第1章4話 追加目標
ギルバートから距離を取って、周囲に人の居ない隅に用意された席で食事を取りながら二人は小声で話をする。
大衆の面前で赤面していたラズはすっかり本来の白く透き通るような肌の色に戻っていた。
「いやぁ、エリさん助かりましたよ〜。もうあんなの何をどうしたらいいのやら……」
緊張が解けたのとエリーゼが助けてくれた事への感動が合わさり桜色の大きな瞳が小動物のようにうるうるしていた。ラズがやると多くの人の庇護欲をそそる事この上ない。
「こっちもびっくりしたわよ。会場に入ったらなんかよくわからない行列ができてて、先頭見たらアンタだし。殿下が声かけて来たからいい雰囲気ならそのまま若い二人に任せようかしらって思ってたんだけどね」
精神年齢が垣間見える言い回しをしながら、エリーゼはジト目になっていた。
「ゲームだと俺様系ってかっこいいと思ってたけど、リアルだとあれは無いわね。ただの変態ナルシストだわ」
不敬極まりない言葉が饒舌に飛び出す。
「……嫌だったわけで無いです。ただビックリしてしまったと言いますか、なんと言いますか、うう」
先ほどの光景を思い出して、ラズは両手で顔を覆った。
「そういえば、朝は悪かったわね」
「あ〜、それは気にしないでください。むしろ仲間が出来て嬉しかったですよ」
追い出された件に関してラズは特に気にしていなかった。むしろ喜んでいた。
「アンタは昨日やったって言ってたわね」
「はい。初体験だったのですが、気持ちよくて、暖かく包まれる感じが凄くたまりませんでした」
彼女は昨朝寝坊している。人生いや全生初の寝坊体験で何故かテンションが上がっていた。
「言い方何とかしなさいよ。にしてもやっと一息つけるわ。タニアには怒られるし、殿下も怒ってるし、ろくな日じゃないわね」
全部自分が悪いのだが、それについて言及する人物はここにはいない。
「殿下といえばエリさん婚約者だったんですね。すごいじゃないですか! よっ、未来の王太子妃」
こういうノリで言ってみたかったラズが煽てるも、エリーゼは興味なさそうにかじった肉を飲み込む。
「そういえば、アンタに言ってなかったわね。あれがまず攻略対象の1人。ギルバート・オルヴィエートよ」
「え、でもエリさんが婚約者さんなのですよね? 既に相手の居る人をどうして攻略するんですか?」
ラズは頬に手を当てながら首を傾げる。
「そこは乙女ゲームあるあるの略奪愛ね。婚約破棄からのヒロインと婚約は黄金コンボだもの」
「でも現実でその状況だとエリさんは辛くないんですか?」
心配そうな目で手を握ってきたラズに、こいつ根本的なところは良い子なのよね、とエリーゼは苦笑いを浮かべた。
「まあ、婚約破棄なんてされたら、今後の人生に影響があるのは間違い無いわね。でもね、私そもそもアレと結婚する事自体がお断り案件なのよ。大体元婚約者をサクっと斬首刑にする残酷性悪男なんて願い下げよ。だからアンタが気に病む必要は無いわ」
「……わかりました」
ゆっくりと頷いてから椅子を引いて立ち上がるラズの雰囲気が先程までと変化していた。
「わたくしたちの目的を1つ追加致しましょう」
「目的を追加?」
「現在の目的である王都防衛および破滅回避は継続して取り組むものとして、その後の事も考えましょう」
その後となると何があるだろうか。ゲームだと国から多額の恩賞が与えられていたので、その山分けくらいしか思い浮かばなかった。だが、それは今するような話でも無い。
答えを持たないエリーゼを置き去りにしてラズは続きを話す。
「王都が護られた後であれば攻略は成功している。つまりわたくしは誰かと幸せな日々を送ることになるのかも知れませんが、エリさんには不利益な状況が残る可能性があります。わたくしはそれを一切認めません」
「ああ……」
ラズの言わんとしている事がわかった。
「目的に追加するのはエリさんのハッピーエンドです。何があろうと全身全霊でわたくしがエリさんを幸せに致します!」
腰に手を当てて、ピッとエリーゼを指差す。普段の蕩けたバターのような緩い顔が引き締められて、ゲームのヒロインと寸分違わず凛然とするラズが不敵に微笑んでいた。
「ぷっ、アンタそれプロポーズみたいよ? 略奪愛って言ったけど、悪役令嬢の方を奪うつもりなの?」
「た……確かに! これはあれですよ、ほら、言葉の綾と言いますか、ってそんなに笑わないでくださいよ!? 恥ずかしくなってきたじゃないですか!」
「あっはっは、せいぜい期待してるわよ、ラズ」
――死ななければ後は何とかなると思ってたけど「悪役令嬢の幸せ」……ね。そうか、転生してもアンタはちゃんとラズマリアだったのね。なんで私がヒロインじゃ無いのよって最初は思ったけど、これは敵いそうにないわ。
死への恐怖が、破滅への足音がラズと一緒に居れば簡単に消え失せるのだから不思議なものだ。今度は小さく微笑むエリーゼだった。
不満げなラズが椅子に座って食事を再開しようとした時にパーティがお開きとなる時間がやって来てしまう。
「ああ、そんな〜。まだあんまり食べて無いですよ!?」
「大体、コルセット着けてたら大して食べれないじゃない」
「わたくしレベルが高すぎてコルセットがさほど負荷にならないんですよ」
平常時でも下級のドラゴンに匹敵する防御力があるラズは前世のダンプに轢かれてもほぼ無傷で済む耐久性を誇る。多少腹部を圧迫されたぐらいでは胃も肺も支障をきたすことは無い。さらに、もともとプロポーションが整っている為リタはあまり強く締め付ける事なく着付けをしている。
高性能ヒロインは例えそれがパーティであっても余すことなく力を発揮することができるのだ。
一方のエリーゼであるが、運動はしない上によく寝ているし、甘い物は大好きだ。
詳細は割愛するが、コルセットはガチガチに締め付けられている。ついでに、タニアの怒り分も上乗せされている為、いつもよりワンランク上の窮屈さである。
――理不尽だ。
胸中で呟いたエリーゼの辞書に自業自得という言葉は無い。
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