第1章9話 オカマが現れた!
魔法科の1学年は講義のコマ数が実は他の科に比べて少ない。これはレベルの低い魔法使い特有の問題があるからだ。
簡単に言うと総魔力容量が少ないのだ。更に、魔法は技術が熟達していくに連れて魔力消費効率が良くなるので、最初の内はほとんど魔法を使えない。
だから魔法制御学の講義は午前中で終わり午後はガス欠の学生が自室で泥のように眠る事になるのが春の学院である。
その為、講義進行の効率は極めて悪く、週3回が魔法制御学の時間に当てられる。
魔法科でもっとも重要と言える講義にラズ達は参加していた。
「はーい、皆注目!」
女性にしては妙に太い猫なで声が安全のため広く造られた練習場で反響する。もっとも、この一言がなくとも既に全員の目を集めていた。
「まずは自己紹介からイッちゃうわねぇん。アタシはアレクサンダー・ファトム。アン先生って呼んでちょうだぁい」
彼……いや、彼女は屈強な戦士の肉体と花も恥じらう乙女の心を併せ持った最強の教師である。彫刻のような雄々しい身体をタイトなスカートとフリルのついた可愛らしいブラウスが包み込んでいた。ほぼ全ての学生にとってこのような個性の塊が教員として登場するのは想定外であり、どのように接するのが正しいのか距離を測りかねている。他人への興味が薄いルーカスですら眉をひそめていた。
「わかりました。アン先生!」
ただし、ラズのような人との距離感が元々壊滅している者にとってはあまり気にならないらしく手を上げて元気の良い返事をする。
「あら、いいお返事ありがとぉん。それじゃあまず皆のレベルとスティタスを測っていくわよぉん! センセイはなんと『分析』のギフト持ちなのでぇ、皆さんのアレやコレを好きなように見れちゃいまぁす」
『分析』は強力なギフトだ。戦闘に置いては見ただけで相手の基礎的な能力を精確にとらまえる事ができ、なおかつ魔法の属性まで把握することで優位に戦いを進めることができる。
魔法使いは属性によって戦い方が大きく変わるのが一般的だ。風属性なら短い詠唱と早い発動を生かした速攻が勝負を左右するし、火属性ならば一撃必殺を狙うなどそれぞれ相性のいい戦法がある。
それを戦う前から知る事が出来る『分析』は先手を取りやすい。
1番与えてはならない人物に贈られてしまった感は否めないが、優秀な能力である。
「ならば私の能力から見てもらおうか。よろしく頼む、アン先生」
「いいわよぉ、ギルバート殿下。貴方からシテあげるわぁん。アナァ……ライズ!」
くねくねと蠢いてから肘を内に入れた謎のポーズを決め、低く大きな声で叫ぶがギフトの発動にこれらの行動は特に必要なわけでは無く本人の趣味である。この場にいた多くの者が「そこで言葉を切るな」と思ったが、得体の知れない存在を前にしてそれを口に出せる度胸は誰にも無かった。
「殿下のレベルは5。筋力D、体力D、敏捷E、魔力E、抗力E、耐性D。魔法は火と風の2属性ねぇん」
アン先生は『分析』を使用して判明した全ての能力を順番に読み上げていった。
レベルは魔物を倒す事で上がる他、訓練でも多少は上昇することが判明している。レベルアップするとその都度身体能力等が強化される事から、低レベルの戦士より高レベルの主婦の方が腕力で勝るなんてこともたまに起こる。
筋力は攻撃や物理的防御力に影響する。
体力はスタミナや物理的防御力に影響する。
敏捷は行動速度に影響する。
魔力は総魔力容量を示す。
抗力は魔法攻撃を受けた際の魔法防御力に影響する。
耐性は麻痺や毒など健康状態を害する攻撃等への耐性に影響する。
「ふむ。『分析』は初めて受けるが私の力はどの程度のものなのだろうか」
「一言で言うなら見事。評価はGからSSSまでの十段階になってるわ。あえて比較するなら、現時点で一般の騎士に匹敵する力だわぁん。これからレベルも上がっていけば英雄級のスティタスに伸びること間違いなしよぉん」
「そうか。それは良かった。ならばきちんとレベルを上げて英雄にならねばな」
気分を良くしたギルバートは満足そうに頷くと感嘆の声に包まれながら後ろに下がっていった。
「次は俺の能力をお願いします」
巨躯であるアン先生の前に歩み出たのは、未だ顔に傷の残る痛々しいウォルターだ。鍛えているだけあり、立ち姿は姿勢良く美しい。
「じゃあ行くわよぉん。アナァ……ラァイズ!」
丸太のような足を高く上げながら、指で作った輪を介して対象を凝視する。繰り返しになるが叫ぶ必要もポーズを決める必要も一切無い。
「レベル7、筋力C、体力C、敏捷E、魔力F、抗力E、耐性F、水属性。これは、歴史に名を刻む脳筋だわぁん」
「……喜んでいいのか、悔しがるべきなのか反応に困る評価ですね。まあ戦い方を考えれば身体能力が高いというのは素直に有難いですが」
この『分析』によって評価されたステータスに技術や経験、熟練度などは考慮されていない。評価は純粋な肉体的能力に依存する事から仮にギルバートとウォルターが剣で勝負をしても必ずウォルターが勝つとは限らない。まあ、技術でもウォルターが上なので剣のみとなるとどちらに軍配が上がるかは明白であるが。
その後も次々と学生達の能力が赤裸々に検められていき、遂に決して能力を見てはいけない彼女の番がやってくる。
「どうぞお手柔らかによろしくお願い致します」
「あらぁん、ラズマリアちゃんねぇ。いいけど貴女は非公開よぉん。アナァ……ラァイズ!」
「え、なんでわたくしだけ非公開なんです?」
1人見る事にそれぞれ違うポーズを見事に決めていたアン先生が惚けた顔で固まっていた。
「……あらやだ、話には聞いていたけど先生の目が壊れたかと思ったわよ」
目が壊れた、と本人はそう告げたがそんな筈もない。ギフトが誤作動を起こす事はまず無い。つまりラズのステータスが災害級なのは紛れも無い事実であるが、この見た目で伝説でしかお目にかかることの無い魔物に匹敵すると言われて、はいそうですかと信じられる人物はまずいない。
「……昔鉢合わせてなんとか逃げ延びたエンシェントドラゴンより更につぇえじゃねぇか……」
「先生なんか顔色悪いですよ〜。大丈夫ですか〜?」
「大丈夫じゃ無いけど、大丈夫よ、たぶんきっと恐らくね。貴女のスティタスに関しては秘匿するよう偉い人から指示があったのよぉん。だからヒ・ミ・ツ。じゃあ、次の学生を見るわ」
「そうなんですか。ありがとうございました〜」
偉い人の影響をもろに受けてきたラズはその理由だけで十分であった。
出番が終わったので後ろに下がり、空いている場所で立っていると近付いてきたエリーゼが小声で話しかけてくる。
「ちなみに、掩蔽が必要なアンタのレベルは今いくつなのよ」
「99から上がらなくなりましたね」
「それ上限まで振り切ってんのよ!? どうしてそうなったのよ。1人でなんとかなる限界ラインを何本も超えてるわよ!」
次に測定された学生は魔力が低くかったのが残念だったらしく、俯き加減で戻ってきた。次々と『分析』によりステータスの確認が進むのを尻目にエリーゼは声を絞ってラズに迫る。
エリーゼはかなりやり込んだプレイヤーだったが、レベル99へと至ることは出来なかった。まずストーリークリアに必要なレベルは35程である。以降はオマケ要素となっており50以降は極端にレベルが上がりにくくなる。またクリア後には挑戦できるようになるダンジョンなどが解禁になり、やりたい人だけやってねの仕様になっていた。
エンディング後に目的も無くあちらこちらをほっつき歩いているのは現実だと有り得ないがそこはゲームなので攻略対象達も一緒に戦ってくれる。
経験値効率のいい場所でひたすら狩り続けてもエリーゼは高みに至ることは遂に出来なかった。故にどのようなカラクリで極致へと登り詰めたのか、気になって仕方ない。が、ラズの答えは意外なものだった。
「いや〜、高速飛行が可能になってからは強い相手を遠くまで探しにいって戦いを挑んでたのですが、最後は竜王さんを何回も倒してる内にどんどん上がっていったんですよね」
「竜王を何度も倒す……だと?」
竜王とはクリア後に開放される目的地の1つである『夢幻の霊峰』最深部を根城にする魔物で全ての竜種の頂点に君臨する存在だ。当然倒して経験値に出来るのは一度のみ。
「エリさん言葉使いがはしたないですよ」
「一度しか倒せない竜王を何度も……まさか『緊急蘇生』で殺してから生き返らせてを繰り返しての惨殺?」
光魔法の1種である『緊急蘇生』は力尽きて間もない者の肉体を修復して命を繋ぎ止める魔法だ。復活の際に全快の状態にはならないのでダメージが残ってしまうのを利用して、蘇生して討伐を何度も行ったのではとエリーゼは疑ったが、心優しい聖女ラズマリア様はそんな非道な事を思い付く性格ではない。
「そんな酷い事しないですよ!? いや、1回目はうっかりとどめ刺しちゃったので『緊急蘇生』で復活させたんですけど、その後リベンジマッチをせがまれるようになったので竜王さんの所に通っていたのですよ」
「……敵に『緊急蘇生』は使えないっていう基本的なルールが現実だと関係無いのね。でも、倒さないと経験値入らないわよね?」
魔物との戦闘で経験値を得るには倒す必要があり、どれだけ攻撃を加えても途中で逃走すると全くレベルは上がらない。だから、必ず倒す必要があるのだ。
「……2回目以降は瀕死で止めようと思ったんですが、どうせ復活出来るなら逆転の可能性に賭けて死ぬまで戦うと言われてしまって不可抗力的にトドメを刺してました」
「やっぱりやってるじゃない。惨たらしいこと」
「ど、同意の上ですから、惨いとか言わないで下さいよ!?」
非難の目を浴びたラズはあたふたしながら弁明するが、竜王を何度も葬った事実は変わらない。
「そもそもどうやって一人で竜王が死ぬところまで持っていくのよ。ヒロイン一人だと全然火力が足りない気がするんだけど」
回復と支援魔法、光魔法による攻撃が行動の主となるヒロインにそこまでの甚大な被害を最強のボスに与えるだけの手段が思い付かなかった。
「ブレスや爪を掻い潜ってインファイトに持ち込めば後は数を打ち込むだけですよ。剣で切るより殴った方が攻撃回数が増えるのでもりもりダメージが伸びますね」
「うわぁ……竜王を殴殺するヒロインとか嫌すぎるわよ」
ヒロインが嫌いでは無かったエリーゼは大幅なキャラ崩壊に何とも言えない気持ちになっていた。そのせいですっかりと失念していた事がある。
「おしゃべりもいいけど、まだやる事が残ってるわよぉん、エリーゼちゃん」
「きゃあ!?」
横を見ると唇が触れそうになるくらいの距離にアン先生の顔が迫っており、驚いて思わず飛び退いた。
「じゃあ、時間も無いからアナァ……ルァイズ! ……こ、これは」
「えっ? まさか、私の能力が実は高いとか……?」
転生したのに何のチート能力も得られなかったが実は眠っている能力があったのでは、と期待を寄せるエリーゼは固唾を呑んで耳を傾けた。
「レベル1、筋力G、体力G、敏捷G、魔力F、抗力F、耐性G、土属性。これはもう一応魔法が使えるだけで能力は子供並みって感じねぇん。このレベルと筋力と体力なら相当怠惰な生活を送ってるようだから、貴女はしばらく筋トレとランニング漬けよぉん。次の授業から覚悟なさぁい」
一瞬にして燃え尽きた後の灰のようになったエリーゼは呆然遠く眺めていた。そして、ことごとく悪役令嬢には優しく出来ていない世界に打ちのめされ、風が吹いたら飛んでいきそうな顔でぶつぶつと呟きだす。
「……私が……こなみ、かん?」
ラズは停止したまま動か無くなった手をとって強く握りしめた。
「え、エリさんにはステータスか低くてもいいところがいっぱいありますから元気だしてください!」
「アンタに言われても何の慰めにもならないのよ……」
「これで全員の能力を確認したわねぇん。今日は早いけどここまでにするわよぉん。次回からは皆に魔法を使ってもらうからねぇん。ばいびぃ!」
終了の鐘がなるまでは大幅に時間があったがアン先生は脱兎の如く去っていった。前倒しで講義が終わった事で和気あいあいとした雰囲気になり、早くも仲の良い者たちで固まって帰っていく。
自室に戻って着替えようと思っていたところでラズは後ろから声を掛けられる。
「ラズマリア嬢、少し時間を貰えるだろうか。話があるのだが――」
「こ、これからエリーゼ様とお茶のお約束があるのでこれにて失礼致しますわ。行きますよ、エリさん!」
「あっ、ちょっ、手が痛いってば、ラズ!?」
虚を付いて声を掛けたのはギルバートだった。しかし、取り付く島もないまま、ラズは足早に逃げ去っていった。
あの件以来、絶対に自分から近づこうとしなかったラズだが彼に話しかけられてもどのような顔をしていいかわからなくなっており、今も硬い笑顔を浮かべるのが精一杯であった。
それを知ってか知らずかギルバートの方は昨日から何度も接触を図ろうと試みていた。今のところ自身の婚約者であるエリーゼに阻まれるなど、成果は芳しくない。
避けられ続けてつい、ため息と一緒に愚痴が口をつく。
「どうなってる。まるで靡かんぞ、あの聖女様は」
「どうして靡くと思ったのか俺には理解しかねます。初対面であんな事した殿下が全面的に悪いです」
後ろに控えるように腰の前で手を組んで立っていたウォルターは主人の疑問に表情を少しも変えず素っ気無く答えた。
その反応にギルバートは思わず顔を顰めた。自分の従者の冷たい対応に不満を覚えたらしい。
「初心だと聞いていたから押せばいけると思ったがあれじゃ手負いの獣だな。しかし、なんだ。最近、随分とオレに厳しいじゃ無いか?」
「婚約者が居るのに女性のお尻ばかり追い回してる方に掛ける優しい言葉なんて知りませんよ」
「尻だけにか。婚約者なのにあそこまで怠惰な阿呆は無しだ。それより理由はきちんと伝えただろう。ラズマリア嬢には俺がわざわざ人員を入れ替えてまで用意した学生会に参加してもらわねば困る。というか、オレが親父に怒られる。万が一にでも数多の危険性を持つ彼女が変な勢力にでも誑かされてもみろ。国が傾くぞ」
「文字通り傾国の美女ですか。しかし、本当なんですか、ラズ様がレベル99と言うのは」
「確かな筋からの情報だ。性格に難がある上に完全に相手方に取り込まれているが虚偽の事実を申告する程愚かでも無いのが切り捨て辛い所以だな」
オルヴィエート王国の次代の王が内定しているギルバートは国家機密に当たる情報も一部は開示される立場にある。
聖女ラズマリアの膝下に送り込んだ諜報員からの情報により、王家はその未知なる能力についてや担い手の品行と資質の是非を継続的に観察していた。
仔細に欠いた報告書に不在を報せる書き置きぐらいの短さでレベルの上昇が頭打ちになった旨が記載されていたのを思い出し、ギルバートは頭を抑えた。
「俺が勝てないわけですね。あの歳頃の嫋やかな令嬢が百戦錬磨の猛者など理不尽極まりない」
「それに関しては短気を起したお前が悪い。中身は正真正銘の怪物だが、外見はただの能天気な令嬢だ。まあ、戦略魔法以上の脅威性を誰にも見られなかったのは幸いだ。お前が弱くて助かったよ、ウォルター」
今度はウォルターが責められる側に回ることになったがどこ吹く風で至ってシンプルな言葉を返す。
「では、殿下も挑戦してみては」
「無理だ。まだ死にたく無い。だが、突撃はするぞ」
「正気ですか? 来客が認められているとはいえ、女子棟の最上階に約束無しで踏み入るなど王太子の所業じゃありませんよ」
「オレも突然紅茶が飲みたくなったのだ。あの婚約者様と……な」
銀色の髪をかき上げると悪党の様な黒い笑みを浮かべた。見たものが心を奪われる程の危険な妖艶さがあったが彼の騎士はサラリと流す。
「エリーゼ様にそうお伝えしますね」
「それはマジでやめろ。それじゃあ、女性は着替えに時間がかることだろうから、少し待って茶の準備ができる頃合いを見計らい乗り込むぞ」
「……は〜、どうなっても知りませんよ」
王子とその従者は肩で風を切って歩み始めた。
……時間の潰せる場所を探して。




