような真似はしないし、そこまでの知識も持ち合わせていない。
「ちなみに、アイザックにももう会ってたりなんて?」
「はい。先日一緒に勉強させていただきました」
「入学式からたった丸2日で攻略対象の男4人全員と関係を持つだなんて、とんだ尻軽ね」
「し、し、尻軽なんて変な言い方しないでくださいよ。まったくもう。淑女が使っていい言葉じゃないですよ!」
淫らな女呼ばわりされ、顔を真っ赤にして断固抗議するがエリーゼはまともに取り合う気は無いらしく、紅茶をひと口含んで話を続ける。
「ちなみにアイザックとはどうやって、仲良くなったのよ?」
「ザック様が図書館で課題を前に唸っていらっしゃったので、お手伝いを申し出たらなんやかんや意気投合いたしました。いつか一緒にハンティングに行きましょうねってお約束もしましたよ」
「なら、アイザックでいいじゃない。ゲームのストーリーからもそんなに逸れてないみたいだし、なんとかなるわよ。もちろん全員チョロいから簡単に落とせるし、気に入ったのがいたらそっちでいいわよ」
「選んだ方とわたくしは交際するんですから、ケーキを選ぶくらいの感覚で言わないで下さいよ……」
出会って間もない男性の中から一人を口説けと言われても、ラズにはとても決めきれる気がしなかった。いずれ答えを出さなければいけないという認識はあるものの、最終的には選んだ相手とバカップルでさえ口から砂糖を吐き出す程の深愛まで関係を発展させる必要がある以上おいそれと決断をくだせるようなものでは無い。
反対にエリーゼは他人事な分、未だにゲーム感覚で攻略に挑んでおり、エンディングの後の生活など諸々の現実だと発生する問題は全て投げっ放しジャーマンスープレックスホールド状態である。
要するにエリーゼは本当にケーキを選ぶぐらいの感覚で話していた。
「だからといって、今から決めておいた方が攻略はスムーズよ」
「わかってはいますが、イコール嫁ぎ先なのですからもう少しくらいわたくしにも考える猶予があってもいいじゃないですか〜」
怒りをあらわにするためラズは柔らかいほっぺたを風船のように膨らませたがすぐにそれどころではなくなってしまう。
まったりのんびりとした作戦会議に闖入者が現れた。
「エリーゼお嬢様、大変です!」
外で待機を命じていた筈のタニアが慌しくエリーゼの私室に転がり込んでくる。
「そんなに慌てて何があったのよ?」
「殿下が、ギルバート王太子殿下がお見えになっていらっしゃいます」
「いつか踏み込んで来ると思ってたけど、想定より早いわね。あの早漏王子」
「エリさんエリさん、そーろーって何ですか?」
「今度教えてあげるわ。タニア、塩まいてらっしゃい。女の手をしゃぶって喜ぶ変態に跨がせる敷居なんてここにはないのよ!」
「無茶言わないで下さいよ、エリーゼ様!? 平民の私がそんなことしたら不敬罪で一族全員の首が飛びますよ!」
青白い顔で今にも泣きそうなタニアと拳を握って立ち上がったエリーゼとどうしていいかわからずに右往左往するラズというカオスな空間の扉がノックも無しにゆっくりと開かれる。
そこには頬を引きつらせながら満面の笑みを浮かべるギルバートと後ろに控える近習のウォルターが立っていた。
☆
王になるのだから。
そんな話をどいつもこいつもオレにする。
生まれた時からこの国の王になる事がほぼ内定していたオレの日常は常に忙しかった。
帝王学に政治経済何でも学ぶ事を求められ、座学だけでは無く剣術に馬術と訓練にも明け暮れた。
次代の王として教育を施されたが生憎とオレは側室の子だった。本来なら正室が産まれてから側室という順番になるのだが、長らく王妃様に子が宿らなかった事で止む無く先に世継ぎを残す事になったらしい。
で、5歳の時に言われるがままに立太子をしたらその翌年に正室の子が産まれた。
思わず天を仰いだよ。
せめて後一年早く産まれてたら、間違いなく身を引いていた。初代国王と同じ金髪碧眼の男の子は灰を被ったような色の自分より王に相応しいと思った。
だが、よりにもよって立太子後だったので自分から「やっぱ辞めた」と言える雰囲気では無い。
王妃派の貴族からは「やっぱりギルバート殿下よりも正室の子を王太子にしては」という声もあったが、それを一喝したのはまさかの王妃様。
自身の子が出来ない間もオレを可愛がってくれていて、心が本当に清らかな人だった。一緒にお茶を飲んで嫁ぐ前に住んでいた領地の話なんかをしてくれた。
そんなわけでオレが大きくやらかさない限り王太子の地位は揺るがぬものになった。
……なってしまった。
立場を更に固めるため9歳で婚約者も出来た。親父が勝手に決めた縁談であり断る権利も無かったが、一応相手は気になったし、同情もした。オレと結婚するという事はもれなく公務と不自由な人生がついてくる。よく分かってないうちにいい事だけ聞かせ、自分の娘を王太子妃の席に座らせようと貴族達は躍起になっていた。
なんとも酷い話だ。
そう、思っていたがすぐにどうでも良くなった。
婚約者――エリーゼ・テラティアは類を見ないほどのクソだった。
あいつは何故か最初から喧嘩腰であった。別段何かをした覚えは全く無いのだが、合うたびに笑顔で毒を吐かれ続けた。
当初は不仲である事を周囲に悟られるのもいかがなものかと訪問に行くが出迎えすらなかった。大抵は寝過ごしており、こちらが到着してから1時間以上毎回待たされるのが常であった。
起床すらままならない無礼な王妃など論外だ。いや、王妃以外でも論外ではあるが。
しかも、どうにかして学院在学中に奴との婚約を破棄しなければならない理由もある。正室の子を一旦は諦めるほどには、親父は高齢であるため卒業後には王位を譲られる予定だからだ。
……そのせいか馬鹿みたいな顔して弟を可愛がっている姿を見た時は後ろからぶん殴ってやろうと思った。
なんとかしなくてはならない問題はまだまだ他にもある。聖女がその最たる例だ。
レベルを聞いた時には軽く目眩を覚えたのをよく覚えている。
もはや人身の姿をした天災と言っても過言では無いだろう。
報告によると高高度を鳥よりも早く飛行できるらしく、万が一にでも王城を急襲されたらひとたまりもない。
至って温厚な性格であるという事だが、何かの拍子に逆鱗に触れないとも限らない。
逆に考えれば他国の主要な人物の集まった式典のど真ん中にでも投入すれば一瞬で国を崩壊させるだけの凶悪な戦力にもなりうる。
悪い形でラズマリア嬢の存在が明るみに出れば、最悪恐れをなした国との生存戦争を誘発することにもなるだろう。過ぎた戦力とはそういうものだ。
今後の扱いについての結論は相変わらず先送りになっているが王家として最高の形に収めるのであれば、オレが婚姻を結ぶのが理想だ。聖女はいずれもオリハルクスから出現しており、遺伝性が否めない以上王家としても優れた血統を取り込みたい。
死傷すら物ともしない治癒の力を持つ彼女を王妃に据えれば過去に無いほど強力な外交のカードにもなり得る。本当に反則的な存在だ。
もし、オレの手中に納まらないのであれば信用のある家に嫁がせる他無い。美貌と戦闘力に治癒の奇跡まで持ち合わせている彼女を下手なところに預ければ革命の旗印にされかねない。そして、今のところ王家にそれを防ぐ有効な手段が無い。
したがって彼女を使った奸計を企てる愚か者を遠ざけられる環境を可及的速やかに整えねばならないが、軟禁などの強引な手段を取って反感を買うのも得策とは言い難い。
当初は外交のカードとして使いたいがために施した聖女教育で領に釘付けにしていたが、溢れんばかりの才覚が災いしてほとんどやらせる事が無くなってしまった。学院に通うのは予定通りではあったが、今や諸刃の剣でもある。聖女の有用性は前面に出していきたいが、戦略兵器並みの危険性は露呈する訳にはいかない。ただし、力を隠すよう当人に釘を刺すタイミングを完全に失っているため、なんの気無しに発覚する恐れもある。
幸か不幸か現在ラズマリア嬢の近くに居るのは謀に全く向かないエリーゼ一人だ。
今の内になんとかせねばあのほんわかした聖女は余りにも危険すぎる。
だから少々手荒でも彼女を捕まえるまでは手を緩めるわけにはいかない。
そこが女子寮であってもだ。
「よし、仕掛けるぞ」
「なんでそんなにやる気満々なんですか。すれ違った令嬢が殿下を一目見て自分の頬を抓ってましたよ」
「変わった趣味だな」
「はあ……貴方がこんな所を彷徨いていたら、まずは夢だと思いたくなるんですよ」
歩きながらウォルターと軽口を交わす。
来訪が認められてはいるものの、男が平然と踏み込めるほどオープンな場所でもない。が、裏を返せばここで仕掛ければ袋の鼠だ。何かしら理由を付けて避けられていたが、ここから逃げ出す訳には行くまい。
じっくり時間を掛ける手もあるが、煩わしいので一気に方をつけるつもりだ。
「ついたぞ。あの部屋だ」
迷わず扉をノックすると、すぐにエリーゼの侍女が姿を見せた。一瞬驚愕を浮かべた後、直ぐに頭を垂れる。
「私の婚約者に伝えてくれるかな。紅茶を飲みに来たとね」
「か、かしこまりました。だだ今お伝えしますので、中にお入りください」
「ああ、失礼するよ」
侍女に招き入れられたオレ達は中に入って来客用の椅子に座る。少し引いたところにウォルターは立って待機した。
二人は奥の私室に居るらしく漏れ出した喧しい声が聞こえてくる。
【いつか踏み込んで来ると思ってたけど、想定より早いわね。あの早漏王子】
ぐっ、馬鹿のくせに感のいい奴め。とっととケリを付けようとしたのを見透かしてやがる。
「早漏とはまた、婚約者様は堪え性の無い殿下の特徴を深く理解されていらっしゃいますね」
「黙れウォルター」
【エリさんエリさん、そーろーって何ですか?】
いや、そこは深く聞くな。
【今度教えてあげるわ。タニア、今すぐ塩まいてらっしゃい。女の手をしゃぶって喜ぶ変態に跨がせる敷居なんてここにはないのよ!】
【無茶言わないで下さいよ、エリーゼ様!? 平民の私がそんなことしたら不敬罪で一族全員の首が飛びますよ!】
ふむ、どうしたものか。まったく殺意が止まらん。
あの猛毒で出来た五月蝿い舌を今すぐ切り落としてやりたい。
礼節を溝沼に捨てたあの女を前に返事の有無など不要だ。
ドアノブを力任せにゆっくりと優雅に扉を開け放つ。
「やあ、私の婚約者。今日も舌の調子が良さそうだな」
「ごきげんよう、ギルバート様。奇遇ですわね。このような場所でお会い出来るなどとは思いもよらぬ事もあるものですわ。それで、どういった御用でこちらまで?」
「たまたま紅茶が飲みたくなったんだよ。君達がそう話していたのを聞いたら居ても立ってもいられなくてな」
「そうでございましたが。紅茶でしたら1階の食堂にありますわ。おすすめはもちろんテラティア産のものですので、すぐにでもご賞味くださいませ」
「それはいい事を聞いた。今度是非とも試さなくてはな」
本当に口の減らない女だ。
隣にいるラズマリア嬢は呆気に取られたようで口をポカンと開いていた。完璧な淑女の皮が度々剥がれるのは素直な人間だからなのだろう。
まったく、王国一性根の腐れた女が横にいるからだろうが、戦力面や危険性の問題を抜きにしても妃に迎えたいぐらいだ。
王太子妃教育が不要で権力を振りかざさない名家の令嬢など彼女を除いて他に居ないだろう。
卒業して間もなく王妃としての公務についてもらわざるを得ないが、ラズマリア嬢なら知識や品格について不安が無い。しかも、頭の切れは派遣した講師達の証言を鵜呑みにするなら誰かと比較し難いくらいにずば抜けているらしい。
即位後はオレも余裕が無いだろうから、王妃の補助まで手は回せない。せめてあのポンコツ以外が婚約者なら、王妃教育済みにはなっていたはずだ。
ほぼ全ての教師が匙を投げた超弩級の問題児に縁談を持ち込んだ親父には「まあ、お前ならなんとかなるだろう」と軽い口調で肩を叩かれた。
親父ごと処刑台に送ってやりたい。
「それで本題は何かしら。女の部屋に土足で上がり込んでおいて下らない話じゃないでしょうね?」
もはや取り繕うのが面倒くさくなったのか、エリーゼの口の聞き方がぞんざいになってきた。堪え性に欠けるのはどっちだ。
「はぁ……そちらにいるラズマリア嬢に頼みたい案件がある。時間は取らせないのでまずは話を聞いてもらえないだろうか?」
「まあ、お話を伺うだけでしたらわたくしは構いませんが……」
ラズマリア嬢が視線を送るとエリーゼが小さく頷く。入学式での一件のせいでオレへの対応はエリーゼに一任している様に見受けられる。
オレが微笑み掛けるだけで数多の令嬢は簡単に好感を得られたが、はじめに挨拶を交わした時点での彼女はこちらなど眼中にも無いような反応だった。少しでもこちらを異性として意識させることが出来れば儲け物程度に思っていたが、よもやここまで過剰に反応を示すなど誰が予見できようものか。
「では、単刀直入話そう。まずこの学院のクラブ活動等の運営は学生が主導的に進められる事を前提としており、教師はあまり深く介入しない。それらに配分する予算の管理や活動そのものの承認、催事の企画運営や学院の環境改善に学生側が起した不祥事等の折衝など広い雑事を取り仕切る学生会という組織の会長に私が就任する事になったのだが、運営に当たってどうしても君の手を借りたい。この間のような挨拶はもちろん控えるし――」
「やります!」
「……本当か?」
檻に入れられた猛獣のように身構えていたのが嘘のように彼女は興奮した面持ちで手を高く上げていた。
こっちのほうが拍子抜けして一瞬固まってしまった。
「では、明日の放課後は空いているか? もしよければ私が学生会室にエスコートしよう」
「学生会の活動には俺も参加しますので、ご安心ください」
「ウォルター様もいらっしゃるなら心強いです。あ、エリさんも大丈夫ですよね?」
「「ちょっと待った」」
エリーゼの声と思いっきり被るがそれどころではない。
こいつと同じ空気を放課後まで吸えと?
冗談ではない話だ。第一何なら任せられるのか見当も付かない。
「なんで私まで参加する前提で話してるのよ。アンタだけ行ってきなさいよ。私にとって放課後は寝るために存在してるのよ」
全く威張って言うことではないが、今は何も言うまい。自分から消えてくれるというならばかえって好都合だ。そのまま自堕落な理由で押し切ってしまえ。楽をする為ならばこいつは決して折れないはずだ。
「一緒に入ってくれたらその活動の空き時間に宿題を手伝ってあげますよ」
「ふっ、仕方ないわね」
馬鹿な……もう折れただと。いや、馬鹿だったか。むしろ期待したオレが馬鹿だったな。
ラズマリア嬢の加入条件がこれの同伴であるならばこちらは飲まざるを得ない。
マジで何させようか……
「では、明日の放課後からよろしくお願い致しますわ」
わずかな乱れも無い完璧な作法に思わず舌を巻く。
顔を上げてにっこりと微笑む姿は慈愛の天使のようだった。
彼女が聖女であると発覚したのは婚約が成立した数ヶ月後。その時点であればこの不愉快の権化と顔を合わせることも無く、王家の強権でラズマリア嬢との婚約に漕ぎ着けられていたかも知れない。
たらればの話をしても仕方が無いが、歴代の王の中でもっとも間の悪い男は親父で間違いなさそうだ。
「こちらこそよろしく頼む。行くぞウォルター」
「ラズ様、エリーゼ様、殿下が約束も無くお伺いした事をお許しください。では、失礼致します」
先に歩んでいたオレに小うるさい従者がすぐに追いつく。
「さあ、塩まくわよ」
せめてこちらが完全に去ってから言えば良いものを、わざわざこちらが聞こえるように言うのだからあの女は本当に性格がひん曲がっている。
「処刑場を予約してくれ。一刻も早く首を落としたい奴がいる」
「駄目ですよ。まずは裁判で公正に裁いてからで無いと」
「誰が見ても不敬罪は確定してるだろう?」
「気に食わないだけで婚約者を処す悪辣な王になりたいのであればお好きにどうぞ」
「冗談だ。生理的に受け付けないがわざわざ手を下す程の価値も無いだろうからな」
何故学生会に参加したかったのかは不明であるが、最低限こちらの目が届く範囲に彼女を置く事が出来たのは僥倖だ。親しい間柄になれば愚直な彼女に強引な接触を図るものが現れればすぐに報告するだろう。
とりあえず親父にどやされる心配は無くなったオレは城に戻って決裁の処理でもする為女子棟を後にしたのだった。
ふむ……既に勢いが無い分、出る時のほうが気まずいぞ。




