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第1章3話 王子が現れた!

 入学パーティはダンス用に作られたであろう広いホールにて執り行なわれた。演奏家が音楽で盛りたて、色とりどりの花や装飾が飾られるなど参加者が楽しめるようにと会場は用意されている。そんな祝賀ムード満載の空間で何故か危機的状況に陥っている者がいた。

 桜色のゆるふわウェーブヘアーを本日はアップにしている少女……ラズマリアである。


 彼女の面前には現在人だかりが出来ていた。王太子であるギルバートに次ぐ行列の最後尾はラズからでは見ることすら出来ない。

 それもそのはず。実は聖女ラズマリア・オリハルクスが公の場に現れるのは今回のパーティが初めてであり、その彼女が齎す恩恵は今後計り知れないものがある。


 まず聖女の立場というものがオルヴィエート王国においては王家に次いで公爵や大臣に匹敵する。

 これは王国の歴史に深く関わるところである。王国は建国して間もなく瘴気による汚染の被害に遭っていた。各地で魔物が溢れ返り、いくつかの領土を手放さざるを得ない状況にまで追い込まれることとなる。

 そこに現れたのが初代聖女ローズマリアだった。彼女は理から外れた不思議な魔法を使い、次々に瘴気を払っていった。さらに後のオリハルクス辺境伯と共に魔境の封じ込めに成功する。実に6割以上の領土を奪還した立役者こそがローズマリア・オリハルクスである。

 だから、王国における宗教は周辺国家と同じ女神聖教であるが解釈が異なる。聖女は女神の遣わした人というのが他国の考えであるのに対し、王国は女神が人の姿で降臨したと考えられている。

 その2代目を襲名した少女こそがラズマリアで、名前に附随する権力だけでもかなりの影響力を誇る。

 更に有名かつ有用なのが癒しの力である。伝説の上では失った腕の再生や、死して間もなくのものであれば蘇生も出来ただとか眉唾ものの話があるが今後力が増大した暁には実現する可能性を秘めている。

 ……厳密に述べるならば既に可能なのだが、とにかくメリットが山ほどある本物の聖女に少しでも顔を売ろうと皆必死なのである。

 そして、あやかろうという群れの相手をするラズもまた必死なのである。


――これはいくら何でも多すぎませんかね!? 

 前世のアイドルの握手会とかこんな光景だったんでしょうか。殿下にご挨拶だけして食事専になろうと思っていたのに、料理を口にするどころか殿下の方にまだ辿り着けてないですよ!

 いつになったら終わるのでしょうか……

 そろそろ、挨拶のレパートリーも尽きてしまいますよ。


 非の打ち所の無い物腰で笑顔をばら撒きながらも心の中のプチラズは既にしなしなだ。内心でうんざりしていると、唐突に後ろから声を掛けられる。

 

「私も一つラズマリア嬢に挨拶をしたいのだが、一番後ろに並んだ方が良かったかな?」


 振り返るとそこには星屑のように煌めく銀髪の貴公子が微笑を浮かべていた。


「とんでもございません。どうぞ、こちらへ!」


 目の前で話していた青年が慌てて去っていき、さらに後ろの大行列が返す波のように後退りした。


「横入りですまないな。さて、初めまして、ラズマリア嬢。私はギルバート・オルヴィエート、一応この国の王太子だ。噂には聞いていたがまるで花の女神の生まれ変わりのような美しさだね。同じ学び舎に通えるのが今から待ち遠しく思うよ」


 正しくは男の生まれ変わりであるが、それについて言及するつもりは無い。


「初めてお目にかかります、王太子殿下。ラズマリア・オリハルクスでございます。こちらからご挨拶に伺えずに申し訳ございません。わたくし、先ほどのご挨拶に敬服致しましたわ。殿下の崇高な理念を体現出来るよう努めて参りますので、何卒よろしくお願い致します」


 当たり障りの無い口上をすらすらと述べて、スカートの裾を持ち上げて片脚を引きつつ頭を下げる正式な礼を行う。前世では当然行うことの無い動きであり、これを優雅に魅せるために心血をトン単位で注いだラズは心の中でドヤ顔ガッツポーズをした。


――決まりました。これぞ会心のカーツィ!!


 だから、油断した。ギルバートの反応にまで頭が回っていなかったのだ。


「ああ。こちらこそよろしくね」


 背の高いギルバートが恭しく屈むとラズの手をとって自然な流れで甲に口付けを落とす。

 ラズは知っていた。騎士が忠誠を誓う時に女性の同意を得てから、手の甲にキスすることを。

 ラズは知らなかった。王族が最大限の敬意を女性に示す時に勝手に手の甲にキスすることを。

 

 異性という存在にミジンコ並の耐性も保有していないラズがそんな事をされたらどうなるか。

 

「あ、あ、あう、あわわうあ!?」


 答えは壊れる、である。


 ドラゴンのブレスを正面から貰ったときよりも今のほうが顔が熱くなっていると、ラズは感じていた。もちろん、前者のほうが熱いのだが、体感はそれくらいのものであった。


 振り降ろせば岩をも砕く健脚が震えそうになるが、どんな逆境も跳ね除けて多くの魔物を葬り去ってきた強い精神力でなんとか持ちこたえる。


 しかし、ここからどうすればいいのか。ラズにはわからなかった。

 立ち向かおうにも王太子を物理的に倒す訳には行かない。逃げるという選択肢も考えたが、黙って去るのも失礼に当たるだろう。紡ぐ言葉が出てこない。


 しかし、ここで流れが大きく変わる。このまま睨み合いが続くかと思われた両者に唯一割って入ることのできる者がこの学院に居た。

 カツカツと靴音を鳴らしながら、流麗に歩を進める令嬢が二人の前に現れる。


「お楽しみのところ恐縮ではございますが、ごきげんよう、殿下」


 ラズにとってこの場で要請可能な中で最も強力な増援、エリーゼ・テラティアの登場である。


「やあ、エリーゼ。式では君の姿が見当たらなかったからとても心配したよ。私の婚約者がどこかで困っていないだろうかとね。どこ具合は悪くないかい?」


 ギルバートが、どうせまた寝坊したんだろバカ、と言外に語っている。


「あら、見つけていただけなかったのはとても残念ですわ。次のお休みには殿下の眼鏡を探しに行かねばなりませんわね」


 迎え撃つエリーゼはあたかもその場に居たような体である。自分が寝坊した事すら相手に擦り付ける悪役令嬢の鑑である。


「それには及ばないよ。私の目はいつも快調だ。それに、君は忙しいだろうからね。手を煩わせる訳には行かないよ」


 どうせ約束しても寝過ごしてすっぽかすんだろ。お前とは行かん、の意である。


「それはようございました。いつもご配慮痛み入りますわ。それでは私ばかりが殿下を独占する訳にも参りませんので、これにて失礼致しますわ。行きますわよ、ラズマリア様」

「! はい、エリーゼ様!」


 深紅の縦巻きロールと黄金色のドレスを翻すとヒールをカツカツと鳴らしながら足早に去っていく。


 ラズは改めてギルバートに一礼すると、親ガモを追いかけるようにパタパタと急いで歩いて行ったのだった。


――やられた。


 ラズ目当てだった行列を押し付けられて、ギルバートは声をかけるタイミングを失った。

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